第一話「魔砲少女 結乃すくらんぶる!」②
「けど、クロちゃん……随分、熱心に授業聞いとったようじゃけど……。中学なんてとっくに卒業したって、言うとったよね? 今更聞いて、面白いもんなのかのぉ」
何と言うか、素朴な疑問だった。
「あはは……なんか学校の授業ってのも懐かしくてね。実は、中学も一年生の半分くらいしか通えなかったんだ。時々しか学校いけないまま、お情けで卒業させてもらったの……」
なんとなく事情を察する。
クロちゃんはこっちの世界で一度、病気で死んじゃってるって……そう聞いてる。
なんか、クロちゃんの身の上話だけで、私の涙腺ただ漏れ状態だったのは、ナイショ!
実際、東京の西の方にお墓まであるんだそうな……。
本人は参った事ないってのは、当たり前っちゃ当たり前なんだけど。
私のお墓の下には、誰も居ませんって、そんな歌あったけど、本当みたい……。
でも、クロちゃんは向こうの世界で生まれ変わって、色々あって、こっちの世界に出戻って……。
何かやらないといけない使命みたいなのがあるみたいで、本来私なんかに構ってられないはず……だと思うんだけど。
中菱の馬鹿なんかの身代わりに、車に撥ねられて死にかけた私をクロちゃんが助けてくれたのだ。
けど、そのやり方もかなり無理矢理で……。
要するに自分の身体をそのまま私に貸してくれたような感じ。
だから、私のこの身体……実はクロちゃんの身体なのだ。
今、目の前にいるちっこい方は、予備のバックアップ端末……のようなものらしい。
当人は、コアファイターみたいな物とか説明してくれたけど、その説明、良く解らないよ?
で……私の本来の身体は……瀕死でボロボロな状態で、次元の狭間とかいうところで凍結したような状態になっているらしかった。
本来、そのままだと、あっという間に死んでしまう……そんな状態なのだけど。
その次元の狭間では時間の流れが存在無いとかで、当面は問題ないらしい。
……私が錬成術という魔法を習得すれば、そんな状態からでも復活出来ると言う話だった……。
つまり、私は魔法使いになって、自分自身を助けないといけないのだ。
その為には、このクロちゃんの身体で魔法使いになるための修行をしないといけない。
クロちゃんから聞いた大まかな話としては、こんな感じ。
なんともややこしい事になってしまったのだけど……。
そこまでして、私を助けてくれたクロちゃんには、どれだけ感謝してもしたりない。
「ん? 結乃っちどうしたの? ぼんやりして……どこか身体に違和感でもある?」
クロちゃんが心配そうに私の顔を覗き込む。
「んーん、大丈夫……全然違和感ないよ! けど、凄いね……このマテリア体って……クロちゃんの世界ではこんなのが当たり前なんか?」
「そっか、違和感ないならおっけ! 結乃ちゃんは、どうもわたしの身体と相性が良かったみたいだね……。そこまで違和感なく自分の身体を再現できてるなら、コアストーンへの魂の定着も問題無さそう。さすがに、こんな人間と変わりないマテリア体なんて、向こうの世界でも珍しいよ! わたし、あっちでは相当名の知られた戦士で向かうところ敵なしくらいの勢いだったんだよ!」
得意そうなクロちゃん。
けど、クロちゃんがこっちの世界に戻ってきた理由は聞いてない。
懐かしくなって里帰り……とかそんなじゃないだろう。
「そっか、なんか凄いね……クロちゃん。けどそうなると……クロちゃんもこっちの世界に遊びに来たって訳じゃないんじゃろ? 私なんか助けたり余計な事して……本当に良かったんじゃろうかって……思うんじゃ」
私がそう言うと、クロちゃんは眉をひそめる。
「そうだね……わたしもそれなりの事情があって、こっちに戻ってきたんだけどね……。でも例え、それが偶然だったとしても、目の前で死にたくないって泣いてる娘がいてさ……。自分に何とか出来る術があるんなら、後先の事なんて考えなかったよ? もし、あの時……見て見ない振りとかしてたら、わたしはきっと後悔した。だから、助けるんじゃなかったとか、そんな風にはこれっぽっちも思ってないからね!」
そう言って、微笑むクロちゃん。
あ、このコやっぱりいいコなんだなって……嫌が応にでも思う。
「クロちゃん、あんがとね!」
そう言って微笑み返すと、クロちゃんが頷いて、オニギリを抱え込むように一口。
頑張って、小さくしたんだけど私で言うと、両手で抱えるサイズだったみたい……これ、大きすぎたね。
冬の最中……寒風吹きすさむ校舎裏中庭なんだけど、暖かな日差しとクロちゃんの幸せそうな笑顔。
そんなクロちゃんを微笑ましく見ていると……ふと、何か辺りの雰囲気が変わったのを感じる。
(なんだろ? ……空気が変わった?)
そう思いながら、クロちゃんを見るとクロちゃんの目つきが鋭くなっていた。
「結乃ちゃん……ゴメンね。もう気付いてるかもしれないけど……さっそく敵が……来たみたい。」
クロちゃんの言葉に、私は嫌が応にでも緊張する!
戦いの予感……。
異世界からやってきたクロちゃんと言う異質な存在と関わってしまった以上……。
私だって、平穏無事とはいかない……解ってはいたけどね。
うん……でも、負けないよっ!
