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妹のために魔法少女になりました  作者: 槻白倫
第4章 海とモデルと魔法少女
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第十九話 暗躍、そして、最終日

 闇夜の中、一人の女が一軒の料亭を見る。


 そこでは、先ほどブラックローズが入って行き、今頃楽しく食事会をしているであろう事は想像に(かた)くない。


 その楽しい時間を今から壊そう。完膚無(かんぷな)きまでに壊してやろう。それがオレ(・・)の役目だ。それがオレの仕事だ。


 意気を篭め、一歩踏み出す。しかし、その進行方向上に二つの影が立ちはだかる。


「「何するつもり?」」


 重なる二つの声に、女は驚く。が、それも一瞬。冷めきった声で尋ねる。


「ーーっ! ……それはこっちの台詞だぜ。お前ら、いったいどういうつもりだ?」


 声は冷めきっているのに、闘志だけは剥き出しになっている。


 圧倒的威圧感を放つ女に、しかし、二つの影は動じない。


「「……わかんない」」


「はぁ? わかんねぇだぁ? はっ、なら退()け! 目的も無くオレの前に立つんじゃねぇ!」


 苛立ったように、女が言う。


「「わかんないから、少しだけ時間が欲しいんだ」」


「そうか、なら好きに考えてりゃ良い」


 言いながら、歩き出す。


「「待って」」


「待たねぇ」


「「待ってよ!!」」


「待たねぇよ!! 俺達の敵が目の前にいんだ!! 誰が待つか!!」


「「む~~~~っ!!」」


 唸りながら、二つの影は臨戦体勢をとる。


 その瞬間、女から少しだけあった優しさが消える。


 スッと目に冷たさを宿し、二つの影を見る。


「お前ら、自分がなにしてっか分かってんのか……?」


 冷たい声。けれど、二つの影は退かない。


「「分かってる! でも……」」


「でももくそもねぇ!! オレ達を裏切んのか? 双子座(ツヴィリング)?」


「「裏切る……訳じゃない。ただ、僕達は……!!」」


「……その辺にすると良い」


 対立する二人と一人。その間に、すっと一つの影が入り込む。


「てめぇ……何しに来やがった?」


「……仲裁(ちゅうさい)


「んなこたぁ見りゃ分かる。そうじゃねぇだろ? なんでお前がここにいる? 持ち場はどうした?」


「……もう終わった。だから、様子を見に来た」


「ならすっこんでろ。今からオレはブラックローズと戦うんだからよ」


「……後にする。今は、まずい」


「はぁ? なんでだよ」


 女の質問に答えず、視線をある方向に向ける。


「……出て来ると良い。出歯亀(でばがめ)は良い趣味とは言えない」


 そう言えば、すっと影から姿を現したのは、変身用のベルトを装着した深紅だった。


「なっ!? クリムゾンフレア!?」


「「ーーっ」」


 驚愕する女と二つの影。けれど、割り込んだ女だけは驚かない。当たり前だ、なにせ、気付いていたのだから。


「よく分かったね、俺が隠れてるって」


「……お前の考えなどお見通し」

 

