四話 友人
少し短めにしていこうと思います。
買い物から数日経った。その間黒井はシエラと行動をともにしていた。おかげでわかったことがある。ここの生徒は半分以上が女子で美少女レベルが高いということだ。黒井はそのことに歓喜の声を上げた。だがそのことをシエラに知られた時のあの目は怖かった。怖かったのだ。
◆
『魔法学校冒険家学』
この授業では、冒険家を目指す生徒が冒険家の基礎という基礎から学ぶ。魔法学校の生徒は、余程魔法を深く学びたいという人以外はほとんど冒険家を目指すので受講する生徒は多い。シエラフィールも自分のためにこの授業を受けている。
「じゃあ冒険家を目指す諸君!今日の講師はAランクの俺、ザウトが務めさせてもらうぜ!」
やけにでかい声を発する全身金属で出来た鎧に身を包んだ男ーザウトが生徒の前で教鞭を振るう。
『冒険家学』の大きな特徴として、現役の冒険家が一人の派遣され、その人が授業をするというものがある。魔法のことは魔法の扱いに長けた教師が教え、冒険家のことはその冒険家としての経験が豊富な冒険家が教えるという授業を組み込んでいる。
「いいか!冒険家っつーのはなぁ〜……」
冒険家ザウトの講義は、彼の砕けた喋り方で生徒達は授業を受けているというより、友達と話しているような感覚だった。そのおかげか、誰一人集中を欠かずにいた。内容も無駄話が多いようでしかし、冒険家としての知識の要点をしっかりおさえていた。
「〜ってなことでお前ら!よく真面目に話聞いてたな!そこは褒めてやるが、ここで力尽きて次の授業で寝たらダメだぞ!じゃ、終わり!」
起立!礼!
終わりのチャイムが鳴り響いた。次の授業のために教室を移動する者。寮に戻るため荷物をまとめる者。それぞれが自分のしたいことをするため行動し始めた。
「さて、じゃあクロ、私はあと授業がないから寮に戻ろうと思うけどどうする?」
「俺も別にこの学校見学しようとか思ってないから、寮に戻ろうぜ」
決まりね。と言って手にノートを抱え机から立ち、教室の外へ出る。ここから寮へは、廊下の端にある連絡棟を通った先にある。
黒井を従えて廊下を歩いていると後ろからシエラを呼ぶ声がかかった。
「おーいシエラ〜!」
視線を後ろに向けると、茶色のウェーブがかかった髪を揺らしながら走る少女と、その後ろを追うように走る、頭に何かを乗せている少女がシエラに向かって一直線に進んでいき……
「とう!」
先に走ってきた方がシエラに腕を横に広げて、ラリアットをしかけた。プロレスラーのような迫力だ。しかし、シエラはそれを慣れた動作でしゃがんで躱すと相手の背後に回り腰をクラッチ、そして後方に仰け反って綺麗なアーチを作った。それは黒井から見ても見事なバックドロップだった。
「いっっっ!?ギブギブギブ!」
「1…2…3…」
状況はなかなかカオスだ。シエラががっちりとキメていて、なかなか解きそうにない。そして後からきた少女はカウントし始めた。逆に返り討ちにあった少女は顔を真っ青にさせながら必死にシエラに抗議する。あ、口から何か魂みたいなのが見えてきた。そろそろ別な世界に旅立ってしまうんじゃないのか。
「…10。シエラの勝ち〜」
あんたら……本当に魔法使いなんだよな………?
