第三話 正式に使い魔となる
いろいろと・・・あったんですよ。主に肉体的疲労が。
シエラフィールと名乗る女の子の部屋で、黒井は彼女を睨み、シエラフィールは黒井を見つめながら時間が進んでいった。
「なんかの冗談とかだよな?そんな証拠とかあるのか?なぁ?」
黒井はシエラフィールに対して警戒レベルを上げる。対してシエラフィールはゆっくりと両手を前に差し出して、その両腕の拳を親指だけ立てて他の指は握るーーグッドサインで、にこやかな笑顔で言った。
「冗談じゃ、断じてないわ。それは【契約の印】。その印が契約したっていう一番の証拠よ。クロとは今から晴れて主従の関係ね。」
こっ、この野郎・・・!
「ふ、ふざけんなよ!!」
怒りが爆発した。両手の先からニョキリと小さいながら人を傷付けるには十分な鋭さの爪が現れる。バッと間を詰めるように走り爪で顔を一閃。突然の行動にただ呆然といたシエラフィールは回避する間もなく顔を爪で引っ掻かれた。
「いた〜〜ッ!?ちょっごめ、やめてぇ!!」
バリバリとネコ乱舞でシエラフィールの顔に引っ掻き傷を刻んでいく。二本、三本、四本と赤い線が浮かび上がっていく。
「このっ、いい加減にして!水魔弾!」
シエラフィールは黒井を引き剥がそうと魔法を唱える。タプンと何もないところから水で出来たバスケットボールサイズの球体が黒井に発射され命中する。
バシャン!と黒井にあたった水弾は弾けて、その勢いで黒井を横に吹き飛ばした。
ついでにシエラフィールにも水飛沫がかなりかかった。
「いつつ、結構やられちゃったなぁ」
「俺水恐怖症なりそうだわ。あ、あの時の記憶が・・・」
シエラフィールは顔を傷を気にして、黒井はこの世界で二度目の水難事故のせいで水が嫌いになっていた。
「・・・で、だ。俺は寛大な心の持ち主だ。さっきの事は水に・・・いや、許してやろう。それで、使い魔とは何なんだ?」
怒る気力が削がれてもう疲れたよ。
毛が濡れて不快な感覚に眉を歪めて、黒井はわかりきっている質問をした。濡れた髪を初級風魔法で風を起こして乾かしていたシエラフィールは呆気にとられた顔をしていた。
「あー、えと?使い魔は使い魔だし・・・あれよ、助手のようなものよ」
ですよね。俺がだいたい建ててた予想と同じだわ。にしても、やっぱ使い魔にされちゃったのか。ん?
黒井はふと思った。どうやって使い魔にしたのか、その方法はいったい何なのかな、と。
「なぁ、どうやって使い魔にしたんだ?俺が見た感じだと、この部屋に来てからお前とは特にその契約に思い当たるような行為なんかしなかったと思うけど」
まさか寝ている間に何かされちゃった!?いやん。
黒井は体をくねらせて、奇妙な行動をとった。そんな彼にシエラフィールは『やばい奴使い魔にしちゃったかなぁ・・・』と思った。
「えっと、私と右手を合わせたでしょ?その時に契約の魔法で契約したのよ。『契約』ってね。片方の同意しかなくてもできるの。そして契約完了となると主人とその使い魔には同じマークが浮かび上がるの」
シエラフィールが上着の袖を捲くって右手を見せつける。その手には黒井の右手に現れたマークが同じように刻まれていた。爪で切り裂いたような、裂傷にしか見えない傷跡のような痣。これが契約の印だと彼女は言う。
「ちなみに解除することは?」
なんとなくだが黒井には、それはできないと感じていた。だいたいこういうのは解除できないというお約束パターンであって、「できない」とバッサリ切り捨てられる未来が見えた。
しかしどこかでそれを、自分の憶測を否定してくれる。と言った希望も黒井にはあった。だが、お約束パターンは捻じ曲げられないようで・・・
「ふっふっふっ、滅多なことが無い限り無理ね。諦めて使い魔になる決心を決めなさい。」
腕を組み胸を張って言い切った。「無理」と。
やっぱり運命には逆らえないよ。これはもう覚悟を決めるしかないか?まったくやれやれな日だな。あ、そうだ。
「なぁ、なんで使い魔が欲しいんだ?」
ふと思ったことを口にする。行動には何かしらの理由がある。もちろんこの契約にも理由があったからの行動だろう。黒井はそれが気になった。
するとシエラフィールの表情が曇った。マズいことを聞いてしまったか?だが次には表情を怒りに変え、言葉が吐かれた。
「ここにいる大勢の他の同級生が使い魔を連れているのよ!私だけいないなんて私だけ遅れてるみたいで嫌だったからよ!あー!あいつらムカツクぅ〜!」
怒涛の連続。あまりの気迫に黒井は怖気づいた。この時女は怒るとやっぱり怖いと改て思い知った。
というか、そんな理由か。なんか子供っぽいな。
「あとは・・・まぁそれについては時期が来たら言うわ。」
怒りを叫んで気分が落ち着いたようだ。それにしてもまだ理由がある方が気になった。しかし、「後で話す」とのことで今は話す気がないらしい。
