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「愛情表現?」
「うん、そうなんだよ。どうにかならないか?本当に困っててさ」
彼の名前は<<中川りゅうじ>>君。二年生のバスケットボール部の部員だ。
身長は180cmほどに達しており、髪型は黒髪のショートで清潔感があった。一見無造作に見えるようだが、整髪料で丁寧に整えられているのが分かった。切れ長の一重の目をしており、眉も細く綺麗に整えられている。そして運動部に所属していながら、肌はとても艶やかで綺麗だ。俗に言うスポーティ系イケメンというやつだ。
制服のシャツは第二ボタンまで外されており、U字型のネックをした黒色のインナーシャツがチラリと姿を覗かせていた。
ズボンの位置も腰まで落としており、重量感のあるバスケットシューズに裾が溜まったようなシルエットとなっている。とても男性的なファッションだ。
相対的に評価した時に、早乙女君と中川君は正反対だなと感じることができた。
中性的な顔と男性的な顔。
それに合わせた両者の髪型。
高くもなく低くもない早乙女君の身長に対し、中川君は高身長。
細身な体に対して、筋肉質な肌を露した体。
声についても早乙女君は中世的な高い声をしていたが、中川君は低くて男性的だ。
そしてファッションセンスも正反対となっていた。
二人は綺麗なコントラストを描いており、それを客観的に観察する私は、芸術品を見ているかのように心が高まっていくのを感じる。この組み合わせ。とても良い。
次第に廊下から教室に向かう視線が多くなっている事に気づく。美男子二人のツーショットを嗅ぎ付けた女子達が、この華やかな光景をおっとりと眺めている。
私は背景に溶け込むかのように、身を縮めてしまった。
さて、そんな俗な事を考えている場合ではない。依頼者の情報をしっかりとインプットしなければ。
私は二人の話に耳を傾ける事にした。
「最近付き合いはじめた子がいるんだけどさ……」
彼の話を集約するとこうなった。
最近付き合い始めた女子の事が悩みとのことだ。女子の名前は<<藤井あいり>>と言い、私もよく知っている子だった。
藤井さんは同学年の女の子で、お姉ギャル系の手本となるような子だ。髪は茶色に染め上げられ、綺麗にまとめられたロングヘア。そして化粧はお姫様のようにバッチリ。常に自信に満ち溢れている。
そんな彼女側から、中川君に対して強烈なアプローチをおこなったようだ。休み時間には頻繁に会いに行き、クラブ活動が終わるのを待ち、一緒に帰宅する。家に帰れば、彼女から大変な量のメールが届いたとのことだ。
次第に根負けしていった中川君は、藤井さんと付き合うことになったらしい。ただ、付き合い始めて中川君の考え方も変わったらしく、藤井さんに対する好意がどんどん膨らんでいったようだ。今ではとても大切な人である事を強調していた。
さて、本題である問題についてだが、藤井さんの中川君に対する要求が度を越えているもので困っているというものだ。藤井さんは行動や言葉にしてもっと愛情表現をしてほしいと、中川君に要求しているそうだ。それだけ聞けば「なんだ惚気話か」と思うのだが、どうやらその認識は間違っていたらしい。
【どんな場所、時であっても】という無理難題を突きつけられているとの事。つまりは友達の前や先生の前、いわゆる公共の場所であっても、もっともっと愛情表現してほしいらしい。
それを聞いた私は「そりゃあ大変そうだ」とちょっと同情してしまった。
中川君自身も藤井さんに対する愛情表現の少なさは自覚していたらしく、彼女に対して申し訳なく思っているようだ
男子というのは、そういう事を恥ずかしがるもの。そして溜まった自己嫌悪と不安から、<<解決部>>に相談を持ちかけたという事だった。
私はその話を聞きながら、もし早乙女君と藤井さんが付き合うことになっていたらどうなっていたのだろうか?と想像した。早乙女君は愛情表現なんて全くしなさそうだ。藤井さんが怒って膨れている姿を想像して、私はプッと噴出しそうになるのを抑えた。
「なるほど、概ね理解したよ。これは彼女に対する交渉が必要になりそうだね」
早乙女君が全ての情報を聞き終え、中川君に対してそう言い放った。早乙女君の頭の中では、ある程度の提案内容が思いついていたらしい。
「え?っていうと?」
中川君が質問すると、説明が始まった。
「藤井さんは【もっと愛情表現をしてほしい】と要求していて、中川君はそれに対して【恥ずかしい】という感情を抱いている。
なら、二人だけの着地点を設定してあげればいいと考えたんだ」
中川君と私はまだ話の内容が理解できない。表情で早乙女君に続きを要求することにした。
「うん。つまりは【愛情表現を二人だけに分かるものとして設定】することで、【誰にも分からないような仕草】として、人前で表現すればいいと考えたんだ。いわゆる【ミニマックス法】に基づいた提案だね。」
私たちは、「おぉ!」と感動の声を上げる。そのまま続けて説明を続けた。
「提案内容はいわゆる【暗号化】だね。これを使えば、二人だけの情報として外部に漏れる事はない。人前で堂々と愛情表現をすることができるんだ。ただ残る問題点としては、藤井さんがそれを了承するかという所だ」
この【暗号化】については、とてもいい発想だと思った。カップル間の秘密は、二人の気持ちを更に高める効果があると思ったからだ。私は早乙女君の提案に感動しながらも、中川君にある提案を行った。
「それだったら【誤前提暗示】っていう手法を使えばいいんじゃないかな?」
私には自信があった。早乙女君と中川君は、私の方に耳を傾ける状態になる。
「【誤前提暗示】っていうのは選択肢を用意しておいて、どちらかを選ばないといけない状態にする手法らしいの。その選択肢次第では選択先を誘導することも簡単にできるんだ。簡単に言うと、<<言葉じゃないとダメ? 仕草だったら出来るんだけど。>>っていう感じに提案すれば、仕草に対して食いついてくると思う」
そこまで説明すると、早乙女君からお褒めの言葉を貰う事ができた。
「凄いね。よく勉強してると思う」
「あぁ、それだったら出来そうだ!ホントに助かったよ!」
中川君も満足のようだった。
早乙女君と私の考えはマージされて提案内容となり、中川君はそれを基に藤井さんに対して交渉を行った。
結果、その交渉は上手くいくことになり、彼女の了承を得ることができた。
そして二人の間で【耳たぶを触る行為】が、「愛してる」の愛情表現として設定されることになったようだ。
その事は中川君からお礼交じりで聞く事になり、なんだか私まで恥ずかしい気分になった。
無事に案件はクローズとなった。
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だがこの時、私はある事を見落としていた事に気付いていなかった。そして無事に終了クローズしたと思われていた案件は、炎上することになってしまうのだった。