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転生したらダンジョン雲になった  作者: 青雲太郎
1章魔獣になろう
1/5

お前の人生やり直せ、そこまで言うならダンジョンで雲人間になろうと思う

 


 「……痛っ」

  

 「どこ見て歩いてんだよ?」


 「すいません」


 「ったくよ……クソ親父が」


 そんな悪口にとても心が痛む。

 東京の夜の賑やかな繁華街を俺は一人歩いていた。

 すれ違う様々な人達。誰彼かまわず喧嘩をふっかける酔っ払いのサラリーマンやスマホに没頭する塾帰りの若者、人の悪口で盛り上がっているOL。

 

 なんて醜い世の中だ。自身を受け入れてくれないのはこんな醜い社会だからだと主張をする。


 いや、自分が悪いんだ。何もかもが自分が悪いんだ。人生を振り返って見れば分かるはずなのだ。 


 有名な進学校に通った中学時代はいじめに遭い人間不信になり、不登校になる。


 ただ幸いにも尽力してくれる先生と一部の正義感溢れる生徒がいたため、三年生になる頃にはいじめはなくなり、何とか通学し卒業する。


 しかし、高校へ進学すると助けてくれるような先生や生徒おらず、新たな環境で同級生と仲良くしなければならなかった。


 そして、もちろん、影が薄く、無口な性格と相まって高校デビューも失敗してしまう。

 当初は友達なんかいらないぜでも構ってくれよみたいな一匹狼のスタンスで仲間なんて自然にできると思っていたが、結局友達や彼女すらできず高校卒業を迎えた。


 きっと、同窓会でみんなでアルバムなんか広げちゃって「こんな子クラスメートにいた?」「私も知らない」「顔は覚えてないけど暗い子だったよね」とか言われて笑われてるだろうな。


 それから、高校を卒業後、中堅私大に進学する。だがまたしても、暗い性格が災いして、結局友達は出来ず、勉強と資格取得の四年間。

 それを経てIT会社に就職するも上司のパワハラに遭い、一週間で退職する。


 その後、家でゲームや漫画で自堕落生活をし、これではいけないと思い弁護士を目指し司法試験を受験するもまったく歯が立たず撃沈した。


 そして、本来は理数系が得意だったから不合格だったんだと言い訳のようにして納得して、医者を目指し医学部に通い死ぬ気で勉強した。


 が、三年の秋に勉強のし過ぎで精神不安定になってしまい通院、挙げ句には到底自身の頭では医者になれないと今更ながら悟り、中退する。


 それから、いくつも夢が生まれ、それに向かって進んで行くも挫折し、結局にニートに落ち着いた。


 その後、時間は待ってはくれず家で引き籠もり続けて満40年。当初は優しく応援してくれた両親が鬼のように豹変して俺を厄介者扱い。親戚の葬式はおろか身内の結婚式すら参加させてくれない。


 さらに「今まで注ぎ込んだ教育費が無駄だ」と怒り出し、今年就職しなかったら縁を切ると毎年の正月に宣告される始末。

 だが、当の俺はそんな両親の言葉は冗談だろうと真に受けず相変わらず、就職もせずニート生活を満喫していた。


 がしかし、ついにそんなニート生活も終止符が打たれた。家でテレビのお笑い番組を鑑賞し爆笑した俺の顔を目にし、親父がブチッと堪忍袋の緒が切れたのか、綺麗なストレートをお見舞いさせられた。



