四話
デニスとドニスがウィリアムと一緒に訓練するようになった。
午後の訓練時に、ボロ雑巾のようになっている三人に何度も何度もヒールを掛けるのは、もはや私の日課だ。
三人はお父様相手に三対一の実戦形式での訓練をしているのだが、まるで歯が立っていない。
三人とも、あっという間に滅多打ちにされ意識を失う。
私がすぐにヒールを掛けて怪我を治して意識を回復してやっても、すぐにまた滅多打ちにされ意識を失い……以下ループ。
こういうのをゾンビアタックというのだろうか。
お父様は本当に容赦がない。
だけど、あんなに毎回ボロボロになっているにもかかわらず、なぜか三人とも訓練を楽しんでいるようなので問題ないだろう。
そういえば、そろそろ次の獣士のイベントが起きる頃だ。
助けに行かなければなるまい。
やっと今日の午後の訓練が終わったので、三人にヒールを掛けながらお父様に聞いてみる。
「ヨネ男爵領に行きたいのですが、また、護衛の手配をお願いできますか?」
「ヨネ男爵領か……。あそこの当主はお前の叔父にあたるが、リアーヌは実家と折り合いが悪くてな……。私もあまり気が乗らん。あそこで何かあるのか?」
そういえば、お母様の母親は側室でさえない、ただの村娘だという話を聞いたことがある。
多分そのせいで実家と折り合いが悪いのだろう。
だけど、お母様には悪いが獣士がかかっているのだ。
手を引くわけにはいかない。
「実は、ヨネ男爵領のムギ村をヴァスール侯爵の次男が兵を率いて襲うつもりらしいのです」
「なんだと! ムギ村をか!!」
お父様の様子が明らかに変わった。
「いつだ? 敵の規模はどのくらいだ?」
脳筋ではあるがいつも冷静なお父様がこんなに取り乱すのは珍しい。
「七月七日の夜。敵は三十人ほどで、ヴァスール侯爵家臣の次男や三男達のようです」
「七月七日か……。まだ少し時間に余裕があるな。問題は兵をどれだけ連れて行くかだが……。オーギュスタン、どう思う?」
オーギュスタンさんは、脳筋揃いのお父様の部下の中で唯一の頭脳派だ。
「ヴァスールの弱兵が何人いようと物の数ではございませぬ。ご命令を頂ければ、私一人で蹴散らして見せましょうぞ」
……。
お父様の部下は全員脳筋でした。
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結局、ムギ村へ行くメンバーは、私、ウィリアム、デニスとドニス、アルノーさん達五人、そしてお父様の計十人。
ムギ村はあまり豊かな土地ではないということなので、食料を馬車で三つほどお土産として持って行くことにした。
ちなみに、お父様は今回アーメットを被っていない。
「シルヴェーヌとこうして一緒に遠出するのは今回が初めてだな」
お父様、ちょっとわざとらしいですよ。
オーギュスタンさんなんて笑いをこらえきれないのか、今にも吹き出しそうだ。
しかし、気付いていないふりをしてあげるのも親孝行だろう。
「はい、お父様とご一緒できて嬉しいです」
実際、お父様は頼りになるからね。
「そうであろう、そうであろう」
上機嫌で頷くお父様。
そんな私達のやりとりを、アルノーさんは微笑ましい物を見る目で見ていた。
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「そろそろムギ村だな……本当に懐かしい。あの頃、私は世間知らずのガキだった……」
お父様は独り言を呟きながら遠い目をしていた。
いったいムギ村で何があっただろう?
凄く気になる。
「お父様、ムギ村で以前何かあったのですか?」
「ムギ村の人達に色々と世話になったんだよ。」
「色々?」
「そう、色々とね」
お父様は照れくさそうに頭を掻いていた。
うーん、ちょっと気になる。
さらに詳しく聞いてみようかと思っていたら、前方で畑仕事をしてい老人が私達に気がついて、手を振りながら駆け寄ってきた。
「お久しぶりです、ワルムズ公爵様」
老人は本当に嬉しそうな顔をしている。
お父様は随分と慕われているようだ。
「村長も相変わらず元気そうで何よりだ」
「まだまだ若いものには負けませぬぞ。それよりも、ワルムズ公爵様は本当に、本当にご立派になられて……」
「積もる話はあるが、それより大事な話がある。村の衆を集めてくれないか?」
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村の教会は、この小さな村には不似合いなほどに新しく、大きく、そして立派な建物だった。
村人全員と私達が集まっても、まだまだ余裕があるほどだ。
村人全員が集まったのを確認してから、お父様は本題を切り出した。
「単刀直入に言う。明日の晩にヴァスール侯爵の次男が兵を引き連れてこの村を襲うつもりらしい」
「なん……です……と?」
村人達は不安に駆られざわざわしだした。
「ヴァスール侯爵の次男ならやりかねんぞ」
「馬肉を食いたいって言って、あいつはおらんちのアオを殺しただ」
「うちは鶏を盗まれたぞ」
どうやらヴァスール侯爵の次男は、以前から好き勝手にやっていたようだ。
本来、他の貴族の領地で好き勝手に振る舞ったら領主が抗議するはずなのだが、ヨネ男爵家はヴァスール侯爵の派閥の一員なので、家畜の数匹程度のことは黙認していたのだろう。
「しかし、我々が必ずや奴らを返り討ちにする。だから、村の衆には安心して村の教会に避難していて欲しいのだ。それと、少しばかりではあるが食料を持ってきた。村の衆で食べてくれ」
「ありがとうございます。ワルムズ公爵様」
村長はお父様に拝むように礼を言い、部屋に安堵の空気が広がった。
だけど、随分とあっさりとお父様の言葉を信じてくれるんだな。
ヴァスール侯爵次男の普段の素行が悪いせいもあるのだろうけど、それだけではない気がする。
いったい、お父様とこの村の間に何があったんだろう?
