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朝の8時。
いつものように学校に登校する為に並木道を歩く。既に葉は散ってしまっている為、いつも何だか虚しい気分になってしまう。相変わらず目に痛みを感じるような乾いた風が定期的に吹きつけ、まだ春は先だなぁなんて感じることができた。
ブレザーの制服姿にモコモコのマフラーを着けたいつものスタイルで登校する私であるが、少し首元が汗ばんでくるのを感じて、冬と夏を同時に感じるという不思議な気分に陥っていた。目の前を何人かの生徒が同時に登校をしていたが、見覚えのある後姿を見つけたので、私は駆け寄って声をかける事に決めた。
その人物に駆けつけて声をかけた。
「早乙女君、おはよう!」
「あぁ、長谷川さん。おはよう。朝から元気だね」
見つけたのは早乙女君だ。
振り返る姿に、私は一瞬見とれてしまう。美しく白い肌が冬の朝だと余計に印象強く感じた。まるで雪化粧のようだ。登校時に一緒になるのは今日が初めてだ。私はちょっとツイてるな、なんて思ってしまった。
というのも先日にクラスで席替えが催されてから、喋る機会が減ってしまっていたからだ。
「そういう早乙女君は、朝弱そうだね」
笑いながら言う私に向かって、深刻そうな表情で彼は答えた。
「朝はからっきしダメなんだ。血圧が低いからかもしれないけど、他にも理由が色々あってね」
その意味深な発言に少し気になって質問をしようと思ったが、
それより先にある風景が目に飛び込んできてしまい、それは中断することになってしまう。
そして、反射的に私は口に出した。
「あっ、植山君と宮村さんだ」
私の目に映ったものとは、植山君と宮村さんが一緒にいた風景であった。二人はつい最近付き合い始めたらしい。植山君から宮村さんへ熱烈なアプローチがあったようで、それが実を結んだという事らしいのだ。
「一緒に登校してるんだね、上手くいって良かったよ」
早乙女君が安心した表情で二人を見つめていた。
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二週間前。
「長谷川さん、ちょっといいかな……?」
休み時間に自席で携帯電話を触っていると、とある人物から声をかけられた。隣のクラスの宮村さんだ。
私は宮村さんとは同じ中学に通っていた為、面識があった。久しぶりに声をかけてきた事に私は少し戸惑ったが、徐々に湧き上がってくる嬉しさの感情がどんどんと積もってきた。
「宮村さん、久しぶりだね! どうかしたの?」
「ちょっと相談したい事があって」
私は直感した。宮村さんは中学から成績優秀だった為、勉学での悩みは一切無いと推測する事ができた。そして私に相談する内容があるとすれば、それは……。
「もしかして恋愛事?」
「う、うん、そうなんだ」
ズバリ的中である。
俯きながら、両手を前にモジモジとする宮村さんはそのまま続ける。
「誰かに相談したかったんだけど、同じクラスの人にするのもなんだかなと思って」
最近、早乙女君と喋るようになって、しっかりと人の言葉を理解できるようになっていると感じていた。同じクラスの人に相談できないということは、同じクラスの人が好きなんだなと直ぐに理解できたからだ。
「いいよいいよ! 私で良ければ相談に乗っちゃうよ!」
私は自分の恋愛事に関しては全くの無関心であったが、他の人の恋愛話となれば話は別だった。女子はそういう事で盛り上がるのがとっても大好きな人種なのだ。
宮村さんは不安そうに口にした。
「それでね、実は色々と相談を聞いてほしいっていうのと具体的なアドバイスをもらいたいっていうのがあって……。だから男の子の意見も聞いてみたいなと思うんだけど、いい人いないかな?」
「いますよいますとも!相談事のスペシャリストがいらっしゃいますとも!」
私は人の事であるにも関わらず、なんだかとっても強気な気分になっていた。彼に任せれば問題無しだと、根拠の無い自信があったからだ。
授業が全て終わって放課後となり、私と宮村さんは早乙女君の席へと早々に向かった。
「リーダー! 営業活動をして案件をもってきました!」
事前に考えていた社会人を意識した発言を、得意げに彼へと伝える。
「うーん。リーダー、お話があります。日々の営業活動が実を結び、新規案件を受注致しました。が、ビジネスライクだね」
予想すらしなかった返答に私は苦笑いしながら「申し訳ありません……」と伝えるハメになった。横に居る宮村さんは少し笑みを浮かべていた。
彼の席の周りに二つの椅子を他所から拝借して並べることで、ミーティングテーブルを作成した。
さて、案件の始動である。
「なるほど、恋愛事か……」
軽い概要を説明した後、早乙女君は難しそうな顔をする。
「何かいいアドバイス無いかな?」
女子同士の恋愛話や相談となれば、話を聞くだけ聞いて気持ちを共感し、頑張ろう!の感情論で押し通して終了である。だけど、そんなことを宮村さんは求めているわけでもない為、どっから取っ付けばいいのやら私にはよく分からなかった。そしてその不安は宮村さんにも伝わっているようで、彼女も俯きながら早乙女君の様子を伺っていた。
彼はこう口火を切った。
「まず問題点を整理することから始めよう。それから【なぜなぜ分析】で根本要因を洗い出す」
得意げにアドバイスでもするのかなと思いきや、なんだか小難しい事を言いはじめたので少し戸惑ってしまう。このままではいけないと感じ、分からない用語を質問することにした。
「【なぜなぜ分析】っていうのは何?」
