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転生したらダンジョン雲になった  作者: 青雲太郎
1章魔獣になろう
2/5

2話人狩り

「アホか」


「すいません」


「はぁ……種族は河魚。玄奘げんじょうというちゃんとした名があるんや。あんたは?」


「えーと青雲じゃなくて……アタマカラです」


「変な名前やな。それからどっから来たんや?」


「この辺りです」


「ふぅーん」

 【河魚かわさかな】プレミア級ダンジョンに生息。

 低位種。一時は多数いたが、ある時期を境に絶滅したと云われる。level40。


 玄奘はアタマカラから敵意を感じられないことを悟ると、ポケットから煙管を取り出し、口に咥えて、一服する。

 それにしても、この魔獣達は連合を組んでる割には警戒心や敵意が消えていないのはなぜなのだろうか。

 

「簡単なことだろうよ。第一に元々はこいつらは縄張り争いで殺し合いやら裏切りらを繰り返してきた連中……仲良くなんかできる訳がねぇよ……それが上からの命令でもな……第ニに最近ダンジョン区域で共食いが頻繁してるんや」


「共食い?」


「魔獣が魔獣を殺すのさ……本来冒険者が魔獣を殺すのが通説だが、最近になって共喰いが増えて、魔獣同士でも警戒心を怠らないようにしなければいけないんや」

 

「だから……えーと玄奘は俺を警戒してた訳か」


「そういうことや」


「分からないことがあるんだが、上からって誰のこと?」


「本当に何も知らねーのなアタマカラはーよ」


「悪かったな」

 現在ダンジョンにいる全ての魔獣を統制している団体を死帝教会シテイキョウカイと呼ぶ。

 その構成員は全て魔獣とされている。主な活動は冒険者狩りモンスター大連合を組み、遠征と称して下級や上級ダンジョンに行き、冒険者を狩っていき、食らったり、所持品を奪い取る。

 ただ、その活動の本当の真意は不明。

 ちなみに死帝教会が主神として崇め奉る死皇帝シコウテイに関してだが詳細は明らかにはされていない。

 また、古い文献を参照すると通説では魔獣や人間を創造したのは人神イシュラとされているのが一般的であるが、別説において世界の大罪獣の一体とされ、悪魔の創造主の異名を持ったこの死皇帝シコウテイが魔獣を生み出したのではないかと云われている。

 噂では死帝は七英雄の激怒によって既に死亡している。


「要するにこのダンジョンには敵だらけって訳や。悪いことは言わねーこの遠征が終わったらすぐ自領域に戻るのが得策やで。それにあんたはミノルに目を付けられてるから気いつけや」


 そんな雑談をしてる内に、モンスター会議が始まった。

 今回の遠征はモンスター大連合をAからHにそれぞれブロック毎に別れ、上級冒険者が通過する道を回避することに留意し、各ブロックでも更に細分化しチームを構成し、それぞれ駆け出し冒険者を一人残らず狩っていく計画。

