第十話 ファーストロケーション
やっほっほーい。槻白です。
前回、レビューくださいといったら、本当にもらえました。
僕はいったいどの方角にむけて感謝の土下座をすればよろしいでしょうか? 教えてくださると助かります。取り合えず、全方位に土下座して、地球の裏側にいることも考慮して逆立ちもしますね。
「如月さん準備整いましたー!」
俺がトレーラーから出ると、呼びに来たスタッフさんが撮影準備をしていた他のスタッフさんに向けて大きな声で告げる。
その声に、スタッフさんが揃ってこちらを向く。
揃って向けられる視線に、俺は思わずトレーラーから出てきたばかりの星空さんの後ろに隠れてしまう。
「ちょっと、なんでワタシを盾にするのよ?」
星空さんが不服そうな目を向けてくる。
「うぅ……だって、しょうがないじゃないですか。注目されるの、慣れてないんですし……」
「はぁ……あなた、これから色んな人に見られながら撮影するのよ? そんな調子でどうするのよ……」
「ううっ……」
そう言われても、恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。深紅じゃあるまいし、こんな大勢に注目されるのに慣れてる訳がない。
「ほら、前歩く! 今日の主役はワタシじゃなくてあんたなんだから!」
「あ、うわっ!」
星空さんに後ろに回り込まれ、背中を押されて前を歩かされる。
「ほ、星空さん!」
「慣れなさい! あんた、これから全国にポスターが貼られるのよ? 全国の『Eternity Alice』のファンが見るのよ?」
「あ、う、うぅ……」
星空さんに、あまり意識しないようにしていた事実を突き付けられ、俺は思わず唸ってしまう。
俺も、この仕事を受ける前に少しだけ考えはした。全国とは言わないでも、地方で色んな人に見られるんだろうなぁと。それだけでもだいぶ恥ずかしかったのに、それが全国へと規模を広げてしまったのだ。まあ、元々全国ではあったのだが、俺の中では地方のみだったので、想定外の規模拡大である。
「ここで数十人に見られるくらいなによ! ホールでライブすれば、これ以上の人に生で見られるんだからね?」
「お、俺はホールでライブなんてしません!」
いったい何と比較してるんだこの人は!? ただの一般市民|(魔法少女)がホールでライブなんてするわけないじゃないか!
「とにかく! 自分で決めたことなんでしょう? だったら、最後までその無い胸張って堂々と撮られてなさい!」
「胸は無くて良いんです!! むしろあったら困ります!!」
男なのに胸があったらそれこそ問題だ。いや、ブラックローズになれば胸はあるのだが、ブラックローズは女の子だ。性別が変わるのだから体型も変わって当たり前だ。
ともあれ……確かに、自分で決めたことなのだ。自分で撮影することを選んで、自分でここまで来た。そして、自分で今日の撮影を強行したのだ。
うん。自分で選んだことなら、ちゃんと責任を持って成し遂げないとね。
俺は星空さんに押される手よりも少しばかり早く歩く。
「おっと……ふふっ、ようやくやる気になってきた?」
「やる気というか、責任は果たさないと、と思いまして」
「偉い! 後でワタシがいい子いい子してあげる!」
「いりません! ていうか、いい子いい子って、完全に子供扱いじゃないですか!」
「ワタシからしたらあなたはぺーぺーのド素人よ。子供みたいなものよ」
「む~…………!!」
子供みたいなものだと言われて少しだけムッとしてしまう。
俺だってこれでも高校二年生だ。高校二年生と言えば、大人ではないけれど、それなりに大人になりつつある歳だ。どう見ても同い年くらいの星空さんに子供扱いされるのは納得いかない。まあ、身長は若干、本当に若干、微々たる程度だけど、星空さんの方が大きいけれど! それとこれとはまた話が別である。
「俺、こう見えて高校二年生なのですが?」
「あら奇遇ね。ワタシも一緒」
「同い年に子供扱いされるの、不服です」
「ふふっ。なら、子供扱いされないようにしっかりモデルをすることね。黒奈ちゃん」
最後の最後で馬鹿にするようにちゃん付けで名前を呼ばれる。
なんだろう、彼女のこの感じ、深紅に似てる気がする。人をおちょくるこの態度に加え、深紅みたいなからかう気満々のこの笑顔。
なんだか深紅に似てると思ったら、めちゃくちゃイラッとした。
「ムキーーーーッ!! やってやろうじゃないですか! 皆が見とれるくらいのモデルになってやりますよ!」
気付けば、深紅にするように噛み付いていた。
「おーっほっほ! できるかしら? ド素人のあなたに?」
「やってやりますよ! 見ててくださいよ! 度肝を抜いてやるんですから!」
鼻息荒くどしどしと足音を立ててーー本人は立てているつもりーースタッフさんの所へ歩く。
この時、俺達を見ていたスタッフさんが頬笑ましげにこちらを見ていたとか、有名全国チェーン店である『Eternity Alice』のポスター撮影があると知って多くのギャラリーが集まっていたとかは俺の頭には入ってこなかった。
