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金曜日のお昼休み。【鍵の盗難事件】から、2週間が経った。
自席で、自宅から持ってきたお弁当をつついていると、早乙女君が廊下から小走りしながら教室に入ってきて、私の席へと向かってきた。
私の席に着くと両手を机の上に置き、少し息を整えた後に報告を行った。
「長谷川さん、凄いよ。昨日の昼休みに起こった出来事を、小鳥先生から聞いてきた。長谷川さんの想定通り、同じクラスと他のクラスの2年生が3人、そして3年生が4人、停学処分になったらしい」
「やっぱり……私の推理は合ってたんだね」
二週間前に行った、暫定対応である【三輪さんの無実の証明】は、拙いながらも私の口から発表し、信用を勝ち取る事ができた。
といってもただの推理ではあった為、100%の無実を確証するものではない。だがその時、教師達の間である噂が浸透していた為、小鳥先生は私達の言葉を信じてくれる事になった。
それにしても、説明を行っていた時の早乙女君のハラハラした表情ったら、思い出したら笑いそうになる。常に落ち着いていて完全無欠だと思っていた彼だが、想定外な事が起こると人一倍、あたふたするらしい。なんだか、ちょっと可愛いなと思ってしまった。
三輪さんも、涙で顔がビショビショになりながら、大量の感謝の言葉を発していた。
その時の情景を思い出し、ちょっと笑いそうになってしまう。早乙女君がそんな私に対して、質問をしてきた。
「そう言えばちゃんと聞いてなかった事があった。あの時は、鍵が盗まれた理由だけを先生に対して説明してたけど、長谷川さんは、何故それが分かったの?」
「あ、そっか。ちゃんと説明してなかったよね。えっと……長くなりそうだから、座りながら聞いてもらってもいい?」
私がそう言うと、空いている前の席から椅子を拝借して、早乙女君がその場に座った。そして私の発表が始まる。
「えっと、まず早乙女君が作ってくれた5W1Hのメモを確認しながら思ったことがあったの。結果的には、鍵が盗まれたっていう出来事があった。けど、鍵が欲しいだけなら、保管されている職員室の無人時を狙っても実行できるよね?」
「うん」
「でも犯人はリスクを犯してまで、三輪さんが不在になった視聴覚室をあえて狙った。つまり、【どうしても視聴覚室で鍵を盗む必要があった】という、事に気付いたの」
早乙女君が、目の前でウンウンと頷いている。いつもと逆の立場になったような気分だ。私は、なんだか先生になったような気分で、早乙女君に説明を続けた。
「そこに気付いた時に、そういえば私達は何をしに教室に来たんだっけ?と、振り出しに戻って考えてみたんだ……。そして、私達は【失くした鍵を探す為に、視聴覚室に来た】んだっけと思い出したの。そこまで分かったら簡単だった。あえて犯人が視聴覚室を狙った理由は、【盗まれた事】にするんじゃなくて、【三輪さんが失くしてしまった事】にする為の手段だったんだって気付いたの」
早乙女君の大きな瞳が、更に大きく開かれた。ビックリするような表情で、独り言のように言葉を発する。
「そうか、目的と手段の観点か……!」
私はその言葉に頷きながら、説明を続けた。
「私達は鍵が盗まれた事について、深く考えすぎてたんだよ。犯人の目的が【三輪さんが失くしてしまった事にする為】だと分かったら、その先の未来を考えてみた。もし誰かが、視聴覚室の鍵を失くしてしまったと先生達が判断したら、どうなるか?を考えたら……」
「そうだね……。スペアキーが用意されて、視聴覚室は通常通りに運用される事になる」
「そこまで分かればもう、後は一息だよね……。鍵が盗まれたという事が隠されてしまったら、先生達の関心は視聴覚室にいかなくなる。それを考えると、犯人の最終的な目的は、【いつでも視聴覚室を自由に使えるようになる事】だったと分かったの。そして、視聴覚室を改めて観察してみた…。人通りの少ないC棟の突き当たりにあって、生徒や教師はほとんど来ない。そして、密閉されていて、換気設備が充実しているとなれば…」
そう、答えは一つしかない。
「喫煙……か」
早乙女君が、遠い場所を見るような表情で、そう呟いた。
犯人の目的は、喫煙する為の場所を確保するというものだった。実行より2週間経った日の昼休みに、視聴覚室で喫煙する3年生4人が見つかったらしい。
小鳥先生はその日の昼休み、生活指導の先生と一緒になって視聴覚室へと向かった。視聴覚室の前で、実行犯を含んだ2年生が見張りをしている所を割っていき、御用となった。
なぜ小鳥先生は、私達の事を信じてくれたのか?という疑問に戻るが、どうやら3年生と2年生の素行が悪いメンバーが集まって、何処かで喫煙しているという噂が立っていたらしいのだ。私達が掃除で見付けた吸殻が、その証拠だった。
そして、教師達で監視頻度を増やしていたらしい。
犯人達も、その先生達の監視の目を受けて、なんらかの対策を打たないといけなくなったようだ。そうなると、体育館裏や校舎裏などの怪しい場所は絶対に避けなければならない。
そこで校舎で一番人通りが少ない視聴覚室を自分たちの場所にしようと考えた。
そして、同じクラスの男子生徒一人は、いつも掃除を押し付けられ、一人で掃除している三輪さんに目をつけた。彼女が視聴覚室を離れている隙に鍵を奪う事を画策したのだ。計画的な犯行だ。
私は全て話し終え、一息ついた。
「空調設備が整っている事から、煙草を閃いた訳なんだね。凄いと思ったよ」
「お父さんが煙草を換気扇のしたで吸ってるんだけどね、それでなんとなくピンときたんだ」
「なるほどね、長谷川さんのお父さんには感謝しなきゃいけないね」
「できれば、タバコは吸わないでほしいけど」
つんとした表情をする私をみて、早乙女君は笑顔になる。
いつも早乙女君に頼りっぱなしの自分であったが、今回は役に立てた実感があった。私は早乙女君に対して尊敬の気持ちを持ちすぎている。少しでも彼に近づくために、努力をしなければならないと感じていた。
今はまだ背中しか見えない存在。けど、いつか肩を並べて歩けるように。
解決部の相棒として。
そして、本当の意味でパートナーとなれるように。