5話 冒険者入門編③
やっと、ヒロイン?登場。長かった……
僕は受付で登録用の書類にサインをしていた。
美人な受付嬢に差し出す。受付嬢はパパッと書類に目を通すとにこやかな笑みを僕に向けてから言った。
「はい、これで登録は完了ですね。このプレートが冒険者の証です。再発行も出来ますが時間が掛かりますので失くさないようにして下さい。Eランクからスタートですけど依頼をじゃんじゃんこなしてSランクを目指して頑張りましょう!」
受け取った低ランクの銅プレートを首に掛けて頷く。
僕の眼中には迷宮しかない。正直依頼なんてどうでもいい。
登録も終わったしあとは装備と最低限の生活用品を揃えるだけだ。
受付嬢は「最後に……」と続ける。
「迷宮の挑戦はオススメしません」
「えっ!? なんでですか」
「はぁ……やっぱりですか。わたしもこの仕事長いですから海人様の顔を見ればわかります。あなたは欲に目が眩んでいる。お金は必要です。迷宮は間違いなく稼げます。ですが……仲間もいない、魔力も無い海人様には攻略は無理です。間違いなく死にます」
「なっ。なんで言い切れるんですか! やってみないと……」
受付嬢は懐からサングラスを取り出した。ダンデイのものとよく似ている。
「これは魔力を測れる魔道具です。人は魔力を纏うようにしているんですがそれを応用して最近開発されました。普通、いくら魔力が低くても白いものが薄く見えるんですよ。でもあなたには何も映らなかったんです。魔法も使えずにどうやって魔物と戦うんですか!」
最後の方は声を荒げていた。周りの冒険者が何事だと視線を向ける。
受付嬢の顔がみるみる赤くなり、咳払いを一回。
「と、ともかく駄目ですからね。どうしてもと言うならわたしからガードマンに頼んであなたの迷宮入りを禁止させちゃいますよ。まずは強い仲間と経験を積んで下さい」
僕は肩を落とし頷いた。けど、納得はしていない。
駄目と言われるほどやりたくなるとかそういうものじゃなくて、単に、挑戦したかった。
魔力がなくても、魔法が使えなくても僕は出来るんだって証明したかった。
僕を馬鹿にしたクラスメイト、父さんに見返したかった。
怪我が治ってから身体術をより極めたのも、剣術を学んだのもそのためだ。
「魔法ってそんなにすごいんですか? 魔力量の多寡がすべてを決めるんですか?……違うだろ。
違うと言ってくださいよ……!」
受付嬢は黙って俯く。悲哀に満ちた表情がちらっと見えた。
「俺の奈々ちゃんに当たるな!」「バカッ! 俺のだよ!」「違うよ。みんなの奈々ちゃんだよ」
「けっ! 偽善者ぶってんじゃねぇーよ」
「お前やりやがったな!」「なんだやんのか!」
背後から野次が飛んでくる。別の方向へと収束している気もするが……
周りの冒険者の方々の言う通りだ。今日初めてあった見ず知らずの方に何を僕はぶつけているんだ。鬱憤を晴らして何になる。
「話は聞いておりました。あなたの願いはわたしが叶えましょう」
透き通るような女性の声がした。
ロビーの方を向くと美少女がいた。肩まで伸ばした金髪、仄かに蒼い瞳、整った顔立ち。
絵に描いたような完璧なスタイルをしている。
僕、いや、この場の誰もが少女の美貌に見惚れ黙り込んだ。
静謐な空気の中をカツカツとヒールの音だけが響く。
「お待ち下さいお嬢様。旦那様がお戻りになられましたよ」
少女のもとへタキシード姿の男が足音ひとつ立てずに駆け寄る。
ピタリと少女は止まり桜色の唇に人差し指を当てた。
「ちょ、ちょっと黙りなさいよ。今、いい雰囲気なの」
「申し訳ありません」
純白のドレスを靡かせて少女は再び歩く。
僕たちは微動だにしない。少女のいる場所だけが象られ、時が動いているような錯覚に陥る。
ポーンと音の後にエレベーターから冴えない感じの男性とダンデイさんが現れた。
「おーい亜里沙、パパの仕事終わったから帰るよ」
「な、なに考えているのパパ! 大っ嫌い!」
少女はまたもや止まり赤面した顔で声を上げる。
嫌いと言われた父親らしき男性はうっと呻くと膝から折れた。
それに目も向けず、僕の僅か五十センチ前で歩みを止めた少女はふふっと妖艶な笑みを浮かべる。
「わたしは…………E、よ」
「え……」
何が、とは聞かなかった。
自然と視線が彼女の胸元に吸い寄せられる。
開かれたドレスから覗く二つの双丘。
こ、これが。
胸中に感慨深いものが宿る。
「ふふふ、そっちじゃないわ。冒険者ランクのほうよ」
「……」
「反応しなさいよ。わたしが恥ずかしいわ」
「亜里沙!? 冒険者って、どうゆうことだい」
真っ先に反応したのは項垂れていたパパさんだった。
「あぁ、あのねパパ、わたしは冒険者になることにしたの。というかもうなったわ。もちろん明日の迷宮視察はするわよ。この方と一緒にね」
「はい? え……」
僕に指を向け、さらっととんでもないこと言い切る少女。確かに冒険者身分証明の銅プレートが吊り下げられている。
「旦那様!」
彼女の言葉がよほどショックだったのか、パパさんは倒れ込んでしまった。
「あなた、海人といったわね。明日、朝の8時に迷宮前集合ね。迷宮に入りたいのなら必ず来なさいよ」
優雅な所作で垂れた髪を耳にかけて来た道を戻っていく。
彼女の後ろ姿はどこか儚く、僕と同じものを感じた。
誰もが見惚れ、呆れ、茫然とするなか彼女のヒールの音だけがいつまでも響いていた。
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