第二話「現世護手(うつしよのまもりて)」②
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第二話「現世護手」②
---3rd Eye's---
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――同時刻。
市街地のとあるプールバーにて。
政岡清十郎は、ガツンと殴られたような衝撃と共に立ち眩みを覚え、その場に崩れ落ちた。
鼻の奥がツンとして、鼻からだらりと血が垂れそうになって、慌ててハンカチで抑えるが、それがやっとだった。
「おいおい! 清十郎っ! お前、いきなりどうしたんじゃっ!」
向かいで共にビリヤードに興じていた金髪ピアスの学ランの少年……宇良部譲……が慌てたように清十郎のもとへ駆け寄った。
「大丈夫か? しっかりしろっ!」
手早く手を首の後ろに回して、気道を確保するあたり、この少年に医学の知識と応急処置の心得があることを示していた。
「ああ、すまないな……譲。……僕なら大事無い……どうやら鳳凰がやられたみたいだ……。鳳凰と常時接続していた魔力回路に魔力逆流が来て危うくショートしかけたんだが……。なんとか強制切断が間に合った。それにしても……翠は、一体何と戦ったんだ……。鳳凰がやられた余波だけでこんな強烈な逆流が来るなんて、ただ事じゃないぞ……。」
苦しげな様子で黒髪長髪、眼鏡の少年が目を開けて、呻くようにそう言うと、譲も絶句する。
「おいおい、マジかよ……たしかにお前の鳳凰はレプリカじゃけど……。あれを返り討ちにするとか、普通にありえんじゃろ……。清十郎! とにかく、無理せずそのまま寝とれ! 今、救急車呼んでやるから! 待っとれ!」
ガラの悪そうな見かけの割に、こう言う気遣いの出来る譲の様子に清十郎もフッと苦笑する。
「救急車とか、大げさだな……そこまでしなくていい……。そう心配するな……お前も知っての通り僕は慎重で臆病だからね……。こんな事もあろうかと思って、幾多もの防護術式を仕込んでたんだ。おかげで、この程度で済んだ……備えあれば憂いなしってまさにこの事だ。」
「そ、そうなのか? さすがじゃねぇか……清十郎。そうだな……見たところ、鼻血吹いた程度で顔色も悪くねぇし、脈も落ち着いてるな。……まぁ、一応大丈夫みたいだが……無理すんじゃねぇ。なんか注文とかあるか? 金と女の都合以外ならなんでもやってやるが……どうだ?」
命に別状は無いということを悟った譲にも軽口を叩く程度の余裕が出てきたようで、肩の力を抜く。
「そうだな……救急車より、むしろミネラルウォーターかなにかを貰えるかな? 口の中が血生臭くていかん……それと悪いが小銭を切らしていてな……ここはひとつ、お前の奢りで頼む。あと、フロントに行くなら、お絞りか何かを貰ってきてくれるかい? この有様では外も歩けん。」
そう言って、清十郎も血まみれになったハンカチを片手に微笑む。
「まったく……そんだけ軽口叩けるなら、大丈夫そうだな。じゃけん、お前がその様子なんじゃ、翠ちゃんの方もヤバいんじゃないのか? なぁ、清十郎……お前はどこまで知っとるんじゃ? 俺も翠ちゃんが何かデカいのを追ってるって話は知っとるが……。そもそも、鳳凰なんて、大妖クラスのヤツでも出てこない限り、出番なんかありゃせんじゃろ……。」
「そうだな……その辺の事情は譲にはちゃんと説明してなかったな。例の「結界崩し」……そう言えば解るな? 翠はそれを追っていたんだ……だから、僕も手助けくらいしてやりたかったんだがな。本人が一人でなんとかするとか言い張ってた上に、お師匠様からも手出し無用と釘を刺されててな……。それに中菱家と僕の政岡家は知っての通り、犬猿の仲でな……だから、僕は手が出せなかったんだ。」
「なんでぇそりゃ……確かに翠ちゃん、こないだまで中学生やってたくせに結構なやり手じゃあるが……。「結界崩し」って言えば、こないだA級指定食らったド級の怪異じゃねぇか……言っちゃ悪いが、そりゃ背伸びしすぎってもんだろ。」
「僕もお師匠様や本人にはそう伝えたんだけどね……。なんだかんだ言って翠は優秀だ……中菱家の術師の中でもあいつは最年少ながらトップクラスの実力者だ。その上、中菱のお屋敷は要塞みたいなもんだからな……あそこまで強固な護りはそうそう無い。だからこそ、尖兵役には丁度いいと判断されたんだろう……要するに翠は噛ませだったって事さ。そう考えれば、お師匠様が手出し無用とか厳命した理由も頷ける。」
「なんだそりゃ……胸糞ワリィ……。確かに未知の敵に大駒使って負けたら洒落にならんから、そこそこ優秀な奴をぶつけるっても解る。けど、ソイツはいくらなんでも気分がワリィぜ! お前のお師匠さん達は、人を将棋の駒かなんかだと思ってんのかよっ! 逆を言えば、お前が無策だったら、翠ちゃん死んでたろ!
