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美しい星

坂崎家の母、エマの話。

老けたな。

洗面台でそう思うことが増えたのは、子ども達が大人になり始めているからだろうか。

それだけでは無い気がする。

白髪も皺も、ここ数年で何故だか一気に増えたのだ。

人というのは、ある一定の年齢からはあまり見た目が変わらないものだと思うけど。

それに昔は綺麗な金色の髪だったけど、最近は黒に近い茶色になり始めている。

髪の色ってこんなに変わるっけ?

鏡に居る自分だと思われる姿を眺めながら、坂崎家の母、坂崎エマは首を傾げた。


「不思議だわぁ」


それでも、何処か他人事のように考えているのはエマの癖である。

考えてもどうすることも出来ない事が世の中に溢れているのを、エマは知っている。

それに自分の姿がどう変化しようが、世の中に何の影響もないということも。

それでいいのだと、エマは思う。

家族のご飯を作り、パートに向かい、掃除・洗濯、そして家族の帰りを待つ。

とても普遍的だがとても美しい形。

昔のことをエマは思い出すことが出来ないが、なんだか遠い記憶の奥で、エマはそれをずっと探していた。

この“老い”は、その探していた幸せの象徴なのだとエマは思う。

顔を丁寧に洗い、朝食の準備に取り掛かろうとした時、今日は休日で夫も娘たちも家におり、昼まで起きてこないことを思い出した。

時計に目をやると、朝の6時だった。


「もう少し寝ててもいいわね」


独り言を呟き、二度寝ができる嬉しさを噛み締めながら、家族を起こさぬようにコソコソと階段を上がり、布団に潜り込んで隣で眠る夫に近づく。

歳を重ねた人の匂いが夫からもして、心底安心した。

少しお酒臭いけど。


1階から物音がして目が覚めた。時計の針は8時30分を指している。隣で眠っていた夫は居らず、誰かが家を出た。夫だろうか。今日は日曜日だから家でゆっくりしたいって言ってたけどどうしたんだろう。昨日も遅くまで接待があったみたい。会社員って大変。

エマは近くのスーパーでパートをしている。結婚をしてから始めた仕事だ。それまでは出身大学で植物の研究をしていた。何かに駆られる様に植物と向き合っていた。目標があったはずだが、エマはそれも忘れている。結婚をする前の記憶がエマにはほとんど残っていないのだ。

でもやはり、エマはそれも気にしていない。

エマが今1番気になっているのは、次女美琴のこと。

仲の良かった友人と仲違いをしたらしく、強かに落ち込んでいる。

可哀想だと思いながらも、友達がいないエマからすると、喧嘩が出来る友達がいるのは少し羨ましかったりもする。

しっかり者の長女の真湖について考える。真面目そうな彼もいるし就職も内定してるし大学も無事卒業出来るだろう。

だけど時々、押し入れに籠る。そうなると半日そこから出てこなくなる。今の彼氏はそんな真湖の事も受け入れてくれるだろうか。そこが少し心配。

もう一度時計に目をやると、9時になっていた。のそりと起き上がって伸びをする。清々しい朝だと思う。

今日二度目の顔を洗い、もう一度鏡を見る。一度目の時より通常の顔をしているような気がして「そうそう、こんな感じだった」と妙に納得する。

エマの朝は毎日変わらない。洗濯機を回している間にご飯を食べ掃除(掃除機と拭き掃除)をして、掃除が終わるのと同じくらいのタイミングで洗濯機も回り終わる。洗濯物を干しながら今日の天気も確認する。


