2
「最近、忘れ物が多くて困ってるの」
何の変哲も無い、高校生活に嫌気がする。それが私の本当の悩みだった。
けどそんな事を彼に伝えたところで、どうなるというのだろう。地に足の着いていないフワフワしている悩みだ。悩ませたり、困らせてしまうのがとても怖かった。そう、この妥当な議題こそが今の私の最大防御だ。早乙女君とは初めて喋るのだから、攻めに転じることは必要ない。
それにその悩みは実在するものでもあった。
「へぇ。 忘れ物……どんな物を忘れるの? 」
「授業で必要なものとか、友達から借りている物を家から持ってくるのを忘れたりとか、かな」
妥当な議題とバレないように、早乙女君の目を見ながら受け答えする。私は真剣なんだぞ!と念を押しておくのだ。
けど、その説明をした後に凄く恥ずかしい気分になってきた。何が最大防御だ。この議題ちっともイケてない。
自ら<<私はズボラな性格の女子です!! ご免なさい!!>>と大声で発しているのとそう変わらないと気付いたからだ。
次第に私の目線は下へ下へと移動を積み重ねていき、ついには床へと行き着いてしまった。私の最大防御が丸裸へと変わった瞬間であった。
大失敗である。
そんな脳内の戦いを大敗北で終えた後、勇気を振り絞って床へとやった目線をチラリと彼の方へ向けた。私の想定はこうだ。彼の目には絶対に変な子だと映っているに違いない。
だがそんな私の考えとは裏腹に、彼は真剣な表情で予想外な事を言い始めた。
「それって、忘れているのは物じゃないよね」
ポカンとする。その言葉の意図が掴めずに私は無言になった。
「あぁ、ごめん。今の発言は凄く分かりにくいよね」
私の気持ちを汲み取ってか、彼はそう言葉を続けた。そして、どうやって説明すれば良いかなと悩んでいるような素振りを見せる。少しの間が空き、どうやら彼の頭の中で整理が付いたみたいだ。
「効果があるか分からないけど、長谷川さんに魔法をかけてあげられるかもしれない」
私はドキリとした。意味深な発言だという理由もあるが、主な理由は名前を呼んでもらえたことであった。
名前を覚えてくれていた。そんなことは重要ではないが、笑みを浮かべてしまうような嬉しさに見舞われる。
しかし今優先すべきことはドキリとした感情を彼に悟られるのを防ぐ事だ。
「魔法って?」
頭をフル回転させて、驚異的な反応を見せつけることに成功した。意味深な彼の発言からほぼノータイムだ。
「うん」
そう言って彼は、自分の携帯電話スマートフォンを取り出す。すると装着していたストラップを取り外した。彼の携帯電話スマートフォンは、それを保護するプラスチック製のカバーが装着されており、ストラップを装着できるタイプとなっていた。
そして、おもむろに私へとそのストラップを手渡した。
「確か、長谷川さんってガラケー……ガラパゴス携帯だったよね?」
ちょっと拍子抜けだった。携帯電話を取り出すのだから、てっきり連絡先を交換しようと提案でもしてくるのかと思ったからだ。
「うん、そうだけど」
その期待はずれな行動に少し戸惑いつつも、ストラップを受け取りながら答えた。渡されたそれをマジマジと見つめてみると、何の変哲もないただの携帯ストラップなのが確認できた。携帯電話を購入した時に、無料で付いてくるような安価そうな物だ。あえて説明するなら灰色である事ぐらいだろうか。
「ならこれを今日から着けて生活してみて。要は、物事の捉え方の問題なんだ」
<<キーン、コーンカーンコーン>>
早乙女君の発言と同時に、3時間目を開始するチャイムが響き渡る。そのチャイムはいわば私たちの会話を強制終了させる合図だ。
廊下で待機していた数学の先生が教室に入ってくるのが見えて、早乙女君は視線を切り上げて授業の準備に取り掛かった。
何もかも全く理解できないままに、傍観するだけになってしまった、早乙女君との初めての会話。疑問だけがたくさん残されたまま、私は取り残されてしまう。
そして頭の中でこう呟いた。
(ただのストラップ……これに一体何の力があるっていうの?)