 当のCブロックはゴブリンロードの洞窟を担当することになる。ゴブリンロードの洞窟は全域が巨大な洞窟に覆われ、いくつも枝分かれになり迷宮となっている。 

 さらにCブロックを分けると、閻魔チーム、大黒猿チーム、闘牛チーム、巨大植物チームとなり、不運なことにアタマカラは闘牛チームに入れられた。 

 そして、冒険者狩りは他ブロックでは既に実行され、Cブロックの魔獣達もそれに感化し、チームに別れ、広い洞窟ホールから枝分かれの道へと向かって行った。

 次々と出発し、この広い洞窟ホールに最後に残ったのが闘牛チーム。

 全てが去ってかなり険悪な雰囲気が消えたと思ったら、顔知る残った者達が対峙した瞬間殺気へと変わる。

 予想していた通り、ミノルとオガの二人組はアタマカラを物凄い形相で睨みつける。

 これほど憎しみを向けてこられるならばきっとこの二人組の怒りを沈める手段なんてあるはずがないと諦めるしかない。

 だが、今後更なる怒りを増大させ、最悪な末路を辿ってしまうことは何とか避けたい。

 したがって、出来るだけこの二人組と穏便に対処するように心がけるべきだろう。

 すると、後ろで岩壁に寄りかかり、腕組みをした河童、いや玄奘がこの状況に含んだ笑みを浮かべ、「大変やな」と洩らす。

 さすがというべきなのか、しつこいというべきかなのか、その一挙動を見逃さないのがミノル。


「おい!玄奘何笑っていやがる?」


「あー作戦練ってた訳だが……随分荒々しいなミノル……少し落ち付けや」


「黙れ。この新人が生意気ことを抜かしやがってるからよ」


「いつまでもそんなことで根に持ってるから上に行けないんや」


「なんだと!」


 ミノルの怒りが頂点に達した所で、制止する形で口を割ったのが緑色の小さな生物であるゴブリン姉妹。長い鼻ぱっしら、コミカルな帽子、斧を片手に持った二人組。

 右側に利発な目をし、眼鏡を掛けたゴブリン姉。左側が睫が長くパチクリとしたゴブリン妹。


【ゴブリン兄弟】

 戦闘において単体ではかなり弱く、耐異常でも死亡してしまう弱い生き物。

 だが、二人組、数が増えるに従って強くなる。おそらく一人になると精神が不安定になるため、思うように力が発揮できない。比べて集団になると、仲間がいるという安心があるから、本来の力を発揮できる。

 したがって、ゴブリンを過小評価をしてはならない。


 コブリン姉が体躯には似つかわしくない大人のお姉さんと云った声で、ミノルを諭す。一方、妹の方は泣きそうな顔で姉を制止する。


「止めなさいよ。あなた! 大黒猿コング様に言いつけるわよ」


「お姉ちゃん危ないれす!」


 ミノルはそのボス猿の名前を聞いた瞬間、舌打ちをして、金棒を引っ張り出し、威嚇を一瞬した後に前を向き直り、枝分かれの洞窟の道へと進んで行った。

 そこへ金魚の糞のようにオガが追従し、危機は去り一安心。


「助かった」


「礼を言う必要はないよ。あのミノは新人いじめをしてるって有名なの……だから皆が迷惑してるから言ってやっただけよ」


「いや、でも助かったから……お礼だけは言わせてくれ……ありがとう」


「あなた……ずいぶんと礼儀正しいのね……人間みたいだわ」

(まあ元々は人間なんですけどね)

