6話
遅れて申し訳ありません。
ディアロは咆哮とともに駆け出し、黒井に向かって突進を仕掛けた。その一歩は地を砕き、風を裂きながら加速する。
黒井はまた鉄壁でも作り出そうとして、やめた。このドラゴンは人の頭に乗るサイズでもいともたやすく鉄壁をぶち壊す力の持ち主だ。なので作ったとしてもまた壊されるのがオチだ。ならどうするか。
「なら…逃げるしかないだろ!」
黒井は全力で走りだした。突進から逃れるためできるだけ遠くへと。
しかし二匹の移動速度はあまりにも違い過ぎていた。黒井が遅いのではない。むしろネコとしてはものすごいスピードだ。しかし、相手はドラゴンなわけで…
「あ、あれー?どんどん近づいてるぞー?」
『ハハハハ!ホラドウシタ!モウメノマエダゾ!!』
もうディアロは黒井の尻尾の先あたりまで近づいていた。あと数秒後には凶悪な牙に捕らえられてしまうだろう。
どうすればいい!?やつを止めるには…止める…?ハッ!『イメージ』!
「『発動』」
『モウムダ…』
喋っていたディアロの言葉が突然途切れた。大きく開かれた口も開かれたまま止まっていて、閉じる気配がないし、それだけではなかった。なんとディアロも突進時の姿勢のままピタッと空間に固定されているかのように、止まっていて動くどころか呼吸も何もかも止まっていた。止まっているだけだ。
だが、止まっていたのはディアロだけではなかった。シエラが、ネリアが、クマリが、練習場の中にいた人々が、音が…時間が止まっていた。
「おお、まじでできた。『時間停止』」
ただ、黒井を除いて。全て止まった世界でただ一匹だけが動いていた。それもそのはず、これをしたのは彼だからだ。
DVDをリモコンの一時停止のボタンを押して止めるように、黒井は時間を軽い感じで止めた。つくづくチートな能力である。
「さて、どうしたものかなぁ…とりあえず背後にまわって」
息を整えながら歩いてディアロの背後に回りこみ、これからどうしようかと頭を抱えた。どうやってディアロに有効打を与えられるか。思いつく限りのものを挙げては却下して…の繰り返しをした。そして、一つの案に至った。
「でっかい岩で押し潰そう」
他には大量の槍を降らせるとか、ビームでなぎ払うなど思いついたが彼は岩を選んだ。理由は特にない。そうと決まれば後は行動するのみだ。黒井はまた『発動』をし、巨大な岩を想像し現実に再現させた。
ディアロの頭上3mのところに、元から空中に存在していたかのように現れた岩はディアロはもちろん、黒井もすっぽり覆うくらいの大きさだ。
黒井は岩の落下範囲から出て、空中で静止している岩を見る。これは時間停止で止まっているのではなく、黒井がそうしているからだ。黒井の意思によって落とすことが可能なのである。
「そろそろ解除して落とすか。ちょっとワクワクしてきた!よ、よーし」
ゴクリと唾を飲んで、止まった時間を再始動させるための言葉を紡ぐ。一度言ってみたかった台詞だ。
「そして時は動き出す」
『ダゾ!…!?』
時が再び動き始め、止まっていた全てものが動き始め、ディアロもピタリと止まっていたところから前方に動き出して…急ブレーキをかけた。なにせ目の前にさっきまでいたはずの黒井が消えていたからだ。突然のことで何が起こったのか理解できないディアロは戸惑っていた。
