1話 冒険者までの道のり
「海人、お前の進路はどうすんだ?」
僕は進路相談として担任に職員室へ呼び出されていた。
高校ニ年の秋。
そろそろ進路について真剣に考えるべき時期だ。
クラスメイトの大半は既に決めているらしい。
自然と焦りがうまれる。
けど、僕にはどうしても将来というのが思い浮かばなかった。
魔法が使えない。
それが僕の未来を暗く閉ざしていた。
僕は生まれてこのかた一度も魔法を使えたことがない。
人は5歳でマナの存在を知覚し、10歳までには何かしらの魔法を使えるようになるらしい。
現に小学三年の頃にクラスメイトの九割が使えていた。
四年に上がる時にはもう一人も僕の仲間はいなかった。
中学に入っても当然のように仲間は見つからない。
加えて中学から魔法の授業があったので毎回見学した。
皆んなが楽しそうにしているなか実技場の隅っこで体育座り。
それを三年間続け、
やりたいものも定まらずに高校に入学し気付いたら二年の半分である。
魔法が使えないって社会に存在していないのと変わらないよね。
死人みたいなもんだよ。
僕は死んでいるんだ。
将来社会に何も役に立たないくせに一端の飯は食うしゴミも出すし、僕は社会にいらない不純物さ。
あーあ、僕はなんてグズ野郎なんだ。
魔法が使えたら。
魔法が使えたら。
魔法が……
自分の無力さに落ち込む。
「お前な、この時期になにも考えていないってことはないだろ。去年の進路希望はなんて
書いたんだ?」
下を向いたま黙っていると痺れを切らした岡部が苛立ちげに言った。
すみません。何も考えてないんです。
どうしていいか分からないんです。
そういや去年の進路はなににしたんだっけか。
ああ、そうだ。
適当に父さんの母校を書いたんだった。
あれを言うのか正直嫌だな。
「いや、そ、それは……」
「言ってみろよ」
渋る僕に気を止めず迫る岡部。
ちぇっ、鬱陶しい。
岡部が机に置かれた箱から取り出したタバコにライターを当てた。
頭上には魔法陣を展開して煙を外に逃がしている。
なんて配慮ができているんだ。大人だ……!
と、感動するわけもなく僕は気分が悪くなった。
担任である岡部は僕の魔法の事情を知っているのに僕の前で堂々と魔法を行使した。
魔法を僕に見せびらかしているように思えて
とても腹立たしい。
だけどこれが現実だ。
魔法が全てであらゆる事に魔法技術を浸透させた社会。
これが僕が生きる世界なんだ。
頭では理解しているつもりなのにいつまでももやもやが残る。
「おいどうしたー、忘れたのか?」
タバコを加えた岡部が訝しげに聞いてくる。
はいはい、去年の希望ですね。
「そうですね、国立の魔導大学 こうがく…」
「ふぇ? 海人が……? はっはっはっは! 腹いてぇー!」
ーー工学科です。
僕が最後まで言う前に岡部は限界だというように膨らんだ腹を抱えて笑い声を上げた。
僕はただ黙ってその光景を眺める。
分かっていたことだ。
自分の無能さは自分が一番わかっているよ。
去年の担任にも笑われた。
三者面談では流石に歯を見せて笑うことはなかったが、佐々木の肩が震えていたのを僕は見過ごさなかった。
生徒の進路を笑い飛ばす先生をどうかと思うが、これが僕に対する社会の認識なんだ。
『魔法の使えない奴は社会のクズだ』
僕が生まれる前、僕の父であり当時20歳という若さにして火属性魔法の達人級を取得して今は国の最高権力者の一人である紅蓮 聡 がこれをよく言っていたそうだ。
しかし僕と言う失敗作がこの世に産まれてからは口にすることは無くなり、最近では『魔法に頼らない世の中』を目指す運動をしているとかなんとか。
でも、僕は父さんが本心からそんな訳の分からない運動をしたいとも思っているわけではないと知っているし、何より魔導書で埋め尽くされた家の書斎がそれを物語っている。
父さんでも魔法を使えない人を下に見る風潮があるのだから、笑われない方がおかしいものだ。
気持ちを落ち着かせるようにタバコを一服した岡部は真剣な眼差しで僕を見据えた。
「それは本気で考えているのか? 俺はな、海人のお父さんが魔導の道で凄い人だということも勿論知っている。けどな、お前が魔法を苦手にしていることも知っているんだ。
お前の学力と身体術なら魔導大学なんて言わず軍養成所なんてどうだ? 海上自衛隊なんてお前の名前にピッタリだな」
海人だから、海上自衛隊ってか?
名前で入れたら苦労しないよ。
「先生、今さらオブラートに包まなくていいですよ。僕は苦手というより魔法を一切使えないんですよ。
それに自衛隊といっても魔法はどうしても必要となりますから無理ですね。
まあ、魔導大学はあくまで希望ですし」
世間一般でいう魔法を使わない職業というのは高校レベルの魔法より高度な技術は必要としないだけで、魔法を一切必要としない訳ではないらしい。
ウィキ先生で調べは付いているんだ、岡部。
「そ、そうか」
岡部は苦笑いして、それっきり黙ってタバコを吸い始めた。
壁に掛けられた時計に目をやれば面談終了時間まで5分ほど残っている。
チラチラと時計と僕を行ったり来たりしている岡部を尻目に、僕はある職業について考えていた。
そう「冒険者」について。
最近興味を持ち色々と調べている職業だ。
迷宮で手に入れた素材やら何やらを組合に提出することで国から報酬金を受け取って生計を立てている人たち。
僕が冒険者に目をつけた理由は、冒険者は誰でもなれるからだ。
試験はないし学歴も必要ない。
ただ組合に登録するだけでよく、僕でもできる。
冒険者にはEからSとランクがあるのだがランクに応じて補助金が給付されるそうだ。
つまり働かなくても金が手に入る。
夢のような職である。
ニート万歳。
ま、そう簡単な話でもないわけで、ニート生活が送れるのは高ランク冒険者に限られ低ランク冒険者は期間中に決められた仕事をこなすとボーナスって感じでお金が手に入るらしい。
その額も小遣いレベルのようだが。
かたや高ランク冒険者の中でも上位一握りの者達の補助金は宮廷魔導士の給料に迫ると言う。
そんなに働きたくないなら親の金で生活しろって?
残念ながらあの厳しい父さんがそこまで面倒見てくれるとは思えない。
しかし、
これらはあくまでネットから引っ張ってきた情報なので信憑性には欠ける。
が、冒険者が総合的に高収入であるのは間違いないことだろう。
あぁ素晴らしいかな、冒険者。
こんな僕でもリッチな生活ができる可能性があるんだ。
お金があることに越したことはない。
危険な職業であるのは事実だけどそれに見合った利益がある。
百パー死ぬと決まったわけでもないんだ。
何事も挑戦さ。
「海人、時間だから明日改めて……」
僕は岡部の言葉を制すように勢いよく立ち上がり口を開いた。
「先生、僕、冒険者になります!」
岡部の口元からタバコが落ちた。
読んでくださりありがとうございます。
明日も頑張ります