 気絶していた俺は気がつくと寒い夜中の路上に放り出され、百万円の茶封筒と衣服の入ったボストンバックが傍にあった。


 自分は今まで一体何をしていたんだろうか。それにしても、夜の気温は本当に寒い。


 何もこんな寒い今日に追い出さなくても良かったのではないだろうか。それでも当分の金はあるが、その後の生活はどうすればいいのかが悩み種。


 いや、分かっているはずだ。働けば良いのだろう。


 すると、そこへ、空から真っ白な雪が降ってきた。

 確かテレビで関東今年一番の寒波がやってくるというニュースををふと思い出す。

 さて、今日はもう寒いし明日から職探しを始めれば良いさ。だから今夜はネットカフェで一泊し、明日に備えようではないか。 

 ふと見上げると、また白い物が落ちてきた。それは一枚のビラ紙だった。


 直後、ビルの二階にいるお姉さんが必死で謝っている。どうやら大量のビラ紙が風で吹き飛んだらしい。

 そして、その紙には急募……劇団俳優募集と書かれていた。しかも、応募条件は不問。日給2万円となかなかの待遇。


「で? 仕事内容 劇場で雲役になってもらいます。台詞は二言三言ですと。へぇ……なかなか面白そうだ」


 しかし、口下手な俺が俳優なんて出来るだろうか。いや、今まで出来ないと思い込みこういう職種に挑戦してこなかったというのが近い。

 もしかしたら、案外こういう仕事が天職かもしれない。挑戦して、向いてなければすぐ辞めればいいことだ。


「あれこれ? 締め切り今日じゃないか!?」


 そして、急いでその紙に書かれている会社の住所地へと向かった。

 到着したら何の変哲も無い、隣に廃れた劇場と築40年と云った所の平屋の木造造りのアパートに挟まれた古びた四階建てのビルだった。

 あの四階が面接場所だろう。四階の窓のみに明かりがついているということ、劇団員の熱ようなものを感じると直感が言っている。

 階段を上った瞬間に決定的な準備をしていなかったことに気づいてしまった。

 面接する上で必須なアイテムである履歴書を持ち合わせていない。今から戻ってコンビニへ履歴書を買いに行って記入しても数十分はかかり、面接締め切りの12時を確実に過ぎてしまうのは確実。

 それにしても四十年生きてきてこのようなミスをするなんて本当に恥ずかしい限り。

 緊張が故にこのようなミスをしたのか。久方振りの面接だからと意気込み受け答えのシュミーレーションばかりに気を取られ、すっかり忘れていた。

 いや、さっきビラをもらったばっかりでそんなことを考える余裕なんて俺にはありませんよ。


 すると、そんな議論の脳内再生をしてる内にチャイムを押してしまう。


「はい? どちらさん?」

 

