表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元底辺プログラマー「早乙女くん」の高校生活  作者: shirachigo
セルフチェックのシステム化
2/29

 教室の窓は外気との極度なギャップにより水滴を帯びている。

 透明だったはずのそれは白色に染め上げられて、中庭の景色を幻想的に写していた。


 2時間目の休み時間を迎えていた校内は、教室や廊下から明るい声が響きわたってくる。それをきっかけにして幻想世界へと連れ去られていた意識が、現実世界へと呼び戻されてしまう。


 救いのない退屈な学生生活という現実世界に。


 毎日、毎日、同じことの繰り返し。


同じ高校に通い、変わらない人間関係に気を使い、興味も無い授業を受け、部活動もせずに帰宅する。そして夕飯を食べて寝るだけのシンプルな生活だ。


 誰もが妄想するような、華のある高校生活とはかけ離れた輪廻の毎日。漫画やアニメの世界にあるような、胸が高鳴る行事イベントなんて一切ない。期待しても何も起こらない。


 誰かがこの世界を変えてくれるのを、私はただ待ち続けていた。


「はー、つまんない。何か面白いことないかなぁ」


 私は机に突っ伏しながらポツリとそんな言葉を呟いた。


「……面白くないんだ?」


 ハッと我に返った気持ちになる。隣の席の男子が私に声をかけたのだ。突っ伏した状態からしばらく動くことが出来なかったが、数秒後にようやく落ち着きを取り戻して声のする方に目線を配る。


 彼は無表情なのか笑みを浮かべているのかよくわからない、無機質な表情でこちらに目を向けていた。


早乙女ゆう君だ。




 二ヶ月前に私の通う公立高校に転校してきて、同じクラスになった男子。転校してきた当初は男子・女子問わずに随分と話題になった彼。それもそのはず。


彼はとても中性的な顔立ちをしており、正直なところそこいらの女子より目鼻立ちが整っていて綺麗だ。目は二重で大きく、鼻筋は美しく、肌は雪のように白くきめ細かい。化粧をすれば女子顔負けの美人になるだろう。もしかしたら私より…いや、それ以上はあんまり考えたくない。

 髪型はというと、片方の耳にサイドの髪をかけ、アンニュイな雰囲気を出したタイトなストレートボブをしていた。その顔に良く似合った髪形をしており、私は<<分かってらっしゃる>>と関心したものだ。


 女性的な顔つきに合わせるように華奢な体をしており、声も中性的で高い。身長はそこまで高くないのだが、その細身なシルエットによってなんだか高く見えるように錯覚する。


 まるで童話の中の王子様のようなルックスで、惹き込まれてしまう。


 しかも彼はその雰囲気を壊す隙を全く与えない。趣味は読書らしく、休み時間にはいつも眼鏡をかけて本を読んでいる。それはそれは、文系女子達の格好の餌となっていたようで、休み時間には彼を目当てとした女子達がクラスにやって来ては遠めに彼を観察していた。


 更に彼には弱点がなかった。スポーツも万能なのである。転校初日に男女混合の体育で実施したテニスでは、テニス部に所属する男子を負かしてしまう程の実力をみせた。その華麗なプレーに女子だけではなく男子も魅了されてしまった。


 勉強もそこそこ出来るタイプらしく、彼はその時確実に<<完璧な男子>>として皆に認識されていた。


 だが、そんな彼も今はそこまで話題に上がる人物ではなくなっていた。月日が経つにつれ<<完璧な男子>>にもある欠点がみえてきてしまったからであった。




「えっと」


私はその冷たい表情と声に気圧されてしまい、返す言葉を失ってしまった。彼は間髪入れずに発言する。


「面白くないと思っている、原因は何かな?」


 少し高圧的な声と、なんとも答えにくい質問内容。私はなんというか、その場の気分とノリでよく発言をする人物である。返す言葉に困ってしまったのは言うまでもない。


「特に理由は無いよ、何かそんな気分になったから言っただけで」


 私は、あははと苦笑いをしながら答える。


「そっか。ごめん」


 彼の声のトーンが少しだけ下がり、落ち込んだような雰囲気に見えた。でもそれは客観的な視点から見る彼の心情であり、彼の心情は何処にあるのか全く見えてこない。


 彼は感情を表情や声に出さないのだ。怒ったり、笑ったり、喜んだり、苦しんだりといった喜怒哀楽の感情だ。


 いわゆるクール系男子、もしくはそれを気取っている男子であるならば熱烈な人気を維持出来ていたのだろうが彼の場合はちょっと違った。本当に何も感じてないかのような態度・対応をとるのである。


 また、会話の内容は何を振ったとしても、いつも論理的な回答がくるだけだ。彼自身がどう思っているのか、言葉として表れることなんて絶対にない。


 彼の欠点は<<話していて楽しくない>>という単純なものであった。人と接する事が苦手なのだろう。


 彼に興味を持っていた人たちは、その事実を受け止めると手のひらを返すように去っていった。そして今では誰も彼に喋りかける人なんていなかったのだ。


 そんな早乙女君だが、人から喋りかけられることがあっても他の人に対して喋りかけるのを見たことがなかった。だから余計に私は内心驚いていたのだ。


 せっかく喋りかけてくれた彼の好意を、無碍にするようなことは出来ない。私は必死になった。まぁ、好意なのかは分からないけど……。


 必死に脳内の引き出しを開きまくり、その時の会心の返答を思いつくことができた。


「けど、ちょっと悩み事があるからそれで気分が落ち込んでたのかも」


「へぇ、どんな悩み事?」


 それが彼<<早乙女くん>>と、私<<長谷川みゆ>>のファーストコンタクトであり、初めて手掛ける案件の始まりであった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