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あくまでも!  作者: 壱原優一
第二章 悪魔狩り
9/23

[III]

 その日は朝から教室中がざわついていた。騒々しいのは割りといつものことなのだが、どうにもその毛色が違うようだった。そわそわしてる、とでも言うか、浮き足立っているように感じられた。

「なんだか騒がしいわね」とミサキもどうやら違和感があったようで、そんな声が頭の中に届いた。コンパクトは鞄の中に仕舞っているのだが、以前に教室の窓と合わせ鏡をしたので、そちらを通して中の様子を窺っているのだろう。

「何かあったのかもね」と頭の中で返した。

「かもね」

 鏡の中の世界は何もないのだと、少し前に彼女から聞いた。真っ暗な空中に、天窓のように無数の鏡が広がっていた、と。それが私との契約で、全てなくなってしまったと言うのは、夢見が悪いし、あまり退屈させたくもなかったものだから、この数日で私の行動範囲内で目に付いた鏡とは合わせたのだった。窓もまた、物を映すことがあるから可能だった。ミサキは驚いていたから、今までは本物の鏡からしか外を覗いたことがなかったのだろう。鏡の中から外、つまり私たちの世界を覗いて、彼女の姿がみんなに見えるんじゃないかと疑問に思ったが、ちょっと離れたところから覗けば大丈夫らしい。少し不安だ。そのうち、鏡に映る謎の女の子なんて怪談が学校に広まるかもしれない。……ま、そうなってから考えよう。

 自分の席に着こうとしたら、見慣れない机が教室の窓際、隅っこにあるのに気付いた。

「転校生みたいよ」とミサキに言うと「ふぅん?」となんだかよくわかっていないご様子。

「クラスメイトが増えるのよ」

 みんなも、これに気付いてそわそわしていたのか。六月の中頃になんて、珍しい気もするけど。

「へー」

 ミサキは興味なさげなご様子。ま、関係ないことだしね、この子には。

 誰よりも先に教室にいるはずの委員長がいなかった。鞄は置いてあるから、きっと先生にでも呼ばれて、一足先に転校生に面通しされているんだろう。

 私より少し遅れて美咲がやってきた。

「楓ちゃん、おはよう」

 自分の席へと行く前に、朝の挨拶を投げかけてきた。

「おはよ美咲。今日は遅めだったみたいね」

 少し見上げるような姿勢で挨拶し返す。

「朝ごはん食べてたら、一本電車遅くなっちゃって」

 この子は急いでいても、ちゃんと朝食は採るタイプなんだよなぁ。

「偉い偉い」とおざなりに褒めてあげると、ちょっと驚いたような顔をしてから「ふふっ」と微笑んだ。

 ……? なんで笑ったんだろ。じと目で「褒めてないでしょう、それ」とでも言うと思ったんだけど。

 私が不思議そうな顔をしていたのか、美咲は「なんでもない」って言って、見るからにるんるん気分で席に着いた。そうして鞄を置いて、教科書等を取り出していたかと思えば、はたと気付いたように再びこちらへやってくる。

「転校生来るみたいね」

「ぽいね」

「どんな子かしらね」

「うーん、頭いい子なんじゃない? 高校の転入って当然試験やるんでしょ?」

「多分。したことないから、よくわからないけれど」

「私も」

 けど転入試験が入試よりも簡単なことはないんじゃないかと思うし、優秀なんだろうな。

「楽しみねー」

「まぁ、ね」

 私は美咲ほど付き合い上手じゃないから、どちらかと言えば不安の方があるけど。まぁ、合わないなら合わないで、無理に関わることもないし。ちょっとしたイベントって感じだ。

 ガラッ、と前方の扉が開いて委員長が顔を出した。

「はいっ、みんなちょっと聞いてー!」

 黒板の前に立って大声で呼びかける。先ほどまで騒々しかった教室がしんとなり、皆それぞれの席に着いていった。委員長の号令には絶対なのだ。

「もう知ってる人もいると思うけど、今日からクラスメイトが一人増えます!」

 みんな薄々気付いていたことだけど、委員長という信頼できるソースを得た途端に、またざわざわと騒々しくなる。まるで裁判長の木槌のように、彼女は手拍子を一つ打った。

「静かに!」

「男ー? 女ー?」

 男子生徒の一人が質問をすると、他の生徒からも口々から質問が飛び出した。うーん、凄い盛り上がりようだ。お祭り騒ぎ。ミサキも呆れたように「テンション高すぎぃ」とぼやいた。

