表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/29

「長谷川さん。申し訳ないんだけど、ちょっと荷物を持ってほしいの。職員室までなんだけど、お願いしていいかしら?」


 授業が全て終わり、生徒達の解放感に満ち溢れていた教室で、半ば強引にお願いされる。国語の女教師<<小鳥ゆうこ>>先生に、荷物持ちをお願いされてしまった。私のクラスの主担任も務めている若い先生だ。


 身長は私より少し高いぐらいなので、160cmくらいだろうか。可愛らしいピンク色のフレームをした眼鏡をかけているのが印象的だ。


 髪は明るすぎない茶色のロングヘアをしていて、日によってポニーテールにしている。教師らしい清楚なたたずまいで、服装はブラウスシャツとカーディガンを主体とした、大人を感じる綺麗目のようなスタイルだ。ビジネスカジュアルという言葉が当てはまると思う。


 生徒の私から見てもおっちょこちょいな部分もあるが、いつも柔和な表情をしており、優しくて可愛い先生だ。それら全てを含めて、生徒からとても人気がある。




 小鳥先生と私は教室を出た後、渡り廊下を使って職員室のあるB棟へと向かっていた。私の通う高校の建物は、3つの棟に分かれている。


 簡単に分類すると、教室のあるA棟、職員室や購買があるB棟、図書室や音楽室や美術室などがあるC棟といった感じだ。そして3つの棟が平行に並んで建てられている。それぞれ3階の高さの建物で、2階に渡り廊下が存在している為、一旦外に出なくても行き来できるようになっている。


 渡り廊下には文化系クラブの活動内容をアピールするかのように、生徒によって作成された絵画や陶器が飾られていた。窓から差し込む日の光を受けて、それらは私の目に神秘的に映った。


 といっても芸術の事はよく分からない。きっと知識が無いからそういう風に見えてしまうのかなと考えた。




 特に会話する事なく歩いていた私達二人であったが、流石に重い雰囲気に嫌気が差したのか、前を歩く小鳥先生が私に対して話かけてきた。


「最近、早乙女君と仲良いみたいね」


 先生の後ろにいた為に表情は見えなかったが、声は明るくて柔らかい雰囲気だったので笑顔で話していることが想像できた。恋愛話にでも発展させて、私のことを揶揄からかいたいのかなと感じた。


「付き合ってるとか、そういうのじゃないですよ」


「ふふ。そこまで言ってないんだけど」


 頭の中でつい考えすぎ、私は飛躍しすぎた回答をしてしまう。小鳥先生が今度はしっかりと笑っていた。


「でもあの子、ほんとに凄いよねぇ」


「私達がやってること、ご存知なんですか?」


「うん、他の先生達の間でも噂になってるよ。生徒達の悩みを解決する、凄い男子がいる!ってね」


 やっぱり注目されているのは早乙女君だけなんだと、私だけ余所者にされたような気分になる。ちょっと落ち込んでしまった。


「実は、私もちょっと助けてもらったんだ」


「え?」


 そこまで話を終えると職員室に到着した。扉は既に開けられており、そのまま小鳥先生の机まで向かう事になった。意味深な小鳥先生の発言に対し、質問する間もないまま頼み事は終了してしまうことになった。


「よし、ありがとう。助かったわ」


「いえ」


 一息ついたところで、改めて職員室を見渡してみる。散らかった机もあれば、整えられた机もあり、先生達の性格がよく表されていた。小鳥先生の机は比較的に整っていたが、スタンドに立てかけられた資料がとても多いのが印象的だった。


 教頭先生の席が離れて配置されている。先生達の席全てを見渡せるような形になっていて、座りながら先生達のことを見ているんだろうなと想像することができた。


 観察を終えた私は先生と私以外は誰も居ない事が分かると、さっき気になったことを聞いてみることにした。


「さっき早乙女君に助けてもらったって言ってましたけど、何かあったんですか?」


「うん?あぁ、そうそう、実は助けてもらったの。助けてもらったっていうよりかは、ちょっと怒られたんだけどね」


「怒られた?」


 私は早乙女君が怒る姿を想像した。あんな冷静な顔をしながら怒られたら、私は再起不能になってしまうなと思った。


「どんな事を怒られたんですか?」


「実はね、仕事のやり方に対して怒られたの。怒られたっていうよりかは、叱られたって表現の方が正しいかもしれないけどね」


 叱られるという表現に変わったことで、やっと共感しやすいイメージに変換する事ができた。しかし、大人に対しても臆しないとは流石の早乙女君だ。


「ここで小テストの採点をしてた時なんだけどね、早乙女君を教室から呼び出していることを忘れてて、没頭してしまってたの。それで、後ろにいる彼に気付かないまま、ほったらかしにしちゃっててね」


「呼び出したんですか?」


「うん。早乙女君が転校してきたばかりの時で、あまり友達が出来ていない様子だったから、ちょっと気になってたの。それで話をしてみたいなって思って、放課後に呼び出してたんだ」


