第四話「私のともだち」②
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第四話「私のともだち」②
---Kureha Eye's---
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「良く解かんねぇけど、紅葉ちゃん……何かいい顔するようになったじゃねぇか。何と言うか……前に会った時と今じゃ別人みてぇだぞ? 余程いい出会いだったんだな。ひょっとして男か? くくくっ……紅葉ちゃんも隅に置けねぇなぁ……」
そう言って、ニヤつく先輩。
むーっ! なんでそうなるんですか……。
「ちょっ! 違いますっ! 男の子じゃなくて、女の子! でも、私の恩人なんだから……。言われなくても大事にしますっ!」
「なんじゃ、女の子の友達なのか? なんか恋する乙女って感じだったから、つい勘違いしちまったよ! じゃあ、そのうち、俺にも紹介してくれよ! 紅葉ちゃんのダチなら、俺のダチも同然だ……まぁ、俺なんぞ荒事にしか役に立たねぇが……。こう見えて、人生の先輩でもあっからな……困ったことがあったら、いつでも相談くれぇ乗ってやるぜ!」
人生の先輩とか……4年の差なんて、大差ない……と思うんだけど。
何と言うか……やっぱり貫禄が違います。
絵に描いたような青二才のうちの兄とか、クラスメイトのお子様連中とはもう格が違います。
けど、譲先輩……厳密には、魔術師とは違うんですけどね……。
鬼の血をひくと言われる宇良部一族の筆頭。
命を懸けて身体を張って戦う本物の戦士……潜った修羅場の数が違います。
私はそんな先輩を心から尊敬しています。
けど、今の先輩は……顔の手形で色々台無しな感じです。
「それより……そのほっぺた……どうしたんですか? なんか手形っぽくありませんか? 今度はなにをやらかしたんです?」
私がそう言うと宇良部先輩は何とも気まずそうな様子で、鼻の頭をポリポリとひっかく。
「ああ……その……なんだ……。勇み足の結果の名誉の負傷って事にしといてくれ……」
ずーんと落ち込んだ様子の譲先輩。
先輩……お姉ちゃんとも仲いいし、お役目関係の護衛や見張り役として、良く家にも来るんだけど……。
着替え中に思い切り部屋に入ってこられたり、階段から転げ落ちそうになった所をキャッチしてもらったら、お尻とお胸をガッツリ触られた……何てこともありました。
下着見られたりとかも数限りないくらい。
もちろん、風のいたずらとか私の油断とかそんなのばかりなんですが……。
見て見ないふりでもしてくれればいいのに、毎回露骨なリアクションをされるから嫌でも気付いて、こっちは恥ずかしくて死にそうになります……。
なんでしたっけ……ラブコメ漫画とかでよくあるラッキースケベ体質って言うのでしょうか?
毎度毎度、絶妙なタイミングでやらかしてくれるんですよね……。
翠お姉ちゃんもなんか知らないけど、似たような目にあってるみたい……と言うか、私より絶対多い。
こないだなんて、シャワー浴びてたら窓の隙間からカマドウマが入ってきたとかで、絶叫したばかりに乱入されてたし……。
……なんか、上から下まで全部見られたって泣いてました……。
私だったら……上はともかく下なんて見られたら、恥ずかしくて死んでしまいます。
いっそ責任取らせて、お婿さんになってもらえば? って言ったら、何故かグーで殴られました。
バイオレンス姉……妹だからってグーパン制裁とか酷いですっ!
けど、譲先輩……仕事熱心なのは良いんですけど……。
お役目よりもその手のトラブルで負傷することが多いってのはどうなんでしょう?
本人、悪気ゼロだし、案外ストイックで見た目の割に純情な人なんで、スケベ心とかじゃないのは解ってるんですが……。
これは、やはりデリカシーが足りてないんでしょうね……。
「あはは……その調子だと、またお姉ちゃんの裸でも見たんじゃないですか? えっち! 先輩、不潔ですっ!」
そう言って舌を出して、笑いかけると、ギクッで感じになって、可哀想なくらいずーんと落ち込んでる。
……どうも図星だったようです。
と言うか……もうこれは、本格的に翠お姉ちゃんのお婿さんになってもらうしかないですね。
そうなれば、もういくらでも好きなだけ励んで貰えばいいだけの話。
なにより、私に素敵なお義兄さんが出来る……うんっ! 悪くないです!
