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転生したらダンジョン雲になった  作者: 青雲太郎
1章魔獣になろう
3/5

3話共食い

 地図があれば入り口から一時間程で行けるゴブリンロード中央部。

 だが、地図があればの話で探索力で長けている者でなければ、三時間はかかるだろう。

 なお一度この迷路を制覇しなければ、地図作成マッピィングとはならない。

 つまり、地図作成が成功すれば、この地に再入場した時に完成地図を展開することができる。

 このゴブリンロードの各通過点には洞穴があり、その一角にアタマカラ達は身を隠した。

 夜刻を回り気温が低下しているので、全員が焚き火に近寄り、寒さを凌いでいた。皆で持ち寄った蜥蜴の肉切れを食べながら栄養補給をする。

 アタマカラは食べれないと不満を垂れていたが、ゴブリン姉の厳しい忠告で、嫌々ながら食べた。

 それは蜥蜴の臭いに関して嫌悪していたが、案外食べてみると、最高級牛肉にも劣らない美味さだった。

 先程まで殺伐とした雰囲気も、食事になると一気に緊張の糸がほどけ、緩やかになっていく。

 その雰囲気にやっと観念したのか、口を開く玄奘。


「それにしてもアタマカラ……傷の治りが異常に早いんやな」


「まあ言わてみればそうかもしれない」


「あれだけの闘牛の暴力を食らって生きてるのが奇跡ですわ」


「お姉ちゃんの言う通りれす!」


 確かに皆の言う通りだった。先程顔に石のような雲がぼこぼこと埋め尽くした、目なんて開けていられなかったのに、一時間程仮眠したら、いつの間にか嘘のように治っていた。

 おそらく、自然力に関係があるのかと思ったりもしたが、確証は得られない。

 それも疑問としてあるが、もう一方疑問に思ったことがあった。それはレベルのことだ。

 まず最初に遭った冒険者との戦闘で、不戦勝だったにせよ勝利したから経験値1000と報酬1000コインを獲得し、レベルが10程上がったしかし、時間が経過するとレベル0に戻っていた。

 それから、闘牛との戦闘中においてレベルが10へとまた戻っていた。それからあらぬことか、レベル10から50までに跳ね上がり、ステータスも著しく上昇していた。しかし、現在はレベル0に振り出しに戻り、あの大敗北という現実が残った。レベルの上昇は幻だったのかと思いたくもなるが、確実にレベルは上昇していた。

 あの現象は一体何だったのだろうか。

 その後、食事が終わると玄奘は危機を知らせる現状と今後の方針について、話を始めた。

 やはり、このゴブリンロードにおいて、他のチームの連中も共食いに襲われて、数多くの負傷獣や死亡獣が続出したということ。

 したがって、今回のゴブリンロードの遠征は中止となり、今すぐ自領域へ帰還せよと全員に伝達があったそうだ。

 しかしながら、更なる緊張事態が起こり、帰還が難航してるらしい。それはアタマカラ達も同様のことらしい。

 ちなみに、その緊急事態というのはこのゴブリンロードの全体が強力な地形変動スキルによって、本来のゴブリンロードの地形が大幅に変わったということ。

 つまり、携帯したゴブリンロードの地図では役に立たず、事実上の迷路の中を脱出しなければならないということ。

 でも、幸いなことにゴブリン姉妹が休憩所探知オアシススキルがあるため、それを使用して、先を進むと大烏山に抜ける。冒険者が滅多に来なく、比較的温厚な魔獣が生息するため、そこを目指すことになった。

 けれども、玄奘においては、このまま共食いを見逃す訳にはいかないという強い意があって、このままこの洞窟に残り、共食いを始末するということだ。

 そうは言っても共食いと立ち向かうには一人では危険過ぎるということで、丁度良く近くを見回っていた大黒猿コングの集団と落ち会い、一緒に共食いを倒そうという算段ということになった。