「でもでも……お姉ちゃんあのミノに目を付けられたら危ないよっ」


「大丈夫よ……襲いかかったてきたら……お姉ちゃんが斧で撃退よ」


 ゴブリン姉は自信過剰、楽観的な性格、妹はかなり臆病な性格らしい。二体はキャッキャッと女子校生同士で会話してるようだった。見ていてとても微笑ましい姉妹。

 すると、そこへ水を差すようにして、楔を入れるのが陰気な玄奘。


「ミノルはしつこいで」


「……」


「玄奘! 可哀相だろ」


「アタマカラ……お前にも忠告してやる……このダンジョンで一瞬のちっぽけな情や気の緩みで死に繋がる」


「分かってるさ」


 そして、闘牛チームは連帯が取れていないまま、出発することになった。

 事質、ミノルとオガは先へ行きどの道へ進んだかは不明なので、玄奘、アタマカラ、ゴブリン姉妹の計四名。

 両脇の松明の炎を頼りに、マップと睨めっこしながら、黙々と歩き続ける。丁度夕刻を回り、この異世界に来てから食事を摂取していないためお腹が減って仕方がない。

 雲人間ならば、空気中の水蒸気で腹を満たすかと思ったらそうではないようだ。

 とにかく食べ物が欲しい、このままでは倒れてしまう。

 ところで、冒険者が狩猟帰りの時間なのだが、一向に冒険者に出逢う気配が無く、それどころか魔獣にすら会わない。

 ただ、水滴の音が洞窟内に反響したり、何かいたと思ったら小さな蝙蝠が飛び回っているだけだった。

 アタマカラは腹を押さえながら、口を開く。


「どのくらい歩いた?」


「一時間っちゅところや」


「他の連中の声とか聞こえてもいいはずだよな」


「ああ……確かにな……異様に静か過ぎる……この洞窟は広いと言ってもたかが知れてる。しかも、下から微かだが血の匂いがするわ」


 その直後、前方の右側の通路から魔獣の絶叫が聞こえた。アタマカラ達に緊張が走り、すぐさまその方角へ向かったのは正義感溢れるコブリン姉妹。

 アタマカラ、玄奘もこの二人だけ任せて置くのは心配だと判断し、追従する。

 その行った先の光景は予想を超える悲惨な光景だった。皆が絶句し、硬直するのも無理もない。

 十体程の魔獣達が首や脚を斬られ、大量の血を流し、死んでいた。

 血の匂いは強烈で、さらに生暖かい空気が漂う、数十分程の前に犯行が行われたのは明らか。

 どうやら一目玉サイクロンの集団で、Cブロックの増援組らしく、冒険者狩りの道中に加勢するつもりだったらしい。


「まさか冒険者にやられたのか……」


「いや、プレミア級に生息し、今勢いのあるサイクロンが駆け出し冒険者にやられるはずがねぇ」


「そうね……私も玄奘さんと同じ考えよ」


「お姉ちゃんの言う通り!」

 

「じゃ一体誰がこんなことをした?」


 アタマカラの率直な疑問に誰一人として完璧な解答をする者はいない。

 その沈黙をかき消すように、聞き覚えのある不敵な笑い声が聞こえきた。暗闇からミノルが首を動かし、金棒を壁にぶつけて、獰猛な右目の巨眼をカッと開き、出鱈目な歯を見せ、笑い叫んだ。それは静寂だった洞窟内に煩く反響し、今から殺す宣告を放ったのだとここにいる誰もが思った。


「フハァァァァァァァァァァ!!!!」


「……ミノルお前……」


 初めて見るだろう玄奘の怒りの目は充血し、黒い縮れた毛は針金のような直毛へと変わり、緑の魔力を漂わせている。

 察するにミノルと玄奘は遠征を何回か共にし、それ以前から何か因縁があるのだろうか。


「どうした? 何か言いたいことがあるか? 玄奘……それともその雲野郎かぁ?」


「正直に答えろ……これはミノルがやったんか!?」


「だったら何だ!? フハハハハハハ」


「てめぇ」


 玄奘は今にも飛びかかろうかの戦闘態勢入り、ミノルも金棒を強引に引っこ抜き迎撃の準備。

 しかし、玄奘を制止するのは意外に冷静なアタマカラ。明らかに戦闘経験の差でこのままミノルと対決し、敗北するのは目に見え、仮に勝ったとしてもミノルは何か企んでいるに違いないことは確実。

