第12話:怨恨の紅
―藍さん、出撃準備完了しました
―西原隊長、お怪我はありませんか
―隊長が居れば百人力です
みんな……
―藍さん、私は貴女の補佐ですよ
―貴女の考えは正しい道を選ぶ
佐久間さん……
―皆の想いを無駄にするの?
皆の……想い……
―怨めしくないのか?
皆を、仲間を殺されて何も思わないのか?
殺されて…
―闇に呑まれ、身を委ねよ。
怨みに駆られ、怒りに身を任せよ。
…私は…私は……
――コロセ
「……さ……ごめ…なさ…」
「――!?」
強い殺気を感じ、慌てて目を覚まし、体を起こした。
周りを見渡しても暗闇が続くのみで、殺気の主を見つけられない。
他の人が私の部屋に入れるはずはないからねぇ。
だとすると…まさか。
その結論に達してからの行動は早かった。
急いで電気を付け、家中を見て回る。
やっぱり居ない。
机に置いていた携帯を手に取り番号を押していく。
「……あっ、暁。こんな時間に起きてるなんて偉いねぇ」
「…はぁ、何の冗談ですか。貴女が叩き起こしたくせに。で、何の用で」
電話の相手はいかにも、というより、明らかに面倒そうに返答を返してきた。
こんな遅くに電話が来たら当たり前だが、そんな悠長なことを言っている暇はない。
「さ…藍が居なくなったの!」
「はあ!?そうならない為に晴香が引き取ったんだろ…」
「確かにそうなんだけどねぇ」
会話をしながらも私は出掛ける準備を着実に済ませていく。
「とにかく、今から探しに出るから暁もお願い」
「探しにって、見当は付いているのか」
「わからない」
私の即答にまた呆れたため息が聞こえてくる。
だが、本当のことだから仕方ない。何処に行ったかなんてわかるわけもないし、何のヒントも無い。
それでも探し出さないと…
「私は寮に行ってみるから、暁は今日の拠点場所に行ってみて」
「それは構わないが…晴香、藍には電話が繋がらないのか」
「ああ…そうだねぇ。忘れてたよ」
「…晴香らしくないな。焦るのは判るが、少し冷静になれ。そんな様子だと見つかるものも見つからなくなるぞ」
本当だ…私が暁に言われるまで気が付かないなんて。
さやのことになるとどうしても普段の私になれなくなる。冷静になれなくなる。
感情を抱いているのは私の方だ。
私はあの娘のことを…
「…聞いているのですか」
「ああ、ありがとう。それじゃあ、お願いするよ」
「了解」
一旦暁との電話を切り、さっきとは違う番号を打ち込む。
「………」
無機的な耳元で音が鳴り続ける。
それに遅れてベット近くの机の上から音が鳴り響いた。
「…携帯は持って行ってない、か……」
仕方ない。そう独り呟くと玄関のドアを開けた。
気が付いたら此処に居た。
目の前に広がるのは、
赤……
赤……
赤……
燃え広がる炎は私を明るく照らし、長い影を作っている。
周りには血を流し、痛みに喚く人、無数の屍…
『第3、4、6区画で火災発生。消火活動を急げ』
『第2区画にてエネミーと交戦中。援軍を』
相手方の通信が周辺に鳴り響く。
「いたぞ!撃ち殺――」
言葉が最後まで言い切られる前に、叫んだ人とその周りに居た人が地面へと倒れていく。
――憎い
その感情だけが私を突き動かしていた。
皆の…佐久間の仇!
「何故、女一人を殺せない。早――」
再び聞こえた声に反応し、そちらの方を見れば、その直後には人は力なく倒れていく。
ずっと左目が熱い。
今の自分ではこの『力』を抑えることは出来ない、否、しようと思わなかった。
停まっている車に銃弾を何発か撃ち込み、新たな火の手が上がる。
人を見つけては弾を撃ち込み、『力』で易々と殺していった。
あれからどれくらいの時間が経っただろう。
少し前までは、幾つもの人が存在し、静かな時が流れていた。
今はその面影も無く、辺り一面は赤く、明るく炎に包まれ、周囲には紅い血が飛び散っている。
そんな地獄絵の中に赤く、暗い影を身にまとった少女だけが立っている。
「これで…」
「お前か、この惨事の原因は」
「――!?」
『眼』を見ても死ななかった。
晴香さん以来初めてだ。
そのことが私をひどく動揺させた。
「やはり眼…か」
「あんた誰」
動揺を隠すよう、出来るだけ平然を装った声を出す。
「敵に名前を尋ねるとは随分と余裕だな。まあいい。特別だ。俺の名前は後藤 貴司政府軍第1特殊師団『白虎隊』の一人だ」
白虎隊…そんな部隊の名は初めて聞く。そして、ふざけた名前だ。
「少し喋りが過ぎたな」
「そうだね。此処に居るなら仇として、死んでよ!」
言葉と同時に銃の引金を引く。
「――なっ!?――きゃっ」
確実に額に弾を撃ち込んだと思ったのに、それは避けられていて、更に脇腹に蹴りを入れられ、地面に倒れこんでしまう。
何故!?確かに額を狙ったのに。
この近距離で避けた!?