「早く行けや」


 けだるそうな河童が手で追い払うような仕草をするが、目頭に少し涙が溜まっていた。いや、それは見間違いかもしれない。

 しかしながら、それを隠すように、目を逸らす。やはり、一時とはいえ、アタマカラ、ゴブリン姉妹とチームを組んだ仲間、それは人間においても、魔獣においても共通してある友情なのだ。このまま何もせずに帰るのは卑怯だと感じたアタマカラ。この男もこの異世界ダンジョンに転生して、何か変わろうとしているのかもしれない。

 それは初めてできた仲間に対して何かしてあげたいという友情から来るものか。あるいは、ミノルに大敗北を喫し、己の力不足を知り、この仲間の窮地に再び立ち上がろうとするが、またしてもこの何も出来ない悔しさなのか。

 どちらにせよ、だからこそ何か自身が出来ることはないかと模索した結果がこれしかなかった。


大黒猿コングさんが来るまで見送りくらいさせてくれ。これぐらいしか出来ないからさ」


 玄奘も何かを悟ったかのように含んだ笑みで頷いた。同じく、ゴブリン姉妹も見送りたいという気持ちは一緒だった。

 そして、冒険者や共食いに警戒しながら、合流組を待つことにした。

 けれども、一時間経過しても、一向に誰かが来る気配ない。やっと動きがあったと思ったら、苦しみの魔獣の絶叫と強烈な血の臭いだった。警戒しながら、立ち上がる。同時に洞穴を守っていた岩壁が横へと切り裂かれ、そこから亀裂が次々に生じ、岩が砕け落ちていき、その一帯に広めのスペースが出来る。対面に土煙を強引に掻き消す黒き野獣がそこにいた。玄奘達は顰めっ面をし、一瞬安堵を見せたが、驚愕の表情になっていく。

 なぜなら、黒大猿の両手、全身が血まみれだったからだ。何があったのかと問おうとする。

 しかし、鎧の顔面から覗く眼力のある両眼に返答する意志は無く、まるで当然の如く、両手に装備された五枚刃を伸ばし、右へ左へと切り裂いた。間一髪の所で、玄奘達は退避する。


「黒大猿さんどういうことや!」


 その悲しげな問い掛けに応じる事もなく、煌めく刃が襲ってくる。回避すればするほど、どうしてという気持ちが強くなる。お遊びは終わったとでも言いたげな黒野獣は侮蔑な両眼で見据え、口を開いた。


「お前達はここで死んでもらうことにした」


「どういうことやと言ってるんや!」


「そうだな……共食いの犯人はわしだ」


 黒野獣は眼圧の目尻に皺を寄せ、不気味な笑みをこぼし、玄奘に一歩襲いかかろうとするのを撤回し、右へ方向展開し、後退る怯えたゴブリン姉妹に重量感溢れるスピードで刃を向けた。抵抗しようと彼女らは斧を振り上げるも、既に幾重にもある血に塗られた銀色の刃が喉元へと入り込み、あっと息も間もなく切り裂かれ、血飛沫と共に、バタッバタッと二体の小動物は放り出された。あまりの一瞬の出来事に硬直するアタマカラと玄奘。

 この刹那、敵だと認識し、玄奘は有らん限り絶叫で、片手の刃を一直線に反撃を仕掛ける。

 すかさず、黒野獣は回転をしながら、攻撃を五枚刃で受け止め、押し込み、流れるようにして連続攻撃を繰り出す。一挙手一投足に、スピードと出鱈目な軌道で玄奘は前へ前へと追い込まれていき、壁を背にし、スペースがなくなった隙に、右斜めの刃の軌道が喉を切り裂き、横へ吹き飛ばされた。

 当然の戦闘の結末だった。黒野獣はおそらくミノルよりも、戦闘経験では劣るものの、攻撃力に関しては上回る。一撃一撃が速く、重い。そのような怪物に資源獲得を糧にして生きる河魚族が勝てるはずがない。まして、反撃する間もなく、早々に決着がつくのは明らか。

