第五話「仄かなともしび」①
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第五話「仄かなともしび」①
---Yuino Eye's---
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その夜、私は夢を見た。
飛び交う火の玉……多分、砲弾。
そして、いくつもの銃弾が飛び交う紅蓮の戦場。
私は……そんな場所の真っ只中にいた。
身体を動かそうと思ったけど、なんか勝手に動いてる感じ。
よく見ると、この視点の主は私じゃなかった。
黒い束ね髪をなびかせて、凛として戦場に立つ黒衣の女の子。
隣には、同じようなカッコで青っぽい色違いの衣装を来たポニーテールの女の子が銃を構えていた。
なんだっけ……アニメで見たマスケットとか言う古い時代の銃。
そして、その顔にはどことなく見覚えがあった……クロちゃん?
いや、違う……細かいとこがなんか違う……むしろ、この黒衣の女の子がクロちゃん……なのかな?
目の前が真っ赤になる……何事? って思うのだけど。
今頃になって、自分がどこにいるのか気づいた。
真っ黒い鉄の箱に物干し竿みたいな棒があって……ああ、これ戦車だ。
たまに国道を突っ走ってるタイヤ付き戦車に似てる。
今のは戦車が砲撃して、砲炎に包まれたって感じ……そう、私……クロちゃんは戦車の上に立っていた。
……どうも、この戦場の先陣を切ってるような感じで、正面にずらりと並んだ戦車の群れから、ものすごい勢いで集中砲火されてる。
けど……クロちゃん、例のバリアーみたいなのを展開して、その猛攻すら全く寄せ付けない!
隣の子がなんか言ってる……声や音は聞こえない。
無声映画みたいな感じだけど、身振り手振りの様子から、なんか強力な敵が近いとかそんな感じの事を言ってるようだった。
クロちゃんが指差すと、黒っぽいのがぴょんぴょんと飛び跳ねながら近づいて来たと思ったら、一斉に光る糸のような物を放ってくる!
なんかまるでゲームみたいな光景。
けど、その光る糸が命中すると物凄い爆発!
目の前が爆炎に包まれて、何も見えなくなって、クロちゃんが膝をつくのが解る。
けれど、煙が晴れると、その黒っぽいのにさっきまで隣りにいた青い服のコが向かっていく!
更に、なんかキラキラした粒子みたいなのをまとったお姫様っぽい人も向かっていって、たちまち2対1の激しい攻防が始まる!
空の上では金色と赤いのが目まぐるしくぶつかり合っている。
これは……クロちゃんの経験した戦場の光景なんだろか……?
他にもドレスみたいなのや、メイド服みたいなのを着た色とりどりの女の子達と、彼女たちと互角に戦う銃や剣を持った戦士や同じような感じの可愛らしいカッコの女の子達。
一撃で戦車をバラバラにするような剣撃を放ったと思ったら、それを容易く受け止める戦士。
大地を穿ち、天へ向かって放たれた光芒は雲を打ち抜き、闇夜を昼間のように明るく照らす。
……その戦いはもうデタラメ。
そこは、もはや常軌を逸した怪物達の戦場だった。
そして、クロちゃんが不意に身構えたと思ったら、灰色っぽいのが切りかかってくる!
メガネを掛けたお姉さんっぽい人……。
挨拶代わりの一撃を加え、今度は二刀流で流れるような剣技!
けど、クロちゃんも負けじと二刀流にすると、その人と互角な感じで打ち合い、鍔迫り合いをしてる……けど。
眼鏡のお姉さんの――とても悲しそうな瞳。
この人は……なんで、こんなにも悲しそうに、今にも泣きそうな顔で戦ってるんだろう?
そんな疑問を懐きながら、ただ見ているだけの私。
どうして、二人は戦わないといけないのだろう?
こんな常軌を逸した戦争が何故起きたのだろう?
こんな戦いの果てに……クロちゃんは何を見たのだろう?
いくつかの疑問……戦場の記憶……クロちゃんの悲しみの感情が伝わってくるようで……。
そして……不意に目が覚める……。
時刻は夜中の三時……。
枕がほんのり湿ってる……私も泣いてたみたい……やだね、涙もろくて……。
クロちゃんは、ぴっとりと私に寄り添うような感じでぐっすりお休み中。
パジャマはモコモコでフリフリな感じの可愛いヤツ。
私の古くなったフリースをリサイクルして、パジャマっぽいのを作ってあげた。
サイズが小さいから、そんなに手間じゃなかったし、クロちゃんもあったかくて可愛いって大喜びだった。
頭には、ボンボン付きのナイトキャップ被ってて、なんかお人形さんみたい……。
寝顔もなんか可愛くて、そっとその頬を撫でてみる。
けど……なんで、目が覚めたかはすぐ解った。
恥ずかしながら……なんか、めっちゃトイレ行きたいっ!
