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元底辺プログラマー「早乙女くん」の高校生活  作者: shirachigo
暗号化とエンドユーザー
11/29

 窓から入ってくる、草木の香りが教室を包み込む。


 中庭に植えられた木々の枝と葉が視線に入っている度に、私に時間の経過と成長を実感させる。


 季節は春。


 新学期を迎えた私たちは、二年生へと昇級していた。それによって今まで一階だった教室は、二階へと移り変わることになった。


 最大の不安であったクラス分け発表だが、結果を受けた私はホッと安堵する。早乙女君とまた同じクラスになれたのだ。私の日常を変える為には、この人が居なくては話にならない。




 前回の案件以降、私たちの元には定期的に相談事が持ち込まれるようになっていた。宮村さんの大変身は、私たちの活動の宣伝としては十分すぎる要素だったからだ。宮村さん自身も「私が変われたのは、二人のおかげなんだよ」と、大々的に宣伝をしてくれているらしい。


 その案件も最後はひと悶着あった訳だが、結果的には成功としてクローズしていたので、宮村さんに対する疑問は私たち二人だけのものとしてパンドラの箱に封印されることとなっていた。




 持ち込まれる相談事はどれも小さな悩みばかりだった。けれど早乙女君はそれを真摯に、現実的に受け止め、しっかりと計画を提案していった。


 どの依頼者も満足度は高かったようだ。


 あまり上手くいかずに有耶無耶となってしまった事もあったが、依頼者の努力量が足りなかったというものがほとんどの原因になっていた事実もあり、私たちは依頼者から反感を生むということはなかった。


 一つ成功した案件を説明すると、普段から勉強したいが上手く捗らないという生徒に対して、早乙女君は分割勉強法を提案した。


 その依頼者は勉強に対するモチベーションが完全に低下してしまっていた。それを私経由で理解した早乙女君は、根本要因がそこであると判断した。


 そして自分で15分~30分という短い時間を設定し、設定した時間だけは必ず勉強するように指導した。無理だと思った日は切り替えて遊ぶようにとも伝えた。


 設定とは小さな目標だ。それを徐々にクリアできるようになった依頼者は、次第に勉強に対するモチベーションが上がるようになっていった。


 今では目標設定を上げていくようにまで成長し、長時間の勉強が苦にならなくなっている。




 そんなこんなでいつの間にか、私たちは校内で<<解決部>>という名前を頂戴していた。「二人のワトスン」はちょっとした人気者になっていた。


 私は得意気だった。


 直接的な解決手法や計画は、早乙女君が提案している。けれど小さな疑問やヒント、そして依頼者の気持ちを早乙女君に伝える仕事は私の担当だ。


 凄く「くだらないものだ」と言われてしまいそうだが、私は小さなことにとてもやり甲斐を感じていた。




 そのやり甲斐は更なる意欲の向上をもたらしていた。


 どんなところからでも知識は吸収できるものだと感じた私は、それまで好きだった漫画やアニメやゲームという趣味以外に、活字を読むようになっていた。


 新聞、小説、ネット記事。それによって知識の幅が広がったような実感があった。


 といっても読み始めたのは最近なのでまだまだ力不足だ。


 ふと気になって早乙女君がいつも読んでいる本をチラリと確認してみたことがある。ミステリ小説などの文庫本を読んだりしていることもあったが、大体は難しそうな本ばかりだった。読み取れたのは『事業報告のなんとか』だとか『ITのなんとか』だとか、あまりよく分からない文字列だ。


 やっぱり早乙女君は私とはレベルが違うのかな。なんて、差を感じて落ち込んでしまっていた時期もあったが、自分なりに貢献する方法を見つけていた私は、もっと努力しようと決意した。


 案件を抱えていない日は一緒に本を読んで勉強したり、本を読んで得た情報を話し合ったり、くだらない世間話をして知識を共有しあうのが日課となっていた。


 今日の放課後はどんなことをお話しよう。そんな楽しみが私の学校生活を華やかに彩っていた。



 その日の授業が全て終わり、私はいつものように早乙女君の席へと向かう。すると、ある男子が早乙女君に話しかけていた。


 遮るのも悪いなと思い、流行りのお菓子屋さんで順番を待つような気分で、男子生徒の後ろに並ぶ事になった。話している内容も気になったが、人の詮索はやめておこうと思い、視線と同時に意識は窓の外に追いやられた。


 30秒程経ったころだろうか。早乙女君が男子生徒の体からヒョイと顔を出し、私に声をかける。


「仕事だよ、長谷川さん」


 急な事に驚いた私は、気持ちが高まるのを抑える事が出来ずに慌てて返事をしてしまった。


「は、はひ!」


 嚙んでしまった。なんとも情けなくなりながら早乙女君の横に席を作って着席する。恐らく顔は赤くなっていたと思う。


 新しい依頼者はそんな私の表情を、不思議そうな目で見つめていた。早乙女君がすかさずフォローに入った。


「失礼、緊張するタイプらしいんだ」


 それはフォローではない。早乙女君。



 かくして会議ミーティングが始まった。


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