クラス
ニシノ・ファーツリーといい、シハヤ・ラングレーといい、このメルク王国には東国系の人間が多い。
昔の王国の政策で東国からの移民を奨励していた関係もあるそうだ。東国系の民族は概して手先が器用で、魔法の扱いも長けている。
当時まだまだ小国であったメルク王国では、軍隊の強化や生活の向上に彼らの力が必要だった。
そういえばシズカちゃんの家も東国系の貴族なのかなとロミオが思って彼女を見ていると『何笑ってるのよ』と睨まれた。
ニシノ先生が教室を出ていくとシハヤ・ラングレーが近寄ってくる。
『ストーン君、来週から試験だよ。君は大丈夫なのかい』
ラングレー家は『風』を得意とする中流貴族だ。
ロミオのファミリーネームはストーンパインだが、彼のあだ名が『石ころみお』なのを知っていて、わざとらしく『石ころ』の意味でストーン君と呼んでくる。
『何よ、ちゃんとストーンパインってファミリーネームを言いなさいよ』
ロミオは聞き慣れてしまったので全く気にしていないが、シズカちゃんには気に障るらしい。
『うへぇ、シズカちゃん恐わ〜い』
シハヤは両手を広げて腕を肩まで持ち上げて見せた。
『あら、シハヤ・ラングレーさまには私に対してそのような呼び方を許した覚えはございませんけど』
シズカちゃんが急に態度を改めて貴族言葉になった。オホホとか笑ってなんか恐い。
『いいえ、なんでもありましぇん』
シハヤ・ラングレーもシズカちゃんの家柄と容姿に憧れているひとりだが、ロングフィールド家の威光と彼女の剣幕には敵わずに、横に大きくなった身体を縮めるようにして、スゴスゴと引き上げていった。
その様子を眺めていた教室のあちらこちらで『ストーンの奴、シズカちゃんに気に入られて気にくわない』とか『石ころみお』とか『奴はどうせ中等学年には上がれないさ』とかヒソヒソ話が聞こえてくる。
『君たち、陰口はよさないか。何か不満があるなら正々堂々と手を挙げて話せ』
そう言って皆を黙らせたのはクラス委員長のリーキ・ヘルニアンだ。
彼女は黙って座っていると清楚な女性であるが、普段から何故か男口調で話す。
リーキは『火』を得意とする上級貴族ヘルニアン家の長女である。下に妹のサファイアがいるが、ヘルニアン家には未だ男子が生まれず、ゆくゆくは彼女が『嫁を貰って』家を継ぐつもりでいるらしい。残念ながらメルク王国では女性が家を継ぐことも、嫁を貰うことも現在は許されてはいない。
『リーキ委員長の言う通りだ。陰口は良くないよ、君たち』
そう言いながら、リーキ委員長の前ではなく、強引にロミオとシズカとの間に割って入って来たのは、上級貴族のラシーダ・ホーゲットだ。ホーゲット家は『火』と『闇』を得意とする。
その戦闘力は上級貴族の中でも高い。
『失礼するよ、石こ…ロミオ・ストーンパイン君。今度の試験で君と模擬戦闘をやることになったみたいだよ。楽しみだなあ』
ラシーダはワザとロミオのあだ名を言いかけてファミリーネームを呼んだ。ニタニタと嫌らしく笑みを浮かべている。魔法の不得意なロミオが彼に敵う訳がないのだ。
『何ですって!誰がそんなこと決めたの?ロミオが貴方の相手になんか、なる筈がないでしょ!』
シズカちゃんが取り乱して、ラシーダに喰って掛かる。
『おっと、これはこれは愛しのシズカ・ロングフィールド嬢ではないですか。ご機嫌麗しく…』
『ちゃんと答えて』
『僕には誰が決めたなんて、さっぱり判りませんよ。』それにと、ラシーダはロミオの方をチラリと見て付け加えた。
『僕の事をシズカ嬢が高く評価してくれているのは大変光栄ですが、今の発言はロミオ君に対して少し失礼じゃないですかねぇ』
シズカの全身に嘗め廻すような視線を向ける。
『あうっ、ごめんなさいロミオ、違うのよ…』
シズカちゃんは、その意味に気付いて慌ててロミオに謝る。
『だ、大丈夫だよ、事実だし。僕は気にしてないよ』
口ではそう答えたが、ロミオは自分の力の無さが悔しくて唇を噛み締めた。
『ハッハッハ、君とシズカ・ロングフィールド譲が毎日おままごとのような練習をしてるのは良く知ってるよ。ロングフィールド家は確か水と光だったかな?我が家と丁度正反対の家系だよね。ロミオ君は少しでも魔法が使えるようになったのかい?君なんかより僕とシズカ嬢が結び付いた方が、素晴らしい子供が生まれると思わないかい?』
『遠慮しておきますわ』
スズカ・ロングフィールドが間髪を入れずに答えた。出来るだけ強い口調で表情を変えずに言ったつもりだが、内心はこどもという言葉にロミオとのことを想像して動揺している。
『連れないねぇ。僕の将来の花嫁さんは』
『なっ、誰があんたなんかと』
私が結婚するのはロミオなのと思わず口にしそうになったが、地が出てるよシズカちゃん、と横からロミオに小声でたしなめられて少し落ち着きを取り戻した。
ラシーダは人前でもそうやって仲良く振る舞うロミオとシズカを見ているとイライラしてくる。
『模擬戦闘を楽しみにしてるよ、石こ…ロミオ君。2人の特訓の成果をせいぜい僕に見せてくれよ』
わざとらしく大きな声を出して笑いながらラシーダは教室を出ていった。