 だからこそ、この勝負を受ける訳にはいかない。RPGゲーム慣れしているからこそ分かる直感。


「離せアタマカラ」


「玄奘……どうしたんだ? 冷静になれ」


「何だと? こんな惨状を目の当たりにして冷静になる方がおかしいやろ!」


「それはそうだけど」


「フハハハハハハ……玄奘やめとけ……お前がこの俺様に勝てる訳がねぇ」


「!?」


「まあ顔馴染みのあるお前を殺すのは心が痛む……そこで提案だ……そこの雲野郎と俺様と勝負して俺様に勝ったらこの惨状の真犯人を教えてやるよ……」


「真犯人だと? ミノルがやったんやろ」


「フハハハハ……さてどうする雲野郎? 勝負を受けるか、あるいは受けずにここにいる全員皆殺しか選べ……フハハハハハ」


「アタマカラこんな勝負受ける必要はない! ミノルはワイが殺すんや」


 やはり、ミノルが理不尽な要求をしてきたようだ。

 さて、どうする。勝負を絶対受けないとは言ったたものの、状況は最悪。ミノルは本気で全員を殺す気だろう。

 すると、更なる女の子の悲鳴が真近に聞こえ、不意を付かれたと思った時には遅かった。

 後ろから忍び寄ったオガがゴブリン妹の頭をわし掴みにし、鋭利な刃物を光らせる。

 コブリン姉の怒りの表情で、斧で追い払おうとするが、ミノルの醜悪に満ちた一声で、その一死報いる反撃を断念せざる負えない。


「さぁぁぁぁぁぁ? どうする雲野郎!!??」


 非道極まりないことは言うまでもない。ここまでされて黙っているのは玄奘だけではない。アタマカラも本気で怒っていた。


「分かった。だからその子を離してやってくれ」


「アタマカラ!!」


「……よし賢い決断だ」


「ミノル……こんなことをしていいと思っているのか? 掟を破ることになり、罰金ペナルティを課されることは確実だぞ?」


「言っとくがお前らが追い込まれてるって分かってないようだな。闘牛チームのリーダーはこの俺様。メンバーを活かすも殺すも俺様次第……なんだよ」


「メンバー殺しは掟違反やぞ」


「そうだな。しかし、問題行動、チーム内に悪影響を与える場合はリーダーの権限でその対象者に殺生を下すことが出来る。なおその判断基準もリーダーに全て委譲されている。ことにこの十人程の一目玉殺しの件は重大規約違反に抵触する恐れがあり、リーダーが即時にこの雲野郎を対処しなければらない」


「やってない!」


「果たしてこの見知らぬ新人の主張を信じる奴はいるだろうか?」


 ミノルの言ってる言葉はもっともだった。やはり、戦うしか選択肢はない。

 そして、アタマカラは意を決してミノルの前に立ちはだかった。

 ミノルの醜悪な笑み、呼応してどんな見世物を披露してくれるだろうというオガの笑い声が響く。

 アタマカラとミノルの身長はそれ程変わらないが、部分部分の筋肉の付き具合、その濃縮された密度を比較すると、圧倒的な差を感じざる負えないことはここにいる全員が知る周知の事実に他ならない。レベル150、中位種魔獣。

 一方、雲人間は体積が大きい割には、攻撃力や魔法力を出せる訳でもなく、逆に敏捷力で足枷になるだろう。

 まして、凡庸なスキルが一つ、ステータスはlevelゼロという悲惨な有り様。

 闘牛は敵と対峙した瞬間に本能というべき闘争心が無意識に発揮され、赤い覆われた皮膚から尋常でない血管が浮き出し、破壊力のある金棒を軽く横に振り、戦闘態勢を整えた。

 しかし、その先を行ったのがアタマカラ。長期戦に持ち込むのは圧倒的不利と考え、一か八かで卑怯ながらも開始と云った合図を見せず、不意を突く先手必勝の攻撃を繰り出す。

 戦闘において圧倒的実力差がある場合でも、相手に心理的圧迫を与えるには先手を取り仕掛けることが効果的ということを思い出す。

 どんなに強者でも想定外の攻撃方法には心理的に萎縮せざるを負えない。

 その思惑は的中する。ミノルは目を見張り、雲人間の不意の飛び出しに、硬直し、驚愕。アタマカラはその一瞬の隙を利用し、分身スキルを発動し、ニ体同時に拳で敵の側面に突っ込んだ。

 だが、ミノルは右手の金棒を放り出し、即座に両手で柔らかい雲の首を掴んだ。


「フハハハ……痛いかぁ?」


「あがっ……ぐっ……」


「勝てると思ったか?」


「あがっ……」


 ミノルと同様にこの戦いの決着を分かりきっていた玄奘。ミノルはこの危険なダンジョンで凶悪な怪物と何度も闘い、勝ってきた。そんな闘牛にその程度の小細工で心理を掻き乱すことなんて出来るはずがないと。

