一本道
「……え?」男は今この状況を理解できていないような声を漏らす。それもそうだ。
いつの間にかなぜかいつもの寝床から見知らぬ草原に移されているからだ、シミが目立っていた天井から真っ青な空に変わっているからだ。男はとっさに右手で頬をつねった。じんわりとした痛みが夢の中ではないことを突きつける。男の頭には今、驚嘆の電流と戻れないかもしれないという不安が渦巻いていた。
男はそれでも立ち上がり辺りを見渡した。東には高い山が連なり吹き抜ける風は男の横を走りさっていく。
人影はなく、動物の気配も感じられない。しかし西の方に薄っすらと視界に映るものは、広めの一本道だった。これが男を冷静かつ安心にさせた。男は道の方へと走っていく。やがて道の真ん中に立つと不安が残りながらも西へと一歩ずつ踏みしめていった。
男は歩いた。照り付けるような日差しと闘いながら。そしてこんな事を考えた。
なぜ俺はここに転生[とば]されたのか、と。そこで自分が夜道に願った言葉を思い出す。まさかあれだけで転生されることはないだろう。とにかく元の世界に戻りたい、それが今の男の願いであった。
途中から森に差し掛かり鳥の鳴き声が聴こえてきた。ここで生物がいると確信した。しかし人間がいるとは限らない。自分だけが異種ということもありえるのだ。あの世界と同じ様に。
孤独がこんなにも寂しいとは思わなかった。歩きながら俺は思った。不思議な世界に迷い込んだものだ、そうも思った。男はひたすらに歩いた。
陽が山に隠れそうになった頃、疲弊しながらも男は足を進めていた。すると……チロロ~という音がした、確かにした!救いの声に等しいであろうこの音は男の神経を蘇らせる
聴こえたこの音を男はしっている。魚を海なし県でも手づかみで捕れるところといったら一つしかない。男はすぐさま走り出した。息を切らしながらも全力で。
「川だあああああああああああああ!助かった……」澄み切っている川に深く一礼すると、しゃがみ込み両手で勢いよく水を口に運んだ。水は冷たい、喉を潤す、そして間違いなく人生最高の水である。
今この世界がどういう世界かも分からない。だが、もう少しだけこの世界にいてもいいと思った。誠に不思議である。
「よし、とりあえず人を探そう。」男の腹が満たされると、また一本道に戻っていった。もし人が住んでいるのであれば、今頃は夕食の時間であろう、この世界ではどんな料理が待っているのだろうか。呑気にそんなことを考える男の足取りは軽やかだった。