「あっ……あっ……あの……えーと」


「っ……落ち着けよ」


「すいません……あの面接を」


「あぁ? エキストラ俳優募集のね。でもさ、もう募集終わちゃったんだよ」


「いや……でもビラに……今日の12時までと書いてありましたが……」


「はぁ? だから終わったの」


「いや」


「はぁ?」


「えっ……でも……」


「日本語分かる?」


 チャイムの声の主はどうやら俺の態度にとても苛立ちを露わにしているようだ。その声の主の後ろでキャキャキャと騒がしい声がしていてる。

 その後、様子を見にきたであろう別の声の主がこちらへやってきて何やら話している。

 一部聞こえた限りでは暗いとか変な奴が来たとかそんな心にも無い事が大半。

 結局、別の声の主が面接の門前払いは監督に怒られるからということで通そうということで話が落ち着いた模様だ。

 ガチャと扉が半開きになり、「どうぞ」と別の声の主が言った。

 それから、一向に動きが無いため中を覗き、室内へと入った。室内は至って普通のマンションと変わらない。

 奥には広めの部屋があり、数人のラフな格好をした男女が何回も読み込んで練習したであろう白い台本を片手に台詞の練習をしていたり、また談笑するも者いる。


 すると、長身、ミディアムヘアー、いかにもリーダーっぽい顔をした爽やかな男がこちらへやってきて、礼儀正しく挨拶をした。


「君、劇団募集の面接を受けに来た子で良いんだよね?」


「はい」


「早速何だけど明日隣の劇場で劇をやるから。1日だけ出てもらいたいんだ」


「はいそれは分かりました。……あの俺……その俳優志望なんですけど入団は出来るんでしょうか?」


「うーんどうだろうね。今回は1日だけで劇団員募集ということだしね。でもそれは監督次第かな」


「そうですか……」


「じゃ承諾ということでいいかな?」


「はい」


「じゃ早速だけど……台詞は俺は雲だ……だけだから覚えといて」


「俺は雲だ」


「そう! 上手い! この後監督も交えて稽古あるから参加してくれると助かるよ……」


「ちょっと待って下さい! こいつ本当に演技なんてできるんすっかね」


 流れるような会話をぶち壊そうとするのは茶髪で犬のような目つきの男。軽蔑するような両眼で良く動く。

 最初に玄関前で俺を追い出そうとした声の主。爽やかな男は苦笑いしながら、制止する。


「それは失礼だよ……」


「じゃとにかく宜しくね。そうだ名前まだだったね。僕の名前は桜井で、こっちが犬山」


「……認めねぞ」


「……名前は青雲あおぐもです」


「じゃよろしく~」


 その直後、黒サングラスを掛けた強面おじさんが始めるぞと怒号の声で入ってくる。

 スキンヘッドの頂上に皺が寄ってこちらを一瞥して、邪魔だと吐き捨てる。どうやらこの人が監督らしい。

 それから、監督の指導の下、稽古が始まる。明日が本番ということもあり、団員の皆は完璧に仕上げていて、一切笑いなく進んでいく。アナウンサーのような声で皆を魅了する者、プロ級の歌唱力で皆の耳を癒やす者、才能溢れる劇団員の卵達がここにいた。

 だんだんとなんでこんな場所に来たんだと後悔する。遥かに俺とこの人達とは才能の差が違うことに気づかされてしまう。

 そして、とうとう順番が回ってきた。たった一行の台詞のために重い腰を上げ、詰まる喉をこらえ、渾身の声を放った。


「く……だ」


 ずっと無言のままだった監督が「んっ?」と顔を上げる。

 どうやら今まで静謐な糸が生産されてきたところに、ハサミで斬ってしまった感覚なのだろう。

 すると、監督が止めに入り、雲役からもう一回と指示をした。今度はボリュームを上げてみることにした。


「おれは……くも……だ」


 また、監督が首を捻る。どうやら滞りなく言葉にして欲しいらしい。今度こそ成功してやると思い。


「おれはくもだ!」


「違う!」


 監督は大声で俺を否定した。周囲は緊張感に包まれる。

 あまりの恐ろしさに足が震える。 


「雲はもっと若々しいもんだ!」


「すいません」


「もう一回」


「おれは雲だ!」


「違う」


「おれは雲だ」


「何回言わせれば気が済むんだ!!」


「すいません」


「はぁ……」


「ぁ……」


「ふざけてんのか? おい?」


「いえ」


「おれは雲だ」


「あ……はあ……こうさ……なんていうかさ……腹……腹から声を出せよ」


「はい」

 そして、あれからかれこれ一時間程俺は雲だの練習をさせられ、全て否定された。

 まったく練習が進まないことに苛立ち、周囲から溜め息や中傷が聞こえてくる。

 一方、監督は腕を組ながら凄い形相で俺を睨む。まるで身内を殺され敵を凝視する様。怖くてあわてて目を逸らし、台本で顔を隠す。

 監督はその行為が癪に触ったのか、左手を腰に当て、右手を指差して叱責する。


「お前今何歳だ!」


「40です」

 

「40になってなぜこんなこともできないんだ?」


「すいません」


「すいませんじゃないんだよ。仕事はしてるのか?」


「いや、あの……その……その」


「はっきり答えろ」


「はぁ……してません」


「その年で無職か」

 何やら笑い声が聞こえる。惨めだ。本当に惨めだ。

 こんな年下の奴らに笑われるなんて。本当に惨めだ。

 それから、明日まで台本しっかり全部読んでこいと言われ、きつく叱責され、強制的に帰らせられた。

 そして、溢れる涙を流しながら、ネットカフェへと駆け込んだ。この悔しさをバネに必死に台本を読み込み、俺は雲だを呪文のように唱えた。


ーー何千億年前に我の住処が欲しいと願う天龍マンドラゴンが世界を創造する。


 

