第4話 冒険者入門編②
一人の男が優しい色合いに包まれた廊下を華麗なステップを踏みながら歩いていた。
周りに人気はないが、もし彼の今の姿を見た者がいれば目を見張るだろう。
強面の四十路近いおっさんが、ニタニタと気持ち悪い笑みを浮かべながら踊っているのだから。
彼の名はダンデイ。世界に20人もいないSランク冒険者のひとりで冒険者なら誰もが知る有名人だった。
「これは使えるぜ。海人に感謝しねぇとな。それにしてもあの魔力は……」
左手薬指に嵌めた、髑髏がかたどられた指輪をうっとりと見つめひとり呟く。
昨晩裏通りで大金をはたいて買った、今や製造が法律で禁じられている魔道具だ。
この魔道具、「恋の髑髏」は魔力を込めると指輪を付けた者から半径1メートル内にいる生物に対し恋心を芽生えさせる効果がある。
効力は対象の魔力量に反比例し魔力量が小さいほど強く、長時間続く。
かつてブサメンでモテない男たちが彼女が欲しいという一心で作り上げ、世界中に存在するであろう同志に向け発売した魔道具だ。
だが、人の心を無理矢理変える禁呪として国連に回収、処分され研究資料もすべて焼き尽くされた挙句製作者、研究に加担した者たちは重罪として毒殺された。
それを当時回収チームに加わっていた元軍人が隠し持っていたのだ。
情報を聞きつけたダンデイは追放しない事を条件にコンタクトをとり男から購入した。
男はSランク冒険者ダンデイを見て心底驚き、無償で譲ると言ったのだがダンデイは金を渡した。
ダンデイにとっては有り余る金の極一部でしかなく、自分が求めている時に恋の毒路を手に入れることが出来て機嫌が良かったことも一因だろう。
それに男は同じ男のダンデイから見ても女性関係で苦労してそうな顔つきだった。
ようは、ブサイクだったのだ。
考えてみればそれもそうだろう。
男もモテたくて恋の髑髏を奪ったわけだから。
大金は夢を失ってまで託してくれたひとりの漢に対してのせめてもの償いだった。
兎にも角にも指輪を手に入れたダンデイは風の噂で無魔力と聞いた紅蓮海人に接触し、仲間に海人を気絶させてもらい人目のない個室で指輪の効力の実験をしたのだ。
効果は絶大。
海人のあの熱い眼差しには流石に引いたほどだ。
魔道具の力を実感したところでダンデイは計画の次へと進む。
「失礼します」
廊下を抜けた突き当たりにあるVIPルームの前でダンデイは止まる。声をかけて防音対策の分厚い扉を開いた。
場の空気を感じ取り、サングラスを外してダンデイは気を引き締める。
「ダンデイ、ご足労をかけたな。まあ座ってくれ」
優しい声音で白い髭を垂らした初老の男がダンデイを促した。ソファに座る組合長、謙三郎はその年齢に似合わず力強さを感じさせていた。
見透かしているような眼差しが向けられダンデイは少したじろいだが、伊達にSランク冒険者を名乗っていないだけはある。
内心を完全に隠しきり堂々たる姿で向かいのソファに座った。
「で、この方が依頼主の……?」
この部屋にはもう一人いた。ダンデイより少し年上だろうか。
萎縮し、パッとしない外見で小物感を漂わせているが高級ブランドの腕時計や着こなされたスーツ姿、何よりここがVIPルームであることから只者ではないと容易に知れる。
そもそもダンデイは依頼主と依頼内容を事前に知っていた。そのための準備も整っている。
「ああ、此方が依頼主のルイバースの社長兼取締役 近藤 正蔵殿じゃ」
ルイバースと言えば魔道具界の代表ともいえる大手企業だ。
ダンデイは笑いが込み上げてくるのを我慢し、正蔵と握手を交わした。
ダンデイと正蔵が握手をする中、ダンデイの口元がヒクついていたのを謙三郎は見逃さない。
そして握手を交わす手とは反対の手に禍々しい髑髏の指輪を見つけ、息を呑む。
ーーあれは、恋の髑髏……! なぜダンデイが。こいつ何を企んでいるんじゃ。
握手も終え、ダンデイは謙三郎から魔力の篭った視線を感じ取った。戦慄が走り手汗が滲む。 拭き取るため両手をそれぞれズボンに当てようとして指輪が嵌めたままであることに気づき、同時に謙三郎の視線の理由も分かってしまった。
一瞬、二人を殺す選択肢が浮かんだ。しかし謙三郎に勝てる自信がない。
ダンデイは素早く指輪をポケットにしまい込み、歳で忘れてくれねぇかなと現実逃避気味に思いつつ正蔵の話を聞いた。
依頼内容は予め聞いていた内容と変わりはなく、正蔵の娘の護衛だった。
曰く、なんでも正蔵のひとり娘が迷宮を自分の目で見てみたいと駄々を捏ねた。
娘に甘い正蔵は二つ返事で頷いてしまい、後になって自分の愚かさに気づいたが娘の喜ぶ顔を見て今更取り消しも出来ず途方に暮れた。
一週間考え抜いた結果、娘を説得するのを諦め、優秀な護衛をつけ無事に娘を迷宮から帰還させることにした。
組長に相談し、日本支部で一番強いダンデイを推薦されて現在に至る。
「分かりました。私でよければ喜んで受けさせていただきます」
「あ、有難うございます」
ダンデイの返事を聞き安心した表情で正蔵は感謝の意を示した。
二人が居なくなった部屋で謙三郎は頭を抱える。
「なにか大事なことがあったような気がするんじゃがのぉ……」
明日には思い出すだろうとワインが入ったグラスに口をつけた。
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