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 翌日、球技大会というイベントも終わり、クラスは落ち着きを取り戻したように平常運転だ。今日の授業も全て終わりを迎え、私と早乙女君は席で向かい合い、いつものように本を読んだり雑談をしたりしていた。夏を目前に暖かくなった心地よい日差しが、教室全体を包み込む。


 目の前の早乙女君は大きく吸い込まれそうな瞳を本の文字へと落とし、読書に浸っている。


 それをチラリと覗き込みながら、私は平常心を装う。


 藤井さんにからかわれだしてから、私は早乙女君を意識せずにはいられなくなっていた。霧がかかったようなモヤモヤとしたものが、私の体を包み込んでいるように感じてしまう。


 自然とため息が漏れる。それに気付いた早乙女君が視線を私に向ける。私はニコリと作り笑いをすると、早乙女君も口角を少し曲げ、合わせて笑顔になる。どうかしたの、ううん何にもない大丈夫だよ、そっか。と、無言の会話をする。


 ゆっくりとした時間が流れる。


 するとその空気を壊すように、廊下がバタバタと慌ただしくなった。


「何かあったのかな?」


「どうしたんだろうね」


 すると廊下から藤井さんがヒョッコリと顔を出してきた。


「みゆちゃん、ゆう君、何か水泳部の方であったみたいだよ?」


「そうなんだ、どうしたんだろう?」


「ね、行ってみない?」


 早乙女君と藤井さんが言葉を交わし、私たちは校舎から少し離れたプールへと向う事になった。


 プールへと辿り着くと、その場は異様な空気を醸し出していた。水泳部と思われる女子が、水着の上からジャージを羽織り、腕を胸の前で組み、険しい顔をしている。


 ほぼ全てと思われる水泳部の女子が更衣室の前で立ちすくんでいた。上着だけを羽織った水着姿に、少し目のやり場に困った早乙女君は視線を逸らしている。


「どうかしたの?」


 藤井さんが水泳部の女子に声をかけた。


「ちょっと聞いてよ、藤井さん! 更衣室が荒らされたの!」


 金切り声があがった。声の主は天野ともかさん。水泳部を強調するスラリとした肢体に鋭い目をしている。


 同じ水泳部の井上ゆめさん、金谷ななこさんと共にグループを作り、威圧感を放つ。


「荒らされたって、どういう事?」


 藤井さんと私は招かれるようにして女子水泳部の更衣室に入ることになった。そこには足場もないほどに物が散乱している。

化粧ポーチの中身は散乱しており、筆箱やノートにまで被害が出ている。誰が誰の物なのか全く分からない。鞄の中身も全て床に出されていたようだった。


 現場は荒らされたそのままの状態のままで、今は顧問の先生を呼びにいっている最中のようだ。


「酷い…物色されたのかな」


「ほんと最悪…!」


 天野さんが声を荒げた。その声に私は少し萎縮してしまう。藤井さんが続けて状況を聞いた。


「戸締りとかしてなかったの?」


「獲られる物なんてほぼないから、更衣室の鍵はいつもしていないの。目につく所に更衣室があるし、誰か変な人がいればすぐわかるし」


「何か盗られたものとかは?」


「まだ分からない。だってこんなになってちゃ、どれが誰のものなんか分かりっこないでしょ? 片づけてみないと分かんないよ」


 胸の前で組んだ腕の指をトントンと動かし、苛立ちを隠せなさそうに天野さんが言った。更衣室の鍵をしていなかったと聞き、私は不用心だなと感じていた。


 早乙女君はというと、流石に女子更衣室に入ることはできず、外で私たちの声だけを聴く形となっていた。


 そうこうしている間に水泳部顧問の先生と小鳥先生がやってきた。散乱している荷物を見て、その状況に二人とも声を出せないでいた。


 先生達二人はまず状況を確認すべく、女子水泳部達に自分たちの荷物を片すように指示をする。何が盗られているか、今の状況では分からないからだ。


 片づけが終わっていくと、とある事が判明した。


「何も盗られてない気がする…」


 天野さんがそう言うと、他の女子部員達も頷く。何も盗まれていないことがわかったのだ。


「ほんとに? 何も盗られていないの?」


「はい、盗られてないと思います。鞄の中身とかポーチの中身が外に散乱してただけです」


「警察に連絡したいところだけど、何も盗られてないとなるとちょっと困ったわね……」

 

「でも! 現にこうやって荒らされてるんですよ!? 犯人が捕まらないと怖くて仕方ないですよ!」


 小鳥先生の声からはあまり大事にしたくないような雰囲気を感じさせた。それに対し、天野さんが食って掛かる。


「何か気になる事とかない? 例えば変な人がここらへんをウロウロしていたとか?」


 女子部員全員に小鳥先生が聞く。だが更衣室は無言が続いた。不審人物がいなかった事は言うまでもない。という事になると、怪しいのは水泳部員になる。しかしながら、女性部員全員の荷物が荒らされていた事を考えると、犯人が部員である事は考えづらい。


 結局、その場で解決する事ができず、どうしようもない状況が続いてしまった。先生達は警察沙汰にする事もできず、そのまま事件は未解決のまま収束する事になる。


 戸締りをしっかり行っていなかったという事もあった為、今後は必ず鍵をかけるようにきつく注意をされていた。藤井さんと私の二人も、取りあえず更衣室の外に出ることとなった。


 外に出る際の天野さんの目が印象的だった。先生たちを睨み付けるその眼は、結局何もできない大人達への不満を露わにしているようだった。


 更衣室の外に出た私たちは早乙女君と一緒になる。


「何も手がかりは得られなかったんだね」


 早乙女君の冷やかで、それでいて安心するような声が聞く。私は先ほどまでの緊迫した空気から解き放たれた気分になった。


「ゆう君は何か分かった?」


 藤井さんが覗き込むように早乙女君の顔を見る。その眼差しは期待を込められているように感じた。私も一緒に早乙女君の顔を見つめる。


「うーん……そうだね、僕は物が盗まれたかどうかより、もっと気になる事があるんだ……けど、それも解決へのアプローチになるかはわからない」


「どういう事?」


 早乙女君が説明を続ける。


「更衣室で行われたことは、ブラックボックスだ」


「ブラックボックス?」


 私の質問に対して、早乙女君が続けて説明を行う。


「うん。つまりどういう過程があって、このような結果が生まれたのかが分からないということ。そればっかりは犯人しか知りようがない。けど、捜査の方法を違う視点に向ければ、あるいは解決する事が可能かもしれない」


「解決するかもしれないの?」


「分からない、あくまでも可能性があるという事しかね」


 私たち三人は更衣室に目をやる。一体この中で何が行われたのか。纏わりつくような不気味な感覚が私たちを襲った。

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