「いい天気」


色んな人が天気の話を馬鹿にするけど、エマは好きだった。

清々しいと思える朝も来なければよかったと思う朝も全て同じ朝で、それは等しく美しいと感じた。


「素敵な星だわ」


声にだした言葉に違和感を覚えた。

まるで自分が地球とは違う星を知っているような発言だ。

いつものエマなら気にしないままにしているが、今日は違った。何故かその疑問がずっと続いていて、エマの思考を支配していた。


そんな時は料理に限る。


夫に初めて褒められた料理である焼きそばを作ると、凪のように穏やかな心となるのだ。

夫と付き合い始めた頃のエマは、驚くほどに料理が出来なかった。

下手ではなく、料理を知らない。

料理を知らないから、味もなんだか物足りない。

ある日、大学の学園祭で焼きそばを振る舞うことになった。

サークルに所属していない男女数人のグループで代わる代わる作っていたのだが、エマが作った焼きそばだけが全く売れなかった。

エマの料理下手は学内でも有名なものだったのだ。

数日前から研究に研究を重ねて作ったのに。味見しながら作ったのに。

エマは目に涙を溜めた。


「これ頂戴」


そこに晋平が現れた。飲み会で知り合った同じ薬学部の2個上の先輩。映画研究会に所属していてあまり喋ったことは無かった。


「映画流してたんだけど、暇すぎて遊びに来た」

「180円です」

「安すぎない?」

「私のだけ全く売れてないから半額なの」


こんもりと積まれたパックに気づいた晋平は2つ買った。


「あっちで一緒に食べよう」


エマの手を取った。


「でも、接客しないと」

「15時までに戻ってきてくれるならぁ、行ってきてもぉ良いよぉ」


うさ耳をつけたフワフワした女の子がニコニコしながらこちらを見ていた。


「15時からカラオケ大会があるから行きたいんだよねぇ。でもぉその時私当番だからぁ、変わってくれると嬉しいなぁ」

「15時だな。分かった。ありがとう」

「楽しんでねぇ」


手を引かれて雑踏を歩く。

こんなに沢山人がいるのに、温度を感じるのは晋平の手だけで、この手を握りながらこれからも歩いて

生きたいとエマは思った。まだ好きとも思っていなかったけど、きっとこの人と結婚するんだとエマは思った。

大学内の裏手にある、人手のないベンチで、2人は焼きそばを食べた。


「美味しい」


そう言いながら晋平はパクパクと焼きそばを食べる。お腹が空いていたのかもしれない。それでも沢山食べてくれることが、エマはとても嬉しかった。エマもひと口食べる。うん。美味しい。


「得意料理ができたね。もっと料理上手になるよ」


何も答えず、何も喋らず、声に出すと涙が出そうだったから、エマは無言で必死に焼きそばを啜った。急いで食べたから喉に詰まって、晋平からお茶を貰った。


「可愛いなぁ」


店番に戻る時に晋平から告白され、2人は付き合い始めた。

誰かに好かれるということは初めての経験で、むず痒いようなそのむず痒さが心地好いような不思議な感覚だった。

晋平はエマに大学内で浮いていることを教えた。ギャルではないのに金髪のロングというのがだいぶ異様に見えていたらしい。「地毛なんだ」というと「綺麗だね」と言って褒めた。少しでも私が普通に見えるよう、美容院を勧めてくれたのは一緒に店番をして接客を代わってくれた宇佐美さん。晋平が話を付けてくれたらしい。


「エマちゃんは顔小さいからショートカットが似合うよぉ」


髪色も茶色に染めたが、すぐに金髪に戻ってしまった。でも晋平も宇佐美さんも「地毛が1番」と言ってくれた。

晋平と付き合い始めて、エマの日常は鮮やかに彩り充ちた。今までは何か理由があって必死に生きてきたけど、自分に何も無くても生きてていいんだと思えるようになった。

そうだ。私にも友達がいた。

エマは思い出した。


「宇佐美さん、どうしてるかしら……」


大学を卒業した宇佐美さんは海外に飛んだ。就職とか結婚とかではなく、「旅に出る」という言葉と共に、宇佐美さんは消えた。連絡先を交換していたから何度かメールを送ったけど、返事がくることは無かった。