この時の俺は、深紅のようにおちょくってくる彼女をぎゃふんと言わせてやることしか考えてなかったのだ。
星空さんに煽られ、やる気満々に撮影を始めた俺。
最初は表情が固いとか言われたけれど、撮られている内に少しずつだけれど慣れてきた。今では、自然と笑顔が出てくるようになった。ポーズは、まだぎこちないけどね。
「良いよ~! それじゃあ、今度は木に寄り掛かってみようか!」
カメラマンさんがにっかりと笑顔を浮かべながら写真をパシャパシャ撮っていく。
「こう、ですか?」
「そうそう! そんな感じ!」
俺が木に寄り掛かれば、カメラマンさんはまたパシャパシャと撮りはじめる。
しかし、数枚撮った後、うーんと小首を傾げた。
何かまずったのだろうか? カメラマンさんのその反応に、俺は不安になってしまう。
しかし、相手もプロだ。俺の表情が曇ったのを見て、カメラマンさんはにっかりと見ていて心地の良い笑みを浮かべる。
「ああ、いや。黒奈ちゃんが悪いってわけじゃないんだ! 安心してくれ!」
「そうですか……」
カメラマンさんの言葉に、思わず胸を撫で下ろす。いかんせん、初めてのことだから、何が良くて何が悪いというのがわからない。
「うーん……最初とは違って、自然な笑顔で良いと思うんだけど、なにか物足りないんだよなぁ……」
「物足りない、ですか?」
「うん。ただの微笑みじゃなくて、その微笑みに意味を持たせたいんだ。そう、例えば……」
「例えば?」
カメラマンさんは顎に手を当てて考えた後、しばらく黙り込む。
さっきも同じことがあったのだけれど、こうなったらこのカメラマンさんは長い。自分の納得が行くまで思考し、答えを見つけだす。答えが見つからなかったら、とりあえず引き出しを全部開けて中身を確認していくように写真を撮る。
俺はカメラマンさんの思案が終わるまで、木に寄り掛かりながらぽーっと遠くを眺めた。
この公園、俺の町よりも離れてるから来たことないけど、ジョギングをするための道があったり、遊具も豊富だ。公園にしてはかなり広いから、子供達ものびのびと遊んでるし、お年寄りもゆっくりと散歩を楽しめてる。
良い場所だなぁと思いながら、色々と視線を巡らせる。
視線を巡らせていると、小さな女の子と、その弟だと思われる男の子が手を繋いでこっちを見ていた。
男の子と目が合うと、男の子が元気よく手を振ってきた。それに気付いた女の子も、俺に向かって手を振っている。
子供というのは突発的に行動するものだけれど、今回は写真を撮られてる俺が珍しくて手を振ってきているのだろう。
無邪気に手を振る姉弟が微笑ましくて、つい頬を緩めて胸のあたりで手を振り返してしまう。
手を振り返されて嬉しかったのか、姉弟はぱぁっと笑顔をより一層輝かせて手を振ってくる。手を振る姉弟の後ろにいた女性ーーおそらく、お母さんだろうーーが、二人の頭を優しく撫で、俺の方にぺこりとお辞儀をする。お母さんがお辞儀をするのを見て、姉弟もお辞儀をした。
そんな様子が可愛らしくて、ついくすっと笑ってしまう。
笑っていると、視界の端で別の人が手を振っていることに気付いた。
年の頃は中学生くらいの男女五人組だった。やんちゃそうな男の子がこちらに手を振ってきていた。
気付けば結構な人数のギャラリーが集まってきていたが、俺に手を振っているのはそのやんちゃそうな男の子だけだ。
中学生と言えば、やんちゃで調子に乗ってしまうお年頃。小さな姉弟が手を振って、それに振り返している俺を見て、自分もと手を振りはじめたのだろう。ちょうど、視界に収まる場所にもいるしね。
俺はどうしようかと少し思案する。
先程手を振り返したのは、相手が小さい子供だったからだ。けれど、相手は中学生。少しは分別のつく年頃である。
しかし、男の子は満面の笑みで俺に手を振ってきている。それを無碍にするのも、なんだか可哀相に思えてしまう。
それに、さっきは子供だったから良かったものの、中学生くらいの子に手を振るのは、なぜだか気恥ずかしかった。
恥ずかしい。でも、無視をするもは可哀相だ。
思案した結果、恥ずかしいけれど、俺は少しの笑みを浮かべて胸の辺りで小さく手を振り返してあげた。多分、今の俺の顔は羞恥で上気していることだろう。
つい、手を振った後そっぽを向いてしまう。
これ以上は他の人が悪ふざけで手を振ってくるかもしれない。サービスはこれでおしまいである。それになにより恥ずかしいしね。
俺は頬の上気を自覚しながら、もう思案は終わったかとカメラマンさんの方に視線を戻す。
すると、そこにはニタアッと人の悪い笑みを浮かべながら写真を撮っているカメラマンさんがいた。
その笑顔を見て、俺は瞬時に察する。
「み、見てたんですか!?」
「見てたよ~! 当たり前じゃないか! 僕はカメラマンだよ? 被写体を見て、撮るのが仕事なんだからね!」
俺の問いに、カメラマンさんがニタニタ笑顔で答える。って言うか、今気付いたけど、他のスタッフさんも悪い笑顔してるんですけど!?
