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「まず、ストーカー被害がいつ頃から始まったのかを教えて欲しい」


「分かった」


 そう言うと、彼女は過去のメールを辿っていくような仕草を見せた。結果は直ぐに僕の元へと伝わることになる。


「えっと……4月25日からみたい」


 今は5月の末なので、一ヶ月近く悩まされていた事になる。


「なるほど、内容は全部同じようなもの?」


「うん、りゅうじの写真が添付されて送られてくる。どれも、近付くなとか、警告だとか、そういった文章を件名につけるだけ」


 僕も直接、過去のメールを見せてもらった。彼女の情報どおり、どれも似たような内容となっており、特筆する点はない。


 送られてくる写真も同じようにJPEGの拡張子で、写されていた写真は中川君を映し出していた。制服姿の写真もあれば、私服姿の写真もある。それ以外は、同じ特徴を持った写真ばかりだった。


 メールは全部で23通だ。


 しかし、彼女から漏れている情報が一点ある。メールの受信時間だ。これは、送信時間をタイマーを使う事で操作する事は可能だ。だが、21:36などの半端な時間に送られている為、それを使用しているとは少し考えにくかった。


 送信時間の分布だが、平日に送られた場合は18時から23時の間で、休日に送られた場合は13時から23時の間である事が分かった。まぁ、かなりのバラツキはあるが、無いよりはマシな情報だ。


 さて、被害内容の整理は完了した。ストーカー行為の開始時期や、活動時間のインプットも済んだ。次は犯人を特定する為に、彼女の交友関係などを精査していく必要がある。


「過去に付き合った男性は?」


「えっと、実はりゅうじが初めてなの。それ以前に、何度か告白された事はあったりしたんだけどね」


 これは少し予想外だ。彼女は男性経験が豊富で、それによって男の心境を捉えるのが上手いように感じていたからだ。僕は疑問をそのまま彼女に伝える。


「たくさん付き合った人がいると思っていたんだけどね」


「そうなの?」


「うん、なんとなくだけどね」


「うーん、昔から男の人に囲まれることが多かったからかな?」


「へぇ……そこについて詳しく聞かせてもらえるかな?」


 あまりにも情報が少なすぎる為、どうでもいい事でも、とにかくインプットする必要があると考えた。固まってしまった思考を発散させたい一心だ。


「いや、そんなに重要な事じゃないと思うよ?えっと、パパがアパレル系の会社を経営してるんだけどね」


そこで彼女の身なりに合点がいった。


「なるほど、それで高そうな服装をしてたんだね。相当にお金持ちのお嬢様なんだろうなって思ってたよ」


「ふーん、そんな風に思ってたんだ? って言っても、テスターの服を貰ってるだけだから、ほとんど無料だよ。それに、アパレル系の企業って今は何処も不景気だから、正直に言うと家計はよくないよ」


「へぇ、そうなんだ。家計……そこまで家の事を把握してるの?」


「うん、ママは私が7歳ぐらいの時に、過労で倒れてそのまま死んじゃったから。パパと同じ会社で働いてたんだけどね。それからは家の事で出来る範囲は、大体は私がやるようにしてたの」


「そっか、ごめん。変な事を聞いちゃって」


「ううん、全然」


 中川君に次いで、家族に相談しない理由もなんとなく把握できた。心配させたくないからだろう。


 それにしても、日常は不思議でいっぱいだと感じさせられた瞬間だった。目の前の少女は、大変な思いをしながらも、逞しい。そんな悲しみを人に対して感じさせない彼女は、人としての器が大きいんだなと感じる。


 それに公立高校に入学した理由も、同時に理解できた。家計を第一に考え、親に負担をかけないようにする為なのだろう。


将来、人徳で成功するような人物だな。そんな思考を巡らせていた途中で、彼女が続けて説明を行った。


「それでまぁ、パパの身の回りの世話したりとか、一つ下の弟の面倒見たりとか、男っ気の強い環境だったからそうなったのかもね。金銭面は気にするなってパパはよく言ってたけど、そんな事言われても気をつかうよね」