いや、自分の手元が狂ったんだ。そうに違いない。
私は直ぐに起き上がり、再び銃を構え直す。
「そんなもの俺には通じない」
その一言、普段では何でもないその一言で、私の心は掻き乱される。
どういうこと……?
――!?
そう、そういうこと。
何の能力かは分からないが、左右の目の色が不自然に違っているのに気付いた。
「あんた、有眼者ね」
「そうさ、俺もお前と同じさ。藤村さや」
「――!?」
バレている。しかも、絶が全く効いていない。
白虎隊…私を狙っているのはこいつ等ってことなのかもしれない。
なら…
「なら話は早い!あんたから色々と聞かせてもらう!」
構えていた銃を投げ棄て、代わりに腰からクナイを取り出す。
そのまま相手の懐に飛び込み、クナイを逆手に持った左腕を右に斬りつけ、それと同時にもう一歩踏み込んで下から右腕で斬り上げる。
相手はそれを後ろに跳んで避け、余裕の表情を浮かべている。
とは言ってもある程度は予想していたが。
「流石に早いな。だが、俺には勝てない」
目の前の男は、そうはっきりと言い放ち、腰から刀を抜く。
「…んなの、やってみなきゃわからないでしょ!」
半分叫びながらもう一度懐に飛び込む。今度は右から袈裟切りを仕掛け、直ぐに右回りに回転しながら左で逆袈裟切りを繰り出す。
体の正面が相手に向き直った瞬間に、両手を使って振り下ろされる刀を受け止めた。
「ぐっ」
やはり男と女の力の差。受け止めた腕にかなりの衝撃が来た。
ギリギリと刃と刃が擦れ合い、徐々に刀が体に近づいてくる。
「―んのやろ!」
体の支えを後ろに引いている右足だけに任せ、左足で足払いをかける。
それを避ける為に相手は必然的に競り合いを止めた。
攻撃を当てられない苛立ちが段々と私を蝕んでいく。
ムカつく…
ムカつく…ムカつく…
「ムカつくんだよ!いい加減死ねよ!!」
再び斬り掛かろうと地面を強く蹴る。
それでも、相変わらず相手は余裕の構えをみせている。
「…そういうところも似ているんだな」
「―!?兄の…剣斗のこと!?」
「剣斗か、やっぱりお前は何も知らないんだな」
その言葉に私は足を止めた。
何も…知らない……?
一体あいつが何を知っているっていうの?
突如として不安が現れ、それと同時に別の怒りも溢れてくる。
兄の行方を知らない私…妹である私より知った口を叩く目の前の男…
全てが怒りの対象になっていた。
「あんたが何を知っている!」
「じゃあ聞くが、今剣斗がどこで何をしているのか知っているのか」
「そ、それは…」
そんなの知るわけない…それを知るために動いているのに…
でも、どこにいるのかはわかった。
あいつが知っているということは、あいつと同じ場所にいるか…敵としているか。
敵としているならばつまり、私達反政府側。でも、兄の情報は全くないし、あんな事件を起こしておきながら軍にいれるとはまず思えない。
ならやはり…
「兄のことを知らない妹か。笑えるな」
「黙れ!」
考えを巡らせることで少しは冷静になっていた頭が、再び怒りで染まる。
「どこにいるかはわかった…もうあんたは用済みよ!」
「こんな奴の為に…」
「えっ?」
相手の小さい呟きに気を取られ、切り込みに反応が遅れてしまった。
「しまっ――がっ」
勢いよく地面に叩きつけられ、相手の手が私の首を締め付けてくる。
息が出来ない…
苦しい…
懸命に手を外そうとしても男の力に勝てるはずもなく、クナイも倒された時の衝撃で手放してしまっている。
どうする…どうするどうする……
こいつを殺したいのに
組敷かれている状態に諦めと怒りが生まれる。
そんな時に、聞き覚えのある声を聞いた。
「そこまでにしてもらおうか」
「『緘』の暁が何のよう…だっ!」
私から手を放し、振り向き様に首元に添えられていた暁の刀を弾いた。
暁は直ぐに切り返し、男を私から遠ざけるようにし、庇うように私との間に立つ。
「何の用があってこんな所に来た。これもお宅ら玄武のやり方か」
「この娘と軍は関係無い。おれも私用で来ただけだ」
私用で?