 そして、痛みで苦しむ獣の絶叫が洞窟内に響き渡る。静寂へと変わり、顔半分が血に染まったその獣は右手を差し出し、アタマカラに逃げろと告げる。逃げろという言葉は彼にとって、とても重く、辛い過去を思い出すものだ。それでも彼は何度もその言葉を続ける。アタマカラはこの現状にどうして良いか分からず立ち尽くす。

 しかし、黒野獣の狂気に満ちた両眼が見据え、吐く白い息と共に唸り声を発っし、襲いかかろうとしている。

 瀕死なはずなのにどこからそんな声が出るのだと呼ぶべき渾身の逃げろの絶叫がアタマカラの鼓膜を貫く。アタマカラは我に返り、恐怖の表情と嗚咽する状態でこの場からいち早く立ち去る。

 アタマカラは後ろから恐怖の声に怯えながら、逃げた。泣きながら逃げた。それしかなかった。仲間を見捨てて、自分だけ生き残る道を選んだ。いや、自分が選んだのではない。初めてできた仲間が救ってくれ、生へと導いてくれた。

 ゆえにこの命を投げ出していい訳がないのだ。だからこそ全力でこの場から仲間を見捨てて逃げ出すんだ。何ひとつ間違ってはいない。

 なのに、どうして罪悪感が生まれる。どうして過去の人生が走馬灯のように脳内を流れ、自身を苦しめる。何度も間違っていないと主張してるのに、なぜ黒いざわめきが何度も首を絞めてくるんだ。

 では、仮にここで助けに行った所で、自身に何が出来るのか。こんな無力な自身に仲間を助けるかっこいい英雄になれるはずがない。今までの人生いつだってそうだろう。逃げて、逃げて、逃げての人生の連続じゃないか。ここから新たに変わり、人生をやり直す成り上がりの主人公なんている訳がないんだ。

 その時、空を見上げると白い雪の結晶が落ちてきた。洞窟の天井に穴が空き、濃い闇から雪がぽつりぽつりと落ちてくる。気がつくと、地面にぼろぼろで、土で汚くなっているが、あの俳優募集のビラ紙がそこにあった。

 結局自身は雲になれなかった劇のことを思い出す。屈辱な思いが再び蘇る。アタマカラは両拳を握り締め、大声で泣き叫んだ。


「ああああああああ」


 そして、決めた。このダンジョンで雲に絶対になることに決めた。まだ、あの劇の続きは終わってない。この雲の出番はまだだ。

 だからこれから雲として、本番から逃げる訳にはいかない。そして、あわよくば雲が主役になってやる。英雄が主役なんて、ありきたりの設定だ。代役の雲が主人公の英雄を蹴散らして、あの悪役のボス猿を倒す設定面白いじゃないか。我ながら劇作家のセンスもあるらしい、将来は……いや、それは置いておくとして……。


