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少女の話

 坂崎家の次女・美琴は現在高校3年生。大学受験を控えているが、勉強が苦ではない子なので心配はしていない。今日は8月の日曜日。美琴の様子がおかしいのは夏休みが終わりに近づいているからだけでは無さそうだ。いつもなら、友人である田村沙希と買い物に行ったり映画を見たり話題のピザ屋さんに行って、顔のサイズほどあるピザを食べたり、朝から晩まで遊び三昧なのだが、昼の12時を過ぎているのにまだ夢の中。枕は涙で濡れており、目が少し腫れている。可愛そうに……誰にも聞こえないよう、枕に顔を押し付けて声を押し殺し静かに泣いていたのを、私は知っている。

 昨日の夜、沙希から突然「美琴とは遊べなくなった」という連絡がきた。急な事に面食らった美琴は、「遊ぶのドタキャンとか珍しいじゃん。何かあったの?」という返信と、内容を気楽に話せるようにと思い、?マークが付いたキャラクターのスタンプを一緒に送った。それ以降何の連絡もないのだ。しかも既読さえ付かない。ブロックされているなんて考えたくはないからなのか、美琴は黙ってスマホの電源を切った。

 もちろん美琴には他にも仲良くしている学友が数人いる。しかし沙希以外の人なんて、美琴にしてみればただの顔見知りである。しかもその顔見知りたちからも夏休みに入る前にハブられていた。理由は知らない。別に高校からの知り合いで、なんとなく一緒にいるような子たちだ。なんとも思ってない人から無視やそれ以上の事をされても、美琴は慣れているから平気だった。だが沙希は違う。美琴にとって田村沙希という存在は特別なのだ。友達以上、好き未満。中々言葉では言い表せない関係は、より二人を親密にしていった。

 二人の出会いは中学の入学式、誰も知り合いがいない教室で担任が来るのを俯きながら待っていた沙希に美琴が声をかけた。その時のことを沙希は、

 「身を潜めて静かにしてたのに、いきなり金髪ショートの不良が声をかけてきたんだよ?驚きすぎて涙出たわ」と、冗談交じりに言うのだった。

 坂崎家の母は異国出身だったので、美琴の髪は元から太陽の光を浴びたイチョウみたいな色をしていた。母親の話はまた後でするとして、美琴は黒の絵具で塗ったような沙希の髪の毛に釘付けになり、「綺麗な髪だね」とナンパをするように気兼ねなく声をかけたのだ。そんな美琴に沙希の緊張や不安は一気に無くなって少し涙を流した。怖がらせてしまったとオロオロする美琴に対して沙希は、

「急に泣いちゃってごめん。話しかけてもらえて嬉しくて……ありがとう」

なんて笑いながら答えるんだから、次は美琴が目を潤ませていた。髪色のせいで不良と間違えられやすかった美琴に親友と呼べる人物は一人もいなかった。屈託のない笑顔を見せてくれた沙希に、美琴はこの子と仲良くなろうと決めたのだ。

 喧嘩をすることもあったが、次の日には仲直りが出来ていた二人。どんなことも沙希には相談できて、沙希も家族にさえ言えない悩みを美琴には打ち明けてくれたりした。まだ中学校と高校の6年間しか一緒にいないが、美琴はこれから先も一緒に居てくれる友人を見つけたのだ。なのに――

 私が色々考えている内に美琴は夢から覚めていた。枕の脇に置いてある目覚まし時計にちらりと目をやって溜め息をついている。時計の針は13時を指していた。溶けそうになっている体を起こしてベッドに座る。スマホを手に取って、さっきより深い溜め息。そのままスマホをベッドに置くと、ようやく腰を上げた。お腹をさすっているので腹が減ったのだろう。階段を降りている途中、姉の部屋から微かに男の声がした。彼氏だろうか。しかし美琴はあまり気にも留めず洗面所に入って、目が腫れているかの確認をした。目の周りはほんのりと赤みがかってはいるが、気にするほどではなかった。顔を水でバシャバシャと雑に洗い、掛かっているタオルで丁寧に拭いた。両ほっぺを少し抓り、「よし」と気合を入れる。泣いていたなんて家族にはバレたくないから。