 そこへ邪魔にしやってきた人神イシュラがその世界に生命を放った。


 その邪魔に怒った天龍は人神を殺そうと天照の力で襲いかかり、人神も神への大罪の力で対抗する。その神の戦いは千年にも及び、

 やがて疲れ果てた両者はこの世界を破壊して、再び創造すれば良いという結論に達した。そこへ予期せぬことが起きる。


 その創造された世界から生まれた生命体である英雄ヒーローと呼ばれる見知らぬ者が現れ、この二神を眠らせ、世界の窮地から救った……。


 そして、知らぬ間に眠りへと誘われ、気がつくと当日の劇の本番を迎えた。

 だがしかし、急遽雲の代役が決まり、俺はお役御免となり、けれども可哀想だからということであの爽やかなリーダーの計らいもあり、黒子の照明役として出演することになった。 

 ちなみにあの爽やかリーダーは英雄役らしい。これほど辛い劇は初めてだし、とても悔しくて仕方が無い。何故英雄役まだしも雲役すらやらせてくれないんだ。悔しい。悔しい。

 そして、雲の代役があの台詞を言う時がついにきた。どんなもんか見てやろうじゃないか。

 ただ、その雲の代役は目つきの悪い犬山だった。笑みを浮かべ笑っていやがる。

 くそぉ……こんな奴に奪われるなんて悔しい。あまりの悔しさから照明を放り出し、黒子の帽子をぐしゃぐしゃに投げ捨て、立ち上がり、叫んだ。


「俺はく……」


 その瞬間、劇場内が揺れ、舞台上の照明が大きく左右に揺れ、ブチッッと凄い音がして、その照明が俺の顔面に落下した。

 それは即死が確実であろう衝撃。救急車のサイレンが鳴り響く。俺は一体何をしていたんだろうか。死んじまった。


ーーところで、あの台本のお話には続きがあった。



 英雄は二体の神を眠らせたのは正しいが、二体は即座に蘇り、憤怒し英雄を食い殺し、今度こそ世界を滅ぼそうとする。



 が、そこへ創造した覚えの無い正体不明な雲王オーバーキャストと呼ばれる者が現れ、ニ体の神を倒し、完全に眠らせた。


        ※



 巨大な洞窟は永遠に繋がっている。前から奥まで両脇に赤色の松明の炎がずっと並んでいる。

 冷気がひんやりと漂い、炎が揺らぐ。ぴちゃと雫が落ちる度に波のように反響する。

 その洞窟の中心に2メートル程の雲人間が「えっ?」と間抜な声を出す。

 それは人間に似た体型、白い雲に身体中が覆われている。雲人間は不安な心をいっぱいにし、ここはどこだ必死に叫び周囲を見渡す。応答が無い事に不安は更なる増大をする。

 しかし、それではいけないと自制心が働き、冷静になるように努め、今までを振り返る。

(だが、そうは言っても、冷静になれる訳が無いじゃないか。劇の本番で怒りと悔しさから気が動転して、劇をぶち壊した挙げ句に、台詞すら完璧に言えず、運悪く地震か何かの類の現象で照明が落下し、その下に居た俺は当たって死んでしまい、気がつくと訳の分からない場所へテレポートなんて誰でもびっくりするしかないだろう)

 それにしても、この手や足は何だ。白い煙が溢れ出てるし、身体中がふわふわしている。

 雲? まさか、きっと台本の読み過ぎでおかしくなってしまったのだろう。きっとそうに違いない。

 すると、水溜まりを通ってくる跫音が一人、いや二人聞こえる。奥の洞窟から若い二人組の冒険者がやってきた。

 黒髪の眼鏡、20代ぐらいの容姿の男、銀の剣、いかにも駆け出しと云った茶防具ジャングルプロテクト。終始、強張った表情を見せ、必死でその恐れを隠そうと眼鏡を仕切りに触る。片方はくりっとした眼力のある男、片手に中刀、盾、防具に関しては少し背伸びしたのか銀防具シルバープロテクト

 威勢良く声を荒げ、装備や防具は万全だが、両脚が震えている様を見ると、やはり駆け出し冒険者に違いない。


「お前何者だ!?」


「えっ、いや……」

(一体何なんだ次から次へと。あーもう)


「こいつ雲王オーバーキャストじゃないか」

(なんだそれ?)


