第八話「襲い来る怪異」①
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第八話「襲い来る怪異」①
---Yuino Eye's---
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「解った……でも結局、この攻撃は何が目的なんだろ? どうも、そこが腑に落ちないんだよね……こんなまとめて大勢を気絶とかさせて……このあと、どうするつもりなんだろ?」
「むしろ、篩にかけたつもりなのかもしれませんね……。今のに耐えれるとすれば、魔術に耐性がある魔術師か、先天的に耐性が高い異能者か……。いずれにせよ、あれで昏倒するような弱い者は歯牙にもかけないつもりなのかもしれません。そうなると……敵も標的を絞りきれてないのかもしれませんね。」
紅葉ちゃんの言葉に、クロちゃんが頭を抱える。
「ううっ、そうなると教室の周りにシールドを張った時点で、ここに標的がいるって教えたようなものだったのか。……考え無しでゴメン……なんか、後手後手に回ってるようで嫌な展開だなぁ……。そうなるとシールドを強化して籠城するの一番……だけど、外の状況がわからないのがキツイなぁ……」
ああ、そっか。
クロちゃんが良かれと思って張ったこの教室の結界も外から見たら、そこにいますよーって言ってるようなもん。
けど、向こうが手を出せない以上、膠着状態で時間稼ぎは出来る……そう思ったのだけど……。
教室の気を失っていたはずのクラスメイト達が一人、また一人と立ち上がる。
けど、その誰もが項垂れたままで、まるでゾンビみたいな感じでジリジリと歩み寄る。
「クロちゃん! みんな、どうなってるのっ!」
私がクロちゃんに聞くと、それより早く紅葉ちゃんが答える。
「やられました……これは傀儡の法……この教室に予め、仕掛けてあったんです! クロ様! 結乃ちゃん! 今すぐここから脱出しましょう! 彼らは操られているだけです! 一人二人なら対処できるかも知れませんが……この人数相手ではどうにもなりません! だから、この場は外に脱出するしかないです!」
「くっそーっ! こっちが籠城するケースに備えてたって事か! そ、そうだね……さすがに、これは戦うわけにはいかないか……けど、こう言う絡め手で来るなんて……! こういうのが一番苦手! 結乃ちゃん! マテリア体のリミッター解除するよ! 外で待ち伏せされてるかもしれないけど、多分結乃ちゃんが一番戦えるから、先頭お願いっ!」
クロちゃんがそう言うと、身体が軽くなるような感覚がする。
クロちゃんに向かって頷くと教室の扉を思い切り蹴飛ばす!
すると、扉がなんだかものすごい音と共に吹き飛ぶ。
勢い余って、転がりそうになりながら廊下まで飛び出す私。
外に出るなり、何かブワッと魚だか肉だかの腐敗臭みたいな匂いが立ち込める。
それに、外の様子も変だった!
まるで、夕方の黄昏時のように赤く染まった風景。
窓の外の景色も真っ赤に染まって、まるで別世界!
呆然とする間もなく、別の教室の扉が開き……例のゾンビ状態の生徒たちがフラフラと出てくる様子が見えた。
完全に囲まれていた!
「これは……異空間? なにこの匂い! こんなの見た事ない! くっそーっ! こっちが反撃できないからって、閉じ込めた上で数で圧殺するつもり? やってくれる! 紅葉ちゃん、なにか解らない?」
クロちゃんが狼狽したように叫ぶ。
「これは……血界と呼ばれる異空間です……私達の使う鏡像空間とは全くの別物。現実世界に異界を上書きする……妖の使う結界式です。けど、ほころびを見つけて穴を開ければ……外からなんとかしてくれるはず! クロ様、結乃ちゃん! 浄眼を使いますから、なんとか時間を稼いで!」
紅葉ちゃんが左目に手を当てて、呪文っぽいのを唱えると左目が金色になる。
そして、辺りを凝視し始める。
クロちゃんも私の肩に乗ると、廊下の両側を指差す。
すると、まるで見えない壁にぶつかったようにゾンビ生徒達がそこから先へ進めなくなる!
……なんかラッシュアワーの電車の中みたいな感じになってるけど……足止めは出来てる感じ!
さっきまで居た教室の中も同じような感じで、生徒たちが一箇所に押し固められている。
「クロちゃんナイス!」
そう言って笑いかけると、クロちゃんも得意そうに笑う。
「ふふん……わたしも物理で殴るだけが芸じゃないのよ!」
けど、そこで安心したのがマズかった……足元に大きな影が出来たと思ったら、目の前が真っ暗になって、浮き上がるような感触とガキンと言う金属音みたいな音!