「質問は一切受け付けません! で、転校生って言うか、留学生?」

 留学生、その単語を聞いて、今までの騒がしさとは別種のどよめきが教室中に広がった。

「ロシア人だそうです。日本語は出来る、と言うか上手だし、から安心して。あと、女の子ね」

 ロシア人の女の子か。それはまた、可愛い子なんだろうな。

 けれど私はその言葉をすぐに撤回することになる。

 委員長の話が済むと同時に始業のチャイムが鳴り、担任が一人の女の子を引き連れて教室に入ってきた。

 思わず、見蕩れてしまった。その子から目が離せなかった。可愛い、なんてものじゃない。

 その子はまさに、妖精と言っても過言ではない容姿をしていた。

「可愛いわねぇ」とミサキまでもが呟いた。ちょっとヤキモチ。

 きらきらと光る銀髪、透き通るような白い肌、青色の瞳。この国では滅多に見られるものではない。それが、こんなにも引き寄せられる理由なのだろうか。あと胸おっきいなぁ、背は小さいから余計に大きく見える。

「えー、既に委員長から連絡が行ってる事と思う。では自己紹介をよろしく」

 促されて、少女が私たちに向けてぺこりと一礼した。中学生がお辞儀をしたみたいだった。

「みなさん初めまして、マトリョーナ・カラスと言います」

 小鳥の囀りのような綺麗な声だと思った。

 美咲をクールタイプとするならば、彼女はキュートタイプだろうか。

「ちょっと長いので、マチヤとでも呼んでください。私の名前の一般的な愛称ですので。ロシアから参りました。……これでよろしいですか?」

「おう。そうだ、今日は運よく連絡事項もないことだし、マトリョーナへの質問に使ってもいいだろうか?」

「ええ、私は構いません」

「そういうわけだ、お前ら後は自由にしていいぞ。俺はもう授業の準備しに行くから」

 我らが担任、小松原啓二は実に仕事熱心だ。本当は準備と言いつつ、喫煙所にでも行くんだろうけど。タバコ好きで有名な先生なのだ。

「ああ、そうだ。マトリョーナの席は、あの隅っこだ」

「わかりました」

 ぺこり。またお辞儀をした。丁寧な子なのかな。

「じゃ委員長が適当に仕切ってくれ」

そう言って担任は、タバコを口に銜えながら教室から出ていった。もう少し我慢できないのだろうか。てか、やっぱりタバコ吸いに行くんじゃない。

 予期せぬ仕事を押し付けられた委員長は「仕方ないなぁ」と呟いて、黒板の前に立った。

「えーっと、じゃあ、十五分くらい時間があるので、誰かマチヤさんに質問ある人ー?」

 次々と手が挙がる。みんな初めて見ることだろうロシア人に興味津々のようだ。しかも可愛いものだから、男子、特にお調子者なとこのある男子の食いつきようったらない。しかし委員長も変な質問されても困るからか、そういうのは無視して、無難そうな人選をした。

 例えば家族構成とか、ロシアに雨は降るのかとか、犬と猫ならどっちが好きかとか、前居た学校はどんなとこかとか、そんなありがちな質問が飛び交った。美咲も「どこに住んでいるの?」なんて質問をしていた。

 そうしてあっという間に十五分が過ぎて、予鈴のチャイムが鳴る。

「はい、みんな授業の準備してー。えー、じゃなくって。一時間目は国語ですよー。マチヤさんは教科書は?」

「大丈夫です、ちゃんとあります」

「ならよかった。じゃ、また後で」

「はい、あとで」

 マチヤが自分の席へと向かう為、私の横を通ったその時、彼女と一瞬目が合った。どういうわけか私は、その目が怖いなと思った。冷えたような、そんな目のような気がしたのだ。けれどすぐに気付く「ああ、青いからか」単にそれだけのことだった。寒色なのだから冷たく思って当然だけど、失礼なことを思っちゃったな。

 その時、ミサキが「あの子……」と何か言い淀んだのも気になったけど、訊ねると「いい匂いがした」だけだった。……むー、思わせぶりなことを。

 傍目から見ていても、転校生っていうのは大変だなと思う。

 今日は天気は悪くないのだが、美咲がお昼は教室で食べようと言い出した。多分彼女も転校生が気になったのだろう。私の机と貸してもらった委員長の席とをくっつけて、お弁当を食べながらマチヤの方を見ると、ていうか見えない、全員ではないが、女子たちが輪を作るように彼女の周りに座って、お昼を頂いていた。女三人寄れば姦しいとは聞くが、これは姦しいどころじゃないな。