「馬鹿を言え。こんなルーキークラスのダンジョンにいる訳無いだろ!!」


「だがな……こんな魔獣見たことがない……しかも世界魔獣法典モンスターズブックにも載っていないんだぞ!」

(この二人の会話を聞く限り、真偽は不明だが、俺は雲人間になっているらしい。しかも、蹂躙する側の英雄ではなく、蹂躙される側の魔獣モンスターのようだ)

 すると、片手剣所持の冒険者の方が、慎重派の相棒に対して痺れを切らしたのか、叫び声を上げながら、雲人間へと襲いかかってきた。


「ぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 いきなりか。若い奴は未知の生物と相対しても果敢に攻めてくるから侮れない。そんな勇気が羨ましい。

 といってもこのまま殺されるのは嫌だなという思考する一瞬に、機械じみた女性の声がした。


「こんにちはモンスターさん……スキルを確認して戦闘を始めましょう」


 雲人間の目の前に展開される長方形の緑の画面。長年ニート生活でこのようなゲームはやり尽くしていたので、現在の緊急事態に一切動揺すること無く、慣れた手付きでスクロールし、情報を確認する。


 名  【アタマカラ】

 種族【雲王オーバーキャスト

 称号 【駆け出し冒険者】

 異常状態 なし

 武器 なし

 防具 なし

 補助装備なし

 アイテム なし

 所持金  0コイン

 使役  なし

 資産  なし

 ステータス

 level 0

 HP 000

 魔力 000

耐久 000

攻撃 000

防御000

耐異常000

幸運 000

底力000

自然力999

神力000

探索000

料理000

敏捷000

統率000

食欲000

生殖000

発掘000

メインスキル

分身【Level1】

補助スキル 

なし


 悲惨なステータスだ。てっきりチート級ステータスを想定していたが、現実はうまくはいかないものか。

 だが、自然力ネイチャーが999は明らかに突出してるのは確か。

 チュートリアルに本来は魔術を使用時に人間の体内にある魔力マンドラを使用する。

 自然力ネイチャーに関しては該当者、該当獣不明。発動条件、該当スキル不明。目撃者や報告例はあるが伝説に過ぎない。一部の大聖霊に宿る力と云われているが、信憑性は限り無く低い。

 したがってその力は存在自体に信憑性が無く、幻の力と云われる。

 時間はもう既に無いのだから、まず自然力という力は一旦置くしかない。こういう時は考えてる暇があったら即行動が鉄則。雲人間は唯一の分身スキルを使用し、自身が二体になった。

 直後、片手の冒険者は突然の分裂に驚き、足を挫き、躓いてしまい、見る見る内に恐怖の表情へと変わって、相棒が必死の形相で撤退の掛け声と共に泣いて逃走した。


「ふぅ……何とか切り抜けられたようだ」


 遭遇したのが駆け出し冒険者だというのが幸運だったようだ。しかし、次はそう簡単にはいかないだろう。長年このような類のダンジョンをやってきたからこそ分かる直感だ。

 ふと、ステータスに載って自身の名前欄を思い出した。


「アタマカラだっけ? これが俺の名前か……なんかテキトーにつけた感じだな……がっかりだ」


 アタマカラは名前に落胆をしていると、その瞬間洞窟内に物凄い揺れが起きた。上下に揺れ、身体の方向感覚が無くなっていき、濁流のような音と共に、天井の岩が崩れ落ちてきて、白雲の肢体を下へ飲み込んだ。視界は渦巻き、真っ暗闇へと変わっていく。 