ちょっと思考したあと、黒井は決心した。彼女の方に正面を向け、口を開いた。
「わかった。決めたよ、黒井改めクロはあなたの使い魔になることを誓います。よろしくな?」
主人となる目の前の少女の前に座り忠義を誓う。その黒井の態度の変化に一瞬ポカンと信じられないといった目をするシエラフィールは次第に顔に嬉しさを浮かべ、言葉を紡いだ。
「シエラで良いって言ったのにもう。まぁそれは後にして、これからは私の使い魔としてよろしく、クロ」
「・・・!」
黒井は彼女の眩しい笑顔に言葉を失った。彼女の濡れた鮮やかな水色のロングヘアの髪が背後からの日の光に反射してキラキラと輝いている。整った目の瞳は、まさにサファイアのように青く綺麗な輝きを放っている。そしてどこからどう見ても美少女と呼べる端正なつくりの顔が神秘性を孕んだ芸術品にすら感じられる。
黒井は感動を表で簡単に出すような者ではないと自分を思っていたが、目の前のそれに感動した。
そしてここに、この日から始まる黒井の使い魔生活が幕を開けたのであった。
◆
あー本日は快晴なり。見上げても雲ひとつ見つかりっこない。
周りをみると人、ヒト、ひと・・・まぁ街中だし仕方ないね。でも文化が違うと新鮮だなぁ。おっと、ご主人に置いてかれちまうな。う〜ん、にしても文字が分からないのは困るなぁ。帰ったら教えてもらうかな。でも使う機会少なそう。
「ちょっと、ボサッとしてると迷子になっちゃうわよ」
へーい、と返事を返すと黒井は四本の体を支える手足を動かしてシエラフィールの後を必死に追いかける。
今、黒井とその主人のシエラフィールは町中を歩いていた。時刻は午前中。契約の件は昨日のことであり、すでに過去のことだ。
本日はシエラフィールの学校での授業はないということで、黒井の必要なものを揃えるついでに彼女も買い物を済ませようと町に出て来たのだ。
シエラフィールから教えてもらったことによると、この町は『ヴェールの町』と言い、ノース領に属する中では一番の商業都市らしい。
ちなみにこれもシエラフィールからなのだが、この大陸は四つの領と一つの大王国から成り立っているらしい。四つの領が東西南北に分かれており、そしてその中心に大王国が位置している。それぞれ東西南北の領はノース領、サウス領、ウエスト領、イースト領といった、それぞれの方角が名前になっただけの領だった。中心はシュバルツ大王国といい、四つの領をまとめる中心国家だという。
買い物も順調に進み、シエラフィールの手には大きい荷物が抱えられていた。黒井はネコである以上移動するために手が塞がるため、物を持つということができないのでシエラフィールが黒井の荷物まで持たなくてはいけなかった。
「全く、荷物を持てるようなのにしとけばよかったわ。重いったらありゃしないわ」
「ファイトーご主人。いやー手伝ってやりたいけど手が塞がっててね、主に歩くために」
「蹴っていいかしら?私の脚は歩く以外に蹴ることもできるの。ほら」
ブオン!と黒井の顔の前に風を切って足が現れた。それは当たるギリギリ前でピタリと止まった。黒井は毛を逆立てプギャ!と飛び上がった。
「あっぶねぇ!?ちょいちょいちょいご主人やい、それはマジで危ないって」
「当たらないだけいいでしょ。あとご主人じゃなくてシエラで良いっての」
いかにも怒ってますと頬を膨らませポーズをとる。もちろん両手は荷物を持ったまま。その仕草も黒井から見れば芸術のようだった。一瞬惚けてまた普通に戻る。・・・そういやまさか。
「そう?ならシエラって呼ぶわ。あともしかしたら俺荷物持てるかも」
黒井はアイテムBOXのことを思い出した。メニューを操作して開くとアイテムがリストアップされる。今はアメと飲み物だけだ。
「ちょっと失礼」と言ってシエラフィールをよじ登り荷物に手を触れ、アイテムBOXの中に『しまう』。するとシエラフィールの手から荷物が一瞬で消えた。
「えっ!?荷物が消えた!!」
突然消えた荷物のことに驚き、ワタワタと手を動かす。だが手は空を切るばかりでなんの感触もない。
「ちょっと荷物はどこにやったのよ!」
顔を肩に居座る黒井の方に傾けて少し怒気を含んだ声で尋ねる。肩からするりと地面に着地した黒井はマジックのタネあかしをするように、道化のような笑みを浮かべた。
「しまっただけだよ。俺がモノを出し入れできるところにね」
「・・・!?クロあなた魔法が使えたのね」
あれ、思ってた反応と少し違う。てか魔法使えるの知ってたから使い魔にしたんじゃないのかよ。
「だけど物を自由に出し入れできる魔法なんて珍しいわね。やっぱりクロを使い魔にして正解だったわ」
ひょっとしてこの女『これでこれから重い荷物持たなくて済むわ』とか思ってねぇか。俺便利な買い物袋としか思われてねぇかな。