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アルノーさん達五人が村の入り口で警戒、お父様を含む私達五人が教会の入り口を守備することとなった。
敵が来る方角と時間は分かっている。
アルノーさん達五人なら敵を撃ち漏らすようなことはないだろう。
「一人残らず生け捕りにしろ」
村人のような格好をしたアルノーさん達はお父様の短い命令に頷くと、村の入口へと走っていった。
一時間後、アルノーさん達は縄で縛られた捕虜を三十人ほど連れてきた。
どうやら上手く行ったようだ。
「手筈通り、一人残らず生け捕りにいたしました」
「ご苦労」
「平民ごときがヴァスール侯爵家を敵にまわして、ただで済むと思うなよ」
ヴァスール侯爵の次男はこちらが誰なのかまだわかっていないようだ。
――獲物のはずの平民を襲ったつもりが、なぜか返り討ちにあって全員縄でふん縛られた。
――だが、所詮平民など家の名前で脅せばどうとでもできる、自分たちを一人も殺さなかったのがその証拠。
そんな風に思っているのだろう。
「つまりヴァスール侯爵家は我々と戦争をしたいのだな?」
「この愚民が。こんな小さな村程度がヴァスール侯爵家の相手になると思っているのか? 仮にヨネ男爵領全てが束になったとしても話にならぬわ」
「もう一度確認するが、それはヴァスール侯爵家の我々に対する宣戦布告と受け取って良いのだな?」
「しつこいぞ、愚民。それ以外にどうとれるのだ?」
「もう用は済んだ。こいつらを牢に連れて行け」
アルノーさんが無言で捕虜たちを教会の懲罰室に放り込むと、教会の中は村人の歓声で満たされた。
「これにて一件落着だな。細かい交渉は父上に丸投げするとしよう」
お父様は小声でつぶやいた。
ワルムズ家の当主は一応はお父様なのだが、まだ若いということもあり、内政や外交はお祖父様が、軍務はひいお祖父様が行っている。
人には向き不向きがあるからね……。
さて、万が一に備えて魔力を温存していたのだけど、当然のようにアルノーさん達が無傷で帰ってきたので、魔力が有り余っている。
丁度村人達も全員教会に集まっていることだし、恩を売るには絶好のタイミングだろう。
「皆さんの中で怪我や病気でお困りの方はいませんか? 私に治せる範囲で治療しますよ」
「シルヴェーヌはこう見えて暫定聖女だ。なかなかの腕前だぞ」
私って、暫定だったのか……。
知らなかった。
村人たちはまだ半信半疑の目で私を見ている気がする。
「歳のせいか脚が痺れて歩くのが辛いのですが、治して貰えませんかの」
最初の患者は老人だった。
ヒールは万能だが、歳をとればとるほど効きにくくなる。
たぶん並の聖女候補では痺れを緩和するのでやっとだろう。
だけど、私なら……。
「ヒール」
「おおおおおお! 痺れが消えましたぞ。聖女様、ありがとうございます!!」
老人はよほど嬉しいのか、教会の中をぐるぐると歩きまわっている。
「腰がすっかり曲がってしまったのですが、昔のように真っ直ぐには戻りますかのぉ」
次の患者は老婆だった。
「ヒール」
「……うっうっ。」
老婆は喜びに涙ぐんでいた。
「聖女様、父ちゃんを治してください」
「こら、ロロ。父ちゃんはどこも悪くない、いたって健康だぞ」
間違いない。
獣士のロロだ。
ロロが何を言いたいのかは、すぐにわかった。
原作でもロロは子供時代、ワルガキに散々からかわれていたからだ。
「ヒール」
「ですから、聖女様。私はどこも悪くないし怪我もないです」
「わーい。父ちゃんが治った」
「え?」
ロロの父親は、ロロの反応に不思議そうにしていた。
何が治ったのか見当がつかないのだろう。
「頭に手を当ててみてください」
「え? ええっ??」
ロロの父親は怪我はなかったが、頭の頂点に毛がなかったのだ。
そのせいで、ロロは近所のワルガキ達に河童の子供とからかわれていた。
原作ではそれがトラウマで、自分も将来父親のようにハゲるのではないかと真剣に悩んでいたのだ。
「聖女様、本当にありがとう」
別に、頭のテッペンに少し毛が足りないくらいどうでもいいと私は思うのだけど、本人にとっては重大な悩みだったのだろう。
ロロ本人が凄く嬉しそうなので、何も問題はない。
今回の作戦も大成功と言えるだろう。