黒井は気になってチラリとシエラ達を見た。三人はそれぞれ急にディアロの後ろに現れた黒井に信じられないという目を向けたり、上空に突然現れた巨大な岩をみて青ざめたりしていて、ギャーギャー騒いでいた。そのことに、してやったり、と含み笑いした。そして、すぐ意識をディアロにと切り替えた。
いまのディアロは隙だらけで、チャンスは今しかないと思った。
「喰らえ!ただの岩!」
『ナニ!ウシロダト!?』
黒井が叫んだことでディアロに存在を気づかれてしまった。ディアロは振り向いて自分よりかなり後方にいる黒井を見つけた。どうやって?と考えるより先に脚が動き出し、走りだそうとしたところで異変に気付いた。足元に大きな影が広がって、何かが落下してくる音が聞こえた。何事かと音のする方を向くと目の前に岩が迫っていた。
『バカナッ!グッ』
逃げようとしたが時すでに遅し。次の瞬間には岩がディアロを巻き込んで、轟音を練習場内に響かせた。ディアロの姿は見えない。完全に岩の下敷きのようだ。
二匹の戦いを見ていた周囲の生徒から「やりすぎだろ!」「すげぇぇぇぇ!!」など叫びにも似た声が飛び交う。
「やったか…?」
崩れた岩の山を見て確かめる。小さな破片が上から落ちる意外特に目立つ動きはない。
ぐだっと黒井が潰れた。緊張を張り詰めていたせいでドッと疲れが押し押せてきたのだ。空気が少し暑く感じたが、気にしてるほど余裕はなかった。
◆
私、シエラフィールはありえない光景を見て唖然としていた。私の使い魔のクロが友人クマリの使い魔を倒したのだ。相手は本当に小さいが立派なドラゴンなのに。
隣にいるネリアは私と同じく唖然としていた。壊れたおもちゃみたいにギギギと首を動かして私を見るやいなやワッと吹き出す質問の数々が彼女の口から放たれた。やめて、私もこれは予想外なんだから。
そんな質問攻めにしてくるネリアを無視してクマリに視線を移すと、私達と違って多少驚いたといった様子だが、いたって大きな変化は見せていなかった。自分の使い魔が下敷きになったというのに、余りに冷静な態度で少し薄情なんじゃないのと思った。いや、そういえば彼女はあまり感情を出さない子だから心の中ではきっと慌てているのかもしれない。そこが気になったので、そこを聞いてみようと思った。
「ねぇクマリどうしてそんな冷静なの?いくらドラゴンだからっていってもあれじゃひとたまりもないわよね?」
少し皮肉も混ぜて言ってみた。クロがドラゴンを倒したからって調子に乗ったわけではないと思いたい。だからクマリの言葉には驚かされた。
「ディアロはまだ倒れてない…そろそろ出てくる…」
「出てくる」とは何が?と聞いたがクマリはまっすぐ岩の、その中にいるディアロのほうを向いていて口は閉じたままだった。心なしか口元が笑っているように見えた。
変化に気付いたのはさっきまでうるさかったネリアだった。汗をかいて暑いのか、片手で扇ぎながらもう片手で制服の中の服をバサバサと動かしていた。「暑いの?」と言うと「暑い」と返って来た。
「練習場さっきまでこんな暑かったか?」
「いや、騒ぎすぎたせいじゃないの?あんだけ騒げば疲れるわよ」
と言ったものの自分も少し暑く感じた。たらりと一筋の汗が喉元を通過する。野次馬だった周りの生徒等も「暑い」とか言っているので、暑さを感じているようだった。その中で一人、クマリだけは先ほどと変わらない、涼しい顔でいた。熱くないのだろうか?