「荷物もここに便利な使い魔がいるから減ったし、今日はいろいろ買っちゃうぞ!」
おー、と一人で突っ走っていってしまった。クロのことを考えずに、だ。おかげでクロはシエラフィールを見失ってしまった。人がたくさんいるので見失うのが容易、逆に探すのは至難の業だろう。
「あーなんてご主人だ!もう見えねぇし・・・どこにいったし。『イメージ』」
黒井は今日初めての魔法を使用した。アイテムBOXは魔法ではない。オプションだ。
レーダーのようなものを思い浮かべ、特定の人を探知、赤いマークで位置を示すなどの機能を想像してレーダーにくっつける。『発動』すると脳の中に位置情報が入ってきた。・・・うおお!?頭が痛い!だが場所はわかったぞ。
「『解除』。頭が割れそうだ。お願いだからあんま動かないでくれよシエラ」
シエラフィールのいる方角にクロは踏まれないように注意しつつ人の足の間を走り抜けていった。
やっと目視できる位置にまで近付くと彼女はまた大きな荷物を抱えていた。
「やっときたわね。さ、買うものはだいたいこれだけだししまってちょうだい」
「はぁ、はぁ、なんて人使い・・・いやネコ使いの悪いご主人だ」
そう言いつつ差し出された荷物に触れてアイテムBOXにしまう。なんだかんだ言ってシエラフィールの命令には忠実である。
「さて、あとは寮に戻るだけなのだけど、なにか欲しい物とかある?」
「欲しい物、欲しい物かぁ」
服は必要ないし食事もネコの身体の癖に人と同じものが食えるしな。こりゃないわ・・・な?
黒井の目に一人の人物が写った。そしてそれに目がいった。その人・・・ではなく腰に差してある剣、ロングソードに。
ピーンと何かが閃いた。
「ロングソードが欲しい。良い?」
そのことにシエラフィールは困惑した。ネコのあなたが扱えるの?と思った。
「でもロングソードじゃあなた持てないでしょ?せめて爪とかはどうなの?」
「いや、ロングソードでいいんだ。別に持たなくてもいいからお願いします」
一体何を考えているのか彼女にはわからなかった。それを知るのは、黒井の魔法を知る時だろうがそれは後の話。黒井の魔法をしらないから使い方に疑問を感じるのだった。
「何を考えているのか知らないけど、ロングソードならあっちにある武器屋さんにあるわ」
◆
武器屋ではずらりとたくさんの武器が置かれている。剣、槌、槍、杖、弓、戦斧と種類ごとに並べられていて、その奥ではものすごい筋肉の盛り上がり方をしている禿頭の男が佇んでいた。盗賊の頭と言われても問題ない風貌だ。
「いらっしゃい・・・なんだ、魔法使いか。杖ならそこにあるよ。」
中に入ると男は重低音で対応した。そしてシエラフィールをみるやいなや魔法使いと判断し、杖のブースを指差す。だが今回求めるのは違うんだな。
「いえ、違いますの。・・・これとかどう?」
杖を素通りして剣が置かれているところに行き、シエラフィールが適当に一つとって差し出してきた。それは一般的なロングソードだった。刃渡りは約90cm、両刃の剣は鋭い輝きを放っている。特にこれといった装飾はなく、業物でもなさそうだがなまくらでもない。
「クロ、これはどう?」
「うん。俺も特にこだわりはないからそれでいいよ」
「そう。じゃあこれをください」
「あいよ。魔法使いなのにロングソードとはね、魔法使い様の考えてることは全くわからんな」
シエラフィールは財布から銀貨2枚取り出すと、男に渡しロングソードと鞘を受け取った。「まいどあり」と男がいうとまた店の奥に引っ込んでいった。
「はい、どうぞ・・・まったくこれをどう使うのか早く知りたいわね」
「それは見てからのお楽しみ。ありがとう」
シエラフィールから鞘に納まったロングソードを受け取ると、アイテムBOXにしまった。
ふふふ・・・明日から修行だな。いろんなパターンが思い浮かぶぞ・・・ぐへへ
「ちょっとクロ、町中でそんなだら〜んとなんないでよ。みっともないわ」
ちょっと困った顔で怒るシエラも可愛いなぁ。うん、よし大丈夫だ。
「それじゃもう帰るわよ?明日からは授業があるから、クロも連れてくからね」
「へーへーって、どうせ拒否権ないんでしょ。だったら付いて行きますよ」
あとちょっと興味あるし・・・と誰も聞こえない声でつぶやいた。なんだかんだで彼も魔法の授業が楽しみなのだった。
そして一人と1匹は同じペースで寮に戻るため歩き出したのだった。
因みに通貨の仕組み
銅貨100枚で大銅貨1枚
大銅貨100枚で銀貨1枚
銀貨50枚で大銀貨1枚
大銀貨10枚で金貨1枚
金貨10枚で大金貨1枚
大金貨100枚で白金貨1枚
なお、物の値段は場所によってさまざまです。
同じ商品を扱うA店では銅貨5枚なのにB店では銅貨12枚だ。よし、A店行ってくる。 みたいな。