訳のわからないまま、私は床に横たわっていて、胸から下を何か黒いものが囲っている。
クロちゃんが必死な様子で私の胸の上で両手を広げている!
「次から次へと! 何なのよ! 結乃ちゃん、大丈夫?」
続けざまにガキン、ガキンと音が響く。
私は幾重にも重なった黒いトラバサミみたいなものに挟まれていた!
けれど、身体に当たる直前に見えない壁にぶつかって、トラバサミの刃は私に届いてない!
クロちゃんのシールド!
「こ、今度はなにっ?!」
慌てて、手足を振り回すんだけど、周囲を囲う黒い影に触れても全く手応えが無い。
「ち、地潜りっ! 結乃ちゃん……それは幽世の住民……妖魔です! 彼らは物理的な干渉を受けつけません! ここは……わ、私がっ! きゃあっ!」
紅葉ちゃんにも同じのが地面から飛びかかってきて、噛みつかれそうになるんだけど。
クロちゃんがシールドを張ってくれていたらしく、紅葉ちゃんの目の前で停まって、地面に落ちるとそのまま吸い込まれるように消えていく……。
なんなのコイツ! 地面をまるで水の中みたいに動けるっていうの?!
「紅葉ちゃんは、ここから抜け出す方を優先して! 結乃ちゃん! とりあえず、銃でも撃ってみて! 今のわたしには、防御は出来ても攻撃手段がないからっ!」
クロちゃんがそう言うのと同時に、私の手に重たいモノが出現する。
昨日のワルサーP38! 撃ち方は解ってるから、とにかくデタラメに引き金を引く!
銃声が響き渡ると、黒い影の怪物がめちゃくちゃに暴れる……私を挟み込んでいたトラバサミも緩んで、振り回された拍子に、壁に向かって叩きつけられる……けど、壁のほうが壊れただけ……ダメージはない! すぐに立ち上がって拳銃を構える!
トラバサミの怪物は、地面にめり込んだようになって、ゆっくりと沈んでいくとこだった。
「き、効いたのかな? だったら!」
ワルサーを立て続けに連発!
沈みきってない部分に銃弾が命中したようだったけど、そのまま地面に潜り込んでしまう。
「な、なんなの……この空間……魔力の回復が遅い……この程度のシールドの維持に回復が追いつかないなんてっ! こんな消耗戦を強いられたら、いつまでも持たない!」
クロちゃんの様子がおかしかった……明らかに疲れたような感じで、つらそうにしている。
紅葉ちゃんを見ると、必死な様子で小刀みたいなので、窓ガラスをガツガツと叩いてる!
「この血界は……魔界とも呼ばれる負の領域と同等のもの……私達はさしたる問題はありませんが……。クロ様のような霊体に近い存在は長時間の活動は厳しいと思います! でも、ここにほころびが……あとちょっとで……!」
けれど、そんな紅葉ちゃんの背後から、さっきの黒いトラバサミが飛びかかる様子が見えた!
「クロちゃんっ!」
とっさにクロちゃんに呼びかけるのだけど、クロちゃんが膝をつく。
紅葉ちゃんへ飛びかかっていたトラバサミの体当たりと同時にガラスの割れるような音を立てて、紅葉ちゃんを守っていたシールドが砕かれる!
「ゴ、ゴメン……これ以上は……無理! 逃げてっ!」
さらにもう一体、紅葉ちゃんに飛びかかるのが見える!
慌てて、紅葉ちゃんの所に駆け寄ろうとするのだけど、まるで水の中を歩いてるように周囲の風景がスローモーションになる。
手をのばすけど、届かないっ! ワルサーの引き金を引き、銃撃を食らわせるのだけど、止まらない!
紅葉ちゃんがやっと気付いて、振り返るのだけど、もう間に合わないっ!
「紅葉ちゃん! 逃げてーっ!」
……そう叫んだ瞬間!
ガラスの割れるような音と共に真っ赤な腕のようなものが窓ガラスを突き抜けて来ると紅葉ちゃんを突き飛ばす!
さらにもう一本腕が生えてくると、紅葉ちゃんに飛びかかってきていたトラバサミの上下をガッツリと掴む!
「遅れてすまねぇな……紅葉ちゃん、良くほころびを見つけてくれたのう! よくやった! 後は、この俺に任せろっ!」
トラバサミが引き裂かれるのと、その赤い大男が壁を突き破ってくるのとがほとんど同時だった!




