第十九話 暗躍会議
遅くなりまして、明けましておめでとうございます。
早くに書いてあげようと思っていたのですが、用事が重なって書いている暇がありませんでした。
だいたい折り返し地点に来たと思うので、三章も頑張って行きたいと思います。
ここに来て、全体の構図がようやく見えてきたので、迷わず書ければ良いなと思っております。
感想返しは、今度の休日に行おうと思っております。
彼等の改めての自己紹介が終わり、俺達だけがお茶をしていたのが気に食わなかった様子の赤城くんの口の中にケーキを突っ込んでその日はお開きになった。
家に帰り、ベッドに横になりながら、今日のことを考える。
深紅は俺が思っていた以上に彼等の事を考えてくれていて、自分が出来る範囲の事をした後の受け入れ先まで用意していた。
その事を、とりわけ意外だとは思わない。けれど、当たり前に出来る行動だとも思わない。
ツテを持っていることもさることながら、失礼な態度を取った相手に労力を割こうと思った深紅の判断も、普通の人なら出来る事ではない。
少なくとも、普通ではないはずの俺にも無理な話だ。
まず、俺には人脈が無い。
ブラックローズにはそれなりにあるけれど、黒奈となると、途端に人脈は狭くなる。
それに、俺は彼等の態度に怒って彼等と乱取りをしたけれど、深紅はその日のうちに知り合いに彼等のためになる話を付けていたのだ。
その行動の差も、考え方の差も、知れば知るほど、俺は深紅には敵わないと思う。
多分、深紅は俺がしてこなかった経験をしてきているのだ。
俺じゃあ対処が出来ない事、俺が避けてきた事、俺に舞い込まない事、俺が気付かなかった事も経験している。
俺なんかより、数倍苦労しているはずだ。
苦労をして、疲れているはずなのに人の事を思いやれる深紅を、俺は尊敬すると同時に、憧れも抱く。
「俺も、正体を明かした方が良いのかな……?」
いや、それは悪手にしかならないはずだ。ブラックローズの正体が男だと分かれば、きっと皆が俺から離れていく。
花蓮や桜ちゃん、深紅と輝夜さんは離れていかなかったけれど、きっと少数だ。
俺が正体を明かせば、大多数が騙されたと憤慨するはずだ。
って、大多数に憤慨されるほど人気も無いか……。
そんな事を考えていると、気付けば眠りについていた。
疲れていたのか、夢を見ることも無くぐっすり眠った。
翌日。
今日も今日とて放課後は訓練だ。
ちなみに、後数日で夏休みに突入する。クラス内では夏休みの予定についての話で盛り上がっているけれど、俺達はそんな場合ではなかった。
今日も、深紅を相手に乱取りーーではなく、一対一での戦闘をしていた。
一対一の戦闘で、他の四人は見学。
今日の趣旨は、一人一人の戦いの癖を外側から見ること。
仲間の癖を知るのは、連携を取る上でとても大事なことだ。
しかし、深紅と一対一と言うのは相当疲れる。組み手をやらされている俺が言うのだ、間違いない。
ブラックローズのフォルムチェンジを駆使しても、クリムゾンフレアと戦うのは相当に面倒だ。
攻撃苛烈、防御堅牢。絶えず燃え続ける業火の前に立たされている気分になる。
通常フォルムでも十分強いのに、深紅には切り札がある。ブラックローズのフォルムチェンジとは違い、単純な強化だけれど、単純な強さだからこそ小細工が通用しない。
ブラックローズのフォルムチェンジは、言わば状況に合わせた専用装備のようなものだ。近距離には剣を、遠距離には銃を、そんな単純な使い分けでしかない。
単純な強さを持つ深紅は全範囲で活躍できる。俺のようにわざわざフォルムチェンジをする必要も無いのだ。
ただ単純に強いというのはそれだけで脅威だ。目の前に立たれるだけでプレッシャーになる。そして、そんな深紅との一対一は、相当な胆力が必要となる。
動きが絶好調な序盤から、体力が無くなる終盤までみっちり深紅と一対一で戦闘を繰り広げる。
俺なら即行で降参する。即行で逃げる。
しかし、馬鹿なのか豪胆なのか、赤城くんは喜々として深紅に向かって行っている。
