六話
ムギ村がワルムズ公爵家領に組み込まれたおかげで、ロロの確保には何の障害もなくなった。
領民は領主の財産なので他領の領民を勝手に連れてくるわけにはいかないのだ。
あっさりとムギ村がワルムズ家の領地になったのは本当に助かった。
お祖父様には感謝だな。
ちなみに確保したロロは、早速お父様に鍛えてもらっている。
ウィリアム達とは実力の差が大きいので訓練は大変そうだが、なんとか頑張っているようだ。
さて、次の獣士は王都にいる。
もちろん今回も助けに行かなければなるまい。
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家族揃っての夕食時にお父様に話を切り出した。
「お父様、私、王都に行ってみたいです」
「ふむ。今回は後始末を父上に押し付ける形になったからな。お礼を言いに行くのも悪くはあるまい。家族皆で行こうと思うのだが、リアーヌはどう思う?」
お父様はちょっとだけ申し訳無さそうにお母様を見た。
「大丈夫です。悪気がないのは知ってますから……。皆で行きましょう」
お母様は穏やかに笑った。
悪気がないってどういう意味なんだろうか?
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「お久しぶりです。父上」
「ご無沙汰しております、お義父さま」
「久しぶりだな。エドガー、リアーヌ」
「はじめまして、お祖父様」
「ん!? ほう……大きくなったなシルヴェーヌ……」
実はお祖父様とは、零歳の頃に会ったことがある。
だけど、覚えているのはさすがに不自然なので「はじめまして」と挨拶しておいたのだ。
お祖父様は三十代後半のはずだが、見た目はかなり若い。
二十代後半と言っても十分に通用しそうだ。
それに、虫も殺せぬ気弱な好青年のように見える。
だけど、原作ではかなりの腹黒で色んな貴族たちから恨みを買っていたはず。
そう思うと、さっきの挨拶もなんだか悪役っぽい気がしてきた。
「それにしても、相変わらずリアーヌは地味だな」
唐突にお祖父様がお母様をけなし始めた。
「それに、元聖女候補と言っても所詮は候補止まり。マティルダのような本物の元聖女とは格が違う」
マティルダとはお祖母様のことだ。
「マティルダは王家の出で生まれがいいのはもちろんのこと、それを鼻にかけたりしない優しい性格でな」
ん?
「笑顔が素敵で本当によく似合う。それに一緒にいると本当に落ち着くんだ」
んん?
「これは、マティルダが聖女時代に奉仕活動をしていた時のことなんだが……。当時、伝染病が流行していてな、その伝染病というのが、肌を醜く腐らせるものだったんだ。他の聖女候補達は、伝染病の患者を治療するのを嫌がったんだが、マティルダは嫌な顔をしなかったどころか優しく患者を気遣ってな……」
そういうことか。
ぶっちゃけ、お祖父様はお母様のことなどどうでもいいと思っているようだ。
惚気話をするためのきっかけとしてけなしたのだろう。
お母様は苦笑しながらお祖父様の話を聞いていた。
お父様は慣れているのか諦め顔だ。
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その後も惚気話は続いた。
途中お父様に、なぜお母様がけなされた時に何も言わなかったのかを小声で聞いた。
実は以前、お祖父様に真っ向からお母様のことを反論したことがあったらしい。
その結果「母親の素晴らしさもわからぬ愚か者め。マティルダと比べればどんな女でもゴミ同然だ。マティルダがいかに素晴らしいか教えてやる」と言われて一晩中惚気続けられたのだ。
それ以来、反論することは諦めたらしい。
二時間ほどしてようやくお祖父様の惚気が終わったので、私は気になっていたことを聞いてみた。
「それで、お祖母様は今どこにいらっしゃるのですか?」
「昨日男の子を出産したばかりでな、今は部屋で休んでいる」
部屋に衝撃が走った。
お父様とお母様は固まっている。
いつの間にか、私のおじさんが生まれていたのだ。
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色々あったが、私が王都へ来た一番の目的は獣士の確保だ。
事件が起きるのは今日なので、すぐにでも行動しなければならない。
お父様は忙しそうなので、アルノーさん達五人に手伝ってもらうことにした。
王都の邸宅はお祖父様の部下の人達が警備しているので、アルノーさんたちが暇そうにしていたからだ。
この国では官僚になるためには登用試験に合格する必要がある。
一次試験に合格すると下級役人に、二次試験に合格すると上級役人に、そして三次試験に合格すると高級官僚候補生に、それぞれなれる。
高級官僚候補生になれば、将来の一代貴族叙勲は決まったようなものなので、皆必死に登用試験を受けるのだ。
ちなみに、三次試験の受験資格は二次試験の合格、同様に二次試験の受験資格は一次試験の合格、そして一次試験の受験資格は王立学校の卒業又は予備試験の合格だ。
今回問題になるのは、この王立学校の入学試験だ。
入学試験を受けるためには、それぞれの領地ごとに行われる予備選抜試験に合格、又は領主の推薦が必要になる。
一応、入学試験では世襲貴族の息子が試験を受ける場合には下駄を履かせるのだが、それでも落ちる奴は落ちるのだ。
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王都の中心から少し外れた廃屋に彼らはいた。
一人の男を多数の男が取り囲んでいる。
小さな子どもは人質だろう。
「クロードさん、あんたも頑固だねぇ。ダニエル坊っちゃんを合格させてくれればそれで皆幸せになれるんだよ?」
そんな男の言葉を無視して、クロードは自分をこんな目に合わせている元凶を睨みつけた。
「クロード、お前だって息子を持つ身なのだから私の気持ちがわかるはずだ。お前が今年の試験の最高責任者なのだから、ダニエルを合格させるくらい簡単にできるだろう?」
「俺は自分の仕事に誇りを持っている。そんなことはできない」
「仕事の誇りなんかより息子の方が大事だろう?息子の顔が火傷で醜くなってもいいのか?」
クロードは怒りと屈辱で顔を歪ませた。
「父さん、僕のことは気にしないで」
クロードの息子、クローは健気にもそんなことを言った。
そろそろいいだろう。
「アルノーさん、やっちゃってください。ウイリアム達はここで待機して私の護衛をお願い」
アルノーさんは無言で頷くと、他の四人を引き連れて凄まじい速さで敵に襲いかかっていく。
勝負は一瞬でついた。
敵は全員、アルノーさんたちによって縛り上げられている。
最初から縄を用意していたんだろうか。
本当に手際が良い。
「き、貴様ら。私を誰だと思っている。私は……」
「ボローレ伯爵ですよね?」
「そ、そうだ。今なら許してやらんこともない。今すぐ縄をほどくのだ」
面倒なのでボローレ伯爵を無視することに決めた。
「クロードさん大丈夫ですか?」
「ああ、本当に助かった。君たちは……」
「私はワルムズ公爵の長女、シルヴェーヌです」
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本来なら、ここでクロードは死に、息子のクローは顔に大きな火傷を負うはずだった。
そして、なんとか生き延びたクローは貴族に復讐を誓うのだ。
だが私が介入したことで流れは変わった。
「実は、私の従者としてふさわしい人材を探しているの。クローの先ほどの勇気には感動したわ。よければ私の従者にならない?」
「シルヴェーヌ様の従者になったら、僕もさっきの貴族の手下達みたいに悪いことをやらなければならないの?」
「いいえ、そんなことは絶対にないと断言するわ」
私にはそんなことをやっている暇はない。
クローはクロードを見つめた。
クロードは無言で頷く。
「クローです。僕をシルヴェーヌ様の従者にしてください」
こうして、私は四人目の獣士を手に入れた。