とりあえず、クロちゃんを起こさないようにゆっくり身体を起こしたんだけど。
やっぱ起こしちゃったみたいで、クロちゃんが飛び起きる……。
「うわ……ごめん! なんか、爆睡してたよ……」
クロちゃんが目をこすりながらそんな事を言う。
あちゃあ……悪いことしちゃったね。
「起こしちゃってごめんね……ちょっとおトイレ!」
そう言って、部屋を出る……玄関を見るとお母ちゃんの靴があった。
今日もいつものように日付変わったくらいに帰ってきたような感じ。
うちは、母一人子一人の母子家庭だから、お母ちゃんはいつも仕事でおまけに夜は遅い。
昔はじっちゃんやお父ちゃんもいたし……お兄ちゃんもいたけど……。
ある日、お兄ちゃんが忽然といなくなって……。
それがきっかけで、お母ちゃんとお父ちゃんが毎日のように喧嘩するようになり……お父ちゃんが家を出て行ってしまって……もう随分経つ。
じっちゃんもいい加減年だったから、一昨年亡くなった……90歳近くまで長生きしたから、大往生ってヤツ。
皆、長生きできてよかったって、笑って見送ってたけど……おじいちゃん子だった私は、涙が枯れるほど泣いた。
だから、クロちゃんに助けてもらえなかったら、私はお母ちゃんを一人ぼっちにする所だった。
そんな事になってたら、お母ちゃんも泣いてだろう……。
改めて、クロちゃんに感謝……!
じっちゃんもきっと向こうで「おメエが来んのは、100年はえぇんじゃ!」とか言ってただろうね。
じっちゃん、そっち行くのは当分先になりそうだよ!
たまにはお母ちゃんと一緒のお布団で寝たいなぁ……とか思ったけど。
遅くまで仕事してて、疲れてるところを起こすのも悪いし、クロちゃんを一人にしちゃうのも可哀想だった……そもそも、私もいいお年頃。
……ふと、クロちゃんにもこっちの世界に家族がいたんだろうなって思う。
会いたい……とか、思わないのかな? 当たり前のようにいる家族が居なくなるのって悲しいよ?
……闘病の果ての最期……私も死にかけたから解る……。
クロちゃんも色々やりたい事や思い残した事だってあっただろうに……。
そんな事を考えながら、おトイレを済ませて、お部屋に戻る。
……窓際にクロちゃんがちょこんと腰掛けて、外を眺めてた。
微かな外の光に照らされた横顔に……始めて会った時に見たクロちゃんの本来の姿のイメージが重なる……。
子供のようにちっちゃいんだけど、子供じゃない……独特の雰囲気の綺麗な娘だった。
その面影はお人形サイズになっても、割とそのままだった。
「クロちゃん、何が見えるの?」
思わず、クロちゃんにみとれてしまい、誤魔化すようにそう尋ねる。
「ん……星空が綺麗だなって……考えてみれば、こんな風にゆっくり夜空を見るのって久しぶりかも。あっちの世界にも星空があってさ……しろがね……向こうの世界のお姉さんって感じの子と一緒に眺めたなって……。なんか懐かしくなって、しんみりしちゃってさ……あはは」
そう言って、目元を擦るクロちゃん。
その頬を伝う涙ひとしずく。
しろがねって子……さっきの夢に出てきてた青い服の子の事かなって思い当たる。
けど、なんかクロちゃんの思い出を覗き見してしまったような気がして……なんか悪いことした気持ちになる。
クロちゃんの涙……あの娘にあの後、何かあったのかな……?
なんとなく聞いちゃいけない気がして、私もそれ以上何も言わずに一緒に冬の星空を眺める。
降るような満天の星と天の川……東京では、ここまで綺麗に星空は見えないらしい。
ここらは街灯も少ないから、夜になって月が沈むとホントに真っ暗になる。
夜のお出かけの時は、懐中電灯が必需品……そんなだから、星がキレイに見える。
何となくクロちゃんが寂しそうに見えたから、後ろから持ち上げて、ギュッと胸に抱っこしてあげる。
もう寂しくなんかないよ……って思いを込めて。
「結乃ちゃん……ありがとね。」
本当はクロちゃんには、色々聞いてみたいことがある。
向こうの世界での出来事、なんでこっちに戻ってきたのか。
そして、こっちで私に会うまで何があったのか。
目的とかだって、ちゃんと話して欲しいな……私達は運命共同体なんだから。
でも、無理に聞き出すつもりはなかった。
必要になったら、話してくれるだろうから……。
私もだけど……もう少し、落ち着かないと……だよね。