 そして、ミノルの両腕を一段階倍増し、両手をきつく締め、凄まじい勢いで地面に振り落とした。

 無情な衝撃と土煙がこの洞窟を被った。ゴブリン姉妹は最悪の結末を想定し、唖然とする。

 土煙が消える頃には闘牛が、身体中が傷だらけで気絶しているかあるいは死んでいるかのアタマカラを侮蔑の表情で見下し、何度も殴り続ける。


「フハハハハハハ……弱ぇ……弱ぇ……弱ぇ」


 醜悪な笑い声と共に、無情な凄まじき衝撃が永遠に続く。もはや死んでるかのように意識朦朧とするアタマカラ。

 殴られる度に自らの無力さに落胆をする。自分は今まで何をしていたんだと。現実では何をしてもうまくいかなくて、逃げてばかりの人生だった。

 そして、せっかくこの異世界ダンジョンで第二の人生が始まり、意を決して強敵に挑んだ。

 けれども、やはり結局駄目だった。こんな自分が嫌いだ。

 もう終わったと悟った瞬間、ミノルの強烈な鉄鎚が垂直にアタマカラへ落下しようとしていた。

 確実にあれを喰らったら即死の一撃。なんて惨めな最期だと笑えてくる。

 その一振りの衝撃波が発生しかかる刹那、それは銀の手刀で食い止められた。玄奘の絶妙なタイミングと態勢で大惨事寸前で止まった。


「何の真似だ玄奘?」


「もうお遊びはこれぐらいにしとけや……こいつを殺す程の恨みはお前にはないはずや」


「フハハハハハ……まあな」


 そして、ミノルは戦いに飽きたのか、首をゆらゆら動かし、砕け散った石ころを踏み潰しながら、離れていく。

 緊張の糸が切れる間もなく、ゴブリン姉妹は生死を心配してすぐさまアタマカラに駆け寄る。

 一方、玄奘は睨み、警戒心を解くことなく、立ち尽くす。

 すると、ミノルは何かを思ったのか立ち止まり、口を開いた。


「その雲野郎に言っとけ……今度生意気な口叩いたら次はねぇぞってな……フハハハハハ」


「……」


「待ってくださいミノル先輩!」


         *

 昔、爽やか村には人間の容姿をした河魚の一族が平穏に暮らしていた。一年を通して温暖差が少なく、過ごしやすい気候になっている。

 また、近くには牛谷山と呼ばれる自然溢れる山々があり、なだらかな傾斜になっていて、そこから下へと吹く風がとても気持ち良く、爽やかという表現が相応しく、この地名の由来になっている。

 主にこの村に住む魔獣は山々から流れる細い河から小さな魚を捕まえ、暮らしている。

 このような素晴らしい自然だけでなく、外敵は資源を奪いにやってくることはない程安全な村。

 なぜなら、近辺にある牛谷山には暴れ坊で有名な闘牛ミノタウロスが棲息し、爽やか村に住む河魚族を外敵から守っているからだ。

 では、なぜ闘牛族が河魚族を守るのか。

 主な理由はこの山々の河から流れ、逃げていく河魚の一種、筋肉増強肴プロテインフィッシュを闘牛族が欲しているということだろう。

 この魚は河の中で縦横無尽に動くため捕獲するのが困難、まして闘牛族のような大型系タイプには器用な技術を要するためにより困難を深める。

 そこで、力は無いが器用で河を知り尽くした河魚族に捕獲してもらい、代わりに闘牛族がこの爽やか村を外敵から守るということを条件に取引が成立した。

 そんな平和な村で玄奘は健やかに育っていった。

 またそのような取引があるためか闘牛族と交流が盛んで、後に暴れ坊と恐れられる闘牛ミノルとも山や川で遊んだり、楽しく暮らす日々。

 しかし、そんな平和な日々は永遠に続くはずはなかった。闘牛族と河魚族の亀裂のきっかけは小さなことから始まった。

 大人同士間で筋肉増強肴の配分で揉めて、怒りを抑え切れずある闘牛族の男が河魚族の女を殺してしまう。

 そこから問題が頻繁し、対立はより一層酷くなり、ついに取引関係も中止となる。

 それだけで終われば良かったのだが、事態は深刻な展開へと向かっていく。 

 河魚族の大人や子供が相次いで亡くなってしまう不可解な出来事が起きる。

 したがって死亡の原因を探るべく調査することになった。

 そして、死亡者に類似して見られるある共通点が浮かび上がった。

 それは河周辺に住む者ばかりで、死亡前夜に小肴を食べて、翌朝泡を吹いて息を引き取っているということだった。その肴から毒物が発見された。爽やか村では大混乱におちいる。

 原因は分かったもののどうすれば良いか解決策は見つからない。

 では誰がこんなことをしたのかと犯人探しへと進んでいく。

 犯人探しに難航が予想されると思っていたが、河魚族は闘牛族が起こしたことで全員一致した。

 やはり、先の件もあり、報復としてこのような仕打ちを仕掛けてきたのだと。河魚族達は村戦争へと決意を固め立ち上がる。

 一方、この闘牛族達の間でも不可解な出来事が頻繁していた。ある闘牛一団が牛谷の裏山の渓谷の底で昼寝をしていた時に、突然何者かに斬られ、殺される事件が起きる。それは一度や二度だけではなかった。

