三話
五歳になった私は、原作通り聖女に選ばれた。
聖女の肩書を得たことで、獣士の勧誘もしやすくなったはず。
そろそろ、主人公の攻略対象キャラ達をこちらに引き込むために動くとしよう。
ウィリアムは、ここ一年ずっとお父様にしごかれているせいで、見違えるように逞しくなった。
早朝は倒れるまで走りこみ。
午前は何時間も素振りや型を繰り返す。
午後は実戦形式の訓練で、一分ごとに大怪我をするような激しい撃ち合いというか一方的に撃たれまくって、気絶したり動けなくなっても私がすぐに治して訓練を続けさせる。
文字通り限界を超えた訓練だ。
こんな訓練を一年も続ければ強くなるのも当然だろう。
だけど、強くなったといってもまだまだ子供レベルでの話だ。
正直護衛としてはまだ物足りない。
しょうがないから、今回はお父様の私兵にも護衛をしてもらうことにしよう。
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「お父様、ヴェンデル子爵のことをどう思いますか?」
「ヴェンデル? はて、誰だったかな?」
当家と関係があるようだったらどうしようかと思ったが、どうやら遠慮はいらないようだ。
「数年前に、当家の領地に隣接する第十七王家直轄領の代官に任命された、一代貴族のヴェンデルです」
「ああ、あいつか。あいつがどうかしたのか?」
この国の貴族は大きく分けて二種類いる。
世襲貴族と一代貴族だ。
世襲貴族に比べて一代貴族の数は二十倍近いので、すべての一代貴族を把握している人は少ない。
特にお父様は、脳筋で、しかも大貴族なので一代貴族なぞ眼中にないのだろう。
「実は、奴が直轄領を私物化し、領民をむやみに殺したり税を上乗せして着服したりなどの悪政を行っているらしいのです」
基本的に領民は領主である貴族のものなので、狩りと称して虐殺しようが、どこかの国の大王のように『すべての女性領民は処女を領主に捧げなければならない』という法を作って毎日励んだとしてもそれは領主の勝手だ。
もちろん、やりすぎれば周りの貴族達から白い目で見られるかもしれないが、それだけだ。
だが、ヴェンデルは違う。
ただの中間管理職だ。
王家の財産たる直轄地の領民を好き勝手に扱っていいわけがない。
「ヴェンデルの奴め! 許せん!!」
私に甘く、王家への忠誠心に篤いお父様は、あっさりと信じてくれた。
館からほとんど外に出ない五歳児の私がなんでそんなことを知っているのか? なんて突っ込まれたら、少し困ったことになるので有り難い。
「そこで、奴の尻尾を掴んで代官の座から引きずり下ろしたいのです。お父様には、第十七王家直轄領へ行くことの許可と、護衛の手配をお願いします」
「わかった。我軍の精鋭を護衛につけよう」
そして、出発の日。
お父様が用意してくれた護衛は六人ほどだったが、その人達を見て驚いた。
隊長役の人が、お父様の右腕でこの国有数の使い手のアルノーさんだったのだ。
さらに、他の四人もお父様の私兵の中では五本の指に入る人達――つまりお父様は私兵のトップ五を全員護衛に回してくれたのだ。
残りの一人だけはアーメットで顔を隠していていて誰なのかはわからない……少し挙動不審である。
いや、本当のことを言ってしまえば誰なのかはバレバレであった。
なぜなら、明らかに他の五人より高そうな装備を身につけているからだ。
それでも本人は気付かれていないと思っているようなので、気が付かないふりをしてあげた。
こうして私とウィリアムそして護衛の六人は、第十七王家直轄領へと出発した。
原作知識によると、事件が起きるのは七日後の一月一日。
余裕で間に合うだろう。
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一月一日。
この日ヴェンデル子爵は『ゲーム』を行おうとしていた。
拐ってきた領民を闘技場の中に放って的にし、誰が一番『的』に当てられるかを競うゲームだ。
さらには、成績優秀者に与えられる商品は、同じく拐ってきた美女、美少女ときている。
本当に胸クソが悪くなる話だ。
「さぁ皆の者、余を楽しませるのだ」
さすがにもう我慢の限界だった。
一代貴族の分際で何が『余』だ。
王様気取りか、この成り上がり者め。
「ヴェンデル子爵、いい加減にしなさい。お前の悪事はすべて、この聖女シルヴェーヌが見届けたわ」
私達一行を見つけ、ヴェンデル子爵とその部下たちは一瞬だけ怯んだ。
「聖女様の名前を騙る不届き者のガキが! どうやらお前らも『的』になりたいようだな!!」
どうやらヴェンデル子爵は、私を偽物と決めつけて抵抗するつもりのようだ、頭が悪すぎる。
護衛達がつけている鎧の紋章を見れば本物だということは一目瞭然だというのに。
仮に私をうまく始末出来たとしても、ワルムズ家相手にごまかしきれるとでも思っているのだろうか?
