第13話:暗幕の去
あれはおれが4歳の時だった――
――何故こんなことに。
家の所々で火の手が上がり、仲間達が、皆が次々と殺されていく。何人もの人が乗り込んで来ていた。
おれは怖くて部屋の隅に隠れることしか出来ない。
ドカッという激しい音を立て、荒々しくドアが開けられる。
――来た…
ついにおれが居る部屋に人が入ってきた。
更に恐怖が襲いかかり、全身からドッと汗が溢れ出すのがわかる。
おれも殺されるのだろうか。
「ガキが一人か…」
入ってきたのは4人。
それぞれの手には刀が握られている。
一歩一歩、ゆっくりと近づいてくる。
部屋にあった刀を手にしたものの、恐怖からその様子をただただ何も出来ずに見ているだけだった。
一人の刀が振り上げられ、いよいよ殺されるんだ。
おれはぎゅっと目を閉じた。
父さんから怒られ、母さんに慰められていた。
剣術もわからないなりに父さんの様子を見たり、聞いたりして学んできた。
どれも楽しかった日々。こんなにも簡単に終わるんだ…
そんなことを考えていると、いつまでも自分が殺されないことに気がついた。
聞こえてきたのは男の野太い悲鳴。
目を開けて見ると、そこに居たのは綺麗な女性とまだ幼さない少女。
突然変わった状況に唖然とし、女性に目を奪われた。その両方にしばらく動くことが出来なかった。
はっとして、我に戻ると不意に隣にいた少女と目が合う。
すると、少女は嫌な笑みを溢しながら口を開いた。
「君、いつまでそこにいるつもり。もしかして、お漏らししちゃった?」
その言葉に苛立ち、勢いよく立ち上がりながら叫んでいた。
「ば、馬鹿にするな!」
「こら、晴香。そんなこと言ったら駄目でしょ。坊や、直ぐにここから出るからちゃんと着いて来てね」
「う、うん」
少女とは対称的な女性の優しい笑みに大人しく従うしか出来なかった。
おれは刀を抱えて、急いで二人に着いて部屋の外に出た。
外に出て目にしたのは、蝶の様に華麗に舞い、目に見えない程の早さで刀を振るっている女性の姿だった。
その強さはまさに圧倒的。
襲い掛かって来る男共を意図も簡単に切り捨てていっていた。
「晴香はその子を守ってね。坊や、遅れちゃ駄目よ」
そう言って走り出した女性の後を慌てて追いかける。
おれの後ろをぴったりとくっついて来るのは晴香と呼ばれている少女。
この少女も刀を持っている。
おれと違うのは刀を抜いているかそうでないか…
前を行く女性がまた一人、二人と斬っていき後少しで屋敷の外に出れる。そんな時だった。
急に部屋から出てきた男がおれを掴み、壁に叩きつけた。
何が起こったのか分からずにただ痛みにうずくまっていると、聞こえてきたのは再び男の悲鳴。
見てみると、それをさせたのは少女だった。
手には鮮血が付いた刀があり、他の男達に真っ直ぐに突き付けている。
しかし、少女に対して数が3人と多い。
それでも少女は怯むことなく男達とおれの間に立ち塞がっている。その足元には伏せてもう動くことの無い男が。
「このアマがぁぁ!」
男達が叫びながら一斉に襲い掛かってくる。
一人目の刀は簡単にいなすが、二人目の男の力強さに刀が大きく弾かれ隙が出来た。
そこに三人目の刀が襲い掛かり、何とか刀を当てることが出来たがそのまま壁に打ち付けられる形になった。
「きゃぁ」
「晴香!!」
女性がこちらに来た時にはおれと少女、両方に刀が突き付けられ、人質にされていた。
「へへへ、動くなよ。動くと…分かってるな」
気味の悪い笑みを浮かべ、女性に脅しをかける男達。
こうなってはいくら強いあの人でも手が出せない筈…
おれがもっとしっかりしていれば…
悔しくて、情けなくて、涙が出そうになるのを懸命にこらえた。