 やはり、これほど悪運が重なっては闘牛族達も疑問を持たざる負えない。

 そこで、原因究明に乗り出す、結果ある共通点が判明した。全ての亡骸が頭、身体、脚と綺麗に部位破壊されていたということだった。

 恐らく、相当の剣に腕のある冒険者だと予想されたが、あえなく却下される。

 そもそもかつてこの牛谷山に冒険者が来たことはないのだ。冒険者の間では闘牛は住処において、縄張り意識が強く、異常な攻撃力を発揮し、加えて集団になれば、上級者冒険者でも太刀打ち出来ないことは有名な話だった。

 それは話題に上る当の闘牛族も周知の事実であり、自慢するほど分かりきっていたことだ。

 では、誰がやったのだと疑問が残る。真っ先に思い浮かぶのが河魚族。

 だが、河魚に相当な剣使いはいないはず、仮に闘牛に立ち向かったとしても、圧倒的な力の差で一捻りされて終焉を迎える。

 けれども、知能の低い大半の闘牛族達はそこまで、考えが及ばず、怒りという感情を優先し、怪しい者は皆敵だという結論へ終着を迎え、村戦争へと発展していく。

 もちろん、両者において、村戦争に対して慎重派を唱える者もいたが、強硬派がその反対を押し切り、開戦に至る。

 そして、当然の如く闘牛族が質素な根城を破壊しや資源を奪い、河魚族の女や子まで皆殺し、全滅を成し遂げた。

 しかし、その全滅は文字通りの意味となるとは思わなかった。闘牛族は多数の屍を踏みながら爽やか村で、大勝利の夜の宴をしていた。

 突然、その席で酒や肴を喰らっていた闘牛達が苦しみ出す、ここで記憶は無くなり、翌日の朝、闘牛族の全てが顔や身体や足を綺麗に斬られた亡骸がその場を埋め尽くした。

 この戦争は魔獣界では有名な【悲劇の勝利】と称される。魔獣界における大半はこの闘牛の悲惨な末路に大変に喜び、河族達に同情が向けられ称賛された。

 なぜなら、河魚族は全滅という非情な結末を迎え、闘牛族が勝利し歓喜した瞬間を狙い、卑怯ながらも一矢報いる為にほぼ全滅を成し遂げたということになっているからだ。

 もちろん、この勝利後の敵を狙うことは卑怯ではあるが、しかし魔獣界で厄介者とされる憎き闘牛を倒したということとはまた別の話だ。英雄と呼ばれるに値する行為に近いものだった。

 しかしながら、闘牛族が勝利を勝ち取り、唐突に何者かに斬られたという真実の話は解明するものもおらず、いつのまにか風のように化した。

 ところで、河魚族は全滅したとされているが、一人生き残った。

 それが玄奘だった。

 彼は知っていたこの村戦争が誰かの策略ということに。村戦争当日の朝、闘牛族の一団は爽やか村に極秘に降りてきて、予想外なことに和解を申し込んだ。

 やはり、資源が枯渇することは深刻な問題なので、闘牛族達が折れた形のようだ。何とか河魚族達を説得し、和解を承諾させた。

 そして、闘牛族の一団は山へ帰り、村戦争は終焉を迎えると思っていたが、河魚族達が大群集の獣達に全て殺された。

 その大集団の獣達は全てが上位種、無力な河魚族が勝てるはずがなかった。

 それから、敵に立ち向かった父が殺され、母が子供を守るも、母、妹弟と共に背中を何度も刺され倒れた。

 幼き玄奘が駆けつけた頃には血の惨状だった。父は意識朦朧として、血を吐き出して伝える。共食いだと。この策略を企てた犯人は【殺獸鬼ジョーカー】と。

 すると、母が必死で玄奘に何かを訴えようとする、逃げてと声を振り絞る。残党狩りの獣達が後ろに迫っていることを示す合図。首を振りながら、涙を流し、玄奘は否定する。

 父の怒りのような、哀しげな声が鼓膜を破り、気づいた時は精一杯に走り、逃げた。どこまでも逃げた。

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