「らあXWXXXXXXXXぃ」


 獣のような、いや何語か分からない声で目を覚ましたアタマカラが瞼を開けると、視界の中心を占領していたのは赤い鬼の顔をした怪物だった。恐ろしい顔だった。

 顔の大きさと身体の大きさが著しく不均衡であり、腫れ上がっているかのような異常な筋肉。

 何かを話しているようだが聞き取れない。耳を良く済ましてみると、だんだんと相手の言語が手探りながら理解できる。


鬼閻魔エンマ】。level100。中位種。プレミア級のダンジョンの大竈地獄の洞窟第一区域に生息するボス。統率力が非常に高く、従えるモンスターが多い程、攻撃力が上昇する。


「うぁ何するんですか!」


「知らないのカァ? 今からルーキー級ゴブリンロードの洞窟第一区域遠征C支援ブロックモンスター会議を始めるんだよ」


「へっ?」


「いいから来いヤ!!」


 強引に連れて行かれた先には広めの円形型洞窟広場があり、そこに多数の凶悪な魔獣達が鼻息を荒くして集まっていた。

 遥々プレミア級に生息するモンスター達がやってきたましたと叫ぶ案内役の魔獣。しかもそのダンジョン界隈では多数の冒険者を殺している強者ばかり。

 その中でも牛谷山の麓に生息する闘牛ミノタウロス、鬼ヶ島の跡地に生息する中鬼オーガ、大密林に生息する黒大猿コングは一際異彩を放っている。

 奇妙な姿、この辺りでは見ないアタマカラの存在に、強者達は興味を惹かれたのか、あるいは野生の勘で危険を察知したのか、一斉に視線を注いだ。

 だが、閻魔エンマ程度の力になすがままに、引っ張られ、叫んでいる様を見ると、恐れるに足らないと判断したのか、視線はどこかへと行った。

 すると、引っ張られるアタマカラは何か巨大な怪物の尻にぶつかった。それは筋肉隆々の赤い闘牛。

 顔は笑っているように作ろうとしているが凶悪の顔面が前面に強調され、それと相乗効果し、恐怖さが際立つ。

 言うまでもなく凄みのある声を発する。


「うわぁ化け物!」


「何だと?」


「いやぁの……」


閻魔えんまさん、この生意気な雲野郎誰ですかェ」


「あーこいつかァ……何一人寂しくエサを求めているようだから連れて来てやった。おぉそうだミノル……この新人世話してやれ」


「勘弁してくださいよ。昨日と今日で遠征帰りなんで、こんな生意気な新人の面倒なんて見切れませんよ」


「まあ……使えねぇようじゃ殺しったていいさ」

(殺されてたまるかぁ!)


「フフフ……じゃそうさせて貰いますよ」


「ほら新人……世話係のミノルだ挨拶しろ」


「なんなんだ異世界来てそうそうこんな場所に来るなんて運無さ過ぎだろうが……」


 そんな不安を口にするアタマカラは目の前にいる闘牛のミノルを見つめる。戦場をくぐり抜けてきたことを物語る左目の刀傷が不気味に笑い、加えて今に襲いかかってきそうに歯軋りをさせている。

 まさにIT会社に就職して、パワハラしてきた上司にそっくりだ。


闘牛ミノタウロス

 level150。 ダンジョンの暴れん坊と異名で知られ、目を付けられたら、厄介。攻撃力は抜群で、怒りとともに上昇する。中位種。

「おいお前あんまり調子乗るなよコラァ」


「は……すいません」


「うちらはな上下関係が厳しい……生意気な奴はとんでもない目に合わせるからなぁ? 覚えとけ新人」

 

「はい」

 