「へぇ……」


 冷めた視線を向ける深紅。深紅は、相手に最大限の警戒を向ける。


「はっ! 丁度良い!! クリムゾンフレアとブラックローズをいっぺんに仕留めるチャンスじゃねぇか!!」


「……やめておくのが吉。チェリーブロッサムも、近くに居る」


「だからどうした! 三対三だ!! 丁度良いじゃねぇか!!」


「……双子座(ツヴィリング)に戦意は無い。そして、私も戦うつもりは無い」


「はぁ!? なんでだよ!!」


「……今戦う事程無意味な事は無い。私は双子座(ツヴィリング)を連れて帰る」


「あぁ!?」


「……双子座(ツヴィリング)、帰る」


「「……うん」」


「うん、じゃねぇ!! おい、マジで帰んのか!?」


 割り込んだ女が淡い碧色の魔力で練られたゲートを開く。


 両手で二つの影の手を引きながら、割り込んだ女はゲートの中へと歩き出す。


「「……バイバイ、お姉ちゃん」」


 名残惜しそうに料亭の方を見ながら言って、三人はゲートの中へと消えた。


「あ、おい!! くっそ!! おい!! 次に会ったら覚悟しておけ!! 次は、次こそは問答無用でぶっ殺すからなぁ!!」


 消えて行った三人を見て、女は捨て台詞を吐きながら、慌てて三人の後を追ってゲートを潜った。





 四人がいなくなり、殺気立った空気が無散すれば、俺はようやく緊張を解いて変身ベルトを外す。


 危なかった……アクアリウス(クラス)の敵が三人(・・)も居たんじゃ、さすがの俺もキツイわ……。


 まぁ、黒奈と桜ちゃんを頼れば良いんだけど……二人とも楽しんでる真っ最中だしなぁ。


「はぁ……俺ってば貧乏くじ」


 言いながら、俺は自身のスマホを見る。


 そこには差出人不明の謎のメールが届いていた。


『ブラックローズを護れ』


 それだけの、簡潔な文。


 差出人が不明だし、ただのイタズラメールかとも思ったけれど、こんなにピンポイントで俺に関連するイタズラメールがあるか? もちろん、まったくの偶然かもしれない。けれど、意図された物かもしれない。


 差出人の意図通りに動くのは(しゃく)だけれど、黒奈に何かがあっても嫌だったため、変身ベルトを装着して見張っていた。そうすればどうだ? メールの通りに怪しい影が到来したじゃないか。


 あいつらが何者だったのかは定かではない。予想は付くけれど、予想の域を出ない。


 しかし、実際にブラックローズを狙おうとしたのは事実だ。このイタズラメールの差出人が何を考えて送って来たのかは知らないが、嘘を言っている訳ではない事は証明されてしまった。


「……ったく、何がなんだか……」


 何か、思わしくない事態が進行しているのかもしれない。そう考えると、自然と溜息が出る。


 それに、持ち場と言っていた。担当地域があるのか? それに、終わらせたと言っていた。何をした? 何をするつもりだ? 何が目的なんだ?


 疑問と謎が増えるばかり。まったく、解決編はいつになるやら……。


「っと、そろそろ俺も戻るか。……方々(ほうぼう)に上手く使われてんなぁ、俺」


 近くに止めてあるバイクまで向かう。


 はぁ……夏休みだってのに、全然休んでない。



 〇 〇 〇



 ピピピ、ピピピ、ピピピ。


 耳障りな電子音が耳朶(じだ)に触れる。


「ん、ぅ……」


 なんだろうと思って手で周囲を探るけれど、返って来るのは柔らかい感触(・・・・・・)だけだ。


「……んぅ?」


 ……なに、これ? やわい……。


「……あんた、なにしてんの……?」


 呆れたような声が聞こえて来る。


 ん、誰だ……? でも、聞き覚えが……。


 俺は声の正体を確かめるべく、重いまぶたを開く。


 そこには、声の通り呆れた顔をしている東雲さんの顔があった。あぁ、東雲さんか……って、東雲さん!? 


 俺は思わず飛び起きる。眠気なんて遠い彼方(かなた)に飛んで行ってしまった。


「なんで東雲さんがここに!?」


「なんでって、ここ私の部屋だし」


 言いながら、東雲さんも起き上がる(・・・・・)。そう、東雲さんは寝そべっていたのだ。どこに? 決まっている、俺の目の前にだ。


 ……なんだ。俺は何を触ってしまったんだ……!?


 い、いや、それよりも! ここ東雲さんの部屋なのか!? なんで俺はここにいるんだ!?


「あんた、昨日の事憶えてる?」


 東雲さんが眠たそうに目を擦りながら聞いてくる。


 昨日の事? ……確か、料亭に行って……。ひえっ!? お、おおおおおおお思い出した!! 思い出してしまったぁあ!!?