「敵」
……クロちゃんから一応話だけは聞いてはいた。
クロちゃんは、この世界にとっては、いてはいけない異物のようなもので……。
そんな異物を排除する存在と言うべきものが私たちの世界に存在すると言う。
つまり、それがクロちゃんの「敵」。
けど、同時にそれは私にとっても、「敵」ということでもある。
もしそれが目の前に現れたら……。
私だって黙って排除なんかされたくないし、クロちゃんだってそれは一緒。
だから、実力行使……つまり戦って「敵」を排除する必要がある。
そんな風に聞いていた……だから、この時が来るのは解ってたし、それなりの覚悟はしていた。
けど、こんなに早く……しかも、いきなりとは思わなかった。
それにしても、辺りの風景……。
なんか違和感があると思ったら、あらゆる物が左右逆……つまり、鏡写しになっていた。
「なんじゃこれ? 鏡写しの世界? それに人の気配も全然しないのはなんでじゃ?」
学校の方だけじゃなく、フェンスの向こうの裏の道にしたって、車も通らないし、人もいない。
県道が近くにあるから車の音だって、聞こえてもいいはずなのに風の音すらしない。
空を見ても鳥とか生き物の気配もなかった。
「……結乃ちゃん……これが敵のやり口なんだよ。まず鏡像空間っていう、現実世界の裏側にある異空間に引き込むの……。この空間自体は、閉ざされた空間で逃げ場もないんだけど……。逆を言えば、周囲の目とか周りのものを壊したりとか気にしないでいいって事だし、そんなに長い間維持も出来ないみたい。戦い方は……昨日一通り教えたけど、大丈夫? やれる?」
そう言ってる矢先から、地面がモコモコと盛り上がって、人影が次々と湧いてくる。
一言で言えば、甲冑姿の武士とか侍って感じ。
けど、人間にしては、なんか不自然な……言ってみれば絵に描いたような感じで、ディティールがなんか雑。
それに、顔なんかも顔の部分に影が入っててよく見えない。
「クロちゃん? この人達は……いったいなに?」
「わたしも良く解らない……少なくとも人間じゃないよ。倒すと折り紙みたいなのになっちゃう……あれだよ……陰陽師とかが使う式神とか言うやつ? 漫画とかアニメにそんな感じの出てきたりするのって知らないかな?」
「ああ、なんか解るわ……それ。急々如律令とか、臨兵闘者! とかなんとか言ったりする奴?」
「そそ、陰陽師少年カイとかでお馴染みだよねー!」
さらっと、クロちゃんの口から美少年がいっぱい出てくる少女漫画のタイトルが出てきて、思わず嬉しくなる!
なんだクロちゃん、カイ知ってるんだ……と言うかお仲間だ! あとで、カイ談義しなきゃっ!
「クロちゃん、クロちゃん! うち帰ったらカイ一緒に読む? 実はコミック版全巻持っとるんじゃ!」
「結乃ちゃんマジですか! アレの続き……実は読みたかったんだ! なら、ここはきっちり切り抜けないとね……結乃ちゃん、戦いになるけど、ホントに大丈夫? と言うか、なんか全然緊張してないけど、状況分かってる?」
クロちゃんに言われて、なんか緊張もなにもなくなってる事に気づく。
「大丈夫……喧嘩なんかした事は無いけど……。一応、なぎなたとかやってたから、多分なんとかなる! 魔法少女に戦いやライバルは付き物だよね!」
相手が人間とかなら、痛そうとか可哀想って思っちゃうけど、式神ってのなら気にしないでもいい。
漫画とかでは意志を持った式神とか出てくるけど……なんか動きとかロボットみたいに揃ってて、むしろキモい。
小学校くらいまで、じっちゃんに言われて、近所のなぎなた道場に通ってたから、私は武道経験者なのだ。
こう見えても、運動神経とかそこそこ良い方だし、なぎなたはリーチがあるから、女の武器とか言われて侮られがちだけど、はっきり言って正面切ってやりあえば、剣道よりも強い!
……付け焼き刃も良いところなのだけど。
一応、一通り夜の裏山でクロちゃんの戦い方って奴を教えてもらっている。
クロちゃんは、魔法の世界から来たクセに、魔法ではなく剣や銃で戦う。
その代わり、魔法使いへの対抗手段が超強力だし、防御力が物凄く高いから、普通に剣なんかで斬られたってビクともしないんだって!
要するに、物凄ーく頑丈だからガンガンやられながら、バタバタなぎ倒すとか……。
大体、そんな感じ……細かいことは良く解らないんだけど。
「結乃ちゃんって……現代っ子にしちゃキモも据わってるし、なんか妙に頼もしいね。普通はそこまで落ち着いてたりなんかしないよ? もうちょっとパニクったりしそうなもんだけど。……でも、これは武道の試合じゃない……本格的な実戦……向こうは殺す気なんだから、油断しない! とにかく、守りはわたしに任せて、結乃ちゃんは目の前の敵を倒すことに集中して!」
クロちゃんの言葉に自分が思ったよりも落ち着いてる事に気づく。
怖がって泣いたりとか、パニくったりは……しそうもないなぁ。
いざ本番ってなると、なんか妙に落ち着いて、いつもより調子良くなったりするんだよね……私。
「大丈夫、じっちゃんが割りとスパルタンな人でな……色々教え込まれとるんよ。それに、私本番に強いタイプじゃけ……けど、コイツらってなんなの?」
「良く解らないけど、要するに兵隊みたいな感じ……力とか結構強いけど、ちょっと殴れば折り紙に戻っちゃう。動きもワンパターンだから、質より量の雑魚キャラなんじゃないかなぁ……話とかもしないし。だから、別に手加減とかしなくていいし、今の結乃ちゃんなら、苦もなく倒せるはず。けど、これを操ってる術者みたいなのがいるかもしれないから、そいつは一緒にしちゃ駄目! ちゃんと手加減しないとダメだよ? 今の結乃ちゃんなら、パンチ一発で相手死んじゃうから!」
クロちゃんから物騒な事を言われる。
うん、実際、軽く殴っただけで、生木がメキメキと折れちゃったくらいだし……絶対オーバースペックだよね……これ。