晋平と結婚して、真湖と美琴が生まれて、エマは母になった。だから自分に友達がいたことなんて、すっかり忘れていた。

人参を切っていた包丁を置いて携帯をいじる。「宇佐美 梨花」という名前を久しぶりに見た。


「お久しぶりです。焼きそばを作ろうとしたら宇佐美さんのことを思い出しました。お元気ですか?」


電話にしようと思ったが、久しぶりに声を聞いたら何も言えなくなりそうだったからメールにした。

どうか返事が来ますように。震える指と心を落ち着かせながら、祈るように送信する。


「あ、アドレス変わってたらどうしよう……」


急に不安になってもう一度アドレスを確認しようとすると、目の前が眩い光に包まれた。光ったのと同時に世界が歪み、エマは気を失った。


目を覚ますと、無機質な冷たい部屋の中に居た。

しかし、どうも懐かしい香りがする。実家に帰ってきた時の安心感ってこんな感じなのかしら……と、エマはうすら目を開きながら思った。

夢かもしれないと思い、もう一度眼を閉じると、声がした。


「◆*+?‘{+<‘}?__*{>+>>_?#%」


声というより音に近い。

眼を開けると中学生くらいの金髪少女が立っていた。めちゃくちゃ美人。


「◆*+?‘{+<‘}?__*{>+>>_?#%」

「え?」

「;:@./\`+*></\」


何を言っているが全く分からなかった。

その事に気付いたのか、少女は悲しそうな顔をすると透明の筒を差し出した。


「コレタベテ」


受け取って中を見ると、直径5センチくらいのクッキーのようなものが入っていた。筒の蓋を開けてクッキー(多分)を取り出す。

怪しいものなんじゃないか。


「いらない」


そう言って突き返した。

見ず知らずの場所で見ず知らずの少女から見ず知らずの食べ物を渡されると、誰だって断る。少女は困った顔をすると手毬のようなものを取りだし、何か話しかけている。

気味が悪かった。

日本語ではない言葉というか音を聞き続けると気持ちが悪くなると知った。

息が苦しい。喉の奥からヒューヒューという音が出る。頭が冷たくなり、寒気がする。


「くる……く……る……しい」


少女が手毬を置いて駆けつけた。


「タベテタベテ」


クッキーをやたらと押し付けてくる。


「+*>☆、タベテ」


+*>☆

懐かしく感じた。

これがエマの本当の名前だった。

クッキーを受け取る。

少女は水の入ったコップも持ってきた。


「こ#を&%で」

これを飲んで


きっとそう言っている。コップを受け取り一口飲む。地球の水よりだいぶ美味しい。あぁ、ここは地球ではないのか。エマは悟った。

コップの水を全て平らげると、眠気が襲ってきてエマは寝てしまった。


次に目を覚ました時、目の前にはクッキーくれた少女を含む5人の少年少女がいた。


「目が覚めたのね」

「だいぶ地球に染ってしまって」

「声はわかるかしら」

「クッキー食べたから大丈夫よ」

「あ、起きてる」


5人が一斉にこちらを向いた。エマは驚きながらもベッドから起き上がり会釈をした。

分かる。

誰が誰か知っている。

クッキーをくれた少女はエマの妹。

その隣にいるのは母と父。

先生と呼んでいた〆◆△▽。

そしてエマの婚約者。

妹以外みんなエマより年上のはずなのに、全員中学生のような背丈で幼い顔をしている。

それもそのはずだ。

この星の人々は地球人より倍以上生きる。地球人の1年が、この星では10年になる。そのため、身体の成長がとてもゆっくり進んでいくのだ。

そしてエマはそんな星のカミであった。

全て思い出した。

エマはこの星のために地球に行った。終わりかけていた自分の星を再生させるため、この星よりも劣っていて終わりかけている地球の知識を持ち帰り、星の延命を図ろうとしたのだ。

まるで前世の記憶が全て頭の中に入ってきたかのように全てを思い出して、クラッとした。

そうだ。私の故郷は、この無機質な星の中だったんだ。


「思い出したようね、+*>☆。いや、エマって呼んだ方がいいのかしら」

「先生、皆様。お久しぶりでございます」

「あなたが帰ってくるのを、我々はずっと待っておりました」


エマは20年近く地球にいた。この星で言ったら200年近く待たせていたことになる。


「申し訳ないと思っているわ。でも記憶が消えていたから考慮して欲しい」

「最初に言ったはずだ。地球人と関わりすぎると星のことを忘れると。それなのに、その記憶があるときから、お前は地球人と関わってしまった。故意だったろ。我々は全て知っているぞ」


その通りだった。地球に来て1年目の時から、エマは地球の可能性を感じていた。虫の息になっている地球は、それでも美しかったのだ。エマの星より倍以上いる人類は愚かで見るに耐えなかったが、懸命に生きてるようにも思えた。言葉の違う人々と話し合い、文化の違いを受け入れて吸収する。少ない人数だが、それを実践している人は確かに存在したのだ。

