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「やっと、ゆう君と二人きりになれた」


 さて、この目の前の状況をどう捉えれば良いか迷ってしまうな。状況を整理する暇もなく、僕は休日に学校近くのカフェに呼び出されてしまった。断ることは、もちろん出来なかった。


 円型のテーブル越しに、目の前に座る彼女は、以前見かけた時より随分と雰囲気が変わっているようだ。一瞬、誰だか分からなかったし、名前も思い出せない。というより、僕は人の顔と名前を紐付けて覚えるのが苦手だ。なのでコロコロと見た目を変えられるのは、困るのである。


 さて、名前を思い出す為にも、少し観察をしてみようか。


 目の前に座る少女は、茶色ともピンクとも言い難い明るい髪の色を、左右の高い位置で束ねる。そして、大きな瞳をこちらに向けながら、コーヒーに砂糖を入れてスプーンをクルクルと回転させる。その指先は美しく、丁寧なネイルケアの形跡が確認できる。


 美しい肌。小さく細い鼻筋に、唇は水水しく潤っている。身長は160台半ば。赤くて光沢のある高いヒールを履いているようだが、身長の低い僕に会うのに、それを選ぶのは辞めて欲しいと切実に思う。


 小物は赤色の皮で作製された、ポシェット。服装は深緑と黒のギンガムチェックを柄とした、ワンピース姿。襟は白のレースとなっており、流行に沿ったコーディネートだと感じる。


 しかし、高校生の服装としては、ちょっとした矛盾があるように思う。


 レディースの服や小物といえば、市場競争が非常に激しい事で有名だ。そうなると、どの店もコストダウンと販売価格の低下に挙って乗り出す。そして、オブジェクト指向に則ったかのように、生産ラインは共通化、システム化されて生産性は向上する。全ての無駄を無くすように最適化がなされる訳だ。


 だがその反面、品質が低下する。


 工場は海外に移転し、人件費を落としに落とす。つまりは職人のハンドメイドなんて論外だ。そして、出来上がった成果物は、コピー&ペーストされたような粗悪なものばかりとなる。


 その矛先は、まず生地に分かりやすく表れる。大量に生産されている服は、生地の品質が落ちるのが一般的だからだ。


 その後、縫いつけの甘さ等を見れば、どのレベルの店で服を買っているかなどは一目瞭然。その人の生活水準などが透けて見えるような感覚になる訳だ。


 だが、目の前に座る彼女の服装には、品質の低下が一切見られない。服、小物、靴、それらの品質が異常に高いのは見て取れる。


 ポシェットは合皮等を一切使用せず、牛皮である事が分かる。しかも皮の傷が一切なく、柔らかそうな材質である。恐らくは子牛の皮だ。そして縫いつけがしっかりとしているので、恐らくはハンドメイドなのではないだろうか。ピンキリだが、3万円から5万円の物と推測できる。間を取って4万円としよう。


 また、服の生地の品質が凄まじく高い。量販店で販売されているようなワンピースであれば、一度でも洗濯しようものなら襟はヨレヨレになる。


 その日に卸してきた事も考えられるが、それを考慮したとしても、綿生地だと思われるそのワンピースはたいへんに艶のある素材となっている。これは恐らく、2万円程度。


 靴もヒールの高い、エナメル素材のものだ。踝の辺りに、薔薇をモチーフにした小物がポンと乗っているような形になっていて、デザイン性も高いのが分かる。2万円から3万円と予想。


 後は、時計などの小物類だ。まぁ、適当に見積もっても1,2万円程度の物がゾロゾロと彼女を演出している。全て合計すれば、10万円程度か。


 長谷川さんのように、インナー生地でチョロっと誤魔化すぐらいならなんとなく分かるが、この子は何もかもが完璧で異常すぎる。

 欠点を無くしたいという精神傾向・・・・・・それに恐らくは、ご家庭の経済状況が非常に良いのだろう。


 そこまで観察を終えると、彼女が艶のある表情をしながら、僕に対して指摘した。


「ふーん、そんなに体をジロジロ見られちゃうと、恥ずかしいんだけど?」


 これはしまったと思った瞬間だった。僕が中年であれば、間違いなくセクハラと思われているだろう。女子は男子の言い訳を読み取るのが上手い。ここは素直に答えることにする。