「へぇ、家族と仲良いんだね」


「うん、パパはママが死んでから、落ち込んで塞ぎ込んじゃってた時期があったんだけどね。仕事も大変でどんどん痩せ細っちゃって。だから、せめて家は明るくしようって弟と楽しい雰囲気作りをしたの。それでちょっとずつ、元気になっていって……本当に良かった。パパとはそんな感じで仲は良いよ。弟とも仲は良くて、私達と同じ高校に入学してるくらいだから。違う部屋にいる時も、パソコンのオンラインゲームを一緒にやったりもするし」


「そうなんだ」


 普通なら、立ち直ることなんてできないだろう。愛する人を失い、仕事に明け暮れ、子供を放置してしまう罪悪感というのは想像を絶する苦しみだと思う。だがそれ以上に、娘と息子という守るべきものがあり、そして二人に守られる感覚というのは現実と戦う大きな励みになったはずだ


「ありがとう、家族の話はよく分かったよ。過去に告白された人の話を聞いても大丈夫かな?」


「うん、いいよ。実はパパのお仕事の関係で関連会社の人や、ショップ店員の方とお食事する事が多くてね。高校1年生の時にそういった人から、立て続けにアプローチされる事が多かったの」


「その人たちの特徴を聞いてみてもいいかな?」


「いいよ」


 そう言うと、僕に対して人物を説明してくれた。


 一人目は 佐藤のぼる という人物。年齢は24歳で、身長は高くアイドル風の顔つき。セレクトショップ店員で、そのお店はレディース物も仕入れていたらしい。父親から会食の場に誘われていた藤井さんは、その場所で知り合ったとのことだ。


 二人目は 鈴木けいた という人物。年齢は23歳で、インテリ系の知的なファッションをしている。話を聞く限りは、プレッピーを意識したコーディネートをしているようだ。職業はデザイナーで、かなり繊細な人物。仕事に対してストイックで、大変熱心らしい。残業もすすんでするタイプのようだ。出合ったきっかけは、藤井さんがテスターの試着をしに行っている時らしい。その後、会食の場でも何度か顔を合わせていたとの事。


 三人目は 伊藤けいすけ という人物。年齢は26歳で、モッズ系統の長い髪の毛をした人物。顎鬚を伸ばし、かなり男性的な人物とのこと。ファッションはモード系統の服装をしているらしい。職業はショップ店のオーナー。経営しているお店で取り扱う服を増やしたいという理由で、藤井さんの父親と交流があった。その関係で、藤井さんと出会ったらしい。


 そこまで説明を受け、彼女の父親は彼女の事が本当に好きなのだなと感じた。会食に連れていくなんて、自慢の娘だと自慢したいからに違いない。出来の良い娘が、可愛くて仕方がないのだろう。


 もしかしたら、母親を重ねているのかもしれないなと考えた。


 そして同時に、社会人が高校生に手を出すなんてとんでもないと思った。僕はその気持ちを、つい言葉に出してしまう事になる。


「しかし、見事に大人ばっかりだね。高校生に手を出すなんて、凄まじいな」


 そう伝えると、彼女は補足するように説明した。


「私に対してそこまで愛情なんてなかったんじゃないかな。パパへのコネが欲しかったのかなって思って、全部キッパリ断ったの」


 懸命な判断だ。しっかりとした女性だと再認識する事になる。さて、これ以上の情報がないかを確認する事にする。


「同じ学校でトラブルのあった人とかはいないの?」


「うーん、学校ではそんな相手いないかも」


 これはかなり意外な結果だった。中川君の制服姿を写真でとらえているとなると、学校内の人が犯人である可能性が高いからだ。


「君の事が、陰で好きな男子による犯行かもしれない。そうなると特定は難しいよ」


「それは無いと思う。私、学校の友達繋がりにはかなり自信があるから、もし私に気があったりしたら、すぐ友達経由で連絡がきてバレると思うよ。私の事目で追ってる人がいてもすぐ分かるし。女の子はそういうの敏感だからさー」


「そういうものなの?」


「ゆう君は男の子だし、そういうの鈍感そうだよね。ふふ」


 この会話をしていると負けているような気分になる。女子は周りのちょっとした変化等に敏感である事は分かってはいたが、周りの友達繋ネットワークりまで味方をしているとなると、信憑性があるように思えてくる。

 