 昨日仕出かしてしまった事を思い出した俺は、ベッドの上で東雲さんに土下座をする。


「ご、ごごごごごごめんなさい!! 東雲さんにとんだご迷惑を……!!」


「ああ、憶えてるのね。まぁ、場酔いだったし」


 くわぁっと欠伸をする東雲さん。


「……怒って、ないんですか?」


 ちらりと頭を上げて見てみれば、なんでもないふうに言ってベッドから降りる東雲さん。


「別に? 可愛いあんたも見れたしね。あ、でも、あんた二十歳になっても男の前でお酒飲んじゃダメよ? 良い?」


「? 分かりました……」


 なんでダメなんだろう? ま、いっか。


 東雲さんが許してくれたので、俺は土下座をやめる。そして、改めてお礼を言う。


「えっと、あの、ありがとうございます。ここまで運んできてくれて」


「いいわよ、別に。それよりも、体調は大丈夫そう? 頭とか痛くない?」


「大丈夫です。よく食べてよく寝たので、とても元気です」


「そ、なら良いわ。さて、今日は頑張るわよ~! もう今日しかチャンス残されてないしね!」


 ん~っと伸びをしながら張り切る東雲さん。


 その姿は、昨日、一昨日よりも、活力に満ちあふれているように見えた。


「コンディション抜群!! やる気満々!! 天気良好!! うん!! 絶好の撮影日和(びより)じゃない!!」


 言って、ばっとお服を脱ぎ捨てる東雲さんーーって、なんで脱いでんのぉ!?


 思わず顔を手で覆ってしまう。けど、これが正しい判断だ。指の隙間なんて開けない。ぴっちり閉じて俺の視界を塞いでやる!! バッチリ見えちゃったけどさ!!


「ねぇ、黒奈」


「……なんですか?」


「絶対に成功させましょう。……ううん、違うわね。絶対に成功させるわ。誰が見ても、完璧な絵を仕上げてみせるわ」


 こちらを振り返る気配。俺は、目隠しをしているのが失礼に思えて、手をそっと下げる。


 そうすれば、真摯な瞳が俺を射抜く。今までで一番真に迫る、モデルとしての格の違いを思い知らされる、そんな瞳。


「だから、あんたも私に(こた)えて欲しい。私とあんたなら、最高の一枚が出来るわ。最初はそうは思わなかったけど、今はそんな気しかしないの」


「……はい。私も、同じ気持ちです」


 東雲さんとなら、最高の一枚が出来る。おかしな話だけど、確証は無いのに確信がある。


 俺の返事を聞くと、東雲さんは花が咲いたように笑う。


「そ、気が合うわね、私達」


「はい」


 頷き、そっと目隠しを再開。だって、東雲さん下着姿なんだもん!!


「ぷっ……なにしてんの?」


「目隠しです」


「なぁに? 恥ずかしいの?」


「とっても!! 早くお洋服来てください!!」


「ふふっ、はいはい」


 笑いながら、バスルームに東雲さんが消えていく気配。


「あっ、黒奈」


「なんでしょうか!?」


 目隠しを外そうとしたタイミングで、東雲さんがバスルームから出て来る。もう、この人は、もう!


「詩織が悔しがるくらいの、最高の一枚を撮りましょう」


 一瞬、頷けなかった。それは、この撮影に来れなかった東堂さんに対して、余りにも酷なんじゃ……いや、そうじゃない。最高の結果に終わらせるなら、どちらにしろ、最高の一枚を撮らなくてはいけないのだ。それを、東雲さんも分かっているのだ。


 東堂さんにとって酷だろうと、東雲さんは最高の一枚を撮る。それは、東雲さんの覚悟の表れだ。


「……分かりました。最高の一枚、絶対に撮りましょう。いえ、撮ります」


「ふふっ、その意気よ」


 笑って、東雲さんは今度こそバスルームに入る。 


 俺は再度気合いを入れる。


 よしっ! 頑張るぞ!!


 そうして、ポスター撮影、最後の一日が始まった。なんでか、もう失敗する気はしなかった。

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