「く、紅葉ちゃん! いつも言ってるんだが……俺にそんなつもりはこれっぽっちもないっ! 今日だって、翠ちゃんがボロボロで倒れてる所を抱き起こしたら、悲鳴上げられて鉄拳食らった挙句にビンタされた。……人が心配して駆けつけてやったのに、あんまりな仕打ちだと思わねぇか?」
そう言ってから、しまったと言った様子でそっぽを向く先輩。
余計なことを言ったことに気付いたらしかった。
お役目絡みで翠お姉ちゃんが怪我したりするのは珍しいことじゃないんですけど……。
譲先輩の様子から察するに、今回は命にかかわる程だったのかもしれません。
そう思うと、居ても立ってもいられません……けど。
総社のお偉いさんが集まるとか聞いてなかったから、大事になってるってのは予想付きます。
そんな中に私なんかがノコノコ顔を出したら、きっと……面倒なことになる。
つまり、先輩も不器用なりに気を使ってくれてたのでしょうね。
こう言うところが、この人のなんとも憎めない所です。
「すまん……黙ってるつもりだったんだが……翠ちゃん……今回のお勤めで敵の返り討ちにあって、ちょっと重傷なんだ。本人はケロッとしてるんだが……魔術回路を手ひどくやられててな……しばらくお役目はさせられねぇ。そんな訳で清十郎の奴が翠ちゃんの追ってた案件を引き継ぐべく、中菱のご当主様……親父さんと話し合ってるとこだ。だが……どうも話の流れ的に、紅葉ちゃんも巻き込まれそうな感じなんだ……」
「わ、私が……ですか? なんで、そうなるのです? 翠お姉ちゃんが敵わないような相手……私なんか、何の役にも立たないと思いますよ?」
「まぁ、そりゃそうだな……だから、今、顔出すのはあまりオススメできねぇ……。親父さん……この件にどうしても中菱の人間を関わらせたいらしくてな……。でも、俺達も紅葉ちゃんがこっちの世界に関わり合いを持ちたくないってのは知ってるからな。すまんが……話し相手くらいにはなってやるから、この場は清十郎にまかせてここで待っててくれねぇか? なぁに……本人不在で勝手に話を進めるなんて理不尽、アイツが許す訳がないからな。……紅葉ちゃんが戻ってこないなら、アイツの事だから、口八丁で親父さんを丸め込んでくれるさ!」
そう言って、道の真ん中にどっかり腰を下ろす譲先輩。
暗に行かせる気はないと語ってます……。
確かに昨日までは、この現世護手としてのお役目や魔術とか……出来るだけ関わりたくないって思ってました。
でも……この魔術師としての力のおかげで、結乃ちゃんと友達になれた。
それに、結乃ちゃんの家の周りのあの多重結界……物凄く高度なものだったし、明らかに何かの襲撃に備えている感じでした。
……それに、翠お姉ちゃんに重傷を負わせたという敵……。
そこから導き出されるのは、結乃ちゃんも同じ敵に狙われてるって事!
……だったら、ここは逃げちゃダメ!
私だって、無力な子供じゃない……結乃ちゃんの事を守れるなら、私……命だって賭ける!
そう誓ったんですから!
「ありがとです……譲先輩……でも、そう言う事なら、私……逃げません。私……家での扱いはお姉ちゃんのおまけみたいな感じだけど、この眼の力は本物だから……。それに私にだって、守りたいものがある……だから……行きます」
そう言って、一歩前に踏み出すと譲先輩も困ったように苦笑する。
「そうかい……あれだけ、関わりたくないって言ってたのに、随分な心境の変化じゃねぇか。例の友達って奴の影響なのかい? そうだな……同級生なら、この件と無関係って訳にはいきそうもないからな。嫌がってるのを無理やりやらせるってのなら、俺達も止めるところなんだがな……。本人に戦う理由と意志があるってのなら、むしろ、その意気や良しってヤツだ! 言っとくが、今回は今までみたいに後ろで見学って訳にはいかねぇぞ……身体張る覚悟もあるって事でいいんだな?」
譲先輩が複雑な表情で、そう告げるのだけど……私は黙って頷いた。
こうして……私は、あれほど嫌がっていた世界に自ら進んで関わることになった。
もちろん、翠お姉ちゃんは大反対だったし、兄の征久に至っては、私に殴りかからんばかりの勢いで反対してた……と言うか実際に私に掴みかかろうとして、譲先輩にはっ倒された挙句に、取り押さえられてた……。
ダサっ! と言うか……これまで、妾の子とか散々馬鹿にされてたけど……。
お姉ちゃんは今や、中菱の関係者どころか現世護手の若手トップクラスの天才術師……私は希少な才能の持ち主……。
名門中菱家の直系のクセに、術者としては三流底辺止まりの兄なんて、とっくに誰からも見向きもされなくなってるのですよ……。
いい加減、立場をわきまえて大人しくしてればいいのに……。
お父様やお姉ちゃん達のお師匠様……玄楼斎様……は、元よりそのつもりだったし、政岡先輩も本人の意志を尊重すると言って、賛成してくれた。
私に課せられたお役目は……中学の生徒に成り代わっている大妖「結界崩し」とか言う怪異を探し出し、その正体を暴くこと……。
話によると、人を喰らい取り込むことでより強く強大化する……そんな類らしい。
だから、犠牲者が出る前に始末する……狙われる可能性が高いのは、私や結乃ちゃんのような魔術師としての力があるもの……。
何の事はない……黙ってても私は狙われたって事でした。
もっとも、私には初めから戦いとか、そんなのは期待されてない。
私の武器は、現世ならざる魔を見破ると言われる「浄眼」と呼ばれる眼。
魔術は初歩的なものをいくつか使えるけど……守護の術式や結界術程度……。
はっきり言って、私……戦闘とか全然向いてないとか、断言されちゃいました。
けど、見えざる怪異、現世のほころびを見破るこの眼は極めて希少、かつ強力なもので……。
結界の類はもちろん、実体のない幽世の妖ですら、この眼の前では呆気なくその正体をさらけ出す。
幽世の怪異達の厄介なところは、実体もなく姿もみせず、一方的に人に危害を加えるところにある。
けれど、幽世のものにとって、正体をあばかれると言うのは致命的。
特に浄眼ともなると、その存在としてのほころび……つまり弱点までも看破出来る。
そうなれば、調伏も容易い。
だからこそ、「浄眼」持ちは、非常に重宝される……と言う訳なのです。
半ば偶然、この能力を発現させてしまったせいで、元々無能力者とされ東京の母方の家で生活していた私は、半ば無理やり、この中菱の家に連れてこられ、こっちの世界に引き込まれてしまいました……。
正直、疎ましくも思ってたのだけど……今は、そうじゃないです。
それに、戦いに関しては、政岡先輩と譲先輩が、影ながら護衛してくれると言う話。
あの二人が付いてくれるなら、安心です。
翠お姉ちゃんは最後まで反対してたけど……それは、私の身を案じての事……。
けど……お姉ちゃんは、十分お役目を果たしました……今度は、私の番です!
見ててください! 私、頑張ります!




