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 僕達は、直ぐに藤井さんの家を後にした。駅までの道中を歩いていると、彼女が当然のように質問してくる。


「えっと、どういう事?」


「結論から言うと、犯人は藤井さんの弟君だったよ」


 彼女の目が大きく見開いたような雰囲気を見せ、少しだけ驚いたような表情を見せた。


「……どうして分かったの?」


 考えていた段取りを思い出しながら、彼女に説明をする。


「ええっと……ちょっと説明が難しくなるんだけどね。まず、相手がTalkchatを使用して連絡がしたいと言ってきた時に、理由を考えてみた。通話がしたいだけなら、藤井さんから電話番号かなにかを聞き出し、非通知でかければいい。それができなかった理由は、ボイスチェンジャーを使いたかったからだ。掛かってきた電話には、ボイスチェンジャーが使われていたよね?」


 彼女は先ほどの出来事を思い出しながら、頷いた。


「ボイスチェンジャーっていうのは、準備するのが大変だからね。けどパソコンであれば、オーディオデバイス……えっと、声を変換するソフトウェアを簡単に手に入れることができるんだ。だから犯人は、パソコンで使用できる通話ソフトのTalkchatを使用したかったと考えたんだ」


 彼女は、無言で僕の言葉を聞いている。そのまま、説明を続ける事に決めた。


「そこでボイスチェンジャーを使いたかった犯人の心理を整理してみた。犯人は藤井さんの親しい人物でいつも声を聞かれているから、電話越しに声を聞かれるのが嫌だったんだ。だからボイスチェンジャーを使用しようと画策した。そして、犯人の心理をもう一つ深く掘り進めると、ある事が分かる」


「ある事?」


「犯人の金銭感覚だよ。P2Pソフトは物によっては固定電話番号を取得する事が出来るんだ。固定電話番号を取得して、パソコンから非通知で電話をかける事もできるはず。なのに、犯人はリスクを犯してまでTalkchatを送るなんて回りくどい真似をした。それは、固定電話番号の取得に料金がかかってしまうという背景があるからなんだ。そして、ボイスチェンジャーもパソコンで使用できる無料の物を使いたかった。そうなると、犯人が金銭的な余裕がない、学生の可能性が高いと考えられる。藤井さんが過去に告白された男性は、成人している人ばかりだったから、ちょっと当てはまらないなと思った。それに日曜日の15時から通話できるのを考えると、アパレル系の店員やオーナーとは考えにくい。デザイナーの彼についても、仕事熱心なのであれば、メールの送信時間的に少し考えにくいなと思った」


 思考が邪魔して、彼女の歩みが遅くなっていく。速度を合わせるように、僕も歩みを弱めた。


「犯人が学生の可能性が高いという事を認識した後、ストーカー行為が始まった時期を考察してみた。4月末から始まったという所を見ると、実行しようと思ったのは、弟君が僕達の高校に入学して少し経った後だね。恐らくは学校で藤井さんと中川君が2人でいる所を見かけて、犯行を計画したんじゃないかな」


「今日通話する前から、そこまで分かってたの?」


「うん、大体だけどね。それらの理由から、犯人が弟君である事が濃厚だった。そこまで分かれば後は証跡を残すだけ。藤井さんから、二人で別々の部屋でパソコンのオンラインゲームを一緒にしてると話は聞いていたから、家にあるパソコンの台数が2台以上ある事は把握できていた。となると、自室で自分のパソコンを使って通話をしてくる。リビングにあったルーターも事前に確認して、同じネットワークの領域に弟君が居る事は把握してたんだ。TalkchatっていうのはP2Pっていうネットワークを相手に直接繋ぐシステムを採用してる。だから、ネットワークのモニタリングソフトを導入すれば、接続先を判断する事ができる。それで、接続した先が192.168から始まるプライベートIPアドレスだったから、確定したんだ」


「プライベート……?」


「んっと……難しいよね、ごめん。まぁ、同じ家の中からネットを接続しているのが分かったって感じかな。後は気になるのは動機だね。それも昨日の時点で調べておいた」


「動機……」


「藤井さんは、マザーコンプレックスって知ってるよね」


 横を並んで歩く彼女の下がりきっていた視線が、僕の方に向けられた。


「え……? 母親を好きになるっていうあれ?」


「うん、そうだね。男性は生まれて初めて、異性として特別な感情を抱くのが母親らしいんだ。年齢で言うと4歳から6歳の時らしい。その時に、母親と接点が無い子がどうなるかというと……」


 少し思考を巡らせるような表情をした後、彼女が口を開いた。


「……姉や妹がいれば、その人に感情がうつるってこと?」


「そういう事らしい。それがシスターコンプレックス。まぁ、あくまでも傾向なんだけどね。弟君は、藤井さんを中川君に取られてしまうと思ったんじゃないかな」


 彼女は、それを聞くと無言になった。そしてそのまま歩く僕達は、駅に到着してしまう。ガタンガタンと電車の走る音と、近くの踏切がカンカンと鳴っているのが聴こえてくる。


 僕は一番気になっていた事を聞いてみる事にした。


「藤井さんは、犯人が弟君かもしれないと思っていたんだよね」


 その言葉を聞いた彼女は、それまでの緊張が解けたようにフフと笑い出した。


「何だか見透かされているみたいだね。もしかしたらそうなのかもな、ってちょっとだけ思ってた。けど、確証なんてなかったからね」


「警察には相手にされなかったんじゃなくて、連絡しなかったんだね」


「うん……ごめんね。ゆう君だったら、誰にも言わないと思ったんだ」


 もし弟君が犯人であったとして、警察沙汰になれば大変な事になる。先生に相談できなかったのも、納得がいく理由だ。もし先生に相談したら、直ぐに警察に連絡する事を勧められるだろう。というより、先生自身が連絡するに違いない。


 それに隠密に動かなかった場合、弟君が中川君に被害を加える可能性だってゼロではない。そうなれば、弟君も中川君も不幸な目に遭い、最悪な状況になってしまうだろう。


 僕は友達がそこまで居ないし、いるとすれば長谷川さんか中川君くらいだ。この情報が漏れる心配は、ほとんど無い。長谷川さんは、友達が多い。だから、藤井さんは僕にだけ相談したかったのだ。


 彼女の目線がどんどんと下へと移動していった後、大きく深呼吸をした。全ての決着がついた事で、表情は少しだけ明るく見えた。

「弟には、私からちゃんと話しとくね。もうそろそろ、お姉ちゃん離れしないといけないねって。ゆう君、本当にありがとう。無理を言ったり、迷惑かけちゃってごめんね」


「いえいえ、どういたしまして」


「そしたらまたね」


 彼女はそう言うとクルリと反転し、自宅へと戻っていく。その姿を少しだけ見守った後、僕も家に帰ることにした。


 改札を通り、電車を待つためにホームのベンチに腰掛ける。


 座りながらしばらくボーッとしていると、ポケットに入れていた携帯電話が震える。メールが届いたようだ。内容を確認すると、藤井さんからのメールだった。


 今日はありがとう。という内容だった。


 それにしても、今回はひどく疲れたな。人の家庭の事情に入り込み、荒らしているような感覚を覚えた。


 ベンチに掛けた腰を深く沈め、空を見上げた。今日もいい天気すぎる。昨日と変わらない日差しが、目に入り込んでくる。


 誰も居ないホームで、僕はポツリと言葉を出した。


「……疲れた」

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