かれこれ三十分は戦ってるけど、へろへろになりながらも深紅に向かっていってる。まるでゾンビだ。
「赤城くんは粘るねぇ」
「まぁ、見るからに負けん気が強いからね~」
俺と碧は二人の戦闘をお茶をしながら眺める。
今日は俺の出番は無いので、運動着ではなく制服である。
「気骨があるのか、負けず嫌いなのか」
「両方じゃない? あ、倒れた」
お茶をしながらのんびり話していると、深紅の攻撃が綺麗に決まり、赤城くんは地面にくずおれた。
赤城くんはずるずると引きずられて退場する。
退場した赤城くんと入れ代わりで深紅の前に立ったのは黄河くんだ。黄河くんが変身して戦闘開始。
それを、俺達は変わらずにお茶を飲んで眺める。
「そういえば、花蓮ちゃん達は?」
「今日はお友達に誘われてカラオケだって」
「いいなぁ~。あたしも歌いたーい」
「俺はいいかなぁ。歌あまり得意じゃないし」
「そーお? 可愛い歌声してるのに」
「そう言われるから嫌なの」
俺がどれだけ格好よく歌っても、碧は可愛いしか言わないのであまり参考にならないけれど、俺達が通っていた中学での合唱コンクールの合唱後の有志による演奏の部に歌声が可愛いから参加しないかと誘われたことがあった。
男としては可愛いよりも格好良いと言われて誘われたい。現に、深紅は歌声が格好良いと好評でステージに上がった。俺だってそう言って誘われたかった。結局、断りきれずにステージには上がったけど。それが好評だったのがまた不満だ。
「星空輝夜のステージの誘いに頷かなかったのもそれが理由?」
「それも理由の一つ。一番は人前で歌うのが恥ずかしいから」
上がり性ではないけれど、人並みには人前は緊張するし恥ずかしい。中学の合唱コンクールのステージでも自分を落ち着けるのが大変だった。
「って、碧にその事話したっけ?」
「……桜ちゃんに聞いたの。あーあ、あたしも星空輝夜のライブ行きたかったなぁ~?」
「ご、ごめん。別に、仲間外れにする気はなくて……!」
「ふふ、冗談冗談。あたしもその日は別の予定があったから、どちらにしろ行けなかったんだ」
「そうなんだ。ごめんね? 次は碧もちゃんと誘うから」
「約束だよ? あたし、くーちゃんからのお誘いなら断らないからさ」
果たして次がいつになるのかは分からないけれど、次は必ず碧を誘わないと怒られるだろう。
碧と他愛の無い話をしている間も、彼等の訓練は続いた。
〇 〇 〇
暗闇の中、ぼうと薄く光を放つ十三の席。
内十一の席はすでに埋まっており、内一つの席の前には『脱落』と書かれた小さな立札が立てられていた。
「んで、大将は欠席か?」
「「わかんない。でも、遅いのはいつものことだし、すぐに来るんじゃないかな?」」
「遅いことが問題じゃあないのかえ? それに、連絡くらいあってしかるべきだと思うがの」
「……このまま話をしていても不毛ですね。では、あの方抜きで話をーー」
「ああ、待った。遅れて悪かったよ。ちょっと抜けられなくてね」
話を遮り、同時に二つの席が埋まる。
これで、脱落と書かれた立札が置いてある席以外はすべての席が埋まった事になる。
「遅かったな、大将」
「ああ。彼女と話をしていてね」
そう言って視線を向ける先に居るのは、バツが悪そうな顔をした一人の女性ーーアクアリウスであった。
「そういえば、儂の愛しのブラックローズと戦ったのだったのう。まぁ、その様子を見るに、結果は瞭然だがのう」
くくっと馬鹿にするように笑われ、アクアリウスは悔しそうに顔を歪める。
「まあまあ、誤算があったんだ。負けてもしゃあねえよ。確か、クリムゾンフレアが居たんだったか?」
「ええ。私も彼女に手下を貸した手前、見学をしてましたけどね。ブラックローズを含めて、契約者が三人も居ました。内一人はあのクリムゾンフレア。彼は後衛に回っていましたけど、おそらく、守ることを考えなければ、アクアリウスは彼一人に負けていたでしょうね」
「……相性も良い上に、人質を取っていたのに、負けるとか……」
