魔法の特訓
魔法の基礎は『火』『水』『風』『地』の四大元素からなる。この世界に住むものであれば、すべてのものがこれらの魔法を使える能力を秘めている。貴族だけが強大な魔法力を持っていると考えられてきたのは、単に魔法発動の知識や、杖や指輪などの補助道具を彼らが独占してきたからだ。
呪文は魔法を発動する為のキーで、呪文の代わりに杖や指輪等の道具を操る事で呪文を省略できる。更に上級者になると、腕や指の動き、まばたき、『えい』とか『やっ』という気合いだけで発動出来るようになる。実際の戦闘で、まどろっこしい呪文を詠唱している時間はない。
『そうは言っても基礎は大事よ。ロミオはちゃんと詠唱してから発動させなさい』
ロミオと同い年なのに、すっかり先生気分である。
『まずは火からよ』
『セット、フレイム、バーニング』
ロミオは一語一語はっきりと発音して、手に小さな火を灯すと、更に大きく燃え上がらせた。
『ダメダメ、それじゃまるで料理を失敗して鍋を焦がしたみたいじゃない』
自分の料理の腕は、この際余所に置いておく。
『シッ、バーニン』
スズカが詠唱すると、ロミオよりも数倍大きな火の玉が発動した。 まあ、ざっとこんなものよと得意顔である。
『ロミオは、こどもだから正確にセットと発音するのはいいわね』
シズカも同い年である。
『でもね、セットはただ準備をするという意味なの』
そこでシズカは少し間を置いて、これからが大事だから良く聞いてねとロミオに念を押す。
『わたしが使う基礎発動呪文は、セットではなくシットなの。シットは犬に対する躾と同じよ。魔法の準備をするんじゃなくて、魔法を従わせるイメージね。それに、バーニングという呪文だけでも火を出現させることが出来るから、慣れてしまえばフレイムという呪文は省略していいのよ。』
これは練習するしかないわねとロミオに顎で促す。とても上級貴族令嬢の振る舞いとは思えないが、物凄く楽しそうである。
『セット、バーニング』
『準備ではなくて、従わせなさい』
『シット、バーニング』
『その調子よ。もっと早く唱えて』
『シッ、バーニング』
『もっと早く』
『シッ、バーニン』
最初に比べて、はるかに大きな火の玉が素早く発動するようになった。
『まあまあね。少しはマシになったわ』
シズカはそう言ったが、確かに一般人にとってはマシなレベルだが、彼はクライスの息子で王立魔法学園の生徒である。
壁は厚くて高いなあと特訓をするロミオの横顔を見つめた。