「あぁ、問題把握の為の手法だね。問題に対する原因の更に原因を突き詰めていく。そうやって最後に辿り着いた原因が根本要因なんだけど、その手法をそういう風に言うんだ」
そう言うと、早乙女君は宮村さんにヒアリングをしながら目の前のノートにメモを作成していった。彼の作ったメモの内容はこんな感じになっていた。
----------------------メモ内容----------------------
問題点1:自信が無く、アプローチ方法がイメージできない。
問題点2:接点が全く無く、自分から喋りかける事ができない。
---------------------------------------------------
「今ある宮村さんの問題点はこれだね。ここから【なぜなぜ分析】で根本要因を把握していこう。まず問題点1の根本要因は何か……? なんだけど、これは心的要因が強すぎて僕には対処し辛いな……」
へー。早乙女君って自分の事<<僕>>っていうんだ。そんなことを初めて知った私であったが、どうやら私が話しかけないとミーティングが進まないらしいので、考えることをやめて発言することにした。
「心的要因っていうのは?」
「【自信が無い】という問題点には主に二つの要因があるように思える。1つ目は【相手の情報が少なすぎて、どういう方向性でアプローチすれば良いか分からない】というものと、2つ目は【ファッションやメイク方法を有していないから、自身に武器が無いと感じてしまっている】という二つの心理的な要素が強いと思ったんだ」
私が聞きたいことと違った内容が帰ってきたように思ったが、概ねなるほどと感じた。つまりは心境も原因として捉えているみたいだ。
宮村さんは眼鏡を取りさえすれば綺麗な顔立ちをしているのだが、それを生かす方法を知らないらしく、いつも地味目な格好をしていた。
それによって自分を卑下するような所があったのだが、早乙女君は彼女の性格を上手く把握できていた。にしても本人を前にしてちょっと言いすぎなようなところも感じたが、そこも早乙女君らしいといえば早乙女君らしい。
結局、私の想定どおりに宮村さんは更に下を俯くようになってしまった。
私は慌ててフォローに入る。
「けど、ファッションとかメイクが上手くなるのなんて、知識を備えるだけで大丈夫だから全然フォローできるよ!」
「そう……かな……?」
不安そうな宮村さんに対し、追撃する。
「うん、そういうのは知識が有るか無いかの違いだけなんだよ。それに宮村さんは元が良いから、直ぐにキレイになれる。保証するよ!」
「僕もそう思う」
良いタイミングで早乙女君のフォローが入り、励ましは大成功となった。彼女は顔色がパッと明るくなり、早乙女君に視線を戻すようになった。
「さて、この二つの根本要因に対する対策なんだけど…。1つ目の【アプローチ方法】については、彼に対する情報が少なすぎて方向性が掴めない。まずは【彼の好みをリサーチする必要がある】と思う」
そこまで言い終えた彼に向かい、私は状況を考えずに大失言をしてしまう。
「そういえば半年前ぐらいに私告白されたんだよね……植山君に。その時の髪型や、メイクとかファッションを参考にすれば……」
と言いかけたところで、しまった!と思った。宮村さんがこの話を好んで聞くはずなんかないからだ。
だが、その心配は過信であった事に気付かされる。
「そうなんだ。ならそれで大丈夫そうだよね」
宮村さんがそう発言したのだ。全然気にしてないような様子だったので、私はホッと胸をなでおろす。
だが、早乙女君はその案にはあまり乗り気ではないようであった。
「うーん、ちょっとリスクが高いかな。好みっていうのは流動的に変化するものだ。半年前から変化している可能性をがある事を考慮すると、もう一度調査しないといけないと思う」
素晴らしい想定力だ。
確かに高校生の好みなんて直ぐに変化してしまう。私の友達も数週間毎に好みのアイドルが変わるもんだから、その通りなのだろう。
「残っている【髪型・メイク・ファッションの対応】という問題については、彼への好み調査を元に対応してもらうことになると思う。僕には無理だから【長谷川さんがアドバイザーになって、宮村さんに生まれ変わってもらおう】」
来ました来ました。遂に私の出番です。いつも教えてもらうだけの使えない部下でしたが、今回はしっかりと働かせてもらいますよ、リーダー!そう意気込む私はその心境が顔に表れていたようで、早乙女君に少し微笑まれてしまった。
だが、気になるのはもう一つの問題点だ。これをどうするのか?
「応援はこれで良いとして、2つ目の問題点である【接点が全く無く、自分から喋りかける事ができない。】っていうのはどうするの?」
私がそう発言すると、宮村さんもその部分については思うところがあったらしく、どうするんだろう?というそんな表情をしながら早乙女君を見続けていた。
「いや、大丈夫。ヒアリングした結果から、機会を作るのは簡単だと判断できた」
「それってどういうこと?」
たまらず私は質問を投げかけるが、その内容はとんでもないものだった。
「無ければ作ればいい。隙を見て彼の消しゴムか何かを盗もう。そうすれば彼は借りなければならなくなるから、誰かに喋りかけないといけなくなる。そして彼から喋りかけてくるか、もしくは宮村さんから喋りやすくなるように仕向けるんだ」
私と宮村さんは顔を合わせた。きっと二人とも同じ事を考えていたんだと思う。
そして、私は心の中で大きく叫んだ。
(何言ってるんだ、この人は……!)