「その上、シュツェに担いで貰っての逃走。見るに耐えないわ」
そういわれ、視線を向けられたシュツェと呼ばれた少女は、何を言うでもなくアクアリウスを見る。
「くっ……! ブラックローズさえ居なければ勝てましたわ! 彼女がイレギュラー過ぎましたの!」
「言い訳はみっともない……と、普段の私なら言うところですがね。確かに、彼女は明確な脅威です」
アクアリウスの負け惜しみとも取れる発言に、冷静な声で賛同を示す。
そして、メタルフレームの眼鏡を指で押し上げて視線を鋭くする。
「貴方も、注意喚起が足りないのではないのですか? この私も、よもや、彼女がここまでやるとは思いませんでしたよ」
「言うよりも見てもらう方が早いと思ったんだ。それに、誰か一人負けないと誰も信じてはくれないだろう?」
「わ、私はそのための捨て石だったとでも言うのですか!?」
「そうは言ってないよ。君は星空輝夜を落とすと言った。そこにブラックローズが居ることは私も知らなかった」
そう、星空輝夜のライブにブラックローズが居るだなんて思わなかった。自分も距離を置いて見ていたけれど、気付いたのは彼女が出て来てからだ。
「まぁ、良いデモンストレーションになったとは思うよ。それに、君もこれで終わるつもりは無いんだろう?」
「あ、当たり前ですわ! 私、負けっぱなしは趣味じゃありませんの! 次こそはブラックローズを討ってみせますわ!」
「それは楽しみだ。さて、フィシェ。次は誰が行っても良いけれど、アクアリウスも連れていってあげておくれ」
「承知いたしました。では、次は誰が行きますか? 私が行っても良いのですが、私とヴァーゲは準備が忙しいので」
「シュティアはどうするのだ? クリムゾンフレアがブラックローズと関係がある以上、奴と戦えるかもしれぬぞ?」
「かもしれぬで動きたくねぇな。なぁ、ユン、御膳立てしてくれねぇか?」
「面倒です。それに、私には私の準備があります。貴女に手を貸してる暇はありません」
「ちぇ、じゃあフィシェでいいや」
「さっきも言いましたが、私は準備で忙しいのです。貴女が代わってくれるのなら、喜んで引き受けますが?」
「ごめんだね。あんなちまちました事やってられるか。気乗りしねぇからオレはパース」
シュティアはそういうと、テーブルに足を乗っけて寛ぎはじめる。
行儀の悪いその態度に、しかし誰も咎めることはしない。彼女のこんな態度は何時もの事なので、何を言っても無駄な事は知ってるのだ。
フィシェは溜め息を吐きつつも、話を戻した。
「クレブスはどうです?」
「……面倒」
「ではツヴィは?」
「「うーん……もうちょっと様子見たーい」」
「……シュツェは?」
「至極、どうでもいい」
「…………スコルピオンは?」
「儂ももう少し様子を見るぞえ。具体的には、夏までは動かぬ。ブラックローズが水着を着るまでは、儂は動かぬ」
「………………レーヴェは?」
「……そうだな、両方、興味はあるが……」
言って考えるような仕種を見せる。
が、何か違うのか首を振る。
「まだだな。今摘むには惜しい」
あまりにも傲慢なその台詞。しかし、その言葉を誰もからかうなり、咎めるなりはしない。傲慢を表せる程の力が、レーヴェにはあるからだ。
けれど、これでは話が進まない。
フィシェは額に青筋を浮かべながら、最後の一人を見た。
「ヴィダー。今回は貴女が行きなさい」
「ふぇっ!? わ、わちですか?」
「そうです。ちなみに拒否権はありません。参謀としての命令です」
「ふぇ、ふぇぇぇぇぇ!?」
「では、本日は解散ということで」
「ま、まってくんろ~! わち、戦うなんて、そげな怖かことできなか~!」
「はい、解散」
フィシェが無慈悲にそう言えば、他の面々は続々と席を立ちはじめる。
「ふぇ、ふぇぇぇ!」
「行きますわよヴィダー! 今度こそあの黒薔薇を散らして差し上げますわ!」
「そ、そんなぁ…………!」
アクアリウスに引きずられ、ヴィダーは連れていかれた。
ヴィダーの悲壮感漂う声はどこまでも反響した。