 そんな風に叱責を受けていると、弱い者には群がって痛めつけるという習性なのか、緑色をした中鬼が企みのある笑みでこちらによってきた。

 おまけに何やらぺちゃくちゃと口に含んでいる、態度は最悪。


中鬼オーガ

 level90。中位種。一本角が特徴的。攻撃力、敏捷のバランスが良いが、知能が低くく、本領を発揮出来ないことが多い。しかも、ゴブリンと同じく粘着質タイプ。


「ミノル先輩……何すかその雲野郎」


「いや、あの閻魔に押し付けられたんだよ……ったくよ……だりいくてぇ……」


「それは大変っすね……それにしてもこいつ弱そうっすね」


「しかもちょっと生意気な新人なんだよ。この俺様を化け物って呼びやがった」


「本当っすか? おい? てめぇミノル先輩にそんな態度取っていいと思ってんのか?」


「いやぁ……俺何もしてないんですけど……ちょっと暴力は」


「ミノル先輩は何千人の冒険者を殺してきたと思ってんだ……殺し屋の異名を持ってんだぞ? ちょっとばかし腕があるからってミノル先輩に喧嘩を売るなんていい度胸だな」


「まあまあ中鬼……で、新人どうするよ?」


「いや、さっきは化け物と言ってすいません」


「活きってんじゃねぞ!」


「もう謝ったからいいじゃないですか?」


 中鬼は体躯から想像もつかない程の力でアタマカラの胸倉を掴みかかる。やれやれと周囲の喧嘩の声援が激しくなる。

 アタマカラは不満を隠しながら降伏を示すが一向に怒りを静めてはくれない。

 やはり気に入らないのか敵は赤い両眼の血管を浮き出せ、右拳を上げる。

 だが、この強者達の中でも大きな大黒猿コングが野太い声で制止した。

 声だけでなく、上半分に装着した銀色の鉄のマスクから覗かせる強い両眼で一睨みしただけでミノルと中鬼に強烈な心理的圧迫を掛け、ニ体は恐れるようにして、熱くなった怒りを静める。

 どうやら、あいつがこのブロックにおいてボス格の一体らしい。誰も寄せ付けず胡座をかいてどんと座った巌のような怪物は静かなる説教をする。

 しかし、そこには愛の無い、相手に畏怖を抱かせる。


「今回は駆け出し冒険者を駆除する遠征……しかもただの遠征じゃない……上からの命令でモンスター大規模連合を組んでこうして団体で俺達はやってきてる……威勢の良いことは歓迎するがルールを守れねぇ奴は許さねぇ。仲間同士で殺し合いしたいならここの連合から出てやり合うって言うのが筋だ。ミノル、オガ分かったか?」


「ふんっ……分かァってるよ……」


「へぇ……すいませでぇした」

 ミノルとオガは納得いかない様子で、睨みつけ、舌打ちして皆が集まっている場所に歩いていく。アタマカラは安堵して、地べたに倒れ込み、大黒猿に礼を言った。


「助かりました」


「気をつけろ新人……ここは弱肉強食の世界だ」


「あの本当にありがとう……ございます」


「まあそのなんだ……頑張れよ」


 強面の大黒猿は意外にも優しく肩を叩き、お礼を受け取ったら口下手のようにもごもごと言葉を詰まらせ、照れていた。

 そして、閻魔の呼び出しで、本格的な会議が始まる。自身の置かれてる現状が危機迫っていることは理解してるが、これからどうすれば良いのか分からず八方塞がりで、当分は時間の流れるままに行動していくことが生き方と納得して適当な場所を見つけ落ち着いた。

 先程の悪目立ちした件もあり、今後自身に話しかけようとする魔獣は現れないだろうと思っていたが、同じような珍しい生き物が隣にいた。この年になって類は友を呼ぶという言葉を使えるなんて思ってもみなかった。

 その生物は貧弱な体躯、人間程の身長、青緑の皮膚、魚の鱗。頭頂部は禿げ、縮れた長髪。魚に近いがそうではなく河童カッパという表現が相応しい。

 黄色の両眼から陰気さを醸し出し、やる気の無い声が漏れる。





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