 それに彼女には中川君という彼氏がいる。校内でも有名なカップルでもある二人だ。リスクを犯してまで、そこに割って入ってくる人物がいるとも思えなかった。


「じゃあ同性はどうだろう? 女子に嫌われたりするような事とか、中川君の事を好きな女の子っていう線は?」


「それは同じ理由でありえないと思う。私達二人とも、校内で嫌う人って居ないんじゃないかな。あ、長谷川さんは今だけは別だけど・・・・・・。だからありえるとしたら、学校外の人かなと思って、さっきの3人をピックアップしたの」


「そっか・・・・・・」

 

 次の質問へと移る事にした。

 

「他に何か情報はないかな。交友関係とは別のものでもいいんだけど」


「あ、そうだ。まだ話してないことがあった。実は昨日ストーカーからまたメールが着たんだけどね。あまりにもしつこいから、直接話がしたいって返信してやったの」


「え、そんな事を……」


 僕が話している途中で、彼女の携帯電話の着信音が鳴り響いた。その内容を確認した後に、彼女が携帯電話を僕に手渡してくる。


 画面を覗き込むと、ストーカー犯からのメールだった。




------------------------メール内容------------------------

送信:UnderGround555@yapoo.co.jp

件名:Talkchatでなら話してやる

添付:無し

本文:IDはUnderGround555だ

----------------------------------------------------------


 Talkchat・・・・・・一応は補足しておく必要があるか。P2Pという通信技術を応用した音声通話ソフトだ。パソコンや携帯端末を使用してインターネットに接続し、接続相手に対して音声通話やテレビ電話、文字によるチャットを行なうことができる。


「今晩、話してみようかな。家にパソコンがあるし、ゆう君も付き添ってくれない?」


「出来れば、明日にするように交渉してくれないかな。準備をする必要があるから」


「準備?」


「うん、もうある程度の犯人像が絞り込めたから・・・・・・。後は証跡エビデンスを取る必要があるから、準備期間が欲しいんだ。時間の調整はお願いできるかな」


 彼女が、キョトンとした表情をしながら僕に返答する。


「うん、わ、分かった。何時ごろがいいかな?」


「相手の要求する時間で構わないけど、交渉できるようなら藤井さんの家への移動時間や、事前準備時間を考えて、15時ぐらいにしてもらうように連絡してほしい。恐らくその時間であれば、問題なく承認してもらえるはずだから」


 その指示を聞いた後、コクリと頷いてメールを打ち出した。


 直接話したいという藤井さんの要求に対し、P2PソフトのIDを伝えてきた。それは犯人の犯したミスだと直ぐに判断する事が出来る。そしてそのミスから導き出される想定……。


 だが、ただの想定だ。結果を確認し、証跡を取る事で初めて信用を得る事が出来る。それに、安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブは僕の専門外だ。現場主義の僕からしたら、P2Pソフトで話したいという相手の提案は願っても無い出来事だ。


 藤井さんが送ったメールは、直ぐに返信がきた。明日、日曜日の15時に通話を開始するという事で、交渉は終了した。


 その返信を受け、想定は徐々に確信に変わっていった。


 打ち合わせを終えた僕達は、カフェの会計を済ませて、店の前で別れることになった。念の為、メールアドレスは交換しておいた。

「じゃあ、また明日ね。駅の改札で待ってるから」


「うん、分かった」


 一人で路地を歩き出し、今日やるべき事を整理する。家に帰った後は、テキストベースで作業手順書を作成し、USBのフラッシュメモリに保存する必要がある。一応はネットの通信速度が遅い事を考慮して、必要なアプリケーションのインストーラーも入れておくかと考えた。


 あの時の身体状態と精神状態であれば、僕は何もする事や、考えることなんて出来なかっただろう。スケジュールの調整や段取りが出来るようになったのだけは、感謝するしかない。


 そんな事を考えながら、真っ青な空を見上げる。


 眩しく目に入ってくるその光景は、普通の人なら気分が良くなる要素になるのだろう。だが、それを見た僕は心境とかけ離れすぎているのを感じ、辛くなってしまった。


 日の光は苦手だ。でも、そんな事はお構いなしに、その日差しは牙を向けてくる。


 神様がまだ僕に怒っているような、そんな気がした。

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