「いや~、それにしても良い写真がいっぱい撮れたよ。最後のなんて特に良い! まるで待っていた恋人がようやく来た少女みたいな笑顔だったからね! 良いモデルはカメラマンが出せない答えを見せてくれる。撮られる側の実力に左右されるけど、君はあっさりと見せてくれたね~。嬉しくてついついシャッターを押しちゃったよ」
そういいながら、パシャパシャと撮りつづけるカメラマンさん。っていうか、待ってた恋人が来たときの少女の笑顔ってなんですかーーーーって、撮影続いてる!?
「え、ポ、ポーズ、とったほうが良いですか!?」
「いや、大丈夫。ここら辺は趣味で撮ってるだけだから」
「なら一言ください!」
撮影中にぼーっとしてた俺も悪いけど! 撮影続いてると思って焦っちゃったよ!
「あはは。ごめんごめん。写真、後で現像してあげるからね」
「あ、ありがとうございます……」
写真……少しだけ、欲しいかもしれない。なんにせよ、良い経験なわけだし。思い出にもなるわけだし……あ、そうだ!
「あ、あの! 一つ、良いですか?」
「ん? なにかな?」
「星空さんと一緒に写真撮りたいんですけど、良いですか?」
何気なく言った俺の一言に、現場が少しばかり騒然とする。
「え、あれ? お、俺、なにか変なこと言いました?」
ざわざわとするスタッフさんに、俺は思わずおどおどしてしまう。俺としては、おかしなことを言ったつもりはないのだけれど。
せっかく見ず知らずの俺のためにマネージャーなんて面倒なことを引き受けてくれたのだ。連絡先も交換したし、せっかくだから一枚だけでも写真を撮って今日のことを収めたかったのだけれど……。
しかし、そこで一つ気づく。
「あ、す、すみません! 今、仕事中ですもんね! ごめんなさい!」
仕事中に私的なお願いごとをしてしまったのだ。そりゃあ皆さんも騒ぐに決まってる。なんて不真面目な子なんだって。
俺がぺこりと頭を下げると、堪えきれないというように誰かが吹き出した音と、上品な笑い声が聞こえてくる。
顔を上げてみれば、吹き出していたのは星空さんで、上品な笑い声は榊さんだった。
「ぷっ、くくくっ! い、良いわよ! 一枚撮りましょう! ふふっ」
星空さんは笑いながら了承をしてくれたけれど、俺は私的なお願いをしてしまったのだ。いくら星空さんが良くても、現場責任者である榊さんが許してくれないだろうーーと、思っていたのだが。
「良いですよ。一枚撮りましょう」
「え、でも、良いんですか?」
これを聞いたのは俺ではない。榊さんの近くにいたスタッフさんだ。因みに、彼が聞かなかったら、俺が聞いていた。
「良いですよ。あの子、ワタシのこと、何も気付いてませんから。ふふっ」
スタッフさんの言葉に返したのはいまだに笑っている星空さんだ。そして、星空さんの言葉に、現場の皆から納得した声がもれる。それと同時に、何やら温かい目を向けられる。
「え、な、なんですか?」
急に温かい目を向けられて、居心地が悪くなる。
皆、なんでそんな純粋な子を見守るような目をしてるんだ?
「時間的にも、如月さんが頑張ってくれたおかげでだいぶ余裕があります。皆さんも、如月さんとツーショット撮れますよ?」
「え、俺とツーショット撮ってなんの得が……?」
「得は後から付いてきます。さ、そうと決まれば休憩と称して撮影会をしましょう」
榊さんのその一言で、急遽俺と星空さんのツーショットと、俺とスタッフさんのツーショット、または、俺と星空さんとスタッフさんのスリーショット撮影会が始まった。といっても、全員今言った構図で写真を撮っていた。
最後に榊さんが俺と星空さんの間に入って、腕に両手で組み付くように指示を出して写真を撮っていた。やけにほくほくした顔なのはいったいどうしてだろうか?
ともあれ、最後に変なイベントがあったものの最初のロケーションでの撮影が無事終了した。
因みに、星空さんとのツーショットもちゃんと撮れた。後で写真立てに飾らなきゃ。