そんなに劣っているのだろうか?それを知るために地球人との交流を深めた。深めれば深める程、この美しい星に居たいと願ってしまったのだ。


「お前が何を考えているかは分かっている。愚かなカミよ。自分の姿が醜いと思ったことは無かったか」

「先生も私を観察していたら分かったはずよ。地球は美しい。我々の星のために滅ぼすなんて……」


涙ながらに訴えた。

すると5人は顔を見合わせると「はて?」という顔をした。代表で妹がエマの近くに来る。


「+*>☆、何を言ってるの?私たちが地球を滅ぼすことなんてしないわ。地球は、地球人の所為で滅亡するのよ?」

「え?」

「記憶がしっかりしてる訳ではないのね……」


妹は丁寧に教えてくれた。

この星は地球を発見する前、危機に立たされた。

植物が育たなくなり、太陽は1・2時間しか姿を現さなくなり、人々は活気を失い、200才以上生きるこの星の人は50年で死んでいった。

滅亡の危機を迎えたのだ。

そして学者により、太陽の出る時間が少なくなったのは新しい惑星が現れたからだと分かった。

それが地球。

地球はこの星の何倍も大きく、人も沢山住んでいて文化も植物も豊富でヒトが生きるのに最高の環境だった。

そんな星が近くにあるものだから、絶望した。

数100年後、この星の中心地に突如としてエマが現れた。

エマは地球を動かして太陽の光を少しでも浴びれるようにした。

すると植物は生き返り、人々も活気を取り戻した。

エマは自分の血肉から妹を創り、自分の面倒を見てくれていた男女二人を夫婦にして親とした。

この星が元に戻っても、地球観察機というドローンのようなものを飛ばして観察することは止めなかった。

緑豊かな地球をエマは心底羨ましく感じた。そして地球への移住を決意したのだ。

エマが地球に行くことを、星の人々は懸念した。


「カミが行くなら我々も」


エマ一人の移住と星の移住は規模の大きさが全然違う。

そのため、エマが先に1人で行き、星の人々の移住地を探す。その間にカミの側近たちで移住したい人と留まる人に分かれ、移住したい人は宇宙船を作り、留まる人でエマの動向を追った。

エマは地球にある2つの国、どちらかを移住先にしようと考えていた。それがアメリカと日本。

アメリカの方が異星人に寛容に思えるが、最先端すぎるユニークな性格が星の人々に合わない気がした。

日本は穏やかな人が多い。あまり他人に干渉しないところも良い。でも異星人が来るとなったら攻撃的になるのではないか……。心配事は尽きないので、エマは日本とアメリカで3年ずつ生活をすることにした。

そして、最初が日本だった。


「全ては順調に進んでいたの」


エマが大学に入学して2年が過ぎた。

日本はあと1年。日本の情報と移住地候補も集まり始め、残りの1年はそれをまとめる期間になっていた。

それなのにエマは恋をした。友人ができ、仲間や恩師にも出会った。地球人との関わりが増え始めると、エマとの通信に不調が生じ始めた。

その2ヶ月後、完全に通信が途絶えた。


「それでも地球の調査に尽力したわ。するとあと数十年で地球は確実に滅亡するって分かったの。貴方に伝えたくても手段が無かった。でも貴方はこの星を見放した。貴方のためにやったのに!このまま無かったことにしようと思ったけど、カミがこの星を捨てたことを民にどう説明したらいい?私たちは考えて考えて考え出して、貴方はこの星を救うために地球に行ったということにした。本当に馬鹿みたい……でもある日、突然通信が出来るようになったの。何故だか分かる?」


エマは首を傾げた。夢みたいな話だと思ってほとんど聞いていなかった。そんな事より宇佐美さんからメールの返信がきていないかが気がかりだった。

妹は呆れたようにため息をつくと肩を下ろす。


「貴方がカミだったことはもうどうでも良いの。地球でもどこでも好きなところで生きて好きな時に死ねばいい。でも、ミコトは私たちの星のものよ」

「は?」


急に出てきた娘の名前に動揺した。

なんで美琴はこの星のものなのか。


「ミコトはカミなの。あの子は本当はこの星で生まれてきてカミになるはずだったのに、貴方が地球なんかに行っちゃったから生まれてくる場所を間違えちゃったの。だからほら、髪は染め直しても金色だし地球には馴染めないし友達も離れていくの。可哀そうに……」


