ブラスバンドにて(第六十二話のお話です)
「陽向ちゃんいる?」
風紀委員の高野先輩が入ってきました。
「あ、はい」
「良かった。なんか大学部の人がいるんだけど、入れちゃっていいのかな」
「何人?」
「二人。やたらと目立ってるけど」
「あ、大丈夫。OBだ」
高野先輩が一旦出て、その二人を招き入れました。
そのOBを見たブラスバンドの部員の女子が一斉に黄色い声を上げました。
うそー、やだー、どうしよう…と声が飛び交っています。
「あれ? 城田先輩?」
今日は白い服ではありませんでしたが、オシャレな格好でした。サングラスが胸のポケットに入っているので、途中までかけてきたのでしょう。
「お! 陽向ちゃんだ。いつブラスバンドに入ったの?」
「いえ、生徒会の仕事で来ているだけです」
「そうなんだ? どう、これから僕といいとこ行かない?」
相変わらずなんですね城田先輩は。
肩に手を回そうとしたので、避けます。
といいますか、高等部の時ブラスバンドに入っていたんですね。
「城田先輩ー。練習見に来てくれたんじゃないんですかー」
「うーん。陽向ちゃんの方が優先事項かな」
「かわいい後輩を優先してくださいね」
部員女子の視線が痛いですよ!
「城田」
城田先輩の後ろから、もう一人のOBの先輩が声をかけました。
えーと。誰かハリセン用意していないですかね。
「何でチャイナ服着てるんですか!」
赤い光沢のあるチャイナ服です。足下からドラゴンが昇っちゃってますよ! お化粧もバッチリで女性として負けた気分ですよ!
見た目は女性でしたが、声が思いっきり男性でした。
「へー、これが水崎陽向? 思ったより可愛いね」
そんな格好で言われてもうれしくないんですが。
「銀音先輩。きちんと説明しないと、いつもそんな格好だと思われますよ」
楢島さんが呆れたように言います。
「説明は後でね。それより銀音が指揮するから、みんな用意して」
その格好で指揮するんですか!?
ってよく見たら赤いハイヒール履いているじゃないですか!
コツコツ音がすると思ったらこの音だったんですね。
「それじゃ、最初から」
一段高いところに上がって、指揮棒を手にした銀音先輩がそういうと、騒いでいた部員が静かになりました。
楢島先輩が私にウィンクをして自分の席に戻って行きました。どうやら楢島先輩はトランペット奏者のようです。
指揮棒が振られて音楽が始まりました。
バラバラの音を聞いていたせいもあるのでしょうか。
音が一つになった瞬間鳥肌がたちました。
「速いからといって流さないで、一音一音大事に」
銀音先輩が声を張り上げて言いました。
「クラリネット、少し走ってる落ち着いて」
銀音先輩の後ろ姿を見ながら、すっかりチャイナ服なことも忘れて聞きほれました。
「いち学校のブラスバンドだけど、まぁまぁでしょ。本物はもっとすごいよ。どう? 今度ふたりっきりでコンサート行かない?」
危うく頷くところでした。
「城田先輩とは行きません」
「OBがまぁまぁとか言うなよ城田」
「ん、でも完璧じゃないでしょ」
フルートの生徒ががっくりと肩を落としています。
「そこ! しょげない。悔しかったら練習! 音大と間違われるくらいうまくなって見せろ」
無茶だーと声があがりました。
「完璧ではないけど、コンクールの上位の常連なんだよ。全国での優勝はまだしたことないけどね」
「そうなんですか」
指揮棒を持ったまま銀音先輩がこちらへやって来ようとして、段を下りるときにハイヒールだったことを忘れていたのか転びそうになっていました。トトトと数歩よろけた後、体制を立て直していましたけど。
「もう一曲聴いていく?」
「あ、もう戻らないと」
「もう少し一緒にいたいなぁ。だめ?」
「すみません、口実じゃなく本当に忙しいんです」
「ああ、この時期だもんねぇ。送っていくよ」
城田先輩がまた私の肩に手を回そうとしたので、ガードしつつ椅子から立ち上がってドアの方に行きました。
「高野先輩に送っていただきますので結構です」
「つれないなぁ」
「ところで銀音先輩がチャイナ服な理由をお聞きしてもよろしいですか」
銀音先輩はニッと笑って私に近づくと私の顎に手を添えて顔を近づけました。
「キスしたら教えてあげる」
ブラスバンドの生徒から悲鳴が上がりました。
あぁ、城田先輩と同類の方ですか?
「それなら教えていただかなくても結構です」
「うーん、ここは頬を赤らめるとかしてほしいな」
「そもそもキスするつもりないですよね」
「あれ、わかっちゃった?」
ちらりと横を見ると城田先輩がにやにやしながら見ています。
そこ、止めてくださいね。
「では、忙しいので失礼します」
顎に手がかかったままなので、一歩後ろに下がって言うと銀音先輩が小さく笑いました。
「これね、罰ゲームなの」
「はあ、罰ゲームですか? そうは見えませんけど」
「そう?」
「だって、楽しんじゃってるじゃないですか」
私の言葉に先輩二人がお腹を抱えて笑い出します。
何のツボに入ったかは知りませんが、忙しいので放っておきましょう。
「では、失礼します。素敵な演奏でした」
ブラスバンドの皆さんにも礼をして、廊下へと出ました。
「陽向ちゃんってすごいんだね」
「何がですか?」
「あんな間近でキスするよとか言われて赤面しないなんてさ」
「だって自分より綺麗に女装した人に言われてドキドキしないでしょう。それに面白がってただけで、本当にしようとはしてませんでしたよ」
「それでも普通ドキドキしちゃうって」
「そうなんですか?」
「見てたブラスバンドの子達の方が真っ赤になってたけどね」
「本気モードでしたら、顎を捕まれる前に逃げてますよ」
「……陽向ちゃんて本当にすごいね」
「被害者を出さないためです」
「うん?」
「あそこで逃げてたら、他の人へと矛先が向きそうでしたから。さて、急いで生徒会室に戻らないと!」
「ある意味尊敬するよ、陽向ちゃん」
その時ドアが開く音がして城田先輩が顔を出しました。
「陽向ちゃん」
「何でしょう」
「後で生徒会にも顔出すからね」
「……忙しいので来ないでください」
一瞬間がありましたが、すぐ廊下に城田先輩の笑い声が響きました。
その後、結局城田先輩は生徒会室には来ませんでしたが、夕食としてお重の差し入れが届きました。
“またね”という文字か書かれたカードが一番上に乗っていて、蓋を開けると美味しそうなおかずが沢山入っています。一番下の段を見るとおむすびに金粉…。
城田先輩って庶民のはずでは?
確か生徒会に寄付してるとか以前言ってましたよね。
本当に城田先輩って何者なんでしょう?
謎です。