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「ええっと、システム化…? パソコンとかは使ってないよね」
私はシステム化という単語に戸惑いを隠せない。というのも、いわゆるパソコン(パーソナルコンピューター)という分野については知識がからっきしだったからだ。何だか会話の内容が、手の届かないお空に飛んでいってしまったかのように感じてしまう。
「パソコン……? あぁ、システム化の意味を捉え間違えているんだね。システム化っていうのは【継続的に効果が得られる仕組みを実現する】ことであって、アナログなジャンルである【人間の行動】をシステム化することも可能なんだよ」
私はうーんと唸ってしまう。言葉が難しいしイメージが掴めないからだ。つまりはパソコンの話はしないんだな、ぐらいに捉えることはできた。まだ理解できていない風な表情で彼を見続ける。
「長谷川さんは日常生活の中でストラップを目で確認した時、何か忘れ物がないか確認するようになっていたよね?」
この言葉を聞いて、唐突に今までの全てを話を理解できた。点と点が線で繋がっていく感覚を受けて(あぁ、そうか!)と、私は心の中で叫んだ。
「ストラップを見るタイミングで、セルフチェックをするようにしたってことなんだ! 凄いね、これ!」
私は席から飛び上がるようにして、彼にそう叫んだ。ストーブに群がる生徒たちが私の方に視線を向けてくるのが見え、とても恥ずかしい気持ちになる。話を理解するタイミングも遅かったし、(あぁ、出来の悪い子でごめんなさい)とそんな事を考えた。
「システム化っていうのは【習慣となっている人間の行動】を引き金とすることで、その効果を高めることが可能になる場合があるんだ。特にセルフチェックをシステム化する場合はその効果が高くなる。長谷川さんとは隣の席同士だったから、携帯電話をよく使っていることを知っていたからね。これは使えるな。って思ったんだ」
そういえば私の携帯の種類が、ガラパゴス携帯なのを知ってた事を思い出す。変なところを見ているんだなと、ちょっと面白い気分になった。
彼は続けて話す。
「後は簡単だね。【忘れ物】というキーワードと【ストラップ】というキーワードを関連付けて話をした後、ストラップを装着してもらう。そうして生活すれば、ストラップが目に入るタイミングでセルフチェックを実施するようにシステム化できる」
彼が<<魔法をかけてあげられるかもしれない>>と意味深な言葉を残したのも納得できた。印象付ける為であるという理由もさながら、本当に魔法をかけられていたのだと感じたからだ。 実際、ストラップを目に入れる度に私はその言葉を思い出すようになっている。
「ちゃんとした理由を言われると本当にその通りだなって思った! けど、普通の人ならメモ帳を使えばいいんじゃないか? とか、そういう解決方法になりそうだよね」
その時感じていた、ありのままの質問を投げかけた。
「いや、それだと根本要因の解決にならない。長谷川さんはまず、メモ帳に書き留めるという習慣が無いからだ」
私は気づいてハッとなる。そして同時に疑問が浮かんだ。
「なら、習慣にしてしまえばいいんじゃない? って言いそうな人もいるよね」
彼は想定どおりの質問がきたような態度でスラスラと説明を始めた。
「出来るならそうしたいところなんだけど、新しい習慣というのはとても不安定な要素だ。三日で辞めちゃう人がたくさんいる、という言葉もあるぐらいだからね。後、メモ帳に書き留めたところでそれを逐一確認する習慣というのも作る必要がある。だから几帳面な人じゃないと無理な条件なんだ」
大納得である。というかやっぱり私はズボラな性格なんだな、と再確認する事になってしまった。
(こんな私でゴメンなさい。)と心の中でつぶやく。
「後は形骸化しないようにするとか、運用方法を色々考える必要があるんだけど……。まぁ、効果が無くなってからでも悪くないと思う。これで全ての説明が終わりだよ」
<<キーン、コーンカーンコーン>>
彼が全ての説明を終えたと同時に、授業開始のベルが鳴り響く。
彼は授業の準備をする為に、私に向けた視線を切り上げた。会話ミーティングの終了だ。
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授業中、降りしきる雨を窓越しに確認しながら一週間前に彼が言っていたことを思い出していた。
<<要は、物事の捉え方の問題なんだ。>>
つまらない日常。何の変哲も無い高校生活。
そう思うようになったのは、私がそう決め付けているだけなのかもしれない。この胸の高鳴りはつまらないなんて感情から呼び起こされるものではない。
未だに私は、彼の魔法にかかったままだ。
(この日常も、私の捉え方次第で楽しくできるのかな。)
心の中でそう呟きながら、窓へやった視線を彼の方に向ける。
早乙女君は、私の本当の悩みすら解決してしまった。