「大変そうねぇ」

 美咲も同じことを思ったみたいで、苦笑しながら呟いた。

「今日くらいでしょ、多分」

 いくらなんでもこれが何ヶ月も続くはずないと思う。

「それに、転校してきてシカトされるよりいいんじゃない?」

「転校初日で無視されるって、自己紹介で失敗したパターンよね」

「面白いこと言おうとしてスベッたりね」

 転校じゃなくても、入学直後とかクラス替え直後なんかにもありそうな悲劇だ。

「マチヤちゃん、こっちも食べてみる?」

「いえ、そんな……」

「ままっ、遠慮しないでー」

 そんな話し声が聞こえてきた。小さいから、なんとなく餌付けしたくなる気持ちはわかるかも。妹みたいな感じで。姉妹いないからわかんないけど、いや、いないからそう思うのかな。

「こーら、そんなに食べさせてどうするつもり?」

 親鳥のようになった女子たちを、委員長が制止した。

「ままっ、固いこと言わずに」

「マチヤさんも困ってるでしょ」

「ちぇー」

 途中までは食い下がっていたようだけど、最後は親鳥が折れた。

 委員長はこのクラスの要だ。彼女の言うことにはみんな従ってくれる、ちょっとスレてる人たちでもだ。まとめるにはなくてはならない存在だろう。もっとも、彼女の眉間から中々皺が消えることがないのは、その所為なのだろうけど。

「次の授業はなんだったかしら」

 珍しく美咲がそんなことを訊いてきた。さて、なんだったかな、いつも聞く側だからついつい忘れちゃうんだよね。えっと、そう、確か……

「体育?」

 言うや否や、彼女は机に突っ伏した。

「いーやー」なんて声が聞こえてくる。

「バレーだよ多分」

 今月はずっとバレーだと言っていた。まぁ美咲にはそんなの気休めにもならないのだが。

「また顔面レシーブをするだけのお仕事なのね」

「またまたご冗談を」

 そんなことは一度もやっていないはず。腕で受けたのが、顎に飛んできてたのは見たことあるけど。あの時は思わず笑ってしまって、恨めしそうな視線を向けられたっけ。なんだか懐かしいことのように思えた。

「楓ちゃんは結構いいわよねぇ、運動神経」

「運動神経なんて言う神経はないんだって」

「知ってるわよぅ」と膨れ面。可愛い。

「得意ってほどでもないけどねぇ」

 反射神経はちょっと自信があるかも、主にゲームで発揮してるけど。

「美咲よりは確かに出来るけど」

「くっ」

 苦々しい思いがたっぷりと詰まっている「くっ」だった。

「練習出来たらいいんだけど、放課後は部活で使うからなー」

 と言ってみると美咲は、

「練習で上達するなら苦労はないわ」なんてぼやいた。その練習が苦労なのではないかと思ったが、色々あるんだろう。例えば、どんなに練習しても逆上がりが出来なかった、とか、そんな感じの思い出が。

「プールの時は教えてあげる。自由時間あると思うし」

「……ええ。よろしくねっ、本当泳げないから、て言うか沈むからねっ」

 と何故か嬉しそうに言う。変な子。

 にしても、まずは浮くところからか……これは結構大変かも? ま、美咲のためだ、頑張ろう。夏が待ち遠しくなった。

 くすりと、ミサキが笑ったような気がした。



 夕日の照り入る部屋に、少女と少年がいた。

 少女はベッドに体育座りをしたまま顔を伏せて、しゃっくりあげている。

 少年はそれに背を向けて、机に向かう形で本を読んでいた。

 ひっく……ひっく……。

 時々鼻をすするような音も聞こえる。

 そのうち少年が煩わしいと言わんばかりに、大きな溜息を吐いた。

 ビクッと少女の肩が震えた。

「泣くくらいなら、言えばいーじゃねーか」

 呆れたような少年の言葉に、少女は顔をあげずにふるふると横に振った。

 ますます少年は呆れて閉口した。

 うざいこと、この上ない。

 そう思えど言えない彼は、頭にバカが付くほどの、お人よしであった。

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