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 それから間もなく、長谷川さんは部を退部する事になった。


 恐らくは立て続けに男子から告白されたことによって、部の居心地が悪くなってしまったという理由だと思う。


 俺は、結果的に長谷川さんの居場所を奪ってしまった事から、大きい罪悪感を持つようになった。それを理由に諦められない長谷川さんへの恋心に、鍵をかけてしまうことに決める。


 そして長谷川さんとは距離を置くようにしてしまい、言葉を交わさなくなって疎遠な関係となった。



 月日は流れて一月になった。


 目の前で展開される全く理解が出来ない数学の授業に嫌気が差して、教室の窓際の席からぼんやりと外を眺めていた。


 嫌な授業からの現実逃避であるにも関わらず、窓の外にも受け入れたくない現実が映し出されて目に入ってくる。


 早乙女が体育の授業を受けているのが見えた。俺は現実逃避の為に向けた目線を、自分の机へと向けて心の中で呟いた。


(くっそ……、見たくないもの見せるなよマジで……)


 二ヶ月前に転校してきて何かと話題な男子だったが、今は違った理由で話題になりつつあった。


 最近、長谷川さんと仲が良いという噂が立ったという理由だ。


 長谷川さんは男子から人気があった為に何人にも告白されていたみたいだが、彼女は断り続けていた。それによって好意を持っている男子からは、なにかと動向の注目されていたのだが……。


 遂に現れた相手が転校生の早乙女との噂を受けて、好意を寄せていた男子たちは家が泥棒にあったかのような無念さを感じていた。

 そして、恋心を封印してしまった俺もその一人だった。


 現実逃避した先が大空襲を受けていると知った俺は、大人しく避難を辞めにして授業を受けることにした。黒板に記述された数式をノートに写していく。


 ふと気づくと、自分のノートに写し間違いがあった事に気付いた。現実逃避で紛失した時間を取り戻し、授業の速度ペースに付いてく為にも俺は慌てて筆箱から消しゴムを取り出そうとした。


 しかし、筆箱には消しゴムが入っていなかった。


 今受けている数学の授業は二時間目だ。一時間目は体育の授業だったので、筆箱を取り出す機会はなかった。だとすれば家に忘れたことになる。


(しまった……家に忘れたか?どうしよう……)


 窓際に座っていた為、左隣には誰も座っていない。あるのは窓だけだ。そして同時に最後尾の席だったので、前と右隣の席にしか生徒は座っていなかった。


 前の席は女子が座っていて、消しゴムを借りようとするならば、そのまま声をかけるか肩を叩いた後に喋りかけるしか方法が無い。けど、前に座った女子も夢の中への現実逃避を実行中であったらしく、机に突っ伏した格好となっていた。


(寝てるのに声掛けるのは無理だよな……。じゃあ横の席のやつに相談してみるか……)


 そんな事を考えていると、横の席から俺に向かって小声がする。


「どうしたの?」


<<宮村あやか>>さんだ。

 宮村さんはクラスの中でも大人しい部類の女子で、よく一人で本を見ているようないわゆる文系女子ってやつだ。俺の慌てふためいた行動に気付いて、声をかけてくれたらしい。


 宮村さんはとても小柄で、普段から大きい眼鏡を着けていて顔はよく見えない。髪は黒い色で、全体的に毛先は緩く無造作にカーブを描いていた。パーマというやつだろうかと思ったが、俺には寝癖と区別が付かなかった。


「いや、家に消しゴム忘れちゃってさ」


 俺は小声で返事をすると、宮村さんは少し考える素振りをした後に手を動かしながら俺に囁く。


「あ、じゃあちょっと待ってて」


 宮村さんはそう言うと着けている眼鏡を外した後、自分の消しゴムを取り出した。そうすると消しゴムに着いている紙製のカバーを取り外し、露になった消しゴムを定規で半分に切ってしまった。


 俺は突然の事に何も言えないでいた。


 宮村さんは切り取った消しゴムを手にとり、俺に半分を手渡した。


「これ、良かったら使って。半分あれば大丈夫だから、返さなくて大丈夫だよ」


 少しはにかんだような笑顔で、俺に言った。


 その瞬間、雲に隠れていた日の光が窓から差し込んでくる。彼女の方へ体を向けていた俺は、背中に少し暖かい日の光を感じる。


 そして、その光が彼女の顔を照らし出した時、俺は宮村さんへの印象を改めないといけない事に気付いた。切り揃えられた前髪から覗いた顔は、俺が過去に求めた天使そのものだったからだ。


 日の光を受けた彼女の笑顔は、俺の目に眩しく入り込んでくる。




 俺は再び恋に落ちた。


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