 僕はコーヒーカップを手に取りながら、落ち着いた雰囲気を装ってこう答えた。


「ごめん、服装がとてもお洒落だなと思ってね」


「ふぅん、そっか。ありがと」


 彼女の口元が鋭角に曲がる。そんなに自然な笑顔を作れるなんて、尊敬するよ。


 さて、やっと名前を思い出す事が出来た。確か<<藤井あいり>>さんだ。


「で、どうしてあんな事をしたのかな、藤井さん」


「二人きりになりたかったの」


 さて、あんな事というのは、僕にとっては重大なセキュリティ事故だ。何をされたのかというと、長谷川さんと教室で喋っていた時の事。教室に入ってきた藤井さんは急に僕に抱きついて、その姿を携帯電話の写真に収めてしまった。


 急に想定外の事をされてしまうと、思考が停止してしまうのは僕の悪い癖だ。真っ白になってしまった頭をどうにか再起動しようと試みていたら、目の前にいた長谷川さんが大いに激怒した。


 止める事も出来ずに長谷川さんが怒って帰ってしまった後、藤井さんが明日の土曜日空いてるかしらと声をかけてきた。すさまじい手段だが、さっきの返答と合わせてようやく理解する事が出来た。どうやら長谷川さんが邪魔だった為に取った行動のようだ。


 しかも断れば、その写真をばら撒くとまで言われてしまった。そうして、目の前の状況がつくられたという訳だ。


「そこまでして、僕にだけ話をしたい事があったという事かな」


「ふふ、やっぱり頭の良い男の子は喋ってて楽だなー」


 ジャズが流れるカフェで、彼女の艶のある声が響く。


 はて、この子が何を考えているのか、さっぱり分からない。僕は人の表情から、情報を読み取ることが苦手だ。


 とりあえずは、彼女の思考を引き出さないといけないようだ。僕は詳しく用件を……いや、要件をヒアリングする事にした。


「なるほど、依頼か……どんな依頼かな?」


「うーん、最高っ。色々と説明が省けて良かった。実は、ストーカーに悩まされているの。それを助けてほしい。そして、できれば相手を特定してほしいんだ」


「警察に相談すればいい」


 我ながら良い返答だったのではないだろうか。少し突き放す程度が丁度良いと、本能が返事をしてくれたようだ。だが、その答えを受けた彼女は不服であったようだ。


「警察にはもう相談したわよ。相手にされなかったけど」


 なるほど、それは不服になる訳だ。つまりは頼る場所が無くなってしまった為、僕に相談を持ちかけたという訳か。だが、それにしても一つ疑問がある。彼女と付き合っている、彼の事だ。


