第九話 着替え
更新だZE☆
感想、評価、ブックマークありがとうございます。
『しゅき』と書かれた感想をいただき、僕も読んでくれる皆様がいっぱいちゅきだと、夜も遅かったので心の中で叫びました。
レビューもいただけたらすごくうれし……はいすみません。調子に乗りました。読んでくれるだけで大満足でございます。いただける感想に心温まり、いただける評価ににやけが止まらない日々です。
つまり、皆さんいっぱいちゅき。
あ、Twitterやってるんで、良かったらふぉろーみーです。ろくなこと呟いてませんが。
トレーラーに通され、俺はスタイリストさんにメークを施される。
「うわ、肌白いですね~。きめ細かいし……なにか、ケアとかしてます?」
メークをしながら聞いてくるスタイリストさん。メークをしながらの会話にもなれたものなのか、口を動かしていようとも手が止まるようなことは無い。
俺はメークされる緊張で堅くなりながらも口を開いた。
「い、いえ、とくには……」
「え、化粧水とかもしてないんですか?」
「はい」
「うっそ~! それでこの卵肌はずるいですよ~! これが若さですかね? 私なんて最近化粧のノリが悪くて悪くて。肌も荒れ荒れで」
スタイリストさんはげんなりしながらそんなことを言うけれど、本人が言うほど肌が荒れているようには見えない。
「そうですか? 十分お綺麗だと思いますけど……」
「お、嬉しいこと言ってくれますね~! でも、私も如月さんみたいなもちもち肌が良い! 羨ましい、十代のお肌!」
メークの途中なのにも関わらず、スタイリストさんは俺の頬を指でつんつんしてくる。痛くはないけれど、少しくすぐったい。
「こんなに可愛いんですもの、今日の撮影すごく楽しみですよ~」
「あ、ありがとうございます」
「これで男の子だっていうんだから驚きです。性別、詐称してません?」
「し、してませんよ! 正真正銘、どこからどう見ても男の子です!」
「今日痴漢された子が何言ってるのよ」
俺が声を大にして主張をすれば、今日の衣装を眺めていた星空さんが呆れ眼で言ってきた。
「それ、わたしも聞きましたよ! 災難でしたね。今日の撮影、本当に大丈夫ですか?」
今まで楽しげにお喋りをしていたスタイリストさんが心配そうな顔で俺の方を見てくる。
心配かけたくなくてこの話題を避けてたのに、おのれ星空さん、余計なことを……!
そんな思い込めて星空さんにジトーっとした視線を向けると、星空さんはサングラスの奥からでも分かるほどの眼光をこちらに向けてきた。
「なによ?」
「いえ、別に……」
秒で負けを確信したのでなんでもないと誤魔化すことに。うう……この人、眼光強すぎない? めちゃくちゃ怖いんだけど……。
普通にしていれば、ちょっときつそうに見えるけれど優しく、話していたときは無邪気に微笑んでいた。けれど、一睨みすればめちゃくちゃ怖い星空さん。
どれも本当の星空さんなのだろうけれど、その表情のどれも華があり、表情に出すのがうまい人だなと思った。まあ、だから怒ってるのも分かるわけで、めちゃくちゃ怖いのだけれど。
俺はスタイリストさんの方に目線を逸らし、黙ってメークをされることにした。
「それにしても、許せませんね、痴漢なんて! わたしは被害にあったこと無いですけど、友達が何回か被害にあってて……悲しそうな友達の顔を見る度に、わたしまで悲しくなっちゃって……」
「その友達って、大人しめの子?」
「そうですね。あまりメークとか好きじゃなくて、服とかも派手なものは滅多に着ないですね」
「それ、痴漢される原因の一つよ。痴漢っていうのは大人しめな子を狙うのよ。その友達、少しでもいいからおしゃれをさせた方が良いわね」
「そうなんですか? なるほど……今度、友達と話してみますね!」
スタイリストさんはメークをしながら、星空さんと話をする。
俺はそれをぼーっと他人事のように聞いていた。
しかし、どうやら他人事ではなかったらしい。
「黒奈、あんたもよ。そのもっさい恰好なんとかしなさい」
「え、お、俺もですか?」
急に水を向けられ、思わず返答に躓いてしまう。
「そうよ。あんた、出かけるときに毎回その恰好だと、何回かは今日みたいな痴漢にあうわよ?」
「それは無いんじゃないですか?」
「無いわけ無いでしょおバカ。現にあなた今日痴漢されてるじゃない。いい、さっきも言ったけど、痴漢は比較的大人しそうな子を狙うの。ギャルみたいな恰好しろとまでは言わないけど、せめて痴漢に狙われないくらい明るい恰好しなさい」
明るい恰好と言われてもいまいちピンと来ない。
深紅みたいな大人びた恰好をしても、俺では子供が背伸びをしているように見えてしまう。というか、深紅は存在自体が輝いてるし、俺みたいに女顔じゃないから、そもそも痴漢なんてされないか。
深紅じゃ比較対象が悪い。深紅が悪い。
ともあれ、明るい恰好なんて想像できない。
「明るい恰好って、具体的にはどういう恰好なんでしょうか?」
「そうね……今日みたいな芋ジャージは論外として……ちょっと失礼」
「え、わっ、ひゃっ!」
星空さんが急に前に回ってきたと思ったら、なんの前触れもなく俺のジャージのズボンの裾をたくし上げる。
「な、ななな何を!?」
「あなた、脚が綺麗だから、脚のラインが見えるスキニーを履いてみるのが良いわね。上は……そうね、無難だけど、ワイシャツにカーディガン。それと、リボンタイなんかもつけて見ても良いかもしれない。見た目が可愛いから、ごてごてしてる服より、シンプルにまとめる方が良いわ」
スキニー、ワイシャツ、カーディガン……うん、全部持ってる。リボンタイは持ってないけど、深紅のお姉ちゃんに言えば、良いのを選んでくれるかもしれない。
全部とは言わないけど、殆ど家にある。けど、シンプルにまとめるだけで、明るくはなっていないような気がする。
疑問が顔に出ていたのか、俺の顔を見た星空さんはにっと悪戯っ子のように微笑む。
「ああー、信じてないでしょ?」
「い、いえ! 別に、信じてないわけじゃないんですけど……」
「確かに、シンプルにまとめただけだけどね、これだけでも大きく違うのよ? 派手か派手ではないかは正直あまり重要じゃないの。重要なのは、自分を魅せること!」
「自分を……」
「魅せる……?」
星空さんの言葉に、俺とスタイリストさんは思わず小首を傾げる。
「そう、自分を魅せるの。どんな恰好でも、どうだ、ワタシだぞ! って、主張をするの。自信を持って、堂々としていれば良いの。派手な恰好をしていなくても、ワタシという存在を皆に知らしめるの。そうすれば、多少なりともマシになるはずよ」
力強く、説得力のあるその言葉に、俺とスタイリストさんは思わず感嘆の声を漏らす。
自分を魅せる、か……。
確かに、星空さんの言っていることは一理ある。派手な恰好をしていなくても、なんともなしに目に付く人をたまに見かけたりする。それはやっぱり、自分というものを周囲に魅せているからだろう。
魅せるということは、アピールをするということだ。その人は、十分に周りに自分をアピールできていることになる。そう考えると、深紅も星空さんも自分を魅せることができているのだろう。二人とも、俺と同じ恰好をしていたって俺より目立つだろうし。
「なるほどぉ~! とっても勉強になりました! 友達にも、今と同じようなことを言ってみますね!」
「まあ、でも、自分を魅せるのって、言うほど簡単なことじゃないのよね。いろいろ葛藤したり、自分の魅せ方に悩んだり……だから、初めはやっぱり服装からね。意識は後から付いていけば良いわ」
「なるほど! 勉強になります!」
「こっちこそ、役に立てたのなら嬉しいわ。さて、お喋りはこの辺にして、メーク、後どれくらいで終わりそう?」
言いながら、上げていた裾を下ろしてくれる星空さん。
「もう終わります! …………よし! 終わりです!」
言葉通り、もう残りわずかだったのだろう。ちょちょいと俺の顔に筆を走らせるとメークは無事終了したらしい。
「分かったわ。それじゃあ、黒奈。着替えるから、こっちに来て」
「はい」
星空さんに呼ばれ俺はトレーラーの後方に移動する。トレーラーの後方にはお店の試着室のようなカーテンが付けられており、どうやら着替えはこのカーテンの奥でするらしい。
「これが最初のコーデね。わからないところがあったら言ってね? 後、服を脱いだら言ってちょうだい。パッド付きのブラを着けてあげるから」
「ブ、ブラ!? そ、そこまでするんですか!?」
「当たり前でしょう? メークで印象だいぶ変わってるけど、胸が無さすぎるとそれだけで男だってバレるかもしれないんだから。バレないように必要最低限のことはしないと……まぁ、胸なんてなくても女の子にしか見えないけど」
「ううっ、ブラ……」
着けなくては、いけないのか……。
ブラを着けなくてはいけない事実に、思わず気落ちしてしまう。そのため、最後にぼそりと呟かれた言葉が聞き取れなかったが、まぁ、バレたら危ないとか、そういうことだろう。
確かに、レディース専門店である『Eternity Alice』のポスターモデルを男がやっていたなんて知られたら、それだけでお店の評判が下がってしまうかもしれない。
仕方ない。榊さんに迷惑はかけられない。それに、自分が請け負った仕事なのだ。きちんとやり遂げないといけない。
そうと決まれば俺はさっさと上だけ服を脱ぎ捨てる。もちろん、脱いだ後は畳んで近くの着替えを入れるカゴに丁寧にしまう。
上だけ服を脱ぎ捨てると、俺はさっと星空さんに背を向ける。
「お、お願いします……!」
「お、思い切りがいいわね……ていうか、めっちゃ肌綺麗……」
「恥ずかしいので早めにお願いします……!」
「え、あ、ああ、そうよね。ごめんなさい。……それじゃあ、つけるわね?」
「は、はい……!」
俺が返事をすれば、早速左手をとられ、ブラに通される。
その行為が恥ずかしくて、俺は自分でも分かるくらいに顔が上気してしまっている。
左腕と同時に右腕を通されて、ついにブラが胸にあてがわれる。
「やばい……なんか、背徳感が……」
「い、言わないでください!」
後ろからごくりと生唾を飲む音と星空さんのそんな言葉が聞こえてきた。
背徳感がどうとか、思っていても言わないでいただきたい。俺だってイケナイコトをしていると思っているのだ。あまり俺の自覚が強まるような発言はしないでいただきたい。
短いようで、とてつもなく長く感じたブラの装着は、背中からぱちっという音と星空さんの「終わったわよ」という声が聞こえてきて幕を閉じた。
俺は即座に振り向くとカーテンを勢いよく閉めて、ブラを意識する間もないくらいに急いで服を着替えた。
「ちょっと、大丈夫? 着れない服とか無い?」
「大丈夫です」
心配そうに声をかけて来る星空さんに、俺は努めて冷静に返す。
幸にして着かたのわからない服は無かったので、着替えはあっという間にすんだ。
けれど、鏡を見れば分かるのだが、顔の赤みがいっこうに引かない。女性にブラをつけられたというのと、男の子なのにブラをつけてしまったという事実が恥ずかしく、顔が上気してしまうのだ。化粧の上からでも分かるくらいなのだから、相当赤くなっているのだろう。
「着替え終わった?」
衣擦れの音が無くなったからか、カーテンの向こうから声がかかる。
「着替えは終わったんですけど、顔の赤みが引かなくて……」
ここでぼかして伝えても意味は無い。星空さんに変に心配をかけるだけだ。そう思い、俺は素直に顔が赤くなってしまっていることを話した。
「そう。それじゃあ、着替えは終わってるのね。じゃあ、カーテン開けるわよ?」
「は、はい」
俺が返事をしたすぐ後、カーテンがシャッと小気味良い音を立てて開かれた。
ばっちりと星空さんと目が合う。といっても、星空さんはサングラスをつけているけれど。
「顔真っ赤ね」
「顔じゃなくて服を見てください!」
顔を合わせて第一声が服の感想ではなく顔のことだったので、俺は恥ずかしくなってつい声を大きくしてしまう。
そんな俺が面白かったのか、星空さんはふふっと笑う。
「ごめんごめん。可愛いからつい、ね。うん、服もちゃんと似合ってるわ。これならバッチリよ!」
「ううっ、その褒められ方はちょっと不本意です……」
なにせ俺は男なのだ。レディースが似合っていると言われても微妙である。
しかし、俺のそんな言葉を華麗に無視して、星空さんは話を進める。
「後は、うまく写真に撮られるだけね」
「それが一番難しいです……」
「まあ、最初は戸惑うでしょうけど、慣れてくれば楽しくなるわよ。それこそ、自然とポーズが思いつくくらい」
「できれば、普通の高校生をやりたいので、その境地には至らないようにしたいです……」
まあ、魔法少女をやっている時点で普通の高校生ではないのだが、できる限り普通の高校生でいたいのだ。モデル仕事なんてこの一回だけで十分である。
「普通の高校生はモデルになる機会なんて無いと思うけどね」
「うっ……確かに……」
「ふふっ、まあ、今日一日はモデルを楽しんでみなさいよ。こんなチャンス滅多に無いんだから」
「滅多にどころか二度と無くて良いです」
「さぁ、それはどうかしらねぇ。あの榊っていう人、あなたのことをそう簡単に手放してくれるかしら?」
「ふ、不吉なこと言わないでください……!」
モデル撮影なんて今日の一回で十分だ! むしろ今日の一回すらやりたくなかった!
そんな俺の思いを知らない星空さんは、俺の言葉を聞いて呆れたように息を吐く。
「せっかくのチャンスを不吉だなんて……この業界目指してる子が聞いたら泣くわね。まあ、考えは人それぞれよね」
「ですです」
星空さんの最後の言葉に俺は力強く頷く。
それを見た星空さんは更に深い溜め息を吐いた。
その時、トレーラーのドアがこんこんとノックされた。
「如月さん、お時間です! 準備の方はお済みでしょうか?」
「準備終わってます! 今行きますね!」
「はい! よろしくお願いします!」
俺の変わりに星空さんが応えてくれる。
「それじゃあ行きましょう」
「はい」
星空さんが差し出してきた手を取り、俺はトレーラーから降りた。
ポスターモデル撮影、開始である。