総社の連中はいつもそうだ……俺達、外法衆に汚れ仕事みてぇなのばっか回してきやがるクセに、こう言う肝心な事には近付けさせようとしねぇ……クソが!」
「譲……落ち着け……僕も同感だ……。だからこそ、せめてもの助力って事で、僕の鳳凰を貸してやったんだが……。鳳凰すらも返り討ちにする相手だったと言うのは想定外だった。だが、これで総社も本腰を入れる……家やら管轄なんて言ってる場合じゃなくなるさ。そうなると……譲……お前達外法の一族の力だって必要になる……。すまんが……また力を借りるぞ……僕もここまでこの件に関わった以上、積極的に手を出す所存だ。この場にたまたま居合わせたのが運の尽きだと思ってくれ。」
「バァカ……水クセェ事言うな……俺だって、総社の現世護手の一人なんじゃ。頼まれるどころか嫌だって言われたって、助太刀してやらァ……!」
それだけ言い残して、譲がフロントの方へ駆けていく。
清十郎も起き上がると、スマホを取り出すと翠へコールする。
けれど、呼び出し音が鳴るだけで、応答はなかった。
清十郎は舌打ちをすると、登録済みの別の番号にワンコールだけすると即座に切る。
それは彼ら「現世護手」と呼ばれる陰陽師達が所属する「総社」と呼ばれる組織へ非常事態発生を告げるコールだった。
やがて、譲がミネラルウォーターのペットボトルを片手に戻ってくると、ボトルを投げよこす。
「おらよっ! ご注文の品だ……俺様の奢りだ……ありがたく飲めよ! それとタクシーも呼んどいたから、このまま翠ちゃんのとこに行くぞ……立てるか?」
「まったく、譲……相変わらず、気の利くやつだな……お前は……。そうだな……僕ですら、この有様だ……翠も酷い事になってるだろうさ。急ごう……総社にもエマージェンシーコールしたから、きっと大騒ぎになる。」
「おいおい……そいつはまた穏やかじゃないねぇ。けど、鳳凰クラスの式神を潰すような相手じゃ妥当だな……まさに非常事態って奴じゃ。面白え……今度の相手は、ケチな妖魔なんかとは訳が違うって事だな。なぁに……俺とお前が組めば負ける訳ねぇ! おら、行くぞ! 清十郎ッ!」
「……ああ、頼りにしてるよ……譲」
そう言って、清十郎はフラつきながら立ち上がると、譲はさぞ当然と言った様子で肩を貸す。
そして、譲の差し出した拳に清十郎もニヤリと笑うと自分の拳をぶつける。
この二人、性格は水と火のように正反対。
立場についても、一方はこの地の御三家と呼ばれる陰陽師一族のひとつ政岡家の次期当主。
もう一方は裏の汚れ仕事も引き受ける外法衆と呼ばれる者達でも、鬼の血を引くと言われる宇良部一族のトップエース。
本来、交わらないはずの立場の二人なのだけど。
二人はお互いをライバルとして認め合い、そして幾多の戦場を共にした戦友同士でもあった。