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翌日の日曜日。13時30分。
藤井さんの家の最寄り駅で待ち合わせた僕達は、彼女の家へと向かった。今日の彼女の服装は、家から近いという事もあり、少しだけラフ目な格好だった。
白のブラウスシャツの上に、ゆったりとした明るい青のニット。そして、濃い目の青をしたストレートジーンズをロールアップして履き、茶色のフラットシューズを履いていた。昨日とは随分と印象が違って見える。
さて、景色を味わうまでもなく、駅より徒歩5分で目的地に到着してしまった。凄まじくアクセスが良い。長距離を歩くのは嫌いなので、これは大変に助かった。
そこは、ガーデニングの華やかな一軒家だった。ホワイトとベージュとビターブラウンの3色が組み合わさった外観で、木目柄と大谷石柄が印象的だ。
門から玄関までの間には砂利が敷き詰められており、木製の通路が門と玄関の間に橋のように掛けられている。
シンプルで現代的な外観だ。
どうぞと案内されながら中に入ると、綺麗に整えられた玄関と廊下が見えた。フローリングの廊下は、大変に清潔感がある。
用意されていた来客用のスリッパに足を通し、彼女の部屋へと向かう。途中に通り過ぎたリビングをチラリと確認するが、人の気配はないようだった。電話機の横に置いてあるルーターが、チカチカと点滅しているのが見える。
「家に誰も居ないの?」
「パパは居ないよ。けど多分、弟が自室にいると思う。ゲームでもやってるんじゃないかな?」
「そっか」
普通の男子高校生であれば、願っても無いシチュエーションなのだろう。ご両親が居ない女の子の家に招かれるなんて、何かの漫画やアニメのようだ。
フローリング製の階段を上って二階へ移動した後、彼女の部屋に招かれることになった。シンプルで綺麗に整理のされた部屋だった。
入って左側に木の机が設置されており、その上にブックスタンドがある。そこには学校の教科書や参考書等が並んでいる。机の上には時計や、ガラスの小物入れが置かれており、赤のノートパソコンがあった。
ベッドはピンクと青のボーダー柄のシーツが敷かれている。その上には、可愛らしい人形が姿を見せていた。鶏の人形みたいだ。
カーテンは淡いピンク色で統一されていた。それによって日の光が、少しだけ緩和されている。色の関係もあってか、何だか甘い香りがするように錯覚した。
「あんまり、ジロジロ見ないでね。りゅうじも来た事ないんだから」
フフと笑いながら、彼女は僕に対して指摘する。
さて、早速、事前準備を開始する事になった。ノートパソコンのある机に腰を掛けさせてもらい、準備を始める。休んでていいよと伝えると、彼女はベッドにある人形をお腹の付近に抱きこみ、僕を見つめていた。
赤色のノートパソコンを起動すると、Talkchatが自動起動した。コンタクトは、UnderGround555のみ。どうやら手間が省けたようだ。藤井さんは事前にコンタクトを送信してくれていたらしい。
UnderGround555はオンライン表示となっていた。
「新しいアカウントを作成してコンタクトを送信しといてくれたんだね。手間が省けて助かったよ」
「初めて使ったからよく分からなかったんだけど、頑張ってみたんだ」
両手で握りこぶしを作り、頬を膨らませながら彼女がそう答える。恐らくはこういう仕草に、普通の男子はやられてしまうのだろうなと考えた。
それはさておき、準備を続けていく。持ってきたUSBのフラッシュメモリを指し込み、テキストファイルを読み込む。そうすると、後方から声がしてきた。
「何してるの?」
「あぁ、これは作業手順書を見ているんだよ。準備はこれを見ながら進めていくんだ。事前にインストールしておきたいソフトウェアとかも、これを見ながら確認すれば漏れる事が無いしね」
「へぇ、マメだね」
ベッドでゴロゴロとしながら、彼女は返事をする。まぁ、女の子だしこういう事には興味が無いよなと、諦め気分だ。そんな事を考えながらも、準備を続けた。
1.ネットワークのモニタリングソフトをインストール
2.モニタリングソフトを使用する為に必要なソフトウェアも準備
3.コマンドプロンプトで【ipconfig】と【netstat】の実行
IPネットワークの設定情報と、TCPコネクションの状態を確認
もし、余計なコネクションが多すぎる場合は、不要なアプリケーションを確認後に終了させる
4.念の為、ホストIPアドレスを確認
5.オーディオデバイスが、Talkchatに認識されているか確認
6.Talkchat音声テストに通話をかけ、モニタリングソフトが正常に稼動するかを確認
同時に音声が認識されているかを確認し、マイクが正常に使えるかを確認
ネットワークエンジニアではないから、そこまで専門的な知識は有していない。基本的な技術のみで構成された、簡単な作業手順書だ。けれども、ここまで準備ができていれば大丈夫だろう。
そして、最後に大事な確認を行わなければならない。
「藤井さん。聞いてほしい事があるんだけど」
「何?」
「どんな結果でも、後悔はしないかな。そして、それを知る覚悟はあるかな」
「……うん」
緊張した表情をしながら、彼女はそう答える。その言葉を聞き、僕自身にも覚悟が出来た。
そして、15時を迎える。
彼女を椅子に座らせ、スタンドマイクを口元に置く。イヤホンは片方ずつを二人で分け合って、耳に装着した。
彼女を見ると、流石に少しばかり緊張しているように見える。そして、そういえばという表情をしながら、僕に質問した。
「何を話せばいいのかな?」
「適当でいいよ」
モニタリングソフトを起動し、監視モードに移行する。適当という言葉が気に障ったのか、彼女が少し膨れた表情をしているのが見えた。まぁ、本当になんでもいいから適当と答えた訳なのだが。
そして、彼女はUnderGround555に通話をかけた。
ツーツーツーというコール音の後、無音になる。通話時間がカウントされる事で、通話が始まった事が確認できた。僕は自分の存在を知られないように無言になり、モニターを監視する。
「えっと……アンダーグランドさん? こんにちは」
「<<15時丁度。初めまして。>>」
イヤホンから声が聴こえる。分かり易い声の変化……ボイスチェンジャーの使用……想定通りだ。そしてモニタリングソフトに、ある数列が連続で表示されるのを確認する。
【Destination 192.168.11.1】
【Destination 192.168.11.1】
【Destination 192.168.11.1】
ビンゴだ。
それを確認した瞬間に、僕はマウスカーソルを動かし、Talkchatの通話を切った。向こうが何か言いかけていたが、そんな事はどうでもいい。その行動に驚いたのか、横にいる彼女がビックリした表情で僕に視線をうつした。
「え、何で!?」
当然の反応だとは思うが、僕にとってはもう通話は必要ない。モニタリングソフトのログを保存し、それをUSBに保存した後、僕は彼女にこう伝えた。
「向こうから通話がかかってきても、もう出なくていいよ。犯人が特定できたから、僕はもう帰るよ」
「え、どういう事!?」
「駅まで送ってくれるかな。その途中で話すから」