 リビングのドアを開けると、居るはずの母の姿がない。今日はスーパーのパートも休みの筈だ。キッチンに入ると、まな板と乱雑に切られた人参、そして袋に入ったままの焼きそば麺があるだけだった。作っている途中に調味料がなくなって近くのスーパーに買いに出掛けた、という感じ。母は料理が苦手で、唯一食べられるのが父に教わった焼きそばだけだった。なので、母が焼きそばを作る日は何か良いことがあった日。他の日は母以外がご飯を作る。美琴は一瞬焼きそばを完成させようとしたが止めて、卵かけご飯を作ってソファーで食べた。

 食べながらテレビをつけると、どこの局もニュースばかり。最近地球以外の惑星が見つかって、世間は大騒ぎをしている。美琴はテレビで真面目に地球外生命体だのUFOを目撃しただのと言っているコメンテイターを一蹴してテレビを消した。

 「馬鹿みたい。いてもいなくても私達には関係ないじゃない。いたら地球侵略でもしてみろっつーの」わざと大きい声で独り言を言う。

 食べ終わった茶碗を水で軽く洗い、もう一度ソファーに腰かけると、まだスマホにしていない父の携帯電話が目についた。一定のリズムで小さくオレンジ色に点滅しているその携帯が何故かとても気になって、それを美琴は横目で見る。中を見てみたい衝動に駆られているのだろう。母がまだ帰ってこないのを確認して携帯を開けた。そこには「不在着信 105件」の文字。「ええ!」美琴は声に出して驚いた。仕事場からだろうか。父を呼ぼうと思ったが気配がない。この家にいるのは、美琴・姉・正体不明の男の三人だ。美琴は見なかったことにして携帯を閉じた。

 「暇だなぁ」手持ち無沙汰になると独り言が多くなるのは美琴の小さい時からの癖だ。ソファーに寝転がり、沙希のメールについて考える。誰から何を言われたんだろう。しかし沙希と美琴の絆は簡単に壊せないぐらいきつく結ばれている。もし沙希に何かを吹き込むとしたら誰だろう……美琴は静かに考えた。沙希と高校から仲良くなった雅美?でも彼女は美琴をハブるのさえも躊躇うような子だ。それに一人では何もできない。ならば、千夏?彼女は気も強いし、誰かが悲しんでいるのを楽しむタイプだ。しかし、沙希は千夏を嫌っている。千夏の言うことを沙希が信じるとは思えない。

 答えが出ない問いに考えるのが疲れたのか、美琴はまたテレビの電源を入れ、録画していたバラエティー番組を見始めた。何も考えずにケラケラ笑う美琴。見終わってテレビの電源を消すと、また美琴に黒い気持ちがやってきた。悲しみは徐々に怒りに変わる。美琴は持っていたテレビのリモコンをソファーに勢いよく叩きつけた。彼女が怒りで唇を噛み締めている姿を、私は久しぶりに見た。六年前、お姉さんと大喧嘩をして、お母さんがお姉さんの味方をしたとき、怒りをどこにぶつけて良いのか分からなくて同じ顔をしていた。

 美琴は何も言わずに二階に上がった。スマホの電源を入れる。高校生になった彼女はその怒りをSNSにぶつけるという方法を身に着けた。

  

  私何もしていないのに。

  どうしてこんなことになったんだろう。

  明日、世界が終われば良い。

 

 誰にも見られないアカウントで呟く。これが彼女の気持ちが落ち着く唯一の方法なのだ。このような書き込みが、そのアカウントで100を超えた。美琴がどんどん黒くなる。でも、もう大丈夫。私が貴方を助けてあげる。


 だって貴方は、私が暮らす世界の神様なのだから。



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