私を、藍を探しに来たの?
でも、今は藍じゃない。なのに何故…
「…萎えた。お前とやり合っても時間の無駄だ。おい!女!」
刀を急に納めたかと思うと、私に声を掛けてきた。
まさか私に来るとは思ってもいなかったので、立ち上がる途中の膝立ちの状態で聞く形になった。
「平泉に来い。お前の知りたいことはそこで分かる」
「えっ!?ちょっ…」
それだけを言うと私達に背を向けて歩いて行った。
暁もそれを執拗に追うつもりはないようだ。
その状況に私がぼけっと呆けていると暁が振り返り、彼の眼が私の眼を真っ直ぐに射抜く。
それによって我に帰ったのと同時に、さっきまで感じていた奴への怒りが再び煮えたぎる。当の本人が居ない為、そのはけ口は必然的に目の前の人間に行く。
「何故逃がした!これは私の問題だぞ!!」
胸元を掴み、怒鳴りつける私に臆する様子もなく、ただ真っ直ぐな眼を向けてくる。
「…その『眼』はいい加減止めろ」
「あっ……」
いつかの様に暁によって強制的に絶を止めさせられる。
絶による緊張感と並行して、私の感情も収まっていく。
「これは君一人でやったのか」
「あ…その……あ、暁は何でここに」
「…何故おれの名を」
言ってから気がついた。
“さや”はまだお互いを知らないんだった。
「ほ、ほら、あの時晴香さ、って人があんたのこと暁って呼んでたから」
「あの時か。よく覚えてたな。しかもいきなり呼び捨てとは馴れ馴れしいな」
疑われている感じがチクチクと胸を刺す。
何故こんな気持ちになるのだろうか。
藍では仲が良からだろうか…藍とさやを混同させてはいけないと、そう誓っていたはずなのに。
焦りと不安で不自然に早口になる。
「うっさい!別に良いだろうが」
「それが素の君か……随分と女らしくないな」
「だっ、黙れ!話を反らすな」
誰が女らしくないだ。
確かに私は誉められた容姿ではないし、女っ気が無いかもはしれないけれど。
でも…でも、暁に言われるのはムカつくし、悲しい…
「はぁ…元々話をずらしたのは君だろ。そんなとこに立ってないで座りなよ」
そう言って暁は座るのにおあつらえ向きな瓦礫の上に腰かけた。
私もそれに習って隣に座る。
「今更な感じはするが、おれは反政府軍第一師団副隊長、桐生 暁。で、何故こんなことを」
「…仲間の…友達の仇…」
藍だということをバレないよう慎重に言葉を選びながら話していく。
「やり過ぎ」
「これぐらいは当たり前だ!私はまだ許せない!」
暁の考えが分からない。
暁なら自分に賛同してくれるかも、同じ境遇かもと期待していたのに。
それが余計に私を腹立たせた。
「仇打ちなんてしても意味は無い。仇?そんなもの相手の為じゃないだろ。所詮は自分の為、違うか?そして、自己満足の為に命を棄てるのか」
相変わらずの悟り口調。その言葉が的を得ているからこそ更に腹立たしく感じる。
自分が子供なのは分かっている。
それでも気に入らない感じはあった。
「そんなことは…じゃあ!じゃあ、どうすればよかったのさ!」
「…死なないことさ」
「……何だよそれ。答えになって無い…」
暁らしくない言葉に疑問を感じ、又、その答えもどうもふに落ちない。
「君が本当に仲間を、友達を想うなら分かるさ」
「……」
「君は――
「君じゃない…」
「君じゃない!私は藤村さや。勝手に自分だけ名乗りやがって…」
ずっと君としか呼ばれてなかったことに苛ついた。
藍の時は名前が呼ばれるのに、今の私は呼ばれない。それが嫌だったのかもしれない。
本当の自分を知って欲しかったのかもしれない。
気がついたら名前を言っていた。
「…知っていたさ。だけど、名乗っていいのか」
「いい。暁だから」
あまりにも自然と出てきた言葉に自分で驚いた。
暁だから…
何故こんな考えがあるのだろう…
本当の私を知って欲しい、この想いは何だろう…
分からない…私はどうしてしまったの?
自分で自分が分からなくなってきたことが恐ろしく感じ、さっきから胸をチクチクと刺してくる痛みが何なのか分からず、不安で一杯になっていた。
(暁に嫌われたら…私は……)
更新が大変遅れています。
申し訳ありません。
時間をかけた割に文がまとまって無い上に、相変わらずの文才ですが、未だに読んでくださる人がいるのなら幸いです。
これからも応援の程をお願いします。