八話 悪徳侯爵と蛮族と最強(下)
突然、アレさんがズボンの中にゆっくりと手を入れ……何かを握った。
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一瞬、何とも言えない気まずい空気が流れた気がする。
突然。
突然アレさんが、非常に素早い動きでその何かを取り出し、それを老人目掛けて投げつけた。
老人の目の前でそれが破裂する。
閃光。
そして轟音。
目も眩むようなまばゆい光と耳をつんざくような爆音が場を一瞬支配する。
さすがの老人も、視覚と聴覚を同時に奪われては怯まずにはいられなかった。
その一瞬の隙をアレさんは見逃さない。
凄まじい速さで斬りかかる。
しかし、虚をついたはずの攻撃を老人は受けきった。
だけど……。
「甘いのお。そんな子供騙しに……ぐはっ」
老人は激しく吐血した。
「ヒャッハー! 最初に言っただろう? 死に損ないが俺達相手に勝てるとでも思ってるのか、ってな」
アレさんが嬉しそうに勝ち誇る。
いつの間にか老人の腹と胸からは蛮刀が生えていた。
もちろん、アルさんとアリさんの蛮刀だ。
二人は閃光と轟音に紛れて老人の後ろに回り込み、アレさんと同時に奇襲していたのだ。
「ヒャッハー! 俺達が最強だ」
アリさんも嬉しそうに吠えた。
こんな結末ではあるが、あのエイドリアン相手に誰一人欠くことなく無事に生き残れたことに私は安堵した。
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侯爵はガクガクと震えていた。
老人が蛮族ごときに負けるなんて露ほども思っていなかったのだろう。
人類最強とまで謳われるエイドリアンだしな、負けることを想定できなかったとしても当然か。
「もう一度だけ言うぞ。有り金を全部差し出しやがれ」
アルさんがそう言うと、侯爵は何度も頷いて、フラフラとした足取りで金庫からお金を持ってきた。
ジャンバティストの父親が取られた額より随分と多い気もするが細かいことはいいだろう、全部貰っておくことにする。
「ついでにこの女も貰っていくぞ」
アルさんはそう言って、ジャンバティストの母親を気絶させると馬にのせた。
随分と手馴れている気がするけど……。
細かいことは気にしないことにした。
もう用は済んだし、さっさとずらかるに限る。
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合流場所に行くと、既にウイリアム達がジャンバティストとその父親を連れてきていた。
彼らは最初私達の姿形をみて非常にビクビクしていた。
「母さん!」
ジャンバティストが目ざとく母親を見つけた。
「アンヌさんが乱暴される前に私達が助けだしてきました」
私は幻惑のアーメットを脱ぎながら彼らに話しかけた。
「え? え? ええええ!」
彼らは非常に驚いていた。
目の前で、蛮族の男が急に少女になったのだから当然だろう。
私でもそんな光景を目にすれば驚く。
「私はシルヴェーヌ。ワルムズ公爵の長女で聖女です。アンヌさんはちょっと気を失ってますが見ての通り無事なのでご安心ください」
早速、アルさんに彼女をジャンバティストに渡してもらう。
「アンヌ!」
「母さん!」
「ありがとうございます! 本当にありがとうございます」
父親は目に涙を貯めて喜んでいた。
「周りくどい言い方は嫌なので単刀直入に言います。ジャンバティスト、私の従者になりませんか?」
「え? 俺ですか?」
「はい。私は今、将来有望な若者を従者として集めています。どうです? 私の従者になりませんか?」
「少し……少しだけ……考えさせてください」
ジャンバティストは悩んでいるようだ。
家族と離れ離れになるのでは、と考えて悩んでいるのかもしれない。
それだけではなく、おそらく私が侯爵とグルだという可能性も疑っているのだろう。
金を奪われたままだし、疑うのもしょうがない。
最初から家族ごと引き取るつもりだったし、まずは外堀から埋めていこう。
「ではジャンバティストが悩んでいる間に、こっちの用件を済ましましょう。ゴーギャン侯爵に奪われたお金はいかほどですか?」
父親に聞いてみる。
「二百七十万シルです」
父親が悔しそうに答えた。
先ほど侯爵から奪ったお金は約二億シル。
「では二千万シルお渡しします」
「え?」
「これは支度金です。ワルムズ領に来ませんか?」
「そんなにたくさん……」
「もちろん待遇は三人共自由民です」
父親は少しだけ悩んだが、すぐに決断した。
「わかりました。家族で移住します。それで私達はワルムズ領で何をすればいいのですか?」
「ジャンバティスト以外は自由に生活して頂いて構いません」
「それは自由に商売を始めてもいいということですか?」
「もちろんです」
ぶっちゃけ、ジャンバティストの両親には興味が無い。
彼らが何をしようと、ジャンバティストに悪影響を与えない範囲なら干渉するつもりもない。
「ところで、私達は侯爵の領民のままなのですが……。このままワルムズ領に移住したら、後々トラブルになったりはしないのでしょうか?」
「その辺りは大丈夫です。ワルムズ家がたまたま蛮族からアンヌさんを買い取って、彼女を気に入ったワルムズ家が家族も購入することにした、という筋書きにしますから。侯爵に三人分の購入料を払いますのでトラブルにはなりません」
私はあらためてジャンバティストを見る。
「どう? 考えはまとまった?」
「はい。俺を従者にしてください」
こうして、私は五人目の獣士を手に入れた。
今回の作戦でエイドリアンを倒せたのは非常に大きい。
原作終盤では多数の貴族達が魔族側に寝返ることになるのだが、その貴族達に雇われてワルムズ家の屋敷を襲ったのがエイドリアンだ。
奴はそこで警備をしていたアルノーさんを倒して、お母様を殺すはずだった。
だけど、事前にエイドリアンを倒せたので、そんな未来はもうこない。
エイドリアンを倒せたのは本当に大きい。
今回手伝ってくれたアルさんたちには本当に感謝だ。
それに軍資金も出来た。
一億八千万シル。
かなりの大金だ。
これだけあればお金に困ることは当分無いだろう。