「行くしかないだろ」


  ※

 河童は荒々しく、何かを反抗を示す言葉を口にしてるようだが、それは届かない。

 一方、黒き野獣は血に塗られた瀕死の河童の首を持ち上げ、今まさに生き肝を食らおうと、最後の留めの一撃を放とうとする。


「……この世を恨め……終わりだ」


「終わりじゃーね!!!!」


 黒き野獣はその勇気ある若者の声と共に背中からぞっとするような悪寒を感じ、振り向いた。そこに白い煙を靡かせる雲人間が佇んでいた。

 それは、雲の化身のような、聖なる霊にも見えた。いや、見間違いだ。目の前にいるのは逃げ出したはずの新人。闘牛にすら勝てない弱い獣のはずだ。

 だが、この悪寒は何だ。途轍もない風が現に吹いているからなのか。なぜ恐怖を抱くのだろうか。

 何かこいつにあるというのか。いや、ただの新人に過ぎない。


「何の用だ? 殺されに来たか?」


「いや……本格的に俺はこのダンジョンで雲になることにした。だからまずお前を倒すことから始めてみるわ」


「倒すだと!?」


大黒猿コング

 レベル200。プレミア級の大密林に棲息。中位種。


 闘牛に敗北し、自信を失い、仲間が初めて出来たにも関わらず、今にも失おうとしている時に逃げ出した。

 けれども、今まさに立ち上がった。今までの堕落した過去も含めて、消えることはないがそれを糧に立ち向かうと決めた。

 しかしながら、相手は闘牛よりも強く、圧倒的な困難な壁が立ち塞がっている。たとえ、自信を回復したからといって、強くなる訳ではない。

 けれども、アタマカラはこのダンジョンで雲人間になろうと決意し、だから初めの一歩として仲間を救うために闘おうと決めた。

 すると、その思いが呼応してアタマカラに漂う白い霧が炎のように大きく左右に揺れる。背中から突風が駆け抜けて、黒野獣の体躯を突き抜けて、あまりの衝撃に絞めていた手を放し、地面に尻餅を着いた。黒野獣は冷静に危険と察知し、いち早く始末しなければと瞬時に理解し、獰猛な躍動で走り、S字を描いて、反撃を仕掛ける。切り裂く刃がアタマカラの首をはね、野獣に笑みが戻る。

 だがしかし、その切り裂いたはずの首は霧になって霧散する。どこだと周囲を探し、見つけ出すと雲人間は背後に視点を見据え、佇んでいた。野獣は逃がすまいと回転しながら、高速の五枚刃の攻撃を繰り出すも、切り裂いては霧のように消え、また切り裂いては上と昇華し、攻撃が通用しない。


雲集霧散ディスピアlevel4】

 至高ランクスキル。防御スキルの一種。物理攻撃を無効化。さらに、瞬間移動等には劣るが、指定の位置へと移動し、相手を攪乱することが出来る。

 

「いつの間にそんなスキルを……馬鹿な」


「アタマカラ……」


 野獣は見慣れない至高スキルを発動した新人にかつてない恐怖を感じる。ミノルにすら怯えた新人だったはずだと何度も脳内を巡らせる。その疑問は瀕死になりながらも、奇跡的に意識のあった玄奘も同様の疑問だった。掠れる視界を必死でアタマカラの姿と表示されるステータスを追う。目を見張り、驚嘆する。全ての能力がこの戦闘中において急激増加しているのだ。

 それだけではない、能力に伴って、レベル300近くまで上昇している。新人モンスターがこれほど数値を出したのを未だかつて見たことはない。

 そもそも、アタマカマルは新人ではないのか。一体何者なんだと今更ながらの疑問へと戻っていく。その間にも戦闘は展開していく。

 やはり、それでも驚嘆すべき数値上昇には恐怖感じざる負えないが、野獣にはある程度ダンジョンで生きてきたという自負と経験がある。その魂の攻撃が見えない恐怖を打ち破り、倍化弾丸のスキルを繰り出す。


【倍弾丸砲】

 筋肉、体躯を二倍に増強し、全身に魔力を集中させ、奇跡のロケットの如き弾丸を実現させる。なお、敏捷力も上昇する。


 その攻撃は物理攻撃があるのは確かだが、魔力がある程度あるため、雲集霧散の防御を打ち破ることが出来る。高速の弾丸がアタマカルの腹部分に物凄い衝撃で衝突し、壁へと吹っ飛ばし、岩壁の残骸と、爆発の煙が空気中に漂う。野獣の苦し紛れにせせら笑う。確実に仕留めたという思いとは裏腹に、ここで終焉を迎えることを願っていた。

 だが、その希望は早くも切り裂かれ、黒煙から突っ込むのは雲人間。今度は前進全霊で右拳で殴る直線的攻撃へと移った。

 やはり、それは戦闘経験が少ない者が陥いる、闇雲な、単調な攻撃に過ぎない。よくある新人魔獣の青臭ささだ。

 そして、その予測は的中する。野獣は雲人間が近づいた寸前で、口から焼き尽くしを発射し、攻勢に出る。目まぐるしい炎が一直線に放たれる。この魔力攻撃を避けられるスキルはもうないはずだとと今度こそ確信する。

