特訓は続く
『う〜ん、困ったわねぇ』
シズカ・ロングフィールドはロミオ・ストーンパインの魔法練習を眺めながら呟いた。
ロミオの模擬戦闘の相手は、あのラシーダ・ホーゲットである。いくら模擬戦闘と言えども、ロミオには悪いが現状では実力が違いすぎる。武器だけの戦いならまだしも、魔法が使えるとなると圧倒的に不利だ。
ホーゲット家は火と闇の魔法を得意とする。一方のストーンパイン家は水と光の魔法を得意とする…筈なのだが。
『セット、ライト…』
『セット、シャイン…』
『セット、レイ…』
いくら練習しても、ロミオは光魔法が発動しない。
もちろん、いくら光特性のある家系と言っても、簡単に発動出来るほど光魔法は甘くない。
しかし、彼はあのクライス・ストーンパインの息子なのだ。歳の離れた兄たちは皆、光魔法の使い手であるというのに…。彼らがロミオぐらいの年齢の時には初級どころか中級魔法をマスターしていたという。
何か切っ掛けがあれば、ロミオもきっと光魔法を使えるようになる。シズカはそう期待してるし、信じているのだが…。
過去の歴史の中には突然変異などで、家系とは違った特性を持って生まれて来る人間がいるという本を読んだ事がある。もしかしたら、ロミオもそうかも知れない。
クライスさんは息子のロミオを溺愛してるという話を父から聞いたのだけど、やはりお父様たちはお仕事が忙しいのかしらね。ここは私が何とかしなきゃね。
『そうだわ。お父様にお願いして、魔導師さまに直接ロミオを見て貰おうかしら』
実は、この決意がこの後の2人の運命を大きく変える事になるのだが、そんなことは今のシズカ・ロングフィールドが知る由もなかった。
『ロミオ、とにかく今は相手の得意な火の魔法と、苦手な水の魔法を練習しましょう』
まずはそれからだわ。ロミオの水魔法はそこそこだけど、火の魔法は案外筋がいい気がする。やっぱり、お兄さま達と何処か違うのかしらと思う。
魔導師さまにロミオの事を見て貰うついでに、ラシーダに対抗できる方法も教えて貰えないかしら。
『セット、ファイア』
ロミオの手のひらに小さな火が灯る。
『シット、バーニング』
さらに大きく燃え広がる。
『シッ、バーニン』
さらに速く、大きく燃え広がる。
『バーニン、ブレード』
燃え広がった炎が、大きな刃を形成する。
『フレイム、アロー』
今度は火が矢のように飛んでいく。
ロミオは火の初級魔法に関しては、ほぼ問題なく使えるようになった。成長期ということもあるのか、シズカと特訓を始めてから目覚ましい進歩を遂げたと思う。
『やっぱりロミオは私が見てあげないと駄目ね』シズカはそう思いながら、自分を誇らしく思った。
『セット、アクア…』
ロミオの手のひらに小さな水が現れるが、直ぐに消えた。
『セット、ウォーター…』
やはり手のひらに小さな水が現れるが、直ぐに消える。
『セット、アクア、サイクル』
今度も小さな水が現れ、小さな円を描いて廻り出した。
『セット、ウォーター、カッター』
手のひらに小さな水が現れ、薄い刃を形成する。
それにしては、ロミオは水魔法もイマイチだわ。水を従わせることが出来ずにいる。
もともと水魔法や光魔法は攻撃より防御系や回復系の魔法なのかしらとシズカは思う。
防御や回復系の魔法に『従わせる』というイメージが湧きにくいのかも知れないわね。私は何の抵抗もなく従わせる呪文の『シット』で発動出来たけど…ロミオは練習が足りないのか、やっぱり少し特殊なのか。
その日は、いつものように馬車を正門付近に停めてシズカの帰りを待っていたロングフィールド家の執事が、とうとう痺れを切らして練習場に顔を出すまで、ロミオの特訓は続いた。