「中川君に相談はしなかったの?」


「したかったんだけど、事情が事情なの。これを見てもらえるとありがたいんだけど」


そう言うと、彼女は携帯電話を僕に差し出した。


「ちなみに、ゆう君とのツーショットは違う場所にも保管してあるから、それを盗っても意味ないよ」


 先ほどと同じ笑顔を見せながら、僕に対してそう釘を打った。


 利口な人だ。段取りがしっかりとしている。確かに、このまま携帯電話を奪ってやればどうかという選択肢はあるにはあった。まぁ、そんな幼稚な事は絶対にするはずがないが。


 そんな事を思いながら、彼女の携帯電話を受け取り、画面を覗き込んだ。それは一通のメールだった。


------------------------メール内容------------------------

送信:UnderGround555@goodmail.co.jp

件名:こいつに近付くな

添付:標的.jpg

本文:無し

----------------------------------------------------------


 送信者の情報を見るとフリーのメールアドレスである事が確認できた。


 さて、添付データを確認しようと開いてみる。拡張子はJPEGだ。すると、そこには中川君の写真が映し出されていた。


 被写体が鮮明に拡大して映し出され、背景は大きくぼやけている。その為、どの場所で撮ったかは分からなかった。手の込んだ嫌がらせだ。


「そういったメールが頻繁に届くようになったの」


「なるほど、標的が中川君だから彼には相談しなかった訳か」


「うん。りゅうじに相談なんかしたら、どうなるか分かるよね?」


 バスケットボール部に所属する彼は、自然と周りに人が集まってくるタイプだ。人に対して優しく、正義感が強い。悪いと思った事には、率先して立ち向かっていく。そんな彼が、その話を聞けばどうなるか。それは直ぐに分かる問題だった。


「恐らくは標的にされている事なんか考えもせず、首を突っ込んでくるだろうね」


「もし、りゅうじの身に何かあったら嫌なの」


その瞬間に、彼女の笑みが消え去った。


 そして、不安に押しつぶされそうな表情になる。それは、どこか見覚えのある表情だった。


 誰かを守りたいと思っている者の顔。彼女が何を考えているかは分からなかったが、彼に対する愛情は嘘ではないと直感できた。


 しかし、今のままでは犯人を見つけ出すなんて不可能に近い。


「藤井さんの気持ちは分かったけど、今の状況で犯人を特定して捕まえるなんて不可能だよ。信用の出来る人に協力を……ってそうか、だから僕に相談したのか」


「うん、ゆう君は最近転校してきたでしょ。逆に信用できないからこそ、君に相談することに決めたんだよ。ストーカーの犯人が君じゃない可能性の方が高いもの」


 なるほど、一理ある。言いくるめられている気分になってしまった。しかし、僕一人だけではかなりの役者不足だ。メールの分析内容から提案する事にする。


「それについて一つ提案だけど、メールを確認した結果、文言に疑問がある事に気付いたんだ。【こいつ】という表現を使っている限りは、中川君に対して憎しみを持っているように思える。だとすれば、藤井さんに好意を持っている男性だと推測する事ができる。それを考えると、女性にだったら相談できると思うんだ。できれば、小鳥先生とか長谷川さんをフォロー役に置いてほしい」


「だめだよ」


「どうしてかな?」


 僕の提案に対し、彼女が反対意見を述べる。


「【こいつ】っていう文章が、相手のミスだなんて保障がどこにあるの?もしかしたら、男性を装っている女性の仕業かもしれないじゃない。りゅうじの事が好きな人が、私に対して警告してるとも考えられるでしょ。それに、女性を好きになる女性なんて、今の世の中じゃ変でも無いと思う。それを思うと、男性も女性も信用するのは難しいの。まぁ、長谷川さんに関しては……念の為って感じだけどね」


 彼女の意見に対し、それもそうかという考えに至った。あらゆるケースを想定する事は、犯人特定には必須だ。


 そして、情報を僕にだけ公開している理由も納得した。犯人捜しをしている情報が漏れてしまい、犯人に伝われば、中川君に危害が加わる可能性もある。


 だが、不安が大きすぎる。できればリスクは投げ返しておきたい。


「しかし、情報だけを聞いて、犯人を特定するなんて僕にはできないよ。安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブは専門外だ」


 頭が柔らかく、既存の考え方に捉われない発想をもった人物が欲しかった。安楽椅子探偵アームチェア・ディテクティブは、長谷川さんが特に相応しい。僕はマネジメントに専念するべきなのだ。


自分の役割を再認識している最中、彼女は言葉を発した。


「それでも、やってほしいの。お願い」


 彼女の瞳が、徐々に水気を帯びていく。その表情に、僕は断る事が出来なくなってしまった。だが、責任を全て持つことも出来ず、曖昧な返事をする事に決め込む。


「はぁ……分かったよ……けど、どうなるかは知らないよ」


「ありがとう!」


そうして、僕は彼女の持っている情報を、詳しく聞き取る事になった。

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