 それでもなお、雲人間は反抗の狼煙を小さく漏らした。


「まだ、俺はやれる」


 しかし、灼熱の直線状の炎はあっという間に雲人間を飲み込んだ。玄奘の退避しろという叫び声は爆発音によって消し去る。

 その衝撃で、黒い野獣は壁に吹き飛ばされるも、何とか痛み耐えながら、地面に這いつくばって立っていた。アタマカラを必死で追った先に、地面に倒れた丸焦げ亡骸があった。野獣に含んだ笑みが漏れる。

 が、ふと見上げると渾身の絶叫をしながら、ニ体の雲人間が拳を大きく振り上げ迫り、アホ面の顔面に鉄槌が下され、地面に押し潰した。驚天動地の衝撃が物語るようにして地割れが幾重にもなり、全体の洞窟の岩が砕け落ちる。今にも崩壊しようかという勢いで、岩や石ころが天井から落ちてくる。


「はぁはぁはぁはぁ」

 どうやらアタマカラは雲の分身を三体まで作り出すことができたようだ。起死回生の一撃で終幕と思いきや、黒き野獣は地中を這い上がり、再び、ボロボロの体で立ち上がった。上半分の鎧のマスクは剥がれ、大量の血を垂れ流し、重なる皺のある目尻が露わになり、歯はボロボロに砕け、血が出ている。あれだけの一撃を食らって、なお生きているのだから化け物と云わざる負えない。

 しかしながら、ここへアタマカラも初めての本格的な戦闘ゆえか、どっと疲れが押し寄せてきた。したがって、互いにもう体力は残されてはいない。

 すると、意識朦朧とした玄奘が脚を引きずりながら、アタマカラの元へとやってくる。その表情は何かを確認したいことがあるようにも感じられた。


「玄奘……いいから休んでろ」


「ワイもやる……」


 ここへ来て黒き魔獣は玄奘の姿を見て、もう勝てないと死期を悟ったのか、あるいは顔馴染みとの記憶を思い出し我に返ったのか分からないが、重々しかった表情から小さな弱音を漏らす。


「どうやら追い込まれたようだ」


 しかし、それでもなお、内心には反抗の意志があるようだ。それは何か確固たる明確な意志が存在しているようにも感じられる。その意志を解き明かしたいと願う玄奘は哀しみの訴え。


「なぜあんたが共食いなんかしたんや……酒を酌み交わした仲だったろうがぁぁぁ!!」


「なぜかと問われれば……お前と同様に共食いに一族を殺されたからだ……一族を殺した共食いの犯人を見つけるために共食いのメンバーとなった……そして、やっと今日一族を殺した共食いのメンバーが来るという情報を掴んだ……一目玉サイクロンだと。しかし……それは偽のじょうほ……」


 その時、黒野獣の弱々しい言葉が光矢の奇襲が背中に刺さり、失せ、身体ごと前へと重い音とともに俯せに倒れる。今何が起きたのか分からない程の刹那の瞬間だった。玄奘は涙を流しながら、崩壊の序章ともいうべき落下する岩を躱わしながら、駆け寄る。抱き寄せられた黒野獣はもがき苦しみ、何かを伝えようとする。


「一目玉を殺したのはわしではない……」


「誰が……」


殺獣鬼ジョーカー……あ……いつこれから巨大な組織を共食いにする気……とにかく烏山にいる奴隷大商人に聞け……うっうっ」


「しっかりしろ! おい!」


 そして、コブリン姉妹は骨折程度の傷を負ったものの、致命傷には至らず助かった。おそらく黒大猿は最初から殺す気はなかったのだろう。

 しかしながら、その黒大猿は強力な光の魔力で力尽きた。結局、あの光矢を討った犯人は見つからなかった。

 けれども、その犯人が共食いの関係者だということは容易に想像がつく。

 なぜなら共食いにはいくつかの掟があるのだ。その内の一つは決してメンバーの情報を他者に話してはならないということ。

 もし、掟を破れば、なんらかのペナルティが課せられる。もちろん、共食いに関する情報の漏洩は極刑に値し、暗殺という罰が下される。

 この後、他のチームも負傷者や死亡者が出たものの、なんとかこのコブリンロードを脱出できた。しかし、この共食いは未解決のまま終了せざる負えなかった。

 だが、これで終われるはずはなかった。目の前で世話になった恩人の死を目の当たりに平然でいられるはずがない。辛い過去が再燃し、共食いへの憎しみをどこへ持っていけば分からない。玄奘は辛い過去の傷を胸に、恩人の死を背負い、共食いを必ず潰すと再び誓った。