「お、おいあれ!」
何かに気づいたかのように誰かがそう言った。数秒遅れてざわめきが大きくなっていった。そして、悲鳴じみた声に変わるまで時間はかからなかった。
岩が溶けていたのだ。内側からあふれる炎によって。
「なぁっ!?」
ただ驚くしかなかった。岩がどんどん溶けて溶岩のように流れた。そして、ドロドロの中から一つの形を持った生物が姿を表した。
『グルルルルルル…』
体は高温のせいか全身赤く輝いていて、口からは炎が漏れていた。
…ディアロはまだ倒れていなかった。
◆
「おいおいおいおいおい嘘だろ…」
黒井は呆然と復活したディアロを見ていた。ドラゴン…ディアロの生命力は彼の想像を超えていた。
『グルルルルルル…グルァア!!』
「っと、ストップって!降参!待ってくれ…聞こえてねぇ」
黒井はディアロに叫ぶがディアロは全く聞いてくれなかった。むしろ怒りが増した気がするという。
ディアロがぐん、と加速…そして今度は口の中に炎を溜めて黒井に近づく。黒井も逃げるが力が残っていなかった。全速力に程遠いスピードなのでどうしようもない。
そしてディアロが大きな口を開くと、炎が放たれた。ボウ!と小さい体のどこから出るのか不思議なくらい範囲が広く、すぐに黒井を飲み込んだ。
「くっ!『発動』…」
咄嗟に能力を使うも黒井は炎に飲み込まれてしまった。この燃える炎から逃れるのは不可能だろう。
ディアロはそれを見て嗤っていた。思わず飛び上がってしまうほどに、とにかくディアロは嗤っていた。その行動が油断と知らずに。
「(あんにゃろ…これ模擬戦だろオイ。咄嗟にシールドで守らなかったら丸焼きコースだぞ)」
と、愚痴った。それは誰にも聞えてはいないが、癖のようなものだった。
黒井は無事だった。黒井がギリギリで展開した自分を覆うようなシールドが炎から守ってくれていた。あと少し遅れていたらそこにあったのは丸焼きのネコだ。
しかし全部大丈夫だというわけではなく、尻尾の先が少し縮れていた。毛が焼ける嫌な臭いに黒井は顔をしかめ、どうしてやろうか、と今は炎に遮られて見えないディアロのことを思った。
「てか炎邪魔!!鬱陶しいわ!!」
そうして、炎を消そうとしたが何故かその炎は消えなかった。何度試しても消せず、黒井はこれを能力の制限なのかと決め付けた。随分と曖昧だなぁと脳の片隅で思いつつ、仕方ないのでシールドを変えることにした。そして出来たのが、体に密着するようなスーツ型のシールドだ。これで完全に炎は防げるのだが、さっきのシールドの時もそうだが『外側から侵入しようとするものを散らす』ので、呼吸に必要な空気も散らされて中には入ってこない。持って一分程度しかないので素早く移動しないと窒息死してしまう。
「炎のトンネルを抜けて〜見えたのは何故か飛んでるディアロ…あ、こっち見た」
出た先には、さっきまで笑っていたが今は驚愕の表情を浮かべたディアロがいた。そのディアロは特に動くわけでもなく、ただじっと黒井を見ていた。
「どうしよう…あ、あそこに剣落ちてたのか。見失ってたな」
ディアロそっちのけで黒井は先程ディアロに打ち落とされた剣を見つけた。あれは今後も使うつもりなので回収したい。その時ピン!と脳に衝撃が走った。「今なら好きだらけだし当たる!」と。
「『イメージ』…よし、『発動』!」
そう唱えると、剣の近くから植物の根がグネグネと練習場の床を突き破って現れ、剣の柄を絡めとった。そして今度はただ投球するのではなく、遠心力と回転を加えて投げた。最初に投げた時に比べいくらかは威力が増したはず…と思いたい。
その剣は斜め上の角度に飛んでいき、未だ動かないでいるディアロの背後から鱗を貫通し突き刺さった。剣の先がディアロの腹部から突き出して鮮血を噴き出させた。
その一撃で流石に気が付くディアロだが、もう遅かった。口からも血が溢れ、よろよろと空中での制御がうまくとれず遂には落下してしまった。落ちた際かなり音がなったのだがヤツの咆哮に比べたらそうでもなかった。
「我ながらこの命中率は賞賛せざるを得ないね。にしても呼吸が苦しい…『解除』」
黒井はもう用済みなシールドスーツを解除し、落下したディアロの方に歩み寄る。腹を貫かれ、空中から落ちたディアロだがまだ少し動けるようだった。ほんと、とんでもない奴だ。
「(って見下すような位置にまで来ちゃったけどどうしよう)」
なんの考えもなくついてしまったので、何をしたらいいのかわからずポーカーフェイスを浮かべ固まってしまった。目だけはしっかりディアロを見ているが何も考えていない。
しかし、それがディアロには違う様に感じたのか怯えていた。これには黒井もびっくりである。「おい、ちょっ…」と、声を掛けるより先にディアロが口を開いて『バケモノ…バケモノ…』と何度も言い、意識を失った。
「なんでバケモノなのさ…」
そんな黒井の独り言は、歓声によってかき消された。