「聖女様の名前を騙る不届き者のガキを斬り捨てるのだ」
「はっ。我らにおまかせを」
だが、ヴェンデル子爵の部下たちは彼らの上司以上に馬鹿なようだ。
私が偽物だという上司の言葉を頭から信じて襲いかかってきたのだ。
「抵抗する者に情け容赦はいらないわ。アルノーさん、やっちゃってください。ウィリアムはここで待機して私の護衛をしなさい」
「は、ハイ、お嬢様」
初めての実戦で声まで震えているウィリアム。
それとは対照的に、アルノーさんは無言で頷くと、他の五人を引き連れて凄まじい速さで敵に襲いかかっていった。
敵の兵は百人くらいだったので、もしかしたら私の出番もあるかも知れないと回復魔法を準備していたが、それは無駄になった。
あまりにも、練度が、実力が、違いすぎた。
そこにあったのは戦いではない。
一方的な虐殺だった。
たった六人が、百人を相手に誰一人かすり傷一つ負わずに制圧したのだ。
お父様が思っていたよりも格好良かったので、正直驚いた。
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一週間後、私達は王様に呼ばれた。
どうやら褒美が与えられるらしい。
「聖女シルヴェーヌよ、よくぞワシの領民を救ってくれた。改めて礼を言わせてくれ」
「身に余る光栄なお言葉、傷み入ります」
私の答えを聞いた王は、たまらずに吹き出した。
「五歳児が、真顔で『痛み入ります』だってよ、く、く、あはははは」
思い出した。
王はこういう人だった。
良く言えば気さく、悪く言えばちょっとお下品。
「そういう堅苦しい言葉は抜きにしようや。で、だ。今回の褒美に何か欲しいものはあるかい?」
「今回の被害者の中に子供の兄弟がいました。その二人を貰えませんか? 彼らは両親も殺され行く当てもないと思うのです」
「ほうほう、さすが聖女様だ。わかった。その二人の所有権をお前さんに譲ろう」
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家に帰ると、いつものメンツ以外に例の兄弟達も出迎えてくれた。
その眼差しが私に対する尊敬で輝いていたように見えたのは、気のせいではないだろう。
どうやら今回の作戦は想像以上に上手く行ったようだ。
本来なら、兄弟のうち弟のほうは今回の事件で死んでいたはずだった。
そのせいで残された兄は大の貴族嫌いとなり、原作では主人公側についたのだ。
だが、その流れも今回弟が助かったことで変わったはず。
「危ないところを助けていただき本当に有り難うございました」
「本当に助かったぜ、です」
弟くんの方は言葉遣いが丁寧だが、兄の方は……丁寧に話しているつもりなのだろうか?
兄の方は原作でもかなりワイルドなキャラだったからしょうがないか。
ファンの間では『野人』という愛称で親しまれていた程だったし。
今更言葉遣いなんて細かいことは気にしないほうがいいだろうな。
「あなた達、名前はなんというの?」
「俺はデニス。こいつは弟のドニスだ、です」
「ドニスです。よろしくお願いします」
弟くんはドニスというのか。
「せっかく縁あってこのワルムズ家に身を寄せることになったのだ。お前たちも一緒に体を鍛えないか?」
お父様は気安く誘っているが、あの訓練は地獄だ。
デニスはともかく、ドニスは望まないならやらなくてもいい。
ドニスは『野人』の弟とは思えないほど繊細そうに見えた。
「お前たちを救出した者達は元は平民や奴隷だが、今では全員一代貴族だ。我がワルムズ家は能力があるものを決して差別したりはしない。もし、お前たちが十分な力をつけたのなら、必ず叙爵することを約束しよう」
兄弟たちは非常に興奮していた。
一代貴族というのは、王家や世襲貴族から任命されてなるものだ。
世襲貴族は、それぞれの爵位に応じて、一代貴族を任命できる上限が決まっている。
例えば公爵家の場合は、一代子爵が十人まで、一代男爵が二十人まで、一代士爵が三十人までという風にだ。
大抵は当主の次男以降の子どもや譜代の重臣に与えるので、ワルムズ家のように広く新参の臣下にもバラ撒くのは非常に珍しい。
普通は、平民が一代貴族の座を得ようとしても、官僚になって王家から任命されるか、非常に高い金を出して貧乏貴族から一代士爵を買い取るくらいしかないのだ。
「一緒に訓練させてください」
「一緒に訓練させてくれ、です」
「よくぞ言った。明日からお前たちも一緒に鍛えてやるぞ」
お父様は嘘は言っていない。
ただ、兄弟たちが想定しているよりも、かなり厳しい訓練だというだけなのだ。
頑張れデニス。
頑張れドニス。