 一方、アタマカラはこのダンジョンで人生をやり直すと決め、前へ進もうとしている。その具体的な目標はないが、その道半ばではあるが初めてできた仲間の野望に協力してあげたいと思った。


「俺も行かせてくれ」


「正直他人である……いや、仲間であるあんたに……この我が儘な野望に付き合わせて良いのかと思うんや……だけどこの野望を成し遂げるにはアタマカラが必要や」


 今にも泣き出しそうな玄奘の重なった表情筋。しかし、彼は本気だ。以前卑屈だった黒瞳は変わり、闘志が燃えているのが分かる。その思いをアタマカラは受け取り、同時に必要とされていてる小さな喜びようなものを感じる。

 だが、これはちっぽけな一歩に過ぎない。これから、どんな地獄のような試練が待っているかこの男は知る由もない。このダンジョンは殺し、裏切りの繰り返しなのだ。そんなたった一日で誓った決意は灰だ。全てにおいてこの男は無力だと実感せざる負えないだろう。

 これから死んだ方がましだと言わざる負えない状況がきっとくると覚悟すべきだ。


            ※

 烏山あるいは大烏山と呼ぶ。ここは安全地帯と呼ばれる場所。 

 しかし、ダンジョンには変わりないのだ。モンスターにおいての休憩所というだけのことだ。

 人間達とは違って、モンスターは常に危険と隣り合わせ、日夜、モンスターからも人間からも襲われる危険がある。広大な敷地面積を誇り、全ての木の葉が黒く染められ、異様な光景となっている。巷では黒葉こくようと呼ばれ、不気味がり人間は近づかないことが多い。

 ちなみに、なぜ葉が黒いかは解明できていない。けれども巷ではこの辺り一帯の地中に夥しい数の魔獣の亡骸が埋まっていると囁かされているそうだ。

 また、年中通して、烏丸カラスマルと呼ばれる鳥獣の群が上空を飛び回り、木の枝に落ち着いた途端にガァガァという耳障りな音を発し、敵に対して威嚇を始めるという。

 この一見普通のように見える行動は、地中に埋まっている魔獣の亡骸を誰かが掘り起こさせないように警戒しているのではというのがある有力な探検家の見解だそうだ。そんな不気味な地だからこそ、変な魔獣も集まってくる。知能が発達した影響かあるいは人間の真似をしたのか分からない。

 さらに誰が始めたのか皆目見当がつかないのだが、魔獣界隈においても魔獣を売買して金儲けする奴隷屋と呼ばれる者がおり、この地に寄って、魔獣を欲している者と取引をすることが横行している。この奴隷と呼ばれる魔獣はどこかのダンジョンにおいて、強制的に奴隷契約を結ばされ、転売されたものが一般的である。

 なお、奴隷契約を結ばされた対象者(奴隷)の背中に服従の記しが刻まれ、主人に絶対服従を誓わなければならない。それは、命令など様々。例えば死ねと言われれば死ななければならないということ。

 ちなみに、奴隷契約は無限に結ぶことは出来ない。しかも、主人の能力差によっては結べる対象者が違ってきたりする。例えば低能力者は高位獣と奴隷契約は結べない。

 しかしながら、奴隷契約とは違う主従契約という一般的な契約がある。両者に特に差異はないのだが、後者の場合主従の間に信頼関係が無くなったと従属者が一方的に常時当該契約を廃棄することが出来るというものだ。





 


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