「最初は人気者だったんですけどね」


 過去と今の早乙女君を比較して、面白い気分になってしまう。小鳥先生も同じ気持ちだったのか、二人して笑ってしまった。


「声かけてくれればいいのに、後ろにずっと立ってたみたいなの。で、私の事をジーッと観察してたみたい」


「うわぁ、早乙女君らしいですね」


「ふふ。本当にそうだよね。早乙女君に気付いて後ろを振り返った時は、ほんとにビックリした。その時は、他の生徒達の点数を盗み見してたのかと思って、怒ろうと思ったんだけどね」


「けど?」


「私が喋りかける前に、早乙女君から、仕事のやり方がダメですねって言われちゃって」


「す、凄い発言ですね・・・・・・」


「まぁ、本当にやり方がダメだったんだけどね」


「と、言うと?」


 そう言うと、小鳥先生はその時にしていた採点方法の説明を始めた。


 国語の小テストは選択式で10問答えるタイプだ。答案用紙を生徒達から回収して、職員室で採点している。


 その時の小鳥先生は生徒の答案用紙と、自分で用意した解答例用紙を何回も見比べて採点していたようだ。仕草も目の前で再現してもらったが、私は教師の仕事は大変そうだなとしか思わなかった。


 そして唐突に説明は終了した。


「え、それだけですか?」


「うん、それだけ。それだけ見て、早乙女君がダメだって言ったの」


 なんだか理不尽な話だ。どこが悪かったというのだろう。そんな考え込んだ顔をしていると、小鳥先生が思考に割って入ってきた。


「ECRS」


「え?」


「ECRSってご存知ですか?って早乙女君はその時、私に聞いてきたんだ」


 早乙女君と多くの案件をこなしてきたが、初めて聞く用語だった。


「私も今の長谷川さんと同じように、意味不明な用語を出されてビックリしてたんだけどね。そしたらそんな事も知らないのかって顔で説明を始めたの」


「はぁ。知ってる前提で話してくるのって、ちょっとイラっときますよね」


「そうそう、そうよね! 流石は長谷川さん! 早乙女君と仲が良いだけあるなぁ」


 共感の出来る話題だった。早乙女君は自分の知識が当たり前の事のように話すことがよくある。それに対してちょっとイラっとしてしまう事が今までちょくちょくあったのだ。


「ECRSっていうのは、仕事の生産性を上げる考え方の一つなんだって」


 要約するとECRSは問題点を改善する時の考え方・手法だという事が分かった。


・排除(Eliminate)

・統合(Combine)

・順序の変更(Rearrange)

・単純化(Simplify)


 4つの英単語の頭文字をとってECRSと呼ぶらしい。これらの4つのステップで問題解決を試みる。


 簡単に説明すると、日ごろ行っている仕事などを改善する際に


・そもそも辞める事ができないか?

・何かと一緒にできないか?

・作業の順序は変更できないか?

・もっと簡単にできないか?


 という順序と考え方でアプローチする方法のようだ。



「で、私の採点方法を見たときに、いちいち解答例用紙を見る動作が、無駄だと思ったらしいの」


「あー、なるほど。確かに目線がずっと左右に動いてましたもんね」


「うん。10問の選択問題くらいだったら、答えを記憶することもできる。だからそもそも解答例用紙を見なくても採点できるでしょって意見してきたの」


 つまりECRSの最初のステップである、そもそも辞める事ができないか?に当たる考え方だ。


「はー、なるほど」


「ビックリしたけど、なるほどって思ってね。いつもしている作業や習慣のダメな所って、誰かに指摘されるまで中々気付かないものだなって勉強になったなぁ。意見を取り入れて採点してみたら、とっても早く終わって感動だった」


 早乙女君の改善内容にもビックリしたが、小鳥先生の感想を聞いた時の方が驚きが大きかった。生徒の意見を素直に受け止める教師なんて、そんなに居ないんじゃないだろうかと思ったからだ。


「でね。凄い子だなぁって思ったの」


「先生でも、やっぱりそう思うんですね」


「うん、訳もなく文句を言うだけの生徒って多いけど、早乙女君の場合は、理由がしっかりあって、提案の内容まで考えてあるから。ちょっと普通の子じゃないなぁって思ったな」


「私もそう思います。普通じゃないですよね」


「だよね。で、それをキッカケにして思い切った事を早乙女君に聞いてみたの。また怒られちゃうかもって思ったんだけどね」


「あ、という事は、助けてもらったっていうのは、採点の仕方だけじゃないんですね?」


「ふふ。察しが良いわね。実はその後の話のほうが凄いんだぁ」


 笑いながら言う小鳥先生は、ワクワクした表情を見せていた。何だか私と立場が逆だなぁと感じた。


生徒と同じ目線で、同じ気持ちを共有することができる。

とっても小鳥先生らしいなと、私は微笑んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