「晴香、坊や。私の目を見たら駄目よ」
「――!分かったわ」
見たら駄目と言われると余計に見たくなる。
だけど、少女の緊張した声と、女性から出る異様な雰囲気に素直に従うことにした。
おれらが目を瞑ったのを確認するや否や、女性はさっきまでとは違う威圧的な声を出す。
「あんた達、私の可愛い娘に何してくれてるのかしら。ふふふ…ねぇ、お願いがあるの――
――『死んで』」
その言葉の直後、おれの首にあった刀が動き、突然人が床に倒れる音がした。
何が起きたのかと目を開けてみると、そこには自分で首を斬った男達の姿が。
おれは何がなんだか分からず、女性の方を見た。
「もう大丈夫よ。さあ、行きましょう」
声色もさっきまでの優しい感じに戻っていて、優しい笑みでいる。
それを見るとおれの恐怖も和らいできた。
ただ…この人が言ったから男達は死んだのだろうか…
そんな馬鹿げたことがあるのか…
おれの頭では到底理解出来るものではなかった。
「行こうよ」
少女に言われて急いで立ち上がり、女性の後を再び追いかけ始める。
敷地内から外に出て初めて振り返る。
炎に焼かれ、パチパチと激しい音を立てながら崩れていく家…
おれの、おれと家族の、おれと仲間達の、皆の思い出も何もかもが無くなっていく瞬間だった。
「ひっく…ひっく…うわぁぁぁん…母さぁぁぁん…父さぁぁぁん……」
恐怖から解放された瞬間に襲ってきたのは孤独感…そして激しい悲しみ…
おれは全てを失った。
何もかも…
ひたすらに泣きじゃくっていると、不意に体が誰かに包まれた。
「よしよし、全部じゃないわ。坊やだけでも、いいえ、坊やがちゃんと生きてる。坊やがしっかり生きてる間は、皆もちゃんと生きてるのよ」
女性の柔らかい声が耳元から聞こえてくる。
おれが生きてる間は、皆も…
「これからはうちに来なさい。坊やは一人じゃないわ」
優しい言葉がおれを包み込み、激しい悲しみも少し和らいだ気がした。親を、皆を失った悲しみは大きい。
でも、こうして直ぐ側にいてくれる人がいることが嬉しかった。
「男の子がいつまでも泣いてるんじゃないよ。ほら、行くよ」
そう言っておれの襟元を掴むと、思い切り引っ張っておれを無理矢理女性から引き離した。
初めこそムカッとしたが、少女もおれを受け入れてくれることに照れ臭くなった。
「おい、引っ張り過ぎだよ」
「うるさい。いつまでも泣いてるから帰れないだよ」
「鬼!悪魔!」
「泣き虫」
女性はそんな様子を相変わらずの笑みを浮かべながら見ていた。
――神聖歴2008
――桐生家滅亡
「これが…これがおれが中島家に居る経緯だ」
「…暁も…私と…同じなんだ……」
暁は私の隣で淡々と話をしてくれた。
今まで聞いたことのなかった話。
私だけが、私だけがこんな境遇だと思っていた。
こんなに身近に、私と同じ…
「同じかどうかは分からない。ただ、世間的にはあの事件が特別って訳じゃない。傷の舐め合いをしろとは言わないが、たまには他の奴も頼れ」
それを言いたかっただけだ。そう言って暁は視線を私から前に移した。
他の奴を…か。
「他のって…暁を?」
言ってから気がついた。私は何を言っているんだ。
ここで暁の名前が出したのは明らかに変だ。
「ご、ごめん。今のは忘れて」
慌てて言うと、暁は視線を私に向ける。
「おれでも構わないさ。それで君が楽になるならな」
ぽんぽん、と頭に手が置かれた。
思いもよらない行動に、私は固まってしまい何も反応することができない。
私の思考がやっと戻ってきた時は、ちょうど暁が立ち上がるところだった。
「…平泉に行くのか?」
「うん。行きたい、行かないといけない。そう思うから」
突然の話に一緒戸惑ったが、すぐに言葉を返す。
