一話
生まれたばかりの頃は自分は勝ち組だと思っていた。
なぜなら、貴族の家に生まれ、両親が美男美女だから自分の将来の容姿にも期待でき、さらには前世の記憶というチートまであるからだ。
これなら、そこそこ頑張れば間違いなく将来は安泰だろう、と。
どこかおかしいと思い始めたのは、こちらの言葉を完全に理解できるようになった頃だろうか。
国名や地名が妙に聞いた覚えのあるものばかりだったのだ。
前世で私がやっていたゲーム『桜の聖女』とあまりにもかぶり過ぎている。
よく考えれば自分の名前さえも『桜の聖女』の悪役聖女と同じだ。
偶然にしては出来過ぎている。
私はまさかと思いつつも、偶然だと思い込もうとしていた。
それが確信に変わったのはついさっきだ。
家庭教師に習ったこの国の歴史までが『桜の聖女』と同じだったからだ。
もはや現実逃避はできなかった。
たしか原作の悪役聖女は、五歳の頃に聖女に選ばれたのだが、十年後にぽっと出の異世界トリップ主人公にその座を奪われ、焦って魔王に無謀な戦いを挑み無残に死んでいったはず……。
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・・
・・・
私の目指す道は決まった。
聖女の座を死守し、私が魔王を倒すのだ。
たしかに、主人公に全てを任せて自分は安穏と暮らしていくという道もなくはない。
だけど……。
それでは面白くない!
悪役聖女は原作では才能に胡座をかいて努力を怠っていた。
本気で努力すれば、主人公にも負けないスペックを持っているはず。
それに私には原作知識がある。
主人公に負けるはずがない。
何よりも、私が原作で一番好きなキャラは悪役聖女なのだから、今度こそ花を持たせてやりたい。
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「お父様、私、神聖魔法を習いたいの」
決心したその日の夕食時に、私は早速お父様におねだりした。
聖女として力をつけるには、一に魔力、二に魔力、三、四がなくて、五に神聖魔法、というほど魔力が重要だ。
魔力は使えば使った分だけ伸びる。
もちろん限界はあるのだが、私の才能なら限界まで魔力を上げるには相当な時間と訓練が必要なはず。
つまり、出来るだけ早く訓練を始めたほうが有利なのだ。
「では早速、神聖魔法の家庭教師を探さないとな」
お父様は私には甘い。
すぐに了承してくれた。
「あらあら、家庭教師なんて必要ないですよ。私がシルヴェーヌに教えます」
「だが、しかし、……」
「私だってこう見えて、昔は聖女候補だったのよ」
お母様が聖女候補だったというのは初耳だった。
ゲーム中では明かされていなかった設定だ。
私の魔力が高いのもお母様からの遺伝なのかもしれない。
「そんなことは当然知っている。だが、リアーヌ。お前は神聖魔法のことになると、その……見境が……。三歳のシルヴェーヌにはお前の教え方はちと早いのではないか?」
どうやらお母様は神聖魔法のことになると、かなり厳しいらしい。
いつもにこやかでお淑やかなお母様に、意外な一面があるようだ。
お父様は私に甘いから心配もひとしおなのだろう。
だけど、厳しく指導してくれるならそれは望むところだ。
私は少しでも強くなりたい。
あの主人公に負けないために。
「ぜひお母様に教えて欲しいです」
「おいおいシルヴェーヌ、やめておきなさい。ちゃんと私が家庭教師を探しておくから……」
「お黙りなさい! シルヴェーヌは私に教えて欲しいと言っているのです!」
お父様は一瞬ビクッと震えた。
「……シルヴェーヌ、辛くなったらすぐに私に言うんだぞ」
が、それでも私の心配をしてくれた。
「心配しなくても大丈夫。シルヴェーヌは私達の娘なのですから、そんな弱音を言うはずがないわ」
「……」
「出来るだけ早く始めた方がいいわね。では、さっそく今から始めましょうか」
お母様は勢い良く立ち上がった。
