運くんの日常
「お昼だね、運くん!」
鈴の転がるような声──
その声の持ち主は、稀に見る美貌の持ち主だ。
少し垂れ気味の瞳は大きく、日本人離れしている。陶器のような肌も合わさって、フランス人形のようだ。桜色の小さな唇に、少し色付いた頬、筋の通った鼻───どこをとっても美人であることは間違いない。
華奢な体つきに、波打つ長い栗色の髪が庇護欲をそそる、美少女。正真正銘の、美少女。
大事なので2回言いました───芸能人もアイドルも顔負けの美少女の名前は、九条 眠兎。
入学早々ファンクラブが出来、すれ違えば庶民は咽び泣き、写真は社会人の月給を超える───。
さて、ここで問題です。
そんな超弩級美少女が、しがない男子高校生、強いていうなら金を払ってでもなりたい眠兎の同級生という程度の自分───朝日奈 運が、なんと教室の自席にすわっていたところ、話しかけていただきました。
その、反応は?
「運くん」
はい、ここでカット。
お気付きになっただろうか───眠兎は、ただの同級生であるはずの運の───下の名前を、親しげに呼んでいるのだ。
さて、本来ならば神が与え給うた奇跡、泣いて転がり裸になってリンボーダンスでもするのかもしれないが──正直、街中でそんな奴がいたら例え親友でも通報する──それをしてしまっても仕方ないのが眠兎の美貌である訳だが…閑話休題。
運は本来の男子ならしても仕方ないそのような奇行など、しない。
それは、男色家だから───な、訳では勿論無い。
イケメンだからでも、よくある幼馴染で耐性があるから…とかでも無い。
何故か?
答えのかわりにこの眼前で失神ものの美少女スマイルを浮かべた眠兎が口を開く。
「運くん、昨日はいつもより28秒も長くお風呂にいたね。夜ご飯もいつもより3口分少なかったよね。朝ご飯もいくら慌てているからってスープだけじゃ健康に悪いよ。あ、でもそんな運くんも素敵だよ?それより昨日、電話長かったなぁ。相手はだれ?知ってるけど、あまり気分はよくないかな。あっ、そうだ運くん、私、今日は腕によりをかけてお弁当作ってきたんだよ?ふふっ、運くんの好きなほうれん草のごま和えも勿論入ってるからね!それに、おまじないもかけてあるの…それでね、私のお弁当と繋げるとハートになって…まるで私たちみたいでしょう?」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
「…………………」
騒々しくしていたクラスメイトさえ鎮まる。
羨ましがり嫉妬するのが8割、美少女だからオッケー!が残りで。
いやいや、普通にこわいだろ。
100年の恋も醒めるだろ。
いや、恋をする前にこんな事態に陥ったのだけども。
運はこほん、と咳ばらいをして平静を装いつつ、オブラートに包みながら丁重にお断りをしようとする。
下手なことをいえば眠兎過激派に何をされるかわからない。
さらば青春。
「わ、悪いなぁ九条。もう弁当、あるんだよなぁ~~~」
困ったなぁ~、そんなに食べれないしなぁ~!
運は、鞄から出したコンビニの袋(おにぎりみっつ、サラダひとつ、フルーツ牛乳)をわかりやすく見せる。
眠兎は笑顔のまま───それを運から奪い取る。
「アッ」
そしてそれを前方にぶん投げた。
俺の弁当──────!!!
その袋を掴んだ小太りのめがねの男子生徒──確か笹山君──が、雄叫びを上げる。
「みっ、眠兎様からのお恵みっ……!!」
ウワァァア!
と、謎の歓声がまわりからこだまする。
すっごい喜んでいるけどそれ、運(男子)が選び、運(地味顔な男子)が買った、運(ぼっち男子)の弁当ですよ。
「ごめんね運くん、手がすべっちゃった」
この女いけしゃあしゃあと…!
「でも大丈夫だよ。運くんにはこのお弁当があるからね」
そう言うと眠兎は、どこからかとってきた──否、献上された椅子に座り、机を挟み運と向かい合う。
そして持ってきたという可愛らしい花柄の2つの二重のお弁当箱の一段めををぱかり、と開ける。
そして現れた主食の白米──そのうえにちりばめられた鮭…否、違う。なんかわからないけどもっと手が込んでいるようだ──眠兎は、その2つのお弁当を繋げてみせる。
成る程たしかに、そうすればハートに。
ふふ、美少女は何をしてもかわいいなぁ……
「ってなる訳ないだろうが!!」
思わず一人ツッコミを入れた。
そもそも何が入ってるか分かったものではない。
ふらり、と運は席を立った。
「どこいくの?」
眠兎が不思議そうに訊ねる。
「……ちょっと、トイレに」
そのまま後退り───ダっ、と教室を抜け出す。
よっぽど切羽詰まったトイレと思われようが構わない。
教室から離れた空き教室に入り、運は壁にもたれてズルズルと座り込む。
そして、考える。
何故こうなってしまったのかを───