妹は涙を流した。その涙は宝石のようにキラキラ光ったかと思うと、コロンという音と共に地面に落ちた。

そうだ。美琴も生まれてきたとき涙がキラキラと光っていて、そのまま宝石になって地面に落ちた。髪の毛も金色で、鈴のような声で泣いた。赤ん坊特有の金切り声ではなかった。美琴を取り上げた助産師は「神の子」と言って崇めたが、強ち間違えではなかったという事か。


「私たちはミコトのことをずっと見守っていた。どうか地球に染まらないでこちらの星に来てほしいと願いながら。その願い通り、ミコトは生きづらそうではあったけど、カミの素質を持ったまま17になった。地球が滅ぶまで、あと数週間「数週間?!?!」


エマは叫んだ。


「あと数週間なの?それだけしかないの?なんで??」


星の人々はエマを睨んだ。もうここには昔のようにエマを崇敬している人はいない。


「人間共の素行を見たら明らかだろう。まだ続いた方だと思うぞ。あんなに美しかったのに、今は見る影もない。動物が絶滅しても見て見ぬふり。異常気象が起こってもどうでも良い。嗚呼、もったいない」

「えぇ本当にもったいない。だから、もう移住はしないの」

「意味ないしね」

「でも宇宙船もせっかく作ったし、それをノアの箱舟にしようと思って」


“ノアの箱舟”、悪事を働いた人間を滅ぼそうとした神が、神の意志に随っていたノアとその家族と命ある動物のみを船に乗せ、世界をリセットしたという聖書に出てくる話。


「でも私たちはカミじゃないから、ミコトの家族も救いたいなんて慈悲は無い。乗せるのはミコトと地球にいる全ての生き物と、ミコトが選んだ人間のみ。全てはカミの御心のままに」


エマは早く家に帰って焼きそばを作りたかった。いつもの美しい日常を過ごしたかった。

こんな殺風景なコンクリートの部屋じゃなくて、陽の当たる暖かいソファーで昼寝がしたい。


「そうしたらいいんじゃないかしら。私はやっぱり地球が好きだし、今もあの時と変わらず美しいと思ってる。もし美琴がこの星に来て、地球の自然をここに作って保存が出来るんだったら、そのまま地球がなくなってしまってもいいと思う」


星の人々は満面の笑みになった。


「ありがとう!私は自分たちで決めてミコトを勝手に連れてこようと思ってたんだけど、この星の住民たちは貴方に夢中だったから反対運動が起きていて大変だったの」


妹が壁に触ると、カーテンのように壁が広がり、外には一面の人。人。人。人が狂喜乱舞して歓声を上げて拍手喝采が起こっていた。


「なにこれ……」

「ここの会話は全ての民に聞こえてたの。この盛り上がりってことは賛成が多いってことね。よかった。これで貴方は本当に用無しよ。宇宙船が来ることによって地球は戦争でもするでしょうね。まぁその前に滅ぶんだけど。貴方は愚かな地球に帰って滅び行く様を見届けたらいいわ」


冷たい顔をした幼い妹がそう言うと、エマの世界は歪み、地球に戻るのだと確信した。歪みに飲まれながら、宇宙旅行と里帰りを同時にしたんだという呑気なことを考えていた。


眼を覚ますとキッチンで携帯を持って立っていた。外は暗くなっており、まな板の上に置かれたままだった切った人参は水分を失って皺が出きていた。

深呼吸をする。自分の家だと思うと安心して笑みがこぼれる。

ふと携帯を見ると、宇佐美さんから20枚以上の写真と共に返事が来ていた。


「エマちゃん!!!!久しぶりだね。私はあれから沢山の国に行ったよ!でもやっぱり日本が良くて今は結婚して日本で暮らしてます!また晋平さんと一緒に遊ぼうね」


最後の写真は宇佐美さんの家族も映っていた。

エマは妹の言葉を思い出していた。そして、妹も地球に連れてくればよかったと思った。そうしたら、きっと自分と同じ感想を持つはずだから。だってエマから生まれたのだから。


「美しい星だわ」


エマはそう呟くと、焼きそば作りを再開した。







エマの里帰りでした。

次話がラストです。

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