平泉…
やっと見つけた手がかりかもしれない。アイツの言うことが信用出来るかはわからないけれど、今は信じるしかない。賭けるしかない。
「そうか。明日はおれも平泉に行く。何かあれば玄武の拠点でもおれを捜すでもするといい」
そう言うと暁は足を進め歩きだした。それを見て私は慌てて立ち上がったと同時に、暁が急に歩みを止めた。
「さや…君は家族全員を無くした訳じゃないだろ。それがどんな形であろうと、その事実は忘れるな」
…わかってるさ…そんなこと。
だから私は兄さんを…
私は何も言えずに暁の後ろ姿をただ見るしかなかった。
私も帰ろう、そう思い足を動かそうとした瞬間だった。
「―っ!」
突如として頭に、左目に激しい痛みが走った。余りの痛さに声にならない悲鳴をあげ、その場にうずくまる。
だが、いつかのようにその痛みはすぐに治まり、痛みの余韻すら感じない。ままならないでいた呼吸を取り戻し、私の身体が忙しく酸素を求める。
「はぁはぁ…なん、なのよ…はぁはぁ…」
突然襲ってくる痛み、あれ以来無かったからただの頭痛だと思っていた。
でも…
私は気づかないふりをして、無理矢理自分を納得させ、ただこの奇怪な現象から逃げた。
こうして自分で悲劇を招いていたことにきがつかずに。
「ここにも居ないか。どこに行ったのかねぇ」
独りぽつりと呟いた言葉は闇夜へと消えていく。
寮には居なかった、念のためにと流奈の所を訪ねてみたが、やはり手掛かりすら無しだ。
どうでもいいことだが、この念のためにと思ってした行動を酷く後悔した。さすが、あの親にしてこの娘ありだ。
質問責めもいいところ、説明すのに時間がかなりかかってしまった。
それだけ藍が慕われ、大切に思ってもらっている証なのだろうから嬉しくも思ったが。
さあ、これから何処を探そうかねぇ。
そう思った矢先、私の携帯が着信を知らせてきた。発信先は非通知。
一瞬悩んだが状況が状況なだけに出てみることに。
「はい、こんな時間に誰ですか」
相手が分からないとあっていきなり名乗ることはせず、皮肉めいた言葉を突きつける。
だが、相手の言葉にまた驚かされることになった。
『…あの…晴香さん』
「!?さや、あんた今何処に」
敵の駐屯地を襲撃…
まさか、さやがそこまでするとは思っていなかった。
とにかく、居場所と安否がわかったことで私の緊張は一気に解ける。
が、私には新たな不安が出来ていた。
あの子が戦場にいる理由、私の思い過ごしであって欲しい、そう願うばかりだった。
「…そう、今日はもう寮に戻るのね」
『はい…すみません』
「いいんだよ。理由は今度聞くから、明日はゆっくり休みなよ。特段、任命があるわけでもないからねぇ」
向こうの謝罪の言葉を最後に電話が切れた。
さすがに私の部屋には戻って来にくい…か。今回のことは私の責任。まさか一人で行く程の復讐心があったなんてねぇ。
そんな考えをしながら別のところに電話をかける。
「…あっ、暁。藍はちゃんと見つかったよ……ん?何処にって?寮だよ」
私の言葉を聞いた途端に、電話の向こうで脱力するのがわかった。暁も心配していたのだろう。私を含め、本気で心配してくれる人が何人もいる。そういう意味では本当にさやは幸せものだと思う。
「とにかくそういうこと。手伝ってくれてありがとう。明日もあるから早く休みなよ」
電話を切ると必然的に私も話さなくなり、辺りは再び静寂に包まれる。
私は、久しぶりに静寂が怖いと感じた。
嫌な感じだねぇ…
この予感が当たらないことを祈り、一人帰路に着いた。
更新が大変遅くなって申し訳ないです。
更新速度があり得ないですが、まだ止めたわけではないので、これからもよろしくお願いします。