◆
「ふぅ〜。シエラ、また腕を上げたな!」
「ほんと、無駄な腕前だわ全く…」
現在町中のお店に少女達三人は来ていた。彼女達はその日はもう授業がなかったので、学校の外に出てお茶をしながら会話を楽しんでいた。
もちろんその傍らには黒井ともう1匹いた。女子三人組と比べてこっちは暗い空気が漂っていた。目の前には睨み殺さんばかりに黒井を見る翼が生えた小さなドラゴンがいた。このドラゴン、先程まで少女の頭に乗っていた使い魔である。体は赤い鱗で覆われ、全体的に刺々しい印象を持つ。時折開いた口から見える奥は何でも噛み切ってしまいそうなギザギザの歯が見え隠れしている。大きさだけに目を瞑ればゲームに出てくるようなドラゴンだった。
すると、黒井を睨みつけていたドラゴンが口を開け、人のように喋り始めた。
『オイ、キサマ、ナハナントイウ?』
『!?』
話しかけられ、しかも言葉がはっきりと聞こえてしまったことにびくついて警戒態勢をとる。
『マテ、ナニモケイカイスルコトハナイ。タダナマエヲキイテイルダケダロウ』
ドラゴンが一歩近寄る。それに合わせて黒井も一歩遠ざかる。間合いを取りつつ相手を観る。鋭い眼光は未だに向けられているが、少なくとも敵対の意思は感じない。
『俺は黒井…クロでいいぜ』
『…ソウカ』
それだけ聞くとドラゴンは黒井から興味を失ったようにその場で眠り始めた。なんというか、友達になれそうにはなかった相手だった。
「あ、名前聞いてねぇ」
が、相手はすでに寝ていてとても起こせそうになかった。いや、起こそうと思えば起こせそうなのだが、起こしたあとどうなるかわからない…最悪食われてしまうのではないかと、黒井はそれに怯えていた。
「〜それはそうと!シエラ、使い魔を手に入れたのね」
茶色の娘が黒井を指差した。「そうよ」と返事をシエラが返すやいなや、黒井を拾い上げ膝下に乗せた。
「クロよ。この子を見た瞬間ビビッと来たわ。」
膝下の黒井の頭を撫でてやる。気持ちよさそうに目を細めていた。そんな黒井を見た少女二人がほぼ同時に言った。
「「黒ネコよね、それ」」
ーやはり黒ってのは何故か特別なんだな。
茶髪の娘が丸いテーブルから身を乗り出して黒井をシエラから奪うように持ち上げ、同じく膝下に乗せた。黒井としては美少女の膝下に乗れたので大変満足していた。今確認すればスケベ親父並に鼻の下を伸ばしているだろう。
「おっ、フサフサしてていいなお前!アタシはネリア。そして隣のコイツがクマリっていうんだ」
黒井が見上げる少女の名前はネリア。茶髪ミディアムボブで、明るくてとても元気な娘だ。
「クロ…よろしく」
そしてその隣にいる、この場で一人黙々と焼き菓子を頬張る少女の名前はクマリ。こちらは銀色に輝くショートヘアで、ネリアとは対称的で物静かだ。そして出るところは出ている。実に…niceなbodyです。ちなみに小さなドラゴンは彼女の使い魔だ。
「ネリアにクマリね、うん、覚えた。二人ともよろしく」
テーブルの上に移動すると二人の方を向いて頭を下げる。元が礼儀を重んじる日本人のせいなのか、つい頭を下げた。
「へぇ、こりゃキチンと躾されたのかな。さすがシエラだな、決め手は関節技か?」
さらっと酷いことをいうネリア。シエラは冗談じゃない、といった顔で否定する。なんだ?魔法使いってのは同時に格闘家でもあるのか?
「クロおいで」
焼き菓子を食べるのを一旦やめたクマリが手招きで黒井を誘う。誘われるまま行くと彼女が手を伸ばし、すっと胸元まで引き寄せた。黒井は脳の回転が追いつかなかった。
ーなにをしているんでございましょうかぇ〜!?
「!?!?!?」
「うん…いい毛並み。もこもこでふわふわで…枕にしたい」
「ちょっと!人の使い魔を勝手に枕にしないでって!」
シエラが黒井を枕に寝ようとしたクマリから黒井を奪う。ゴチン、とぶつかる音がして、「痛い」という声がクマリから出た。シエラの腕の中にいる黒井はまだ固まったままであった。
「クロ!おーい!クロ〜?」
「あは、マシュマロ祭りだ〜あははは」
「シエラ…そいつ大丈夫か?アタシが見る限り心がここにあらずって感じなんだが」
「多分大丈夫よ。意外とメンタル強いから。…マシュマロ祭りって何かしら?」
彼女の中でマシュマロ祭りについて想像が広がっていく。そこじゃないだろ…と、言いかけたネリアだが彼女もまた、マシュマロ祭りについて想像していた。
マシュマロってなにかしら/なんなんだ?
そんな中クマリはまた黙々と焼き菓子を食べ始めていた。