目が本気である。
「おいおい、リアーヌ。今は食事中だよ。せめて食事が終わってから……いや、明日からにしなさい」
「確かに、今からだとあまり時間がないわね。明日からにしましょうか」
……お母様に頼んだのは少し早まったのかもしれない。
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次の日、まだ日が昇らないうちに、文字通りお母様に叩き起こされた。
まだ眠いが、あの主人公に勝つためには甘ったれたことは言ってられない。
なんとか着替えを済ませて、お母様の待つ中庭へと向かった。
「シルヴェーヌ。今から神聖魔法の訓練を始めるわけだけど、その前に一つ確認しておくわ。神聖魔法を習いたい理由は何?」
「聖女になるためです。他の誰にも聖女の座を渡したくない」
お母様は少し驚いたような表情をした後、目を細めて私に言った。
「ただ神聖魔法を覚えるのではなく、聖女になるために神聖魔法を覚えるとなると、授業は少しハードになるけど……あなたにその覚悟はある?」
「もちろんです、お母様!」
「良い返事です。では、まずは基本の魔力操作から行きましょうか」
そういえば、実際にどのように魔法を使うかは原作には書いていなかった。
どうやるんだろう?
「体の内側を流れる魔力の流れを感じ取るの。ちょっと暖かい、もやっとしたものよ」
集中してみたが、そんなものは感じ取れなかった。
「どう? 感じ取れた?」
「い、いえ……」
「いきなり言われてもそうよね。普通は感じ取れるまでに一年、才能豊かな人でも三ヶ月はかかるから、感じ取れなくてもしょうがないわ」
お母様は優しげに微笑んだ。
「でもね、実は簡単に感じ取れる裏技があるの。やってみる?」
「はい! お願いします!」
「まずは全身の力を抜いて」
お母様は私を後ろから軽く抱きしめてきた。
「ちょっと痛いけど我慢してね」
途端に体中を激痛が襲った。
口から手を入れられて体中をかき回されているような感覚だ。
「お、お母様! 痛いです!!」
「それです。その痛みの動きを覚えなさい」
痛くて、痛くて、痛くて、とてもじゃないが集中できない。
このままでは気を失いそう、と思ったところでお母様はやめてくれた。
「今、あなたの魔力を動かしてみました。外部から力尽くで動かしたから少し痛かったかもしれないけど、自分で動かすときは全然痛くないから大丈夫よ」
再び、お母様は優しげに微笑んだ。
「初日からあまり無理をするのも良くないから……朝の練習は、魔力を感じ取る練習だけにしましょう」
「え?それって……」
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それから朝食までの四時間、お母様は全く手加減などせず魔力移動を行い、私は激痛でひたすらのたうち回った。
おかげで朝食前までになんとか魔力操作はできるようになったが、正直気分は最悪だ。
何もやる気が起きない。
私とは対照的に、お母様は朝食の間ずっと上機嫌だった。
「あなた、シルヴェーヌは本当に凄いのよ。普通は外部から魔力操作なんかしたら大の大人でも三秒で気を失うのに、ほとんど休みなしで四時間やっても平気だったんだから」
「……シルヴェーヌがどんよりしているのはそのせいか」
「シルヴェーヌは天才よ。魔力操作をたった四時間で覚えたのだから、間違いないわ」
「シルヴェーヌはまだ三歳なんだぞ。もう少し優しくゆっくりと教えてやった方がいいのではないか?」
「大丈夫よ。シルヴェーヌは天才なんだから」
お母様の期待が重い。
重すぎる。
「シルヴェーヌ、昨日も言ったが、辛くなったらすぐに私に言うんだぞ」
「大丈夫です、お父様」
正直辛い。
まだ訓練の一日目が始まったばかりなのに、もう挫けそうだ。
だけど、ここで挫ける訳にはいかない。
あのトンデモ性能な主人公に勝つためには、これくらいの訓練は絶対に必要だろうから。