2話
はっと気付くと、朝を迎えていた。また、今日が始まる。
今日は休日出勤で朝から会議だ。うちの会社は平日は馬車馬の如く働き、休みは会議で潰される。私は女王様の寵愛を受ける為、この理不尽な時間を生きているのだ。
「……――えぇー、今期の販売予定数に対して大幅に下回っている状況です。我が社としては決算を迎える前に打開策を模索しているのですが、これについて何か提案はありますか?」
偉そうな男が偉そうに単純な事をわざわざ小難しく吐いている。
まったく、よく動く口だ。
私より若く経験も浅いのに、コレが上司とは……この会社もどうかしている。
「君、何かあるのか?」
唐突に指されるとは思わず、私は慌てて立ち上がる。くっそぉ、この若造め。貴様の所為で恥をかいたではないか。
面倒そうに、いつもの如く“特にありません”と拒絶をしてやろう。
「アン」
会議室を静寂が支配する。そして、その静寂は一瞬の間を置いて、ざわめきへと変わる。
私は、今、何と?
「ああ、すまない、もう一度……」
「……アン」
どよめく皆の声と、滝の様に流れる私の汗が、思考を鞭で叩き付けるかの様に混乱させる。どうしたのだ、何故答えられぬ。何故、アン……これでは、間抜けな犬……。
「ア、アン! アーン!」
「わ、分かった! もういい!」
何と云う事だ。喋る事ができない。否、情けない間抜けな犬の鳴き声しか出せない。私は犬になってしまった。
一体どうした事か。いくら話そうとしても、人間の声が出ない。
犬になりました、はいそうですか。それで済む問題ではない。
私には生活を守る役目がある。私には妻と娘が居る……ので……あろうか。
私には社会人として……生きる……意味があるのであろうか。
奇異の目で見つめる人間達の視線は、私の置かれた状況を整理するには程足りない物だった。
「どうしたのだ、君は」
直属の上司である部長が、私を会議室から連れ出し散歩を始めた。
……そう比喩する程に冷静なのだ。これは精神異常の類いでは無いのだろう。
しかし、他者からすれば姿形は中年のおっさんで情けない間抜けな鳴き声を発する異常者だ。
思い当たる事は、女王様。其処で強く願った。犬になりたいと、強く願った。けれど、願って叶うものなのか。
そんな可哀想な私を、部長だけが心配そうにしてくれる。
「きっと疲れているんだろう。少し休みが必要なんじゃないか?」
本音かどうか分からないが、今世界で私を心配してくれる唯一の存在に思えた。
「アン……」
……私は仕事ができる方ではない。
否、むしろできない。同期どころか、後輩にまで追い抜かれ、50歳を迎えた今も平社員。こんな私が仕事を続けられるのも、部長のお陰だ。
喋れない事が何だと言うのだ! そうだ、私は生まれ変わろう。
「アン! アーン!!」
「お、おぉ、な……なんか元気になったみたいだな」
そうと決まれば、ウダウダと呆けてなどいられない。仕事だ。仕事をしよう。




