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私は急に止まれない。小話  作者: 桜 夜幾
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父、学園に来る

学園祭が終わった後くらいの話です



 私の名は水崎 学。陽向の父である。


 陽向が通う泉都門学園の学園祭も終わってしばらくした頃。

 

 理事長と名乗る男性から電話がかかってきた。

 丁度仕事が休みの日で、家には私しかいなかった。 

 私はとある理由から陽向の通う学校へは行けないので何事かと思っていたら、車を寄越すので絵を見に来ないかとのことだった。


 絵と聞いてすぐに思い当たったのは、陽向から少しだけだが聞いていたからだ。


 行きたい! と思う気持ちと陽向に迷惑をかけるのではないかという気持ちが相反して、思わず言葉を濁してしまった。


[絵は理事長室にあるので、誰にも会わずにすみますよ]


 その一言が背中を押した。


 小学校以来、陽向の通う学校へ足を運ぶのは初めてとなる。

 クローゼットからなるべく地味なスーツを取り出して袖を通す。

 父の日に陽向がくれたネクタイを締めて、玄関を出ると黒塗りの車がすでに着いていた。

「水崎 学様でいらっしゃいますね」

「ええ」

「どうぞ」

 後部座席のドアを開けて運転手が小さく礼をした。

 

 やはり高級な車というのは乗り心地が違うと感じる。陽向はこれに乗ってしばらく毎日登校していたのかと思うと、感慨深かった。


 泉都門学園高等部の大門が見えると、石畳の大きな道を曲がって中心へと走っているのがわかった。

 そういえば、陽向が中央にある建物に理事長室があるらしいと言っていた。

 なるほど。

 背の高い棟が見えるが、どれがそれなのかは陽向も知らないと言っていたのを覚えている。


 近づいて行くと三つ棟があるのがわかった。

 どれかに着けるのかと思いきや、中心に地下へと続く入り口があって、そこへと降りて行った。


 下へつくまでにしばらく円を描くように続く道を下り、ようやく地下へ着いた時には、どの棟がどの入り口なのかわからなくなっていた。

 そのように作られているのだろう。

 そこまでして警戒するものは何なのだろうかとも思ったが、深く考えてはいけないとも思った。

 

 自動ドアがあるところへ着いて、運転手が車のドアを開けてくれる。

 自動ドアの前に、一人の男が立っていた。


「ようこそ泉都門学園へ。私は理事長の秘書をしております、前田沢まえたざわ 洋治ようじと申します」

 名刺を差し出されたので、自分のも取り出して交換する。

「どうぞ、こちらへ」

 自動ドアを通ってすぐにエレベーターに乗り込んだ。

 階番号はやはりなく、秘書がカードを通すと動き出した。

 しばらくしてエレベーターが止まると、特に音も出さずに扉が開く。

 着いてすぐのところに別の秘書がいて、前田沢さんと一緒に私に礼をした。

「理事長は中にいらっしゃいます」

 重厚な扉を前田沢さんが開けて、私を中へと入れてくれた。

 そこはだだっ広い空間で、靴が若干沈むようなフカフカの絨毯が敷き詰められていた。後は窓際の中央にデスクがあるのみ。


 ただ、壁には所々に生徒が描いたと思われる絵が飾られていた。

 美術館の中に理事長室がある様に感じられる。

「ようこそ。水崎さん」

 椅子から立ち上がってこちらに近づいてくる人物が理事長なのだろう。

 細身ながら、油断のならない人に見えた。


「初めまして。水崎 学です」

 しばらく私を見ていたが、ふと笑みをこぼした。

「お噂はかねがね」

 ふふと笑って理事長は名刺を取り出す。

和泉いずみ とおる

 貫くと書いて「とおる」と読むらしい。

 泉都門学園理事長と肩書きが記してあった。

「噂通りの方ですね。確かに麗しい」

 眩しそうに目を眇めて私を見る。

 だが、その目はそれ以上のものを湛えていた。

 鳥肌が立ちそうだ。


「あちらにあるのが、お嬢さんの姿が描かれた絵ですよ」

 微笑んで案内してくれたが、私は少し距離を置いて後を追った。


「昨日は他校の生徒会長たちも見に来ていましてね」

「他校の?」

「ええ。お嬢さんはとても人気がおありですね」


 見上げたその絵は、とても大きく。

 そして、光がこちらへと降り注ぐかのように見えた。

「ひな…た」


 愛したあの人に良く似た面差し。

 かすかに微笑む陽向と和香ちゃんが、光のカーテンに包まれていた。

 まわりには祝福するような天使たち。


 ほろりと涙が落ちて。


 嬉しいような悲しいような。


 何もかも忘れて、ずっと絵を見ていた。



「水崎さん?」

 声をかけられて、ようやくここが理事長室であることを思い出した私はお礼を言おうと振り返った。

「ありが………あれ?」

 いつの間にか、何もなかったはずの場所にソファセットがあった。

「お茶をご用意しました、どうぞ」

 いたずらをした子供の様な顔をして理事長がソファを勧める。

 イリュージョン?

 さっきまで本当にデスク以外は何もなかったのに。

 恐る恐る座ってみたが、間違いなくソファ。それも座り心地がすこぶる良い。

「あの絵は、高等部の三年生が描いたものなんですがね。学園祭でとても評判が良かったのですよ」


 真向かいに座った理事長は